旅立ちは計画的に!6 授業
「えー…ここは、温度が極めて重要ですからね、素早く風の魔法で熱調節を…」
薬草学の講師、ミセス・ノリアはその枯れ枝のような指を小刻みに振りながら、黒板の前を行ったり来たりする。
目の前の鍋をかき混ぜながら、マリアベルの頭の中も一緒にグルグル回っていた。
(ああ、もう!ちゃんと集中しなきゃいけないのに!)
まあ、元から魔法は使えないので、いくら頑張ってもきちんとした薬品が出来る可能性はそこはかとなく低い。
けれど、やることもせずに出来ないと丸投げしてしまうのは性に合わなかった。
風の魔法が使えない代わりに、火の調節の仕方を必死で覚えた。
皆が、呪文1つ、いや下手したら念じるだけで行える作業を、1つ1つ何度も練習して、魔法無しで出来るようにしていったのだ。
そのためか、50回に1回くらいは成功することもある。
(ほぼ失敗…じゃなく、たまに成功!なんだから)
そうですとも!要は言い方の問題だ。
絶対に失敗しかできない魔法の授業と違って、努力すれば成功する可能性が残されている薬草学の授業が好きだった。
それなのに…!
先ほど思いがけずあったルイ様の顔が頭から離れない。
だいたい、何で学院にルイ様がいたのだろう。
会いたくなかった。会う度に胸が苦しくなる。悲しくなる。それ以上に苛苛する。
昔は、といってもほんの数年前までは、ルイ様と自分との落差を感じては駄目な自分に涙ばかり流していた。
あの頃は私も可愛らしい乙女だったのだ。いや、今も可愛い乙女です。
ともかく、ルイ様にふさわしい自分になろう、と。そんなことばかり考えていた。
だが気が付いたのだ。私は何も悪くない。むしろ奴のせいで私が振り回されるはめに…!
理不尽な要求ばかりされ、勝手に失望され。私がいつ期待して欲しいと言った?
(ああ!もう本当どうしてルイ様なんかが許嫁なのよ!皆、皆私がルイ様にふさわしくないっていうけど、こっちから願い下げなんだから!)
いかに私にはもったいなさすぎる至高の美形でも、最高の魔法使いでも、尊き身分でも。
私から望んだことではないし、むしろ私はどちらかと言えば平凡な人が大好きだ。
(多分、美形を見すぎて飽きてるのかもしれない。なんて言ったら贅沢すぎる悩みだ!とかすごく怒られそうだけど)
「ちょっと、ベル!鍋、鍋っ」
「魔剣士科のロイ先輩とかまさに好みど真ん中な感じなんだよね」
「は?あんた何言ってんの」
バシッと、頭をアスコットに叩かれて、ようやく周りの状況が目に入る。
アスコットの指の先、私の鍋の中身は、見たこともないような汚い虹色。おまけに、異臭まで漂い始めている。
グツグツと泡立つ鍋。黒板には、大きな文字で煮立たせるのは厳禁!!と書かれている。
「ど、どうしよう」
「全く、ベルがこんな失敗するなんて珍しいわね。とりあえず、早く火を…」
「火!?火ね!?今吹き消す!」
「馬鹿っ!いきなり消したら駄目よ!この薬品は徐々に…ってああ!」
「アッティ、やばい、変な煙が…!」
火を吹き消した途端、白い煙…ではなく、緑色の煙が漂い始める。
この頃には、クラスメイトたちも、ありえない、という顔をしてこちらを凝視していた。
ミセス・ノリスにいたっては、目を限界まで見開き…おそらく怒りに震えている。
「ミス・グランディス!信じられません!ああ!もう!とにかく、皆さんそのままで!」
ミセス・ノリスの金切声が教室中に響き渡る。と、私の鍋の周囲に瞬く間に硬化封印魔法が展開されていた。
見る間に、密閉された鍋から発生した煙が緑から赤に、紫へと変わっていく。
あれ、なんかおかしくないかな?
今日、作っていたのは…傷薬じゃなかったっけ。
どうやら、おかしいと思っていたのは私だけではなかったようだ。
奇異なものを見るようなクラスメイトの目と、ますます目を見開いたミセス・ノリスの表情が、それを雄弁に物語っていた。
「ミス・グランディス」
「は、はいっ」
「あなた、一体何を作ったのですか!こんなもの…みたことがありません!全く、わかっていますね!?明日までに反省文50枚です!」
「…はい」
ああ、今夜は徹夜だ。けど、ちゃんと集中しなかった私が悪かったんだから仕方ない。
今日はむしろこれくらいで済んだからよかったのだ。下手したら大事故を起こしていたかもしれないし。
はぁ、と溜息を吐けば、だからいったでしょ?とでも言いたげなアスコットの顔。
はい、本当ごもっともです。
ひたすら憂鬱な気持ちで、いまだに奇妙な煙を出し続ける鍋を見つめた。




