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episode 4 これって何だろうか? (ヒイロ・リリス・ルナ・フォール)

 放課後。

 ヒイロは旧校舎の前に着く。いつもならそのまま中に入るところだが、今日に限ってはそうしない。入り口を素通りして旧校舎の端まで行く。そこに置いてある雨水が溜まっているバケツを持ち上げた。朝のうちに降っていた雨を有効活用しようと、昨日から用意していたバケツだ。

 予想していたよりも重くて、少しよろけてしまう。不安定なまま雑談集会の元に向かう。

 ヒイロが教室に入り、中にいたフォール、リリス、ルナの顔ぶれを確認する。……フブキはいないようだ。


「フブキがいないようだが?」

「ばれたー!!」

「ということは、どっかに隠れてたりするのか?」


 いつもどおりのルナの元気な返事にヒイロは周囲を見回す。しかし、フブキが出てくる様子はなかった。


「フブキは休みなんだって」


 スマートフォンをいじりながら、フォールは答える。この前、何か特別な手段のアプリを使って連絡を取れる、とフブキが説明してくれていたことを思い出した。なんという名前だったか、はっきりと思い出せない。リネではないと何回も説明されたことしか記憶になかった。


「いないのであれば、仕方ないか……。時にルナよ」

「おうよ!!」

「これを見て何か思うところはないか、聞かせてくれないか」


 そう言って持っていたバケツをルナの前に運ぶ。教室に来る途中で中身を少し捨ててあるので、今は半分ほどしか水が入っていない。


「舐めてみてもいい?」

「……いいぞ」


 見てと言っているのに味覚にいくのはともかく、止めたほうがいいのかもしれないが、ルナは平気な気がしたので舐めてもらう。手を水に付けて指を口に持っていくのかと思いきや、頭からダイブしてきた。ルナが迫ってくる恐怖でヒイロはバケツを落としそうになる。

 ルナがバケツに頭を突っ込んでいる間に、興味がわいたのかリリスも寄ってきた。


「この水に何かあるの?」

「それは自分で考えてみるんだな」


 意地悪く言い放つヒイロにリリスはむっとする。


「絶対これが何か明らかにさせてやるんだから」

「ほう、やれるもんならやってみてくれ」


 とヒイロは言うものの、バケツの水は単なる雨水である。明らかになる事実など何もない。ただの暇つぶしだ。

 ……しかし、ルナがいつまでも顔をバケツに突っ込んでいるのは気がかりだ。やはり、何かまずいことがあったのだろうか。

 リリスもルナに心配そうな視線を投げかけると、ルナがばっと顔を上げた。


「これは水酸化ナトリウム水溶液だ!!」

「危険薬物!?」


 リリスが恐怖でバケツを持っているヒイロから距離をとる。

 水酸化ナトリウム。

 強塩基性で人体の皮膚をただれさせることもできる劇薬だ。人体に対する影響は、酸よりも協力である。


「間違ったー。塩化ナトリウム水溶液!!」

「ただの塩水じゃない……」


 信じられないものを見るような目をヒイロに向けていたリリスも穏やかな目に戻る。ヒイロも水酸化ナトリウムと言われて内心ビビッていたので胸をなでおろす。


「……うん?」


 しかし、そこでひとつの疑問がわく。

 塩水は危険でもなんでもないが、ヒイロは雨水を用意したつもりだった。そして雨水は認識できるほどの塩を含んでいるわけがない。

 ヒイロもバケツの中の水を口に含んでみる。確かに塩の味がした。ルナの言っていることがうそではないことは分かる。

 つまり、誰かが水に細工をして塩水に変えたことになる。


「おかしい。これは雨水だったはずだ」

「雨水をルナに舐めさせるあんたもおかしくない!?」

「そんなこといわずに一口どうだ?」

「いやですけど」


 中身が塩水と判明したバケツを近くの机に置く。


「もともとはこのバケツの中身を皆に当ててもらう予定だったんだ。もちろんはぐらかしたり誤魔化したりしながら最終的に雨水でしたーと和やかに時を過ごすつもりだったのに……なんだこれは!!」

「はぐらかして誤魔化したりしたら険悪ムードになるでしょうよ……」

「俺のお茶目かつ完璧な計画はここに崩れ去ってしまった……」

「僕は塩分補給できてよかった!!」

「ルナはやさしいなー」

「えへへ」

「懐柔されちゃダメええええええ!!」


 ここで一言申していないとルナがいいように騙されていく気がして、リリスは使命感に駆られて叫ぶ。


「しかし、することは変えないぞ。今日の活動はバケツの中の水がなぜ塩水なのか、納得のいく答えを導き出すことだ」

「ってことは真実じゃなくていいのね」

「面白ければ何でもいい」

「ぶっちゃけるわね……」


 ぶっちゃけるも何も、答えが出るとは限らないので救済措置のつもりだった。安易に答えが出るまで返さないぜっ、と言って結局何もわからず、じゃあもう今日は解散ってこてで……みたいな悲惨なことを避けるうえで重要なことだ。


「僕考えた!!」

「よしルナ言ってくれ」


 分かったとは言わない辺りが今日の活動を理解していることを示している。


「今日から振ってくる雨は全部塩水!!」

「よし、正解だ」

「違うでしょ!?」

「それならリリス、どうしてだと思う?」


 口を出してしまったがゆえに絡まれてしまった。訳も無く不良に言いがかりをつけられたような理不尽さを感じながらも、リリスは真面目に考えてみる。


「実はヒイロが嘘をついていて、最初から塩水だったとかかな」

「論外だな」

「ダメだー!!」

「ひどくない!?」


 ヒイロはため息をついて失望した様子でリリスを見る。そして、仕方ない、とルナに目配せをする。

ルナもその意味に気づいて次の案を出す。


「バケツの主成分が塩でそれが溶け出した!!」

「よし、正解だ」

「なんで!?」


 ここでも分かっていないリリスに今度はルナまでもがため息をついた。


「一応リリス。何か考えたのを言ってみてくれ」


 全然期待してないけどとりあえず聞いてみる感が言葉からあふれ出しているが、ヒイロとルナの呆れ顔に目に物を見せてくれようと意気込む。


「そうね。ルナの言葉がヒントになったわ。バケツの底に塩が薄く撒かれてあったのよ!!」


 これに違いない、と自信満々に言い放つリリス。それに対するヒイロの判断は――


「確認する方法ないし、また次に違うのをよろしく」


 あっさりとした却下だった。


「でも今まで出たなかで、一番可能性有りそうだったじゃない」

「次に期待しておくからがんばってくれ。では、ルナ」


 延々とリリスの抗議が続きそうだったので、早々とルナにバトンをまわす。


「宇宙人の仕業!!」

「さすがルナだ」

「それは絶対にないでしょ!? 宇宙からやってきて雨水を塩水に変えるだけって何しに来てるのよ!?」

「俺たちに宇宙人のことが理解できるわけが無いだろ。次はリリスの番だが……どうする? やめておく?」

「なんでこんな時だけ無駄に優しいのよ……。考えるってば」


 もはや時が過ぎるのを待っているだけというように、そのヒイロの表情は無表情だった。ルナにいたっては窓の外を見ている。

 なんかもう何言っても無駄かも……、とリリスの頭によぎるが、リリスの発言がくるまでずっとこの状態をキープしそうなので、


「私が塩を入れました」


 と言ってみる。


「よし、次ルナの番なー」

「ういー」

「なによこれ……」


 一度真面目に考えたら扱いが雑になる経験は初めてだった。というより、ここ以外では絶対に無いだろう。そう思って心を保つリリス。とはいっても涙目になっているので強がっているのは明らかだ。


「いや待て。リリスが重要なことを言った気がする!!」

「うい!?」


 ヒイロがあまりにも気が抜けていて聞き逃していただけだった。その反応にこっそりと安堵する。


「リリスの言葉がマジだったら終わりなんだが、間違いないか?」

「ごめん、嘘だけど……」

「あ、そか……。簡単に解決したら、つまらないしな。よし、気を取り直してルナいってみよう」


 リリスは本当に驚いたような顔をしたヒイロに申し訳なく思うが、嘘だと伝える。やはり、ヒイロは悲しそうな顔をしたが、もともと本当のことを言う必要はないといったのはこの男だったのをリリスは失念していた。リリスは全く悪くない。


「んーと……」


 眉を押せながら熟考しているルナ。腕を組み始めたと思ったらあごに手を当ててふうむとうなりだした。もしかしたら、考えている自分に酔っているだけかもしれない。

 うさんくさそうな視線を向けられているルナだが、突然目をかっと見開く。不敵な笑みを浮かべて自分の親指をぺろっと舐める。


「な、なんだ……!?」


 のどを震わせて搾り出したような声を出したかと思うと痙攣している自分の両手を呆然と眺める。


「僕の手が……塩、だったのか……!!」


 そして、どうよと満面の笑みでヒイロとリリスの二人に視線を投げかける。

 しばしの静寂の後に、ぱちぱちと手をたたく音がする。

 ヒイロだ。ヒイロが感極まった様子で拍手をしていた。


「……感動した」

「どこに!? 感動する要素なかったわよ!?」

「聞くな感じろ。芸術とは言葉にできるものではないんだ」

「これって芸術だったのね……」


 遠くを見始めたリリスを背景に、ヒイロとルナががっしりと握手を交わす。リリスと対照的に二人の表情は晴れやかだ。


「今日からルナを雑談集会名誉アーティスト任命したいと思う」

「明らかに幸せー!!」

「ありがたき幸せな」

「幸せうぇい!!」

「うぇい!!」


 テンションが極度に上がっているのか、傍目から見ると異常な盛り上がりでハイタッチする二人。お互いの美術的な思考を称えあっているが、言っていることに一貫性が無く、もはや何も言っても肯定されていた。

 リリスは無言のままヒートアッをする二人を傍観していたが、『大阪城は僕が作った!!』『マジか!? しかし俺も姫路城作った!!』『お城ー!!』『お城ー!!』『『いぇい!!』』までいったところで耐え切れなくなり、この時間ずっとおとなしくしていたフォールの元へと逃げ出した。


「なんかあの二人怖いんだけど……」

「まれにしか見ないテンションだよね」


 口元に手を添えてくすくすと笑うフォール。

 笑い事じゃないと思うんだけど……と高笑いをしている二人を見る。


「あ、そういえばフォールはバケツの中身が塩水に変わってた話について参加しなかったわよね」


 フォールがここまで何も口を挟まないことなんてあまりあることではない。


「僕が参加しちゃうのはなんか違うと思ってさ」


 困ったように頬をぽりぽりとかきながらフォールは気まずそうに顔を背けた。その姿をリリスは怪訝に思う。隠し事があるようなそんな気がした。


「やましいことがあるの? 言ってみなさいよ」

「やましいって言うか……。そういうのとはまた違うんだけど」


 言いづらそうにしているフォールだがリリスの強い視線に肩をすくめた。ちらりと、まだ騒いでいるヒイロとルナを見ると口を開く。


「そもそも面白いかなと思ってバケツの水に塩を入れたのが僕ってだけさ」

「えっ」


 思いもよらぬところから真相が明らかになる。リリスは二人にも教えてあげようと思うが、楽しそうにはしゃいでいる二人を見て別にいいかなと考え直す。


「なんか今日は私ばっかり振り回されたな……」


 疲れたように愚痴を言うリリス。

 しかし、何にせよ答えが出てすっきりとしたので、その日の晩はぐっすりと眠れそうだった。

ここまで読んで頂きありがとうございます。

しばらくこんな感じの話が続いていきます。

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