人形を拾いました
わざわざゴミを拾って持ち帰ったのは、きっとその時が初めてだと思う。特に考えてやったわけではない。ただ、見つめられているような気がして振り返ると、この人形が寂しそうな目でオレを見ていたから拾ってやったのだ。
家に持って帰って洗ってやり、泥を落としてドライヤーで乾かすところまでは無心で出来た。しかし、自分の部屋持ってきた段階でようやく気付く。……こいつこれからどうしよう?
目的も無く拾ってきてしまったため、こいつの利用価値が全くわからない。この人形はいわゆる着せ替え人形というやつで、フリフリしたドレスが可愛らしすぎる少女趣味全開の人形だった。残念だけど男子高校生の部屋に存在するだけで非常に誤解を招く人形なのだ。いっそもう一度捨てに行くべきか?
そんなことを考えながら色々いじくっていると背中のところが蓋になっているのに気付いた。好奇心に駆られて開けてみると、そこは単三電池が入るようになっている。なんだ、こいつ動くのか。オレは机の引き出しから単三電池を取り出し、人形にセットして蓋を閉めた。良く見ると蓋の下にスイッチらしきモノも付いているので、何かが起こることに期待しながらそのスイッチをオンにしてみる。
「なんだこれ? 動かねーぞ」
机の上に置かれた人形はピクリともしない。電気回路のどこかがイカれちまってるのだろうか? しょうがない、とりあえず単三電池を抜いておこうかと手を伸ばした時だった。ブルブルブル! 人形が突然震えだした。うおっ! 気持ちわりぃ! ドン引きしていると、今度は両の目が赤く光り始めた。なんだよ、これ、全然可愛くないじゃんと思っていると、とどめにこの人形は喋り始めた。
「ピーピー、あなたは呪われました」
どうやら呪われたらしい。いや、まてまてまてまて……。良くわからないけど、この人形はヤバいのか?
「ピーピーピー、あなたは呪われました。ピーピーピー、あなたは呪われました。ピーピーピー、あなたは呪われ……」
うるさいので電池を抜いた。すると人形はぐったりと元の無力な状態に戻った。
……しばらく警戒して様子を見たが、どうやら怨念とかで動き出す気配は無いようだ。オレは安全と判断して再び単三電池をいれてみた。
「なんで電池抜くのよ? 動けないじゃない!」
オレはスイッチを切った。今度は喋った。間違いなくオレに会話をしかけてきた。今の出来事は夢か? 現実か? わからないが、とにかく確かなのは、オレの心臓が爆発するんじゃないかというほどに、踊り狂っているということだけだった。
オレは一度冷静になって今の状況を整理してみる。まずは深呼吸をする。すーはーすーはー。そして状況を一つずつ分析していく。
まず第一にこの人形にオレは呪われたらしい。
第二にこの人形は喋る。(会話をするレベルで)
この二つが導き出す答えは、この人形マジやべえということだけだった。そして本当にオレは呪われてしまったのだろうか? もし、そうだとしたらオレは得体の知れない呪いのせいで後々酷い目に遭うのかも知れない。そう考えると憂鬱になった。しかし、気付いたこともある。人形を観察したり、考えたり、つまようじで突いてみたりと色々やってみてわかったのだが、この人形は電池が無かったりスイッチを入れない限り動かないようなのだ。
意を決してスイッチをもう一度入れてみる。
「スイッチも切らないで! 本当に何もできないんだから!」
「いや、悪いけど驚いたんだ。まさか喋ると思わなくってさ。それより君は一体なんなの?」
「ふっ、わたし? 決まっているじゃない!」
そこで人形は溜めに溜めて言い放った。
「わたしはメリーよ!!」
だからなんなのだ?
オレはなぜかこの人形を無性にしばきたくなったが、祟りがあるとまずいので我慢した。人形のドヤ顔が精神衛生的によくないので、天井を仰ぎ見るようにしながら質問を続ける。
「君は……その……呪いの人形なのか?」
「そうよ! わたしは持ち主がいくら捨てたり、壊したり、目に触れないところに片づけようとも、気がつくと必ず隣にいるという呪われた人形なのよ!」
それはなかなか面倒臭いのかもしれない。でも、想像以上に害の無い呪いなのでほっとした。そしてこの人形は、なぜこんなにもテンションが高いのだろう?
「あれ、でもおかしいよな? それならなんでお前はあんなところに捨てられていたんだ?」
「…………」
人形は急にしょんぼりとして喋らなくなった。え、いや、なに、なんで? あのテンションはどこにいったんだろうか。なんだか空気が徐々に重くなっていくのを感じた。なにかいけない事を訊いてしまっただろうか? すると人形は静かに話し始めた。
「お前って言った……」
「は?」
「初めはわたしのことを君って呼んでくれたのに、いつの間にかお前になってる……。確かにわたしの身体を散々弄くりまわしたあなたからすれば、呼び方なんてもうどうでもいいのかも知れない。でもね……馴れ馴れしくするのは早すぎると思うの。わたしはまだ、心の準備が……ごめんごめん! だからお願い、電池を抜くのはやめてー!」
この人形について新たにわかったことがある。こいつ非常に面倒臭いようだ。
「……本当はね、わたしの呪いってそんなに強くないのよ」
急に人形はしおらしく語り始めた。さっきの今でいい加減にしろと思ったが、どうやら今度は本気らしい。
「わたしはね、電池が無ければ動けない、スイッチが入っていないと動けない不完全な呪いの人形なのよ。いや、呪いだって本当はどうでもいいの。ただ、わたしは持ち主と遊びたいだけなのに、わたしの持ち主となった人間は、わたしのことを気味悪がって、最後にはいつも電池を抜いて捨てるのよ。でもね、電池が無くっても動けないだけで、わたしの意識は常に残っているの。だから、わたし、寂しくて……」
そうだ、この人形を初めて見た時、とても寂しそうな目をしていたんだ。自分ではどこにも行けなくて、誰かにすがるしかないのに、誰も手を差し伸べてくれない孤独な人形。だからこそオレは気まぐれにガラクタを拾うなんていう、普段では考えられない行動を起こしたんじゃなかったのか。
「わかったよ。もしよかったら、オレと遊ばないか。それなら少しは寂しくないだろう?」
「……ホント?」
その時人形は初めて笑った。輝くような笑顔というのは、きっとこの表情のことをいうのだろう。人形は本当に嬉しそうに笑った。
呪いの人形なんてきっと好きで呼ばれているわけじゃない。この人形はこんなにも愛らしく、見ている者に元気を与え、微笑ましい気持ちにしてくれるじゃないか。オレはこの人形の笑顔を見られ続けるのなら、変態少女趣味野郎の称号を貰ってもいいかもしれないと考え始めていた。
「……ところで一体なにを探しているの?」
さっきから人形はがさごそとオレの机を物色もとい荒していた。後片付けだれがやるんだよと考えていると満面の笑顔で人形は言った。
「かくれんぼするための道具を探しているの。わたしが鬼をやるからあなたはもう隠れていていいわよ」
かくれんぼに道具なんか必要だったっけ? なんて、のんびり考えていると人形はオレの机からカッターナイフを見つけ出してニッコリしていた。……なんとなくオチが読めたが、オレは一応訊いてみた。
「そのカッターナイフなんだけど、いつどこで使うつもり?」
「もちろんあなたを見つけた時よ」
ニッコリとオレを見て答えた。ああ、駄目だコイツやっぱり呪いの人形だった。こうなるとさっき害が無いとかなんとか考えていた呪いがめっちゃおっかねー効果になるじゃん。
「それじゃあ、30秒数えたら始めるから隠れてね。1……2……3……」
オレは3の時点で電池を抜いた。……というか抜けたし。やっぱりコイツ害ねーんだなーとは思ったけど、多分コイツと仲良くなれることはないだろう。
翌日もとあった場所に人形を置いてきた。
ちょっとだけ寂しいのだから不思議だった。
もちろん家に帰ると部屋になぜか人形がいるところまでがお約束です。