旅立ちは計画的に!3 王立魔道学院
「…ベル、マリアベルっ」
「…んー…」
「マリアベル!いいかげんに起きないと午後の授業に遅れるわよ」
「…え、嘘!?」
「私がこんなくだらないことで嘘つく訳ないでしょ?ほら、行くわよ」
ぼんやりとした、寝起きの頭で周りを見る。茶色いレンガ造りの、歴史を感じさせる回廊に取り囲まれた、日当たりのいい小さな庭。
ここは、王立魔道学院の中庭だ。
顔色が悪いから少し寝れば?と、目の前の友人、アスコットに進められたのは昼休みになった直後。
大丈夫、とはいったものの、お昼を食べた後の眠気には勝てなかったようで、いつの間にか昼寝をしていたらしい。
ああ、こんなところを他の令嬢方に見られでもしていたら…!!
「あーら、マリアベル嬢?先ほどは、はしたなくも中庭でお眠りになっておりましたわね」
「本当!こんなお方が未来の王妃殿下だなんて…魔法大国フェルトリーリエも堕ちたものですわね」
「嘆かわしいことですわ」
「信じられませんわ」
杞憂に過ぎなければよかったのに。
背後から揃って掛けられた声に辟易する。
これは白薔薇聖乙女の会、所謂王太子殿下親衛隊の皆々様方だ。アスコット曰く別名、金切り声のギラギラ野獣、白薔薇"性"乙女の会。
構成メンバーは言わずもがな、上位貴族のご令嬢方で占められている。
というのも…、『運命の赤い糸』制度にはあえて作られた抜け穴が存在するのだ。
『運命の赤い糸』同士は結婚しなければならない。が、結婚して子供さえ作れば後は何をしても許される。
誰と、どれだけ関係を持とうとも許されるのだ。
元は愛し合う恋人同士のために、と黙認されてきた公然の事実だが、白薔薇聖乙女の会の皆々様方はそれを利用し、自分自身の『運命の赤い糸』の相手と結婚して子供を産んだ後に、ルイ様と関係を持とうとしているのだ。
確率は低いとはいえ、ルイ様の子供が生まれる可能性もある。
実際、何代か前の王様には山のように愛人がいて、愛人との間に子供もいたらしい。
「えーと、御機嫌よう、ルイーズ嬢に、カトレア嬢に、ルセ嬢とリセ嬢」
白薔薇聖乙女の会でも幹部クラスの面々だ。
出来れば無視して逃げ出してしまいたい。
けれど、そんなことをすれば、家族に迷惑がかかってしまう。
何より、と白薔薇聖乙女の会の面々の身に着ける美しい魔石をちらりと見てグッと拳を握りしめる。
悔しいことに、私には白薔薇聖乙女の会を無視する権限などないのだ。
―魔石を身に着けることが出来ない、魔力無しの私には。
「では、私たちは急ぐので失礼します」
「え、ちょっと、アスコット」
「な、なんですの!?この平民上りが」
「平民あがりでも、貴女たちより魔道階級は上ですけどねー?お貴族様。ほら、こんな奴ら相手にして遅刻したら馬鹿馬鹿しいわ、ベル」
そういうアスコットの左手にはきらりと輝く真紅の魔石。
濃い色の魔石というのはそれだけその本人の魔力の高さを表している訳で。
身分制よりもある意味魔力の高さを尊ぶフェルトリーリエ王国では、この場ではアスコットの方が優勢ということになる。
悔しそうな白薔薇聖乙女の会の面々を尻目に、ほら行くわよ、と手を差し伸べてくれるアスコットには感謝してもしきれない。
「ありがとう、アッティー」
「あら、じゃあ今度学食の黒猫パフェ奢ってよ」
「うん、骸骨男爵の特製ケーキもつけちゃう!」
甘いものが大好きなアスコットは見るからに上機嫌だ。
「そんな魔力無し(ゼロ)と仲良くするなんて…さすが品の無い平民ですわ」
「ええ、本当に!」
「ありえませんわ」
「後悔なさいますわよ」
「仲良くしたら、何かいけないのかな?」
「お、王太子殿下、何故こんなところに!?」
後ろで白薔薇聖乙女の会が負け犬の遠吠えよろしく、キイキイ喚くのは想定の範囲内だった。
…けれど今、何か嫌な声を聞いた気がする。
あの、甘い、砂糖菓子よりも甘い声。
聞き間違えるはずなんかない。