episode 5 あー昨日寝むれてないわー (全員)
「昨日あまり寝てないんだよな……」
「そうなの? 大丈夫?」
目元を指で押さえているヒイロに案じるような声をかけるリリス。
「大丈夫といえば大丈夫だ」
「ちなみに何時間くらいねたんだ?」
リリスに続いてフォールも問いかける。
「確か四時間くらいか……」
クラスの宿題を放っておいたのだが、昨日の夜になって次の日に提出なのを思い出した。やらなくてはと思いながらも後回しにしているうちに日がまわってしまい、睡魔と闘いながら二時まで宿題をしていたのだ。本来なら三十分弱で終わらせることができる量だった。
「何してたのかは聞かないけど、健康に悪いし早く寝なさいよね」
リリスがヒイロをたしなめていると、静かにしていたルナが両手を挙げながらうなりだした。
「僕は二時間しか寝てないー!!」
「………………」
居心地の悪い静寂が流れる。
状況についていけないルナが戸惑ったように辺りを見回している。ヒイロの額に冷や汗が流れてきた。
「……四時間程度で寝てない自慢とか、悲惨」
「明らかに二時間睡眠がおかしいだろ!?」
それに自慢だったわけではない、決して。言い訳ではないが、ヒイロは心の中で訂正しておく。
ヒイロに意地悪く話しかけてきたのはフブキ。ヒイロに対してはどこまでも攻撃的な少女だ。
「二時間は別におかしくない。私もそう」
「うそっ。フブキも二時間しか寝てないの? ルナもだけどちゃんと寝ないと」
「あと四時間くらいぶっ続けで夢を見ているから問題ない」
「それ寝てるって言うよ!?」
突然の変化球にルナが突っ込む。
「私なんてまだまし。夢見る青少年なんて永眠しているのと変わらない」
「その夢はまた別の夢でしょ!?」
若い年代を敵にすることを好むフブキだった。仮にフブキが刃物で刺されてインタビューを受けたとすると、いつかやられると思ってました……とコメントされるに違いない。いや、いつかしてやろうと胸に刻むルナとフブキを除くメンバーの三人。
「そんな彼らに現実を見せて絶望に追いやるのが私の夢」
「お前も夢見る少女になってるぞ!?」
ヒイロの口から自然とこぼれ出た。フブキに対してだけはつい反射的に反応してしまう。
そこで視線を感じたので顔を向けると、にらみを利かせたリリスがいた。ツッコミ役として譲れない何かがあったのだろうとヒイロは納得する。
「ツッコミの役を奪ってすまんな」
「ツッコミって私に言ってるの!?」
「いや、ほかにいないよ」
というフォールの補足も加わる。フブキもうなづく。ルナに注目が集まると、
「ばれたー!!」
と元気な回答が帰ってきた。
「というか、まだそれ続いていたんだな」
「ばれたー?」
「そう、それだよ」
「ばれてない!!」
「ばれてるけど!?」
ヒイロがそこまで言い終わると、リリスが立ち上がって威嚇するようにほかのメンバーを見回す。
「あこがれは金剛力士像ってところか?」
「立ってるだけでそんなポーズしてないでしょ!?」
「そんなにアピールしなくても、ツッコミはお前のだからな」
「アピールのためのツッコミじゃないわよ!?」
「ばれたー!!」
「そんな事実ないから!!」
はあはあとリリスの口から漏れる音だけが教室に響く。
「……ツッコミができたことへの喜びをかみしめてる」
「ないから!!」
「これが今流行のツンデレっていうんだよ、ルナ」
「流行してるー」
「それ言われたらどうしようもなくなるから止めて!!」
否定すればツンデレ、肯定すれば素直。逃げ道はふさがれてしまうのだ。
「とりあえず今はルナの話よ!! 二時間しか寝てないのは無視できないわよ」
「確かに四時間の無様ヒイロは置いとくとしても、二時間は異常」
「リリスに普通に同意してるけど、最初に腰を折ったのはフブキだからな。あと無様違うから」
「女の過去なんて聞いてはだめ」
「使いどころが絶妙!?」
感心したのか一ツッコミいれてから、リリスはメモを取り出した。そんなリリスを見てフブキは得意顔になる。それを見て少しいらっとしたのでヒイロはフブキの頭に軽くチョップを与える。うっと声を漏らして両手で頭を抑える。小動物のようでかわいい。
「別に睡眠時間なんて、人によって適正時間変わるんだから好きにさせたらいい」
「授業中も寝るから大丈夫!!」
「あ、それダメなパターンだろ……」
夜遅くまで起きてるために日中眠たくなり、日中眠ってしまうのでまた夜更かししてしまう。悪循環で改善することはなかなか難しい。
「デフレスパイラル!!」
「ルナにしてはおしいところまでいってるじゃないか」
デフレスパイラルは物価が下がることと景気が後退することが繰り返される経済状況だ。経済用語である。悪循環が起こっているという意味では似たところがある。
「賢くなったー」
「賢さのステータスをカンストしてる俺に何でも聞くがいい」
「それならば、頭のいいヒイロ」
めがねをつけているわけもないが、フブキはめがねをくいっとめがねを持ち上げる動作をしたあとヒイロに対峙する。射抜くようなその視線は、なかなか迫力がある。
「私の今日の晩御飯は?」
モンスターのフブキが現れました。
そんな知ってているわけがないじゃないか、とヒイロは心の中で毒づく。しかし、期待に目を輝かせているルナが目に入る。……これは、非常にまずかった。
口元に手を当てて笑いをこらえているフォールの頭をとりあえず叩き、この攻撃をどう回避するかを考える。
あてずっぽうに言うとしても、相手はフブキ。ポピュラーな答えが出てくるわけがない。普通の人が知らないような料理名を答えにしているかもしれない。
ともなれば、あっと言うような頓知が利いた回答を導き出さなければならないのだ。
「どうしたのヒイロ?」
リリスがのんきそうに聞いてくる。
思わず、ぎりっと奥歯をかみ締める。
――分かっていない。リリスは何も分かっていない!!
おかしそうに口元をゆがめているフブキ、尻尾を振っているように純粋にまとわり付いているルナ。
裏切るわけには行かない。ヒイロはこのときほど自分のせりふを後悔したことはなかった。
そして、ある考えがひらめく。
ヒイロは自分が笑っていることに気づいた。
――これだ。これで勝ちだ!!
「お前の晩御飯は……」
ヒイロが口を開く。フブキは愉快そうに眉を吊り上げる。
「サンドイッチだ」
ヒイロの言葉を聞いて、フブキは不思議そうにする。
「普通にシャケ……だけど」
勝負を仕掛けてきてフブキの晩御飯が奇天烈なものでないのには面を食らったが、ヒイロは自分の鞄をあさりだした。
そこから出てきたのは、購買で売っているサンドイッチ。
ヒイロの秘策を理解していないメンバーに説明を始める。
「普通に料理の名前を出すだけなら、とぼけることなんていくらでもできるだろう。そこで俺は考え
た。どうすれば晩御飯を確定させることができるのか」
「……サンドイッチなら私が絶対に食べるとでも?」
フブキの問いにヒイロは首を横に振る。重要なのはサンドイッチという食材ではない。
「じゃあ、どういうことなの?」
もったいぶったヒイロの態度に痺れを切らしてリリスが問う。フォールも気にしていないように振舞っているが、軽く貧乏ゆすりをしている。ヒイロの言葉を今か今かと待ちかねている気持ちが顕著に現れている。
「つまり、このサンドイッチを晩御飯を食べようとしているフブキの口に押し込めばいいんだ!!」
ヒイロはこの時、時間が止まったかと思った。
何しろ、誰も反応を示さない。予定では、皆が一斉に感心してヒイロを褒め称えるはずだった。それが、この静けさ。まるで音のない世界に変化してしまったようだ。
「……えと。サンドイッチを口に詰め込むんだから、正解でいいはずなんだけど」
声がちゃんと聞こえるかの確認もかねて、同じ内容を言い換える。
問題はなかった。声は届いているはず。
「…………」
フブキの口がかすかに動いた。しかしなんと言っているかヒイロには届かなかった。
「悪い、もう一回言ってくれないか」
放心しているかのように感情がない顔で、フブキはヒイロの言葉に従い口を動かす。
「……信じられないくらい、外道な回答」
「……女の子相手にそんなことをしようと考えるとか、同じ男として悲しいよヒイロ」
「……僕は何も聞いていない、聞いてない」
「………………最低」
フブキにあわせたように、フォールやルナリリスも声を出す。そろってヒイロを非難していた。
「いやいや!! あの、その……ね?」
この空気に耐え切れずになんとかとりつくろうとするヒイロ。しかし内容があることを話せない。無言と感情のこもってない視線にあてられるのを感じる。直視を避けているはずなのに分かってしまうのだから、気分は蛇ににらまれたカエルだった。
「……謝れない男とか」
「……僕だったら、侘びをいれるのに」
「……何か言う、言う」
「………………最低」
「マジですいませんでしたっ!!」
衝突はすれども、今日も雑談集会は平和である。
「ヒイロ、今度高級ランチ」
「はい、承ります」
快く奢り奢られする関係はあるが、平和である。
「あ、僕もよろしく」
「僕もー!!」
「え? いや、あの」
平和で――
「ヒイロは皆に奢ること。決定だからね」
「今月結構ピンチなんだけど……」
平和……?
「あ?」
「なんでもないっす」
結論。何はともかく今日も終わる。
ばれたー!!
episode 1 で初めて出てきました。なんとなく響きが気に入ってしまったので結構使ってしまいます。
そして、ここまで読んで頂きありがとうございます。