episode 6-1 この話は泣けるなー(棒) (全員)
「会費を徴収したいと思う」
顔に陰を作りながら厳かに言うはなんちゃってリーダーのヒイロだ。
「ユニークな冗談」
「うけるー!!」
「君は芸人になれるよヒイロ」
「ヒイロって最高ね」
ほかのメンバーの四人が四人とも同じような反応を返す。
ヒイロは動かない。
見かねたリリスが口を開いた。
「それで、今日は何の話をする?」
「無かったことにされた!?」
信じられないとばかりに立ち上がるヒイロにそれぞれが困惑する視線を投げかける。
活動をしてから会費を集められたこともないし、お金が必要なことをしているわけでもない。当人以外が理解できていないのも当然だ。それを見たヒイロは悲しげな表情をしてうなだれる。
「お前らがそんなに薄情だとは思わなかったよ。本当に困ってるんだよ……」
「あ、もしかしてこの前の奢りの一件で金がなくなったとか?」
フォールがひらめいたことを聞くとヒイロの肩がぴくりと跳ねた。どうやら当たりのようだ。
以前に色々と発言に失敗してしまった際に、雑談集会のメンバー全員に昼ごはんを奢るように約束させられる。そして店が決まったと言われて連れて行ってもらったのが学生には厳しそうなおしゃれなカフェで、実際かなりのお金を消費することになったのだ。
「なるほどね……。あの時はご馳走様でした。終わったことを気にしても意味無いよ」
「終わってるのはヒイロの経済状況……ふっ」
「そろそろ手を出しても許されるんじゃないか、これ」
「許されるわけ無いでしょ」
リリスは拳を握り締めるヒイロを制止させる。ヒイロをからかっているのはもちろんフブキだ。
「あの時は楽しかったから、別にいいじゃない。ヒイロもそう言ってたでしょ?」
「まあ、そうなんだけどさ」
リリスの言うとおりランチタイムを実際楽しめてしまったからその時はよかった。しかし、皆と別れて家に帰り着くと、奢らなくてはいけなかったことに対して怒りがふつふつと沸きあがってきたのだ。怒りのあまりに玄関先で叫んでしまったためご近所でも評判になってしまった。最近は毎日突き刺さるような視線を向けられている。
「誰かが悲しまないと楽しめない世界なんて間違っている!!」
「勝手に自爆しておいて悲しんだからいけないこと、とかほざくなんてどんだけ自己中心的な思考よ……」
「というわけで、今日は俺を悲しませないこと」
挑戦するような目つきでメンバーを見回すヒイロ。リリス、フブキは興味なさげだったのだが、ルナとフォールは乗り気なようだった。リリスはともかくフブキが積極的に参加してくれなさそうなことにヒイロはちょっと肩を落とす。しかし、二人も協力してくれるのだから、沈んだ顔を見せてられない。
「まずはフォールからだ。泣きの定番、人魚姫を語ってくれ。短くしても構わない」
「分かった。人魚姫ね……」
フォールは少し考え込むしぐさをする。広く名が知られている童話だったとしても、内容まではすらすらと言えないのであろう。どうまとめるのか、整理しているに違いない。
そして人魚姫と言う言葉に反応して髪を揺らしたリリスをヒイロは見逃さない。さりげなく首を曲げてしっかりとフォールの挙動を凝視しているリリスをヒイロは見逃さない。
「そんなに気になるのなら、こっちにきて混ざるんだ」
「えっ!? ……別に気になってないし」
ヒイロに声をかけられた途端に髪を梳かし始めるリリス。どこからどうみても誤魔化している。ヒイロはあくどい笑顔を顔に作る。
「それなら、買い物でも頼まれてくれないか。長丁場になりそうだから、みんなの分の飲み物を。金は俺が出すから」
ポケットから財布を取り出す。リリスがあたふたとしているので、財布から小銭まで取り出せてしまった。
「えっと、でも、私……だから」
「フォールの人魚姫の話が気になるなら素直になればいいんだって。まあ、落ち着けよ」
リリスは顔を赤くしながらちょこんといすになおる。内股になって顔を下に向けているので、全身から恥ずかしいオーラが出ていた。
そんなリリスを和やかに鑑賞しながら小銭を財布に戻そうとするが、殺気を感じてとっさに小銭を手で包んで守る。
「……残念」
小銭を包んでいるヒイロの手に覆いかぶさるように重ねられているのはフブキの手だった。残りの片方の手でぺちりと叩いて、投げ捨てる。うめきをあげながらフブキは手をさする。
「この期に及んで、まだ俺から搾取しようとするとか悪魔かよ」
「違う、エンジェル」
「それ過大評価すぎるだろ!?」
「そろそろまとまったから、話していいかな」
二人が仲良く言い争っているところにフォールが制止の声をかける。不満の視線を交わしていた二人だが、フブキはともかくヒイロはフォールに頼んでいたことなので、ふんっ、と吹雪から顔を背ける。始めは興味なさげだったフブキもヒイロと似たように姿勢を正してフォールの話を聞こうとしている。
「悪かったな。始めてくれ」
決してフブキに言っているわけでなく、時間をとってしまったフォールに謝っているという態度を出すためにフォールに強く視線を向けるヒイロ。
「……分かったから。そんなに意地にならなくても……ほら、フブキも」
あまりにも殺伐としていたため、思わずフォールはため息をつく。
「じゃあ――フォール流読み聞かせ術、バージョン人魚姫の始まり」
「すでになんかおかしいわよ!?」
激しく音を立てながらいすから立ち上がるリリス。聞き手であるほか三人はリリスに向かって指を上下させている。座って聞け、ということだ。
「話が始まってもないのに腰を折らないでほしいな」
「これは私が悪いの……?」
腑に落ちず納得できない様子でしぶしぶと椅子に座りなおす。
「あるところに、それはそれは醜い王子様がいました」
「ストォォォオオオップ!!」
リリスはぜえぜえと息を荒くして肩を上下させる。
「これ人魚姫でしょ!? なんで始め出てくるのが王子様でしかも醜いの!?」
「これがフォール流の読み聞かせ術なんだよ。小さい子供で実践したことがあるけど、この時点できゃーきゃー言って楽しんでくれたよ」
「それ絶対悲鳴よ!!」
「それに、今回はヒイロが悲しまないがコンセプトだから、ヒイロが楽しめればそれでいいのさ」
そんななかヒイロはというと、肩を震わせて笑いを?み締めていた。
「イケメン王子様が多い中で……醜い王子様って……ダメだ!! 笑いが抑えられないっ……!!」
くくく、と堪えきれなくなり笑いが漏れ出す。
そんなヒイロを女性陣は冷ややかな目で見ていた。
「続けるね。そんな王子様はいつものようにパーティに出ることになりました。いつも自分のことを遠巻きに笑っている人たちが打って変わって自分に媚を売りにきるパーティを王子様はとても好んでいました」
「こんな王子様はいやよ……」
「いきいきしてて僕はありだと思う!!」
フォールの語りが続く中、話の感想を言いながら熱中していく。
「王子様は疲れたので船の甲板に出ました。そうです。その日のパーティは船上パーティでした」
「こんな王子のパーティなら、私は戦場にする」
「ダメよ。フブキ抑えて」
「海の波を見ていると、王子様は海を華麗に泳いでいる人、しかも下半身には尾びれが付いている絶世の美人を見つけました。流れていた涙をふいて、どうにかして近くで見ようとします」
「王子様泣いてた!!」
「きっと普段との対応の差にこみ上げてくるものがあったのだろう。いい気味だ」
「あんたひねくれすぎでしょ……」
リリスは侮蔑の目でヒイロを見る。ヒイロは何食わぬ顔でフォールの話にくい付いたままだ。
「近くまでいくと、そのきれいな女性は伝説で伝わっていた人魚姫だったのです」
「なんか伝説が作られてるんだけど……」
「ないほうがおかしかったんだよ。リアリティのあるいい話じゃないか」
「王子様は一目で心を奪われてしまいました。人魚姫は胸が大きくスレンダーで、ヒイロと同じ性癖を持つ巨乳好きの王子様にはたまらなかったのです」
「………………」
何度も視線を向けられているヒイロだが、本日最大級の軽蔑の視線が彼を襲っていた。冷や汗が頬を伝う。
「……いや、そんな事実ないから」
「……さいてー」
「信じてくれよ。今度俺が持ってる最高のエロ本貸すから、それで巨乳好きじゃないことを確認してくれ」
「セ、セクハラ!!」
「リリスがいらないなら、私が借りる」
「僕もー!!」
「冗談なので勘弁してください。……そんな迫られても出てこないです。自分の席に戻ってください」
ヒイロを睨みながら席に戻るつつましい胸のフブキ。残念そうに戻る成長に期待が持たれるルナ。フブキからメデューサを逆に石にしてしまいそうな視線がフブキから飛んでくる。ヒイロは思わずいすごと後ずさる。
「王子様が声をかけると人魚姫のほうも気づきました。伝説の人魚姫の時代とは違い、この時代の人魚姫は人間と話すこともできます。近づいてきた人魚姫に王子様は問います。『あなたは何カップですか』と」
「………………」
「……今のは俺に関係なかっただろ」
はっと気づいたように顔を見合わせるフブキとリリス。
「ヒイロが王子様と重なって見えてたわ」
「今回のコンセプト分かってくれてる?」
リリスの言動でヒイロの目尻に涙が浮かんでくる。
「僕が理解してるさヒイロ。じゃあ続けるよ。それに対して人魚姫は笑みを浮かべます。王子様は身体中に電撃が走ったような衝撃を受けました。今まで向けられていた愛想笑いとは違う本物の笑顔がそこにはあったのです。王子様は心のうちに決めました。誰から反対されても、この女性を娶りたいと」
「あー、モテない男子特有の勘違いしちゃったかー。王子のやつ、ざまあみろだな」
「そういうのはモテてから言う台詞。……もしかして結構笑顔を向けられる?」
フブキから問われてみて考えてみる。頑張って思い出そうとしても、そういう記憶はさほど出てこなかった。それに、あったとして事務的なことだったので全く特別な笑顔ではないな、と結論付ける。
「ないけど」
「そう……どうでもいいけど」
「どうでもいいことで心を抉るのは止めてくれよ」
講義をするが、フブキはそっぽを向いてしまった。動く様子がないので、ヒイロの顔はフォールに向かう。なぜか呆れた顔をしていた。
「僕はときどきヒイロをすごいなって思うよ……。そして、王子様は無我夢中で叫びます。『僕と結婚をしてはくれないか!!』その言葉を聞いて人魚姫は目を見開いて両手で口元を覆います。その様子を見た王子様はさらに続けます。『絶対に幸せにして見せるから!!』王子様の求婚の言葉はこの後、数十分に及びます」
「長くない!? 私ならそんな長時間は無理よ……」
「同意する」
「僕もー!!」
突然始まる王子への罵倒。女子特有の盛り上がりを見せ始めている。とても終わりそうになかったので、フォールは三人の声に重ねるように大きな声を出す。
「王子様が熱くなっているなか、ついに人魚姫が言葉を発しました。『てめー不細工のくせに調子のってんじゃねえぞ。身の程を考えな!!』そう言って、ちゃぽんと水しぶきを上げて人魚姫は水中にもぐってしまいました。呆然と立ち尽くす王子様」
「盛大に振られたな!! 人魚姫はいい仕事をした!!」
高らかに笑い始めるヒイロに女性陣は微妙な顔をする。実際に振られた人を見ても同じような反応をするのかな、と思うと性格の悪いヒイロに笑われる王子が可哀想に思えてくる。
「王子様はふらふらと船の端まで行き身を乗り出します。そして次の瞬間には海に飛び込んで泡のようになって消えていきましたとさ……。おしまい」
「人魚姫を王子サイドで見るとこんなに笑い話になるなんて思ってもみなかった。ありがとうフォール。いい話を聞かせてもらった」
がちりと握手を交わして友情を確かめ合う二人。ヒイロは清清しい笑顔だ。コンセプトであるヒイロを悲しませないことはクリアということになる。
次は誰の番になるのかというと、始めにこの話に乗っていたのはフォールとルナなので、そのままいけば順当にルナなのだが、結局はメンバーの全員でフォールの話を聞くことになっていた。だれでもいいことになってしまうのだが、やはり最初からのルナが適任だと思われる。
「次はルナに頼みたいのだが……いけるか?」
「大丈夫!! 僕もちょっとしたお話しする!!」
そう言ってルナは前方の黒板に向かって駆ける。黒板を使うということは、目で見て分かりやすく図とか絵を描くのだろう。四人は内心期待しながらルナがどう動くのかを見ていた。
続きますー。終わっても良いと思うのですけど、折角なので。
とはいえ、最近ネタを考えるのに時間を要することになりました。
毎日更新は無理そうです。次回は明後日以降になります
最後にはありますが、ここまで読んで頂きありがとうございます