episode 1 キャラ紹介もかねてます① (ヒイロ・フブキ・ルナ)
授業がすべて終わりは白崎誠司は校舎を出る。担任によるホームルームが終了したのと同時に教室を出てきたのだ。二年にあがってクラスが変わってからずっと続けている。
運動場ではすでに授業を終えていた生徒たちが部活動に励んでいる。おそらく一年なのだろう。お疲れ様です、と元気な声も耳に入ってくる。誠司はその声から逃げるように運動場を大回りに周り、その奥の林に入る。
一見整備されていなさそうに見えるが、歩道として使われていた痕跡が残る周りよりはきれいな道をずんずんと進んでいく。程なくして、木造の古びた建物が現れる。誠司のほほが思わず緩む。
「やっと放課後だよ」
鍵がかかっていない扉を無造作に開けてある教室に向かう。自分たちが放課後の時を過ごす教室だ。目的の教室につき、扉に手をかけると中から声が聞こえてきた。すでに、先客がいたようだ。扉をがらりと開ける。
「おっす」
「……ヒイロ」
中にいたのはフブキだった。ヒイロを確認して読んでいた本を閉じる。ほかに人はいないようだ。
「フブキだけか?」
一応聞いてみると、フブキは首を横に振る。
「ルナもいたけど、奇声をあげながらどっかにいった」
いつか珍獣騒ぎにならないといいけどな、と心中で嫌味を言う。
しかし、実のところを言うと、ルナには嫌味なんて効かないのだ。軽く笑って受け流されてしまう。むしろ喜んで飛びついてきそうだ。
ルナ。世界征服の話をしていたときもずっと寝ていた変わり者だ。同年代と比べても小柄なほうで、一年上のヒイロと比べてしまうと随分と差がついてしまう。しかしあふれるパワーはとどまることを知らない元気娘だ。何を考えているのかはにわかには理解できない。今回もその類だろう。
ヒイロは近くにあったいすに腰掛ける。
「ヒイロ、ちょっと疲れてる?」
「ああ、青春の雄たけびにやられてな。大ダメージだ……」
先輩に、お疲れ様です!! と元気に挨拶をしている場面を見せられるとまいってしまう。
「それなら、私も同じ」
どうやらフブキもそういうのは苦手なようだった。
「どうして運動場にあんなモンスターが蔓延っているのか不思議」
「お前今、同年代のやつらを一斉に敵にしたぞ!?」
何を言っているのか分からないとばかりにフブキは首をかしげる。追い込むように見つめ続けると、肩にかかるかかからないかの髪をいじりだして、ごまかしだした。
フブキ。とある縁があって一緒にいることになった。本好きな文系少女である。目元まで隠れてしまいそうな前髪をピンで横に分けている。そして一部の生徒に人気が出ているという可憐な顔立ち。
「それはそうと、今日は暑い。とても暑い」
「耐え切れなくなったのか知らんが、今は秋だぞ」
暑いわけがなかった。
「……ヒイロこそ何を勘違いしているのか分からない。私は、とても涼しいと言った」
「ごまかしきれてないからな!!」
「細かいことを気にする男は抹殺」
「嫌われる通り越していきなり殺人!?」
「間違った。不幸な事故」
「明らかに陰謀が隠れてんぞ!!」
「にやり」
「あくどい笑顔!?」
仕切りなおしとばかりにフブキは立ち上がる。閉じられていた窓を開ける。涼しい風が教室に吹き込んでくる。
「この風が嫌なことすべてを運んでいく……ちらっ」
「なんで今俺のことを見た!?」
「別に他意……悪意はない」
「なんで酷い方に言い換えんの!?」
「本心とは、時には残酷なこともあるな……バイ、ヒイロ」
「心にもそんなこと思ってねえよ!!」
まさか悪意が本心って言うわけでもないし……ないよな?
柄にもなく心配になるヒイロだった。
「あ、ちなみに今のバイには、英語のBYとバイバイのバイの二つの意味がこめられている」
「そんな情報いらんから!!」
「ふふふ、将来は詩人の私」
「ちょっとばかし掛詞ぽくなったからってその自信はどこからくるんだ……」
しかもバイバイは状況に即していない。あきれてため息が出るが、ヒイロの視界に入っているのは、満面の笑みで幸せそうにしているフブキの姿。
こいつが喜んでいるのなら、この状況も悪くないなと和やかな気持ちになる。
「ただいまー!!」
そこに飛び込んできた大きな声はルナのものだった。
とたとたと靴の音を鳴らしながら二人の下まで行く。
「ただいまってどこに行ってたんだよ」
「んー? ちょっとお花摘みに行ってきた」
「あ、悪いな」
少しばかりデリカシーが足りなかったかもしれない。ルナは気にしてないようだが、女子に対して野暮なころは聞くべきではなかった。おおよそ同じなのかフブキから責めるように鋭い視線を感じる。
「それでねー、これ見て見て」
二人に近づく時、両手を見せないように後ろに回していた。それを二人に差し出す。何が出てくるのかと思えば、ラベンダーの花が数本握られていたのだった。
「……あれ?」
「……え?」
さきほどルナが言ったお花摘みに行ってきたの言葉。それは決して隠語ではなくて、つまり――
「お花摘んできたよ?」
そのままの意味だった。
「まあ、ルナにデリカシーを期待したほうが間違いだったか」
「ヒイロ、そんなことを言ってはいけない。まだデリカシーを学んでないだけ」
高校に入ってまだデリカシーを学んでいない、と言うほうがひどいと思うが、ルナはそんな言葉も気にしないし放っておく。
「僕がデ、デリ、カシー? を学んでないといったな」
言葉がはっきりと言えない時点で手遅れだと気づいてほしかった。
ルナは女子だが、自分のことを僕と言い、それがまた幼さを引き立てている要因になっている。
「ルナよ。しゃべりすぎるとぼろがでるから抑えておいたほうがいいぞ」
「そんなヒイロはぼろ雑巾のよう」
戯言を言っているフブキは無視だ。どうせしたり顔で見るといらっとするに決まっているだろうから。
「時代が僕に追いついていないだけだ!!」
「時代がお前に追いついた時、それは原始時代に遡行してるのと変わらないからな」
ルナにまじめに付き合うと精神が擦り切れていくので、適当にあしらいながら手に持っているラベンダーを受け取る。どこから取ってきたかは知らないが、せっかくだから育ててみるのも悪くないと思った。教室にある空き瓶を手に取る。
「水を入れてくるけどついてくるか」
「行くー」
「私は遠慮する」
「じゃあルナ行くぞ」
「ういー」
「酔っ払いか!?」
軽口をいいながら教室を後にする。フブキはいってらっしゃいとばかりに手を振っていた。
「それで、このラベンダーはどこに咲いていたんだ?」
「んー、どう言えばいいかなー」
「どこら辺で見つけたかぐらいは説明できるだろ」
「なんか運動場の端のほうで……となりにうさぎとかがいる飼育小屋があって……この花が咲いてる近くには園芸部って札が立ててあった」
「じゃあこれ園芸部のじゃないか!!」
驚愕の事実が発覚した。ラベンダーが無造作に咲いているわけがないとは思っていたが、まさかほかの部の所有物を取ってくるとは思ってもみなかった。ヒイロは自分の顔が青くなるのを感じた。
「あとで、謝りに行かないとだめか……。これも返すかな」
「なんで?」
無邪気そうに聞いてくるルナ。
「これは園芸部のものだからな」
「立て札のことなら、僕がほかの人に花を取られないように立てておいたものだから、誰の花でもないよ?」
「なんて悪知恵だよ」
ドッキリにでもかけられたようだった。ヒイロは舌を巻く。しかし、ここで素朴な疑問がわいた。
「しかし、園芸部は知らないうちに名前を借りられているわけだから、問題があるかもしれないな」
「この学校に園芸部なんてないよ?」
「そこから!?」
「文化部なんて皆細かいところまで把握してないから気づかないもんね」
変なところにだけは頭が冴えていた。ヒイロではそんなこと思いもしなかっただろう。馬鹿と天才は紙一重だという格言が頭に浮かんだ。
「なんにせよ、すごいやつだよお前は……」
「僕をうんと敬うがいいさ」
「その言葉を聞いて正気に戻ったわ」
ルナはやっぱりルナだった。
手洗い場まで着いたので会話をいったんやめて空き瓶に水を入れる。誰のものでもないと判明したらベンダーを挿すのに十分な水の量はすぐに満たされる。ラベンダーを水を入ったビンに挿すと、ここにはもう用がないので後にする。
ヒイロがルナを見てみるとにこにこと笑っていた。
「なんか楽しいね」
「そうだな」
ルナはちょっと貸して、とヒイロから瓶を受け取ると教室まで駆け足していく。早くフブキに見せたいのだろう。
「転ぶなよ」
それを聞いてルナは足を止める。そしてヒイロに振り返る。
「転ぶなよ……って言ったか?」
「言ったけど何も重要な言葉じゃねえよ。振りでも何でもねえよ」
「振りでも何でもねえよ……って言ったか?」
「お前言ったか、と言いたいだけだな」
「ばれた……って言ってほしい?」
「おう」
「ばれたー!!」
なんだこれ。
不可解なやつである。
それでもルナは満足したらしくぱたぱたと駆けて行く。そうはいっても、教室はすぐそこだ。ドアの前まで着くと、ヒイロを待っているのかじっとそちらを見ている。
「別に待ってる必要はないぞ」
「ばれたー!!」
もう一度言おう、なんだこれ。
ルナに謎のばれたブームが到来していた。
ルナに遅れてヒイロが教室に入ると、フブキに瓶を渡してにこにこしているルナが目に入る。
「フブキー。この花なんて花だと思う?」
「……ラベンダーのはず」
「ばれたー!!」
なにがばれた、なのか。
今回にいたっては何も隠していない。ばれる以前の問題だった。
フブキが困惑した顔をヒイロに向けてくる。大丈夫だ、俺もついていけてないと力強く頷く。
「……とりあえずこの花瓶はヒイロの愛用してる机にかざっておく」
「おい、それはいじめのつもりか」
「ばれたー!!」
「俺いじめられてたの!?」
このばれたは、ブームが続いているだけだと信じたい。
そこでフブキが悲しげな表情を作っているのに気づく。
「……ばれたか」
「リアリティ増すからその演技止めて」
「蝶々飛んでるー」
「お得意のばれたがないんだけど!?」
ルナには演技という部分を否定してほしかった。
自分がいじめられているという信じがたい、信じたくない現実が実感をましてくる。
「そんことよりもこれ」
「何もそんなことで済ませれれる内容ではないけど、どれだ」
フブキはそう言うとポケットの中からスマートフォンを取り出す。画面はチャットのような会話が出ていた。
「それ前言ってた……リネとかいうのだっけか」
「なんか違うけど、とりあえず見て」
よく見てみると、フブキとリリスとフォールの名前がある。三人でチャットをしていたようだ。その中に今日は行けないという旨の文章を見つける。文の書き方は違えど、フォールとリリスのものだ。
「あいつら二人は休みか」
「ばれたー!!」
「なんでルナが知ってるんだよ」
「僕もいるから!!」
そう言って、ルナも自分のスマートフォンを取り出す。そして何か操作をしたかと思うと、ヒイロに画面を突き出した。そこに写っているのはフブキと同じだ。
「またリネか……」
「リネ違うー」
よく見てみると、使用しているアプリが同じなだけでなく、繰り広げられているチャットも同じだった。
「つまりどういうことなんだ?」
「情弱」
「なんだ、その不快感を感じるその言葉は」
「なんでもない。つまり、私とルナ、リリスにフォールは同じグループで――」
フブキが説明をしてくれているようだが、ヒイロには理解できなかった。結局のところ、フブキが言いたいのはメールの一斉送信のようなものを四人でしているということだった。
「………………」
「仲間はずれー!!」
「無言にしてたのだから、何か察してくれよ!!」
「今更気にしないほうがいい」
「今更って!? もう手遅れなの!?」
「医者的に言うなら……残念ながら患者さんは、死後三ヶ月の重症です」
「手の施しようがない!?」
「ばれたー!!」
「無邪気に俺の心を抉らないでくれ!!」
せみの声が聞こえなくなり、秋の風が心地よく流れていく。
林に囲まれた旧校舎では、より季節の移りを感じることができる。
全校生徒の数は膨大だが、旧校舎で活動するのはわずか五人。
五人の個性的なメンバーは部活や同窓会で集合しているわけではない。
各々が好きに集まってだらだらと過ごすだけ。
この五人以外には、この集まりのことを知られていない。
しかし、五人はこの愛すべき時間、癖のあるメンバーに名前をつけようと話し合ってつけた名称がある。
――雑談集会。
これは一風変わった青春を過ごすものたちの物語である。
読んで頂きありがとうございます。
前話でルナがいなかったのは忘れていたわけではなく、仕様です。これで五人全員です。
前話がプロローグみたいなもので、今回と次回の話がキャラ紹介をかなた話となっています。