旅立ちは計画的に!11 カウントダウン、始まりました
『私は、何があってもこの方と結婚いたしますわ!反対なさるなら、この国を滅ぼしたってかまいませんのよ』
堂々と、それも当たり前のように過激なことを言ってのけるのは、若かりし頃のリズベリー女公爵、エリシャ・ミーア・フェル・グランディスだ。
一昔前までは、いくら『運命の赤い糸』の相手とはいえ、身分の違うもの同士が本当に結婚することは稀だった。
『運命の赤い糸』は愛妾として、子供を作るだけの相手として。
結婚するならば、同じ身分のものと。
そんな常識をあっさりと覆したのが、当時最強の魔女として恐れられていた、マリアベルたちの母、エリシャだった。
『ねぇ、愛しい人。愛があれば、何もかも関係ありません。障害?そんなものは破壊してみせましょう!』
身分差や、容姿の差、あらゆる点から、俺は愛妾でもいいと言っていたロベルトは、エリシャのこの熱烈な求愛に、ついに折れたのだという。
絶世の美女であり、最強の魔女でもあったエリシャの夫となる際、羨む男どもにロベルトは言った。
『俺はエリシャの見た目は好みじゃない。だが、この情熱的な性格に惚れちまった』
幼い頃、繰り返し何度も聞かされた両親の恋物語。
私は、それが大好きで―…。
『ねぇ、王子様。王子様も、マリアベルの中身を愛してくれる?』
愛というものの重みも何も知らないまま、幼い私は無邪気に尋ねてしまった。それが、どんなに恐ろしい言葉なのか知りもせず。
馬鹿!今ならまだ間に合う。今の言葉をなかったことに…!!
「まってぇええええええええ」
ガバリ、と飛び起きて、荒い息を整える。
何か、何かすごく恐ろしい夢を見た。
酷い寝汗だ。心臓が壊れそうなほど激しく鳴っている。
…昨日から色々なことがありすぎて、頭が混乱しているのかもしれない。
(信じてた記憶が違うかもしれない、とか…ル、ルイ様の告白?とか)
とりあえず一息つこうと、ベッドサイドの水差しに手を伸ばしたときだった。
部屋の外から、ドタバタと騒がしい音がする。
間違いない、これは…と思った次の瞬間。
「姉様!何かあったのですか!?」
「おはよう、ユーベ。ごめん、なんか寝ぼけたみたいで」
「それならいいのです!もしも姉様に何かあったらと思うと僕は」
「いや、一応、枕元に剣とか置いてあるし」
ピンクと白で統一された、乙女趣味満開の部屋に似合わない鈍色に輝く大剣。
…これでも赤いリボンを巻いてみたりとか(魔剣士科の皆さんには何人の男の血で染まってるんだとか不本意なことを言われましたが)、可愛くできないかなぁ、と思ってるんだけどね。
でも!とかなんとか煩く言うユーベの後ろから、ひょっこりと現れたのは昨夜遅くに帰ってきた双子のレル兄様とエル姉様。
二人とも一枚の鏡合わせのようによく似た容姿をしている。もちろんグラディウス家の例に違わず超美形です。
「ベル?何かあったの?」
「ベル?どうしたの?」
「えっと、本当に何もなくって!あー…その、怖い夢を見てしまったようで…」
ユーべの追求するような眼差しにはなんとか耐えられたものの、エル姉様とレル兄様の左右両方からの眼差し攻撃には耐えられなかった。
くっ、16歳にもなって恥ずかしい。ほら!3人ともきょとんとしているよ!
「姉様、それなら、その、い、一緒に」
「私たちの間で寝るといい」
「うん、エルと僕と3人で寝よう」
「いやいや、絶対寝れないから!恥ずかしくて無理!」
いくら兄妹とはいえ、キラキラ族とともに寝るなど…!いい考えだよね、みたいな顔してますが断固拒否しますよ、私は。というか、私が寝ること前提で無駄な言い争いとかしないでくれ。
「ったく、お前ら朝から何騒いでんだ。ほら、朝飯だとよ。つーか、だいたい、お前らみたいな眩しい美形どもとなんか一緒に安心して眠れるわけないだろーが」
「…っ、父様、そう!そうなの!」
ぼさぼさ頭に、寝癖のついたままで現れたのは、我らが父様。間違ってもイケメンではないが、あえて言うならばどこか可愛らしさのある童顔だ。…うちの両親って本当年齢不詳かもしれない。
リズベリー女公爵配、グラスシャー伯爵という身分を持ちながらも、元が平民出身貧乏商家の三男だった父様は、貴族らしい華美な生活を好まず、もちろん父様にメロンメロンな母様も『ロベルト様が言うならその通りで』という調子で。
貴族なんてものに甘えてちゃ、いざって時に生活してけねーだろ!という父様のお言葉の元、うちは公爵家ではあるものの、実態はだいぶ慎ましやかな、言うなれば平民に近い生活をしていた。使用人の数なども、必要最低限しかいない。
それにしても、父様、節約大好き、金儲け大好き(父様はいまやフェルトリーリエで独占市場を形成するような大商会の会長である)、なだけかと思ってたけど、よくぞ言ってくれた!
なんだか妙な感動さえ覚えて…あれ?待てよ。
もしかして、と思って父様の方を見れば、重々しく父様が頷いた。
「マリアベルは俺に似てるからな、前々からもしや、とは思ってたんだが…」
「何?父様、どういうことなの?」
きょとんとしているユーベと、エル姉様とレル兄様。本当にまるでわからないというか思いつきもしないようだ。
「今じゃなんとか嫁には慣れたが…未だにふとたまに嫁の寝顔みて焦る時がある」
うんうん、わかる!わかりますよ!
いつも飄々とした父様だけど、父様も人知れず苦悩していたんですね!
心の中で、激しく共感しつつ、思わずヒシリと父様に抱きつく。
「うう、やっぱり私には父様しかいないわ」
「辛かったな、マリアベル。俺がもっと早くに気が付いてさえいれば…!」
「ちょっと!父様ずるい!」
「ずるいわ」「ずるいよ」
ええ、美形には一生わからないでしょうとも!この複雑な気持ち!
「まあね、あんたの気持ちもわからなくはないわよ。美形ってのは遠くから見るもので、近くで見るもんじゃないし」
「さすが、アッティ、わかってる!」
色々と衝撃的だった昨夜から明けた今日は、たまたま週に一度の学院の休日にあたり、私は前々から約束していたアスコットとともに、お忍びで市場に買い物をしに来ていた。
いくら華美な生活をしないように、とはいえ、公爵家で買い物というと、基本的に商人を呼びつけて行うのが普通である。まあ、貴族として最低限守らなければいけないとことかがあるらしい。
市場には、父様とこっそり何度か出かけたことはあるものの、1人では兄姉たちの激しい反対により行くことは許されてなかった。
(こっそりと出かける度に、アルフ兄様とユーべが泣きそうな顔するし、そんなに欲しいものがあるなら、ってシャーナ姉様やエル姉様、レル兄様は商人たくさん呼んでいらない程服とか買ってくれるし…)
魔法が第一のこの国では、いくら剣が強くても魔法が使えなければ”か弱い”存在とされてしまうのだ。
かといって、あの無駄にキラキラな兄姉たちと出かければ、買い物どころでは無いことはわかりきっている。
そのため、時折こうしてアスコットの家に遊びに行くついでに、こっそり2人で市場にやってきたりしていた。
「で、今日は何か買うの?」
「えっと…」
以前、旅の装備について父様が話していたことを必死で思い出す。
自由に買い物ができるなど、次にいつあるかわからない。もしかしたら結婚前、これが最後の外出となるかも知れないのだ。
チャンスは一つも取りこぼすことは許されない。
私は、何としても計画を成功させるつもりだった。
…そう、ルイ様問題は置いておくとして、私は勇者計画を進めることにしたのだ。
「まずは傷薬かな。実はかすり傷作っちゃったんだけど…兄様たちにばれると煩いから」
「あー、あんたの兄弟たちは大騒ぎするわね」
シスコン暴走気味の私の兄弟たちを知っているアスコットはみじんも疑った様子がない。
(嘘ついてごめん)
けれど、勇者計画のことはアスコットにもばれないようにしなきゃならない。
どこからか計画が家族に知られたりなんかしたら、私は間違いなく監禁されると思う。
そんな恐ろしい事態だけは絶対に避けなければ!
(油断禁物!ついでにいうと慌てるのも駄目!出来る限り慎重に!)
そう、決行は―次の新月の晩。
魔女や魔法使いが最も嫌う夜。
その日、私は自由になるのだ。