旅立ちは計画的に!4 敵との遭遇
「…アッティー、走ろう」
「私は走るくらいなら転移魔法を使うわよ」
「なら、私は全速力で走るから。薬草学の授業で!」
気が付いていない、きっと気が付いていないはず!…と祈るしかない。
ええ、勿論それが奇跡のような確率だったとしても、私はこんなところで奴に会いたくないのだ。
「リア」
けれど、走り出してすぐに奴だけが呼ぶ愛称で、優しく声をかけられる。
振り向かなくてもわかる。きっと今奴は完璧な微笑(無駄にキラキラ王子スマイルともいう)で、私が振り向くのを当然のように待っているに違いない。
「…はい」
呼ばれれば無視をすることは許されない。
なんたって私には"不釣り合い"な許嫁様が私を呼んでいるのだから。
「会えて嬉しいよ。リア」
私は全く嬉しくないですけどね、という言葉を飲み込んで、私もです、と答える。
ああ、今日も無駄にキラキラなその美貌が眩しすぎる。本当に同じ人間なんですか。
ルイ様が嬉しそうに微笑んだその瞬間に、白薔薇聖乙女の会の面々が嗚呼ッ、とかなんとか叫びながら倒れたのを、毎回あの人たちも派手に倒れるよなあ、などと眺めながら、どうやってこの場を切り抜けようかと頭の中で必死に考えていた。
「学院に通っていれば君に毎日会えたのにね」
残念、とそう言うルイ様は私と同じ年だ。
フェルトリーリエ王国では、身分の上下問わず魔力があるもの全てが国にある魔道学院に通わなくてはならない。
ちなみにルイ様はその驚異的な能力により、入って3か月もしないうちに王立中央魔道学院を史上最年少最速卒業した。
…当時は、それが寂しかったなんて。本当今思うと信じられないよなぁ…。
そもそも、何故魔力の無い私が王立中央魔道学院に通っているのかというと、全ては私がルイ様の許嫁だからだ。
魔力が無いというのはありえない。いずれ魔力が芽生えるだろう。その時に備えて王妃として国で最高の魔道教育を!とかなんとかで、私は魔力が無いにも関わらず、フェルトリーリエ王国の最高学府である王立中央魔道学院に強制的に通わされているのだ。
実力で入った訳では無い、ましてやありえないとされる魔力無しの私に対して、周囲の目は驚くほど冷たかった。
座学を必死で勉強しても、実習では見学することしかできない。もちろん、成績がいいはずもない。
それなのに、学期末ごとに名だたる大貴族たちの前で成績報告をしなければならない。
私が一言喋るたびに漏れる落胆の声に、何のためにここにいるのだろう、そう思わずにはいられなかった。
どうして、私には魔力が無いのだろう。
…どうして、ルイ様が…許嫁なのだろう。
もしも、私の『運命の赤い糸』が平民だったら、私は。
「…3か月くらいは同級生、でしたよね」
「ああ、あの頃は幸せだったな。毎日君の愛らしい笑顔が見れたし…。そうだ、今からでも遅くはないかな?もう一度学院に入りなおすというのはどうだろう」
「そうしたら、ルイ様は1年生になられますね」
「君が先輩になるの?リア先輩か…でも、できれば僕は君の隣で授業を受けたいんだけどな」
いやいや、ルイ様が実際隣の席だったら…無理無理。キラキラオーラにやられて授業に集中できない。というか、小さかった頃のあの短い期間でさえ、ルイ様巡って魔女たちの仁義なき戦いが起こってたのに、今なら死人が出るんじゃないかな。ほら、強力な攻撃魔法とか皆覚えてるし。
あと、絶対私が苦労する。
げんなりとした私の様子に気が付かないのか、なおも嬉しそうにルイ様は語る。
「同級生なら、一緒に実習したりするのかあ…二人で何か作業をする、というのはいいね。そうだ!ねぇリア、今度一緒に何かしよう。ああ、何がいいかな。リアの好きなことがいいよね」
「剣の素振りとか、手合せとかなら喜んで」
即答する私にルイ様が目を丸くする。うん、我ながら本当16歳のうら若き乙女の言うことじゃないよね。
でも、魔力の無い私が出来る事と、魔力があるルイ様のできること、というのは結構限られてくるし…何より、箒より重いもの持ったことありません的なルイ様が剣を持てるはずがないから、2人でうんぬんというのは流れるはず。
すごく良いアイデアだ。
「まあ、でもルイ様には…」
「いいよ、リア」
「ですよね…え!?」
「けれど、リア、僕は剣を持ったことがないから、手取り足取りしっかり教えてね」
「ほ、本気…で!?」
「僕が嘘を吐いたことあるかな?ああ、沢山あるけど、リアのことについては一度もないからね」
「そうですか…」
サラリと何かとんでもないことを言われたような気がするけど、突っ込む気力も気概も無い。
ああ、もう私の精神力がすさまじい勢いで削られていってるよ!
まだ午後の授業があるのに本当疲れた。
一日中剣の修練をしたときよりもはるかに疲れた。
これからはルイ様ポイントとか作って、それが無くなったら回復するまで会話なしとか…常識的に考えて無理だよね。はぁ。
心の中で溜息を吐く、と同時に重苦しい鐘の音が鳴り響いた。
予鈴だ。授業が始まる5分前の合図。
普段は、悪魔の音にしか聞こえないそれが、今は天使の祝福の音にさえ聞こえる。
「次の授業がはじまるので、もう行きます」
「…そう、引き止めちゃってごめんね」
思わずにやけそうになる顔をなんとか引き締めて、そう告げれば、思いがけず 寂しそうな微笑。その微笑を見ていられなくなって、咄嗟に目を逸らす。
…そういえば、いつから、私はルイ様に対して言葉を失ってしまったのだろう。会うことを恐れ、逃げるようになったのだろう。
今も、授業の予鈴が鳴ったことでルイ様の前から逃げられることに安堵している。
違う、授業に遅れたら大変だから。
逃げるんじゃ…ない。逃げるわけじゃ…。
「リア?」
怪訝そうなルイ様の声に、途端に我に帰った。
「なんでもありません!失礼します」
そうして私は、薬草学の授業が行われる教室へと走った。