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Pと失敗

 アヴァロンズには音楽というものがない。


 唯一あるのはギター――マーソンD45。かつて僕と同じようにアヴァロンズに「迷い込んだ」男の置き土産らしい。


 その男は高名な演奏家であり、深夜まで練習していて、ギターを持ったまま眠りこけてしまった。


 そして、僕が「迷い込んだ」時に服を着ていたのと同じ原理で、身につけていたからギターを持ってこちらに来られたのだ。


 その男はアヴァロンズ到着後、アヴァロン神に一生を捧げた。


 僕と同じように、毎日一曲の「捧げ物」を、捧げ続けて40年。


 とうとう寿命を迎えることとなったその日まで、作り上げた曲は2万曲を超えるという。


 彼の時代はまた、アヴァロンズの黄金期でもあった。


 捧げ物に気を良くしたアヴァロン神のおかげで、国民は子宝に恵まれ、天候も適切で飢えるものはほとんどなかった。


 生活に余裕ができたことで、文化的にも発達。音楽以外の様々な大衆文化が花開いたという。


 ただ、演奏家の男は、そんなことに頓着する様子もなかった。


 彼の人生は死ぬ間際まで、ほとんど音楽に満たされていた。それ以外のものは、眼中になかったという。


 老齢でギターを上手く弾けなくなって引退、その後すぐに訪れた死。


 彼の頭にあったものが何かは、誰も知らない。


 彼は幸せだったのだろうか。



 その彼のギターが、今は僕の元にある。


 「神器」としてギネヴィアが毎日手入れをしていたおかげで、音も演奏性も衰えていない。木材が乾燥した分、前よりも質はいいのではないかとも思う。


 しかし一本しかないのが困り者だ。壊すと困るから気を使う、という問題もあるし、なにより、


 僕はこれから教えるのだ。


 突然やってきた少女に。



 僕とキューは、かつて「男」が曲作りに使用したとされる部屋で、向かい合って座った。


「まずは僕が、手本を弾く。次はキューが、それを真似する。


 そうやって交互にやっていくしかないね。


 ギターは一本しかないんだから」


「はい」


 キューは頷いたが、先ほどまでの元気さはどこへやら、緊張気味だ。


 自ら飛び込んだとはいえ、見慣れない環境に戸惑っているらしい。


 ここ、宮殿は落ち着く内装とは言いがたいし、見知らぬ人と向かい合うのもそれなりに緊張するものだ。


 なにより、自分の夢――音楽家になることに、突然チャンスが巡ってきたこと、失敗したらどうなるかわからないこと。


 そういった気負いが、彼女の身体を固くしているのだ。


 僕はじゃらんと、Aのコードを弾いた。キューは全身を目にするようにして、僕の手元を見つめる。


「失敗の話をしよう」


 と、僕は言った。


「わたしが、失敗したらどうなるかの話ですか?」


「いや、僕が失敗した時の話。


 いいかい、まず、普通にAのコード――和音を弾くとこうなる」


 もう一度Aを弾く。キューはまだ固い表情でそれを見つめる。


「ところが、ギターには弦が6本ある。


 さっきのAコードは5弦開放のAの音をベースに組み立てたAだけど、


 同じAの音を、例えば、6弦5フレットを鳴らすことでも得ることができる。


 6弦5フレットをベースにしたAは、こうだ」


 鳴らす。キューは頷く。


「同じ響きがします」


「そうだろう。


 で、ギターの演奏においては、音域を出来るだけ揃えるため、近いフレットでコード進行を組み立てることが多い。


 僕はD→E→Aというコード進行を弾こうとしていた。前後の脈絡で、Dは5弦5フレット、Eは5弦7フレットをそれぞれ基準にしていた。


 そうなると、音域が近い6弦5フレット基準のAが欲しくなる。


 ここで僕の失敗の話だ」


 僕は指をすべらせ、6弦4フレットに親指を置いた。


「歌いながらだったから、ギターを見ずに演奏していた。それで、6弦4フレットを基準にしたG#を鳴らしてしまったんだ。


 こんな音」


 僕はD→E→G#と弾いた。


「違和感があります」


「僕もやってしまったと思った。でも、そこでひらめいて、指をスライドさせてAコードに着地してみた。すると、どうだろう? 違和感はあるけど、僕には美しく聞こえるサウンドができたんだ。


 当時はエレキ――違う種類のギターだったけど、このギターで再現するとこうなる」


 D→E→G#→A。


 それを、繰り返す。4回繰り返したところで弾くのをやめた。


「当時の僕は頭でっかちで、自分の中で消化した理論しか使いたくなかった。


 それで、言ってみれば、『よく出来ているけどつまらない』サウンドに陥りがちだったんだ。


 この失敗は僕の思い込みを正してくれた。


 失敗してもいいんだ、そこからしか生まれない音もあるんだと。


 僕がこんな話をする理由は、多分わかってくれると思うけど」


 僕がそういうと、キューは照れくさそうに笑った。


 笑うとけっこう、可愛い。


「はい……、わかります。ありがとうございます」

 


 せっかくなので、最初の練習は「D→E→G#→A」の繰り返しにした。


 まず僕が見本を見せる。


 ゆっくりのテンポで、2拍目と4拍目にアクセント。スライドの部分は多少大げさにして、スライドという効果を強調する。


 ギターをキューに渡して、まず気がついたのはキューの耳の良さだ。


 アクセントとスライドを、再現しようとしているのである。まだ不格好で、アクセントをつけようとして逆にギャリっとした弱い音になってしまっている状態だが、やりたいことは伝わる。見本からきちんと吸収していたのだ。


 僕は手拍子でテンポを取っていたのだが、そのテンポに、ギターがぎこちなく寄ってくる。演奏しながら他の音を聞くというのは、思ったよりも難しい。これも一つの耳の良さだ。


 ここでいう耳の良さとは、単純にどこまで小さい音でも聞こえるかという意味での耳の良さではない。


 音楽に含まれている「情報量」を聞き取れるかどうかという意味だ。


 それがキューは優れている。今まで音楽をロクに聞いたことがなかったはずだが、生まれつきなのか。それとも音楽を初めて聞くからこそ、新鮮な気持ちで聴きこめているのか?


 しばらく「D→E→G#→A」を繰り返したところで演奏を止めて、今度は別方向から攻めてみることにした。


「歌はどうかな。歌ったことある?」


「牛追い歌なら……」


「それって、どんな?」


 キューはえーとと思い出すような仕草をしてから、突然息を吸い、歌った。


「うーしよ そーれいけ はーしれやはしれ」


 単純なペンタトニックによる音形。民謡にはペンタトニックでできたメロディが多い。


 だが、それはともかく、声だ。


 芯が通っていて、力のある、いい声をしている。ボカロはどちらかというと綺麗で可愛い声のものが多いので、対照的な力強い歌唱法は、新鮮だった。


 それに、リズムがとれている。


「はーしらなければ かみつーくぞー


 い、以上です」


「うん」


「ど、どういう意味の、『うん』、ですか?」


「いや、かなり、いい意味で。


 うん、うん。……よし」


 僕はギターを弾き始めた。キーEのブルース進行。僕の世界では誰もが聞いたことがある進行だった。


「これに乗せてアドリブしてみよう」


「え、えーっ」


「最初は僕が適当にやるから、あとをついてくるんだ。


 『ふーん、ふん』って感じで。はい」


「ふーん、ふん」


「へーい、へい」


「へーい、へい」


 そんな調子で何回かついてこさせたあと、いよいよキュー本人にアドリブさせてみた。


 結果は――さんざん!

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