帰りません!
ハンスはヨハンをハンガーに連れて来た。そこには多数のbf109とju87がズラッと並んでいた。
「す、凄い数ですね」
「少し前まではこの半分もなかった。それがここ2ヶ月で一気にハンガーを埋めた。パイロットも増員に次ぐ増員。お前の様な新米が増えた」
「そうなんですか。しかしどうして急に・・・・・・」
「近々大規模な攻勢を仕掛ける計画があるらしい。俺たちが前線で粘ってる間に、後方で着々と軍備を整えていたんだろうな」
「大規模攻勢ですか!?」
「なんだ聞いてないのか?」
「聞いてないですよ!そもそも何でそんな大事なこと中尉が知ってるんですか!」
「前まで人員どころか弾まで出すのを渋ってた奴等が、ここに来てこの大盤振る舞いだ。誰だって気付くさ。と言ってもどんな作戦かは流石に分からないがな」
「分かってたらこの国の情報管理能力を疑いますよ!」
そう言うとヨハンは悩ましげに頭を抱えた。
「うぅ・・・・・・前線に配属されていきなり大規模な作戦に参加させられるなんて。自分は生きて帰れるでしょうか?」
「さぁな。ただこの作戦が終わる頃には、ここにいる新米の半分は死んでるだろうな」
「そ、そんな!冗談キツイですよ!こんな時に!」
「冗談じゃないさ。俺の同期は184人いたが、今はもう45人しかいない。しかも死んだ奴等の大多数は初陣から1ヶ月以内に死んでる。冗談なんかじゃないのさ」
ハンスはヨハンの顔から血の気が引いていくのがわかった。
「どうだ?怖いか?帰りたいか?帰っても良いんだぞ?」
「か、帰りません!帰りませんとも!」
ハンスはチッっと舌打ちすると、ヨハンをある機体の前に連れて来た。
「このbf109f型は俺の機体だ。あれが見えるか?」
ハンスは尾翼を指差した。
「はい。百機撃墜記念ペイントと91の撃墜マークが見えます」
「そうだ。俺は191機も落とした。凄いだろ?」
「はい!流石は赤鷲です!機首の赤鷲ペイントもとても格好いいですよ」
ハンスの機体の機首には赤い鷲がペイントされている。この鷲のペイントは、オストラントでは目覚ましい活躍をしたパイロットにのみ着ける事を許される大変名誉あるペイントである。ハンスの元同僚のラルフは黒い鷲を受領し、先のバトル・オブ・ウェールズの時は赤鷲と黒鷲のロッテは多いに恐れられた。
「そっちはいいんだ、そっちは。とにかく俺は191機も落とした。これがどういう事かわかるか?」
「はい!中尉の様な強い人とロッテを組めるなんて光栄です!なんか生きて帰れる様な気がしてきました」
「あー、そっちか~。いや普通はそう考えるか」
ハンスは頭をかきむしりながら話を続ける。
「いいか?俺が言いたかったのはそう言う事じゃない。本当に言いたかった事は戦場には俺みたいな、いわゆるエースと言われる奴等がいるって事だ。勿論敵にもいる。しかも沢山。お前はそいつらを相手に生きて帰る自信があるのか?」
ヨハンの顔からまた血の気が引き始める。
「で、でも自分には中尉がいます!」
ヨハンが震える声で振り絞って出したその言葉も虚しく、帰って来たのは絶望の一言だった。
「悪いけど俺はお前を助けるつもりはないよ」
ヨハンは絶句した。配属される時にパートナーがあの赤鷲と聞いた時は絶大の安心感と根拠のない自信に包まれたが、 今一気にそれを失った。
「どうだ?帰りたくなったかい?」