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ドアが開く音がして振り向くと、そこには眩いばかりに綺麗な男の人が立っていた。こんな田舎の食堂にいるのが不思議なくらいで、何だか気品みたいなものまで感じられる。

思わず見惚れてしまった後、すぐにハッとした。


「いらっしゃいませ! お好きな席へどうぞ」


ふわりと微笑む姿に胸が高鳴る。それを誤魔化す為に慌ててお辞儀をして日替わりの準備をしにいく。

母が死んでからはこの食堂を1人で切り盛りしているのでそんなに沢山の品数を準備することはできない。昼は日替わり1品だけなんだけど、あの人こんな料理食べられるのかな?

奥からこっそり観察すると、何だかすごく物珍しそうにあちこちを眺めている。楽しそうだからよかったけど。


昼の時間を大分過ぎたこの時間は客が少ない。夜の時間までもう誰も来ないかな、と思っていたのだ。それがまさかこんなお客さんが来るなんて。


温めた日替わりのスープとサラダと朝焼いたパン。常連のみんなは美味しいと言ってくれるけど、この人の口に合うだろうか?

変な緊張をしながら彼の前に料理を並べる。


「ありがとう。これは君が作ったのかい?」

「は、はい」


不意に声を掛けられて危うくスープを溢すところだった。何とか返事をしながらテーブルに必要な物をすべて並べ終わる。


「お口に合うといいんですけど」


サッとテーブルから離れて頭を下げる。そのまま奥に戻ろうとしたらまた声を掛けられた。


「うん、美味しい。良い場所見つけたな」


嬉しい言葉に思わず振り向いたら、そこには目を細めたくなるくらいに眩しい笑みを浮かべた彼がいた。


「また来てもいいかな?」

「……はい、よかったらご贔屓に」


赤くなっただろう顔を隠す為に私はまた頭を下げた。


これが私とロードとの出会いだった。私の狭い世界に突然現れた天使様。

キラキラ光る金色の髪に澄み渡る空みたいな瞳、近寄り難いのに気さくで優しくて、身の程知らずだと分かっていても惹かれずにはいられなかった。







あれからロードは何度か店に来てくれた。決まってその日は他にお客はいなくて、何となく不思議に思いながらも親しく話せるのが嬉しくて仕方なかった。


そんな幸せな日々が暫く続いたある日のことだった。

いきなり開いたドアの向こうにいたのは天使様じゃなくて女神様だった。


「こんなみすぼらしい者が選ばれたと言うの? サフィス様もお戯れが過ぎるというもの!」


燃える炎のような美しい赤毛を靡かせながら、女神様は驚きに立ち尽くす私へと近付く。そして、手に持っていた何かを私に向かって投げた。


咄嗟に顔を庇った腕に液体が掛かる。その瞬間、激痛があちこちに走った。


「っ、ぁぁあーっ!」


腕が焼けて爛れているかのようだった。飛沫が掛かったのか顔の半分も疼き出す。

その場に踞り、激しい痛みに意識が奪われていくのが分かった。薄れていく意識の中で床に倒れ込みそうになった体を誰かが支えてくれる。


「! これは酷い……王子になんて言えば……」

「とりあえず医者だ!」


体が浮いて誰かに抱え上げられたみたいだ。どこに連れていくの? そう聞きたいのに唇はぴくりとも動いてくれない。ただ顔中が熱を持ったように痛くて熱かった。


「無礼者! 私を誰だと思っているの!? 手を放しなさい!」

「例えミラバルカ伯爵ご令嬢でも、サフィスディロード様の妃に危害を加えたことは許されません」

「妃ですって……!? あんな最下層の平民が? そんな、私という者がありながらっ……」

「はいはい、罪人は黙ってサッサと捕まってくださいよ。オレらも忙しいんですから」


話を理解できたのはそこまでだった。今度こそ痛みを忘れる為にも薄れていく意識に身を任せる。


そして次に目を覚ました時は、今度こそ本当に命を失う間際のことだった。


狭い視界に映ったのは1人の女性。見たこともないような広く美しい部屋の中で、メイド服に身を包んだその人の手にはナイフが握られていた。


「不運な平民。王子の目に留まらなければ、こんな死に方しなくてもよかったのに」


王子……そっか、ロードって王子様だったんだ。驚きよりも納得だった。道理であの気品、貴族様かなとは思っていたけどまさか王族だったなんて。


「おかげで正妃争いの決着はつきそうだけど、王子が民を利用した挙句に殺すなんてこの国お先真っ暗だわ」


死ぬ間際に湧き上がった感情は虚しさだった。私は利用されたんだ。その事実に思わず笑いたくなった。痛みに引き攣る口角はちゃんと上がっていただろか。


迫るナイフに目を閉じて、私は訪れるだろう痛みを覚悟した。

これは身分不相応に王子に恋をした罰かな? もしそうだとしたら、来世、また人として生まれ変わることがあるなら、もう二度と届かない人に恋なんてしない。次はどうか平凡で穏やかな幸せを。


一瞬だけ胸に感じた激痛は、まるで灼熱の炎が体の内側を焼いたような痛みだった。そして、それはすべての痛みから私を解放してくれるたった一つの慈悲でもあった。


ムーンライトノベルズからの移行話です。

本編完結済みの為、ぼちぼち移行させたいと思います。

番外編を新しく追加予定ですので、よろしくお願いします。

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