使えるものは使いましょう
部下2視点です。
後半は本編その後となります。
オレは成田や今屋ほど前世の記憶はない。
ただはっきりと覚えているのは、結局女は王子を選ぶんだ、という諦めに似た気持ちと、大事なものを守れなかった後悔だけ。
前世のオレは平民出身の騎士だった。副隊長まで実力で上り詰めたんだから大出世したと言っていいだろうが、オレにはそれ以上の地位はもう無かった。
隊長の実力は認めているが負けているつもりはない。それでも平民出身には挑戦する機会さえないのだ。
あの子のこともそう。
あの食堂を最初に見つけたのも、ミリファを可愛いと思っていたのも本当はオレが先だった。
だけど、彼女が選んだのは王子。オレより後に出逢った王子に運命を感じたんだ。
まあ相思相愛なのは見れば分かったから早々に諦めたが。
もしオレが貴族だったなら、王子や隊長と並んで立てたなら、あの子はオレを選んでくれただろうか?
そんなことを未練たっぷりに考えるくらいに、オレはミリファのことが好きだったらしい。だが、そんな彼女を守ることができなかった。なぜもっと気を配れなかった、なぜ……
その想いが強すぎたのか、今のオレは自分が守りたいと思える女にしか惹かれなかった。そして、もう一つ重要な要素は簡単に成田に靡かないってこと。
これに関しては多分トラウマみたいなものだ。
最後はどうせ王子を選ぶんだろう、少しでもそんな要素が見えたらもう終わり。だから、雪野に対しても特別な想いはなかった。
彼女がミリファなら、今度こそ守ってやりたいとは思う。成田を選ぶってことはまた危ない目に遭うこともあるだろう。今後も成田と共に働く予定だから力になれるはずだ。
そんな風に冷静に彼女見る自分に少し驚いたりもしていた、そんなある日のことだった。
うちの部署に応援で来てくれた女性。色白で小柄な普通の女だった。あえて言うなら印象は眼鏡。
そんな山田さんが成田に対して良い印象を持ってないことに驚いた。成田に話し掛けられても、頬を染めるどころか引き攣った笑みを見せる。
それを指摘すれば、なんと鼻で笑われてしまった。成田ほどじゃないが、それなりに女にモテるオレに対してこの態度。しかも成田の話に対してだ。
面白い。引き寄せられるように彼女に興味を持った。それと同時に、成田と今屋も山田さんを気にしていることに気付く。
そして、徐々に成田の本気の度合いが増していくのを感じた。
「女性はやっぱり思いやりのある優しい人が素敵だよね? 仲井」
「そうだな」
その意見に異論はない。オレたちの周りを囲むように立つ女たちも、無駄に上目遣いで「そうですかー」と頷いている。
「そう言えば、うちの部署に応援で来てくれている山田さんが最近元気ないみたいで」
そうか? 相変わらず坦々と仕事をしていると思うが。
冷静に仕事をこなしていく彼女を思い出していると、その間にも女どもは悲しげな顔をしてみせる成田を慰めようと必死らしい。
「えっと、山田さんはどうしたんですか? 仕事についていけないとか?」
「まさか、彼女は優秀な人だよ。ただ最近嫌がらせにあってるらしくてね。もし、彼女が来てくれてくなったらかなりの戦力ダウンだよ。困ったな」
成田の言葉に女たちの顔色が悪くなる。山田さんの口から自分たちの名前が上がったら、なんて今頃怖くなってるんだろうな。
「もし嫌がらせをしてる人を見つけたらオレに教えてくれない?」
「も、もちろん! ねえ、みんな?」
「うん、もし見かけたら、ですけど……」
こいつらは確かオレたちのファンクラブの幹部とやらだったはず。これである程度はくだらない嫌がらせも減るだろう。
「ありがとう、オレたちも探ってみるよ」
いつもなら真っ赤になるだろう成田の笑顔にも反応は薄い。次はない、という圧力は伝わっただろうか?
それにしてもこいつは生まれ変わっても腹が黒いな。そう思うと同時に彼女への本気を改めて感じたのだった。
「山田さんにストッキング、プレゼントしようか」
女どもがいなくなり、不意に成田が言った。しかもラーメン食おうか? くらいの気軽さでだ。
「……それ、大丈夫なのか?」
一つ間違えばセクハラじゃないのか?
「別に脱がせる訳でも、履かせる訳でもないから大丈夫だよ」
そうだろうか? 爽やかな笑顔で言えば何でも許されると思ってないか?
「今屋は大賛成だって言ってたよ。それに自分が選んだものを身につけてくれるって嬉しくないか?」
オレが選んだものを……
その誘惑に勝てなかったことをいつか彼女に謝りたい。
まあ、オレが選んだものを履いてくれることはなかったが……なぜだ?
山田さんがミリファと知ってからは、だからこんなに惹かれたのかという納得と、また成田には敵わないのかという諦めに似た思いが混じった複雑な心境になった。
2年近く表面的には彼女に接触せず、ひたすら地盤を固める成田を見て、今世は必ず彼女を幸せにする為に陰ながら守っていこう。
想いを押し込め、そう心に決めたのに。
「え? 仲井は諦めるの? やった、ライバルは少ない方がいいもんね」
今屋の発言には思わず耳を疑った。
「諦めるって、だって成田が……」
「そんなの関係ないよ。別にまだ成田のものになってないし、お友達だし? それに山田さんは藤堂になんて興味ないみたいだしね。今は昔とは違う、山田美里さんはまだ誰も選んでないよ」
目が覚める思いだった。
そうだ、前世とは違うんだ。今のオレは、いや、これからのオレは、成田の横に並び立てるようになれるかもしれない。
「……初めておまえの言うことに感動したかも」
「何それ、ヒドくない?」
まだ勝敗は決まっていないなら、諦める必要はどこにもないだろう。
「山田さん」
耳元で名前を呼べば、小さな体がぴくりと揺れる。
この声が彼女に気に入られていることは知っている。使えるものは使わなくては勿体ない。
「美味いケーキ屋を見つけたんだ。一人じゃ行きづらいから一緒に行ってくれないか?」
声は色気を意識して、でも内容はライトなもので。まだ彼女を追い詰める時期じゃない。
「ケ、ケーキ屋ですか? いいですね、今度行きましょうか?」
さりげなく耳を押さえながらオレから距離を取る彼女が可愛い。
その距離をまた詰めて、息が掛かる程近くで囁く。
「……じゃあ、明日1日オレが予約したから。よろしくな、ミリ」
今度こそ彼女に気持ちが届きますように。彼女を守れますように。
王子と隊長に負けない男にきっとなるから。