旅立ちは計画的に!10 嫌な予感
「…っやめてください!嘘なんか言わないで!!」
思いがけず、自分でも大きな声が出てしまった。
信じられない。どうしてそんな残酷な嘘が言えるのだろうか。
精一杯、目の前のルイ様を睨み付ければ―うん、自分よくやったよ、頑張ったよ!―、酷く傷ついたようなルイ様の顔があった。
いや、こんな時に言いたくないけど…、なんか花が散って見えます、ルイ様。
美形特有の視覚攻撃という奴なのだろうか。
「リア、言ったじゃないか。君に関することだけは嘘、つかないって。それなのに、信じてはくれないの?」
「信じられる訳ありませんよ。信じられる…訳なんかない。だって、ルイ様は…」
あれ?私何言おうとしているんだろう。
なんだろう、何かがおかしい。
違和感、といえばいいんだろうか。何かを無くしてしまったような空白感。
気まずい空気がその場を満たす。
「あらあら、皆、ベルちゃんの部屋にいたのね?」
それは、まさに救世主の登場だった。
探してしまったわ、と可愛らしい鈴のなるような声がする。
声の主は、絶世の美女…グラディウス家の美形遺伝子の元凶である、母様だった。
母様が結婚をして、そして父様一筋であることを宣言したとき、国中の男が泣いたと言われているが、それも納得だ。
ピンクゴールドの緩やかに波打つ長い髪と、深い青玉の瞳を持つ、清楚なその美貌は、6人の子を産んだ今でも全く衰えることを知らない。
…というか、一番上のアルフ兄様が今年で23歳ということを考えれば、まさに驚異的な若さだった。
「私だけ除け者なんて寂しいわ。せっかく、ルイ様も我が家にいらしてることですし、皆でお茶でも飲みましょう?」
にっこり、と母様が微笑めば、逆らえるものは誰もいなかった。
なんともいえない微妙なお茶会の後、ルイ様はまだ執務があるからと、アルフ兄様に引きずられるように城へと帰って行った。シャーナ姉様は、いつものように夜会に、ユーベは課題があるとかで、残ったのは私と両親。
ルイ様の帰り際、今日はこれを渡しに来たんだ、と渡されたのは王都で今流行っているお菓子。
実は食べたかったから少し嬉しい、というのは内緒だ。
「ベル、お前なんでそんなしかめっ面してるんだ?」
「…しかめっ面なんて…」
「うふふ、きっとマリッジブルーという奴なのよ。ねぇ、ベルちゃん」
ベッタリと父様に抱き着きながら、母様が楽しそうに言う。
くっつかれた父様は嫌そうな顔をしながらも、母様を無理やり引きはがしたりはしない。それどころか、優しく頭を撫でていた。
あー、この万年新婚夫婦め。
「私もね、ロベルト様との結婚前は戸惑ったわ。でも、こっそりとロベルト様を見に行って、それで一目で恋に落ちてしまったの!それからは、結婚するのが楽しみで仕方なくて!大丈夫よ、ベルちゃん。母様も目一杯素敵な式になるように協力するわ!」
素敵な勘違いをしてくれている母様に、何とも言えずただただ苦笑いする。
私が本気でルイ様と結婚したくない!と思っていることは家族は誰も知らない。
ルイ様が美形すぎるうえ、魔力の無い私が結婚なんておこがましいです、とか言えば、家族が傷つくのは目に見えている。
ただでさえ、日頃思いっきり気を遣わせていることを知っているだけに言えるわけもなかった。
それに、言ったってどうにもならないことだと、結婚回避は不可能だと思っていたのだ、昨日までは。
「学院に通うのも今週までなのよね?じゃあ、来週からは準備に専念できるわね!」
「…それにしても、あー…末娘のお前が一番に結婚とはなぁ…」
「うふふ、それだけルイ様の愛が深いのよ!なんたって、あれだけ幼い頃から愛し合っていた二人ですもの!あの時はどうなるかと心配したけど」
「…母様、あの時って?」
何かが引っ掛かるような気がした。
思えば、色々と…不可解な点が多いんだよね。ルイ様のことに関して。
ズキリ、と一瞬だけ頭が鈍い痛みを訴えた。
「あら、ルイ様とベルちゃんが学院に入った後、ベルちゃんが大泣きして帰ってきた日のことよ。あの後、ルイ様は無理を言って半ば退学するようにスキップ卒業して私の弟子になって…まあ、驚いた顔をしてどうしたの?」
そんな話、私は知らない。
ルイ様は、優秀だからこそ、異例の速さで卒業して、それで私は寂しくて…本当に?
幼い頃、いや6歳を過ぎてからのルイ様との記憶が曖昧な気がする。
ともに学院に入学した後、その後の記憶がはっきりと思い出せないことに愕然とした。
「…どういう、ことなの」
ふらり、と立ち上がる。心配そうに顔を見合わせる両親に、何とか微笑みを浮かべ、もう眠いから、と部屋を後にした。
シリアス調…などではありません、変態王子はどこまでも変態王子だということの序章です。
マリアベルの頑なな態度にも理由がある、という原因のようなものです。