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私、勇者になります!!  作者: るる子
2章 勇者の条件
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勇者の条件!

「とりあえずそこからどいてくれ」

「…嫌です。何されるかわかりませんし」


 この男の真意がまるで見えない。

 助ける、といったのは本当だろうか。だけど、助ける、といってもどうやって?

 騙されない、というように、私は関心の無い振りをする。

 だが、私の動揺は確かに男に伝わったのだろう。

 獣さんは余裕たっぷりの笑みを浮かべた。


「そういえば、まだ名乗っていなかったな。俺の名前は、クロヴィスだ」

「…マリアベルです」


 何故このタイミングで、とか色々言いたいことはあったものの、名前を明かした獣さん改めクロヴィスに、しぶしぶ名前を教える。

 ものすごく不本意だが、剣士は剣を交えた相手が名乗ったらこちらも名乗らねばならない。

 とはいえ、お互い訳ありのため、家名は明かさないままだ。

 マリアベルか、と口の中で小さく私の名前を呼んだ後、クロヴィスが満足そうな顔をした。ああ、なんか腹立つ!


「さてと、俺たちはお互いの名を知り合った」

「まあ…そうですね」

「ならば、クロヴィスはマリアベルを“今”は攻撃しないと神剣フェルアウストラに誓おう」


 今は、というのが気になるところだが、剣に誓われたので私も一剣士として、素直にクロヴィスの上から降りる。

 そうして互いに向き合うと、クロヴィスは徐に自らの胸元に手を入れ、赤い宝石のついたペンダントを取り出した。そこには実に複雑な美しい文様が刻みこまれていた。


(魔紋印の一種?)


 それは、高い身分のものが自らを証明するために使用する印だ。一人ひとり魔力の違いにより模様は異なるし、本人以外が複製することは絶対に不可能なもの。

 やっぱりこの男は身分の高い者だったのか、と思うのと同時に、クロヴィスが徐に私の首にそのペンダントをかけた。


「え、ちょっと…!」

「勇者になりたいんだろ、マリアベル。それがあれば国境を問題なく通り抜けることができる」


 何を考えているのかわからない不敵な笑み。

 こんな貴重なものを見ず知らずの、たった今あったばかりの私に渡すなんて。

 それに、封鎖された国境さえ問題ないとしてしまう男の身分。


「…悪用、されたらどうするつもり」

「お前はそんなことしないさ。それに、そうだな。もしそうなったとしても、それは俺の見る目がなかっただけだ」


 あっさりとそう言ってのけるクロヴィス。

 そこには微塵の後悔も何もない。

 こんなにも美味しい話がそうそうあるはずがない。

 だから、頭ではペンダントを突き返して早くこの場から去るべきだ、とわかっている。

 けれど、私の足は動かず、口は勝手に言葉を紡ぎだす。 


「…対価は?」

「そうだな。…次に会ったときには、お前をいただくことにする」

「馬鹿じゃないの?もう二度と会わないかもしれないのに」

「いいや、必ず俺たちはまた出会うだろう。それまで俺のペンダントを預かっていてくれ」


 絡み取られるかのように、一度手を強く握られる。焼けつくように熱い手だった。

 自信満々なクロヴィス。もう会うことはない。会いたくはないのに、何故だかその言葉が本当になるような気がしていた。

 だからこそ、その手を振り払い、私も言う。


「もし、国境を抜けられなかったら恨んで剣の錆にするから。…えと、それで、あの、通りまで、道を…」

「道?」

「通りまでの道を案内してください」 


 大爆笑するクロヴィスに、屈辱に耐えながら、路地の出口まで案内してもらうと、その足で私は国境へと向かった。

 封鎖された国境には当然人はいない。だが、クロヴィスのペンダントを見せるとすんなりと、両国の国境検問所を通ることができた。


(本当、何者だったのかな)


 フェルトリーリエ王国を出て、アリスティシャ帝国に漸く入る。

 元は砂漠の遊牧民族が造り上げた大帝国。歩く人の服装も、風習も何もかもがフェルとリーリエ王国とは違う異国。

 ローデスの街にあまり人がいなかったのと同様、この街にもあまり人がいないようだった。

 気を抜くことはまだ出来ないけれど、国境を抜けたことにより勇者への道のりはぐっと近くなった。

 …クロヴィスのペンダントが無ければどうにもならなかったに違いないので、クロヴィスには感謝の気持ちで一杯だが、その正体を考えると頭が痛くなる。

 まあ、今は考えても仕方ないか。

 いずれ、きっと次に会ったその時にはわかるはず。

 私は、ここから一番近い教会へと急いで向かうことにした。



「アーガイル様、どうしたんですのぉ?そんなにご機嫌なんて、めずらしいですねぇ」

 

 燃え盛る炎のように真っ赤な髪を二つに縛った美少女が、淫らに傍らの青年へとしなだれかかる。

 それを特に意に介した様子もなく、青年は手元の酒を一気に呷った。


「ん?ああ、最高にいい女と出会った」

「まあ、アーガイル様がそんな風にお褒めになるなんてぇ!エリス、嫉妬しちゃいますわぁ」


 エリスという名の美少女は、拗ねたように頬を膨らませる。

 ここはローデスの宿屋の一室。

 あの後用事を済ませたアーガイルこと、アーガイル・ヴィセ・クロヴィス、ベルデスト帝国でその名を冠すことを許されている一族の男―ベルデウス帝国の皇太子―は、別行動をしていたエリスと合流し拠点にしていた宿へと戻ってきていた。

 めんどうな用事だと思っていたが、まさかあんな出会いがあるとは、とアーガイルはいつになく上機嫌だ。

 いい目をした女だった。内に秘めた強い意志。ゾクリとした。


「で、その女はどこなんですぅ?後宮のルールとかぁ、エリスが教えてあげますぅ」


 後宮制度のあるベルデウス帝国のアーガイルの後宮には現在30人程の多種多様な女たちが入っている。

 その中で、ここにいるエリスがある意味では、アーガイルの現在の1番のお気に入り、寵姫でもあった。

 ちなみに、正室はまだいない。


「くくっ、あいつは今頃アリスティシャ帝国にでも入ったんじゃないか?」

「えぇ?!ど、どうしてですかぁ!?」


 教会にでも駆け込んでるんじゃないか、と言えば、エリスの困惑はより一層酷くなる。

 それもまあそうなのかもしれない。今まで自分は、欲しいと思ったものは必ず手に入れてきたのだから。

 物でも、女でも、その地位でさえ。

 それなのに、かつてないほど欲しいと思った女を、何故自分は野放しにしているのか。


「さあな?俺にも解らない」


 自分の手で道を切り開くことの出来る女。その剣の腕も、頭も悪くはない。

 隣に立つのがふさわしい、そう思える―…。


「ああ、もしかしたら本気なのかもしれない」


 自分で手酌をしながら、喉が焼けるように強い酒を再び呷る。

 相手が俺の正体が分からなかったように、俺も相手の正体を何も知らない。

 それなのに、柄にもなく手助けをした。


「えっええー!?」


 エリスの奇妙な叫び声に、なんだかおかしくなってくる。

 ああ、俺はめずらしく酔っているのかもしれない。 

 だから、と胸の内にある奇妙な感情を酔いの所為にして、答えを見つけることを放棄する。

 どうせ、次に会ったその時、きっと解るはずだからと。



 やっとたどり着いた教会で、私は悲鳴に近い叫び声をあげていた。

 その声に、周りにいた人々が何事かとこちらを見るが、そんなことに気が付きもしなかった。

 それよりも、今言われた事に頭の中が真っ白になる。

 理解できない、頭が理解することを拒む。


「えぇ!?う、嘘ですよね」


 目の前の、眼鏡をかけた理知的な神官の胸倉を掴みゆさゆさと前後に揺すりあげる。

 まさか、まさかまさかまさか!信じられない!これは夢に違いない!うん、きっとそう。

 けれど、現実は残酷で、神官さんは先ほどと同じ言葉をもう一度繰り返した。


「…ですから、マリアベル・フィア・アルメッティ・グラディウス。あなたには勇者としての条件が整っていないため、ルチル教会はあなたの勇者登録を認めません」

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