第一話
石壁に囲まれた家屋には凄惨な光景が広がっていた。武装した10人の男達の他には物言わぬ骸が数体転がっている。
「制圧」
銃を構えた男達が周囲を確認し人影ないことを報告する。
「しばらくここを維持。警戒を緩めるな」
男達のリーダーらしき男がそう指示を出すと二名ほどが外に出、四名ほどが窓から外の様子を伺った。残った男の一人が弾切れになったアサルトライフルを捨て、死体が持っていたアサルトライフルを奪い取る。
「ちっ、カスタマイズ無しかよ。Noobだったかこいつら」
「200人もいれば、いてもおかしくはないさ」
苦笑いするバンダナをつけた男。(Noobは初心者の英訳Newbieの砕けた言い方で蔑称である)
「おい、敵さんおいでなすったぞ」
窓際の男が狙撃銃を構えつつ警戒を促した。
「何人きてる?」
「……今のところ一人だな。ってか舐めてんのか、あいつ。目茶苦茶堂々とこっちにきてるぞ」
彼が呆れてしまうのも仕方ない。家屋に敵がいるかもしれないと警戒するのが普通だろう。石壁があるのだから、その陰に隠れて後ろから回り込んでもいい。それがなんの警戒もせず表門から入ろうとするのだから、舐められているのかと疑っても仕方ない。もしかしてまだ味方がやられていることを知らないのだろうか。リーダーが首で仕留めろと促す。一撃で仕留めるよう間抜けの頭部を狙う。逆立った黒髪に、戦場には酷く軽装な若い男はニヤニヤと笑っていて本当に間抜け面だなと感じながら、引き金を引こうとした。
パァン――銃声が響く。
――しかし窓際の放った弾丸は間抜け面の男に当たることはなかった。逆に倒れたのは狙撃したはずの窓際の男。眉間には弾痕が刻まれていた。
「クソッ、あいつは囮だ!狙撃兵がいるぞ!」
「衛生兵!蘇生できるなら頼む!」
テーブルを倒し遮蔽物を作りながら伏せつつリーダーの男は必死に指示を出す。外からは悲鳴が二回聞こえた。どうやら外にいた二人はやられたようだ。
「やべぇな、こっちに援軍呼べないか!」
「ああ、今呼んだ!しばらくここを維持するぞ!」
カツンと何かがほおり込まれ目眩い光に包まれた。
「フラッシュバンか、くるぞ!」
目が眩みつつも入口に向けてアサルトライフルを構える男達。けれど敵は窓から侵入してきた。
ズガガガガガガ――!銃声が鳴り響きドサリと遅れて三つの音がなった。
不利を悟った残りの男達は部屋の奥に引きつつ侵入者に向けて弾丸を放つ。しかし侵入者はまるでその弾の隙間を縫うように移動し、遮蔽物二丁のサブマシンガンで応戦する。
「逆毛で二丁のサブマシンガン……?まずい、こいつ『ハチノス』の『乱射魔』だ!」
トリガーハッピーは本来はただの蔑称だ。銃の引き金を引き、乱射することで快感になる精神状態のことで、新兵やサバイバルゲームなどの初心者が陥りやすい。乱射は弾の無駄遣いであり、味方への誤射を引き起こしたり、乱射の音によって敵に居場所を教えてしまうのだから、普通は好まれる状態ではない。
しかし彼の場合はプレイスタイルからついたあだ名である。敵の弾丸が飛びかうど真ん中で乱射し、そんな鉄火場で愉しそうにほくそ笑みながら踊る――それが印象に残り畏怖した者から広まったあだ名だ。
「つっても相手は一人だろうが!弾だって無限じゃねえ。それにあいつだって傷付いてるじゃねぇか!構うこたぁねぇ!こっちが押し切ればいいんだよ!」
バンダナ男が鼓舞し、乱射魔に火戦が一層集中する。たしかに彼は遮蔽物に隠れつつかわしてはいるが所々傷を追いはじめている。そしてしばらくの拮抗の後に弾が切れたのは乱射魔のほうだった。
「よし追い込むぞ」
弾切れに気付き、一気に場を決そうとバンダナ男が迫る。しかし、入口の扉が開くと2m近くのフルフェイスマスクで覆われた大男がバンダナ男を殴り飛ばした。
「おせぇぞ、タンカー」
「済まない」
ニヤリと笑いつつ乱射魔は軽口を言い、大男のタンカーが素直に謝る。
「うるせぇ邪魔だ、でくの棒!」
タンカーは全身鎧のようなものを着込んでいた。バンダナ男はアーミーナイフを持ってタンカーに襲い掛かる。鎧の隙間を狙い一撃で仕留めるために。
「ひぎゃっ」
バチッと激しい音がなりバンダナ男がびくんと痙攣するとばたりと崩れ落ちる。タンカーの手には救命用のショックパドルが握られていた。電撃によるショック死である。
「タンカーついでに弾も頼む」
タンカーは無言で弾薬を投げる。弾の補充をしたあとサブマシンガンが再度火を噴いた。
「もういい一端離脱するぞ!」
まだ制圧して間もない以上、手に余る相手に数の差で有利な点が消えた今、もうここの維持はできない。むしろ態勢を立て直して取り戻しに来たほうが確実だ。そろそろ援軍がくるのだし無理はできない。
弾幕を張りつつ裏口から逃走を開始する残りの男達。火戦が止み静かになったところで乱射魔は誰かに向けて声をかける。その間にタンカーは救命キットを取り出し治療を始めた。
「シバイ、そっちはどうよ?」
「おお、何人かきとったから罠にかけといたわ。ただ戦車一台がそっち向かったから頼むで」
「わかった、アオバは戦車を頼む」
「あいよーお任せあれー」
「あとこっちも三人逃げた。ミラは逃げたやつら狙えるか?」
「無理。ここからだと見えない」
「キヨト。空中戦が終わったからそっち行くわよ?」「うへ、じゃあ頼んだぜ」
逃げたやつらご愁傷様と憐憫の表情で乱射魔――キヨトは手を合わせた。
石壁に囲まれた拠点を目指し一路戦車が土煙を上げていた。随伴していたはずの歩兵達は急に起こった土砂崩れによって全員やられてしまっている。プラスチック爆薬によって引き起こされた人為的な災害だろう。となればここは敵の領域でありいつ襲撃があるかわからない。随伴歩兵がいない今はとにかく早く味方に合流したいところだ。援軍要請から時間的にはさほど経過していないため、十分味方と合流できるだろうと高をくぐっていた。拠点が見えてくる。抗戦中だとしても戦車が来ていることには気付くはずだ。このまま――。その瞬間轟音が一帯を支配した。
「おーミッション終了ー。やるじゃん私!」
対戦車用ロケットランチャーを抱え、濛々と煙が上がり沈黙した戦車を眺めている少女がいた。茶色でショートカットの少年に見紛う中性的なその少女、アオバは小さくガッツポーズする。しかしロケットランチャーの一発で沈むほどこの戦車の装甲は脆くないはずなのだが彼女はそれを成した。
「タンカーさんに弾補給してもらわないとなあー早く合流しなくちゃー」
間延びした声をしながらてくてくとアオバは拠点に向かった。
「ハァハァハァ」
命からがら脱出できた彼等は息を整えつつ木陰に隠れていた。
「おい戦車が来たみたいだぞ」
姿はまだ見えないが土煙とキャタピラ音が耳に入る。合流しようと木陰から飛び出した。形勢逆転の兆しに自然と顔が綻んだ。戦車が爆発するまでは。
「畜生!対戦車兵もいたのかよ」
嘆いても仕方ないのはわかっている。しかし感情を抑えられず嘆かずにはいられなかった。援軍はもう期待できないのなら、味方の拠点まで逃げたほうがいいだろう。彼等は気持ちを切り替え、森深くへ逃げ込もうとする。
そんな彼等の上空を黒い影が襲う。見上げるとそこには銃口をこちらに向けた戦闘ヘリがあった。ああ、今日はついてないなあ――リーダーの男はそう心で呟いた。
彼等が悲惨な最期を遂げた後、すぐにブザーが鳴り響く。
「お、終わったな」
「お疲れ様ー」
「さてさて戦績はどんなもんかね」
拠点についたアオバと互いに労を労う。キヨトが戦績表示というと空中にモニターが表示された。表示されている内容は先程の戦争の結果らしくキヨトの所属した軍の個人スコアが表示されている。
「あーやっぱりキヨトさんとアビィさん凄いですねー」
「くそ、アビィのほうがキル数が上か!」
「どうよキヨト!私が本気を出せばざっとこんなもんよ!」
姿は見えないが誇らしげな少女の声が響く。その言葉に悔しそうに呻いて、がっくりと肩を落とすキヨト。凄惨な光景を作りだしたのにその姿は全く気負いを見せない。
それもそのはずだ。彼等が先程まで行っていたのはゲーム「ミリタリーフォース」である。ジャンルでいえばFPSに分類される。もっともVR技術が取り入れられており、多人数でオンライン対戦が可能なことから差し詰めVRMOFPSとでも言われるものだろうか。
FPS(First Person shooter)はファーストパーソン・シューティングゲームと呼ばれる所謂一人称視点で行われるゲームである。VR技術がある今その殆どが一人称視点な為、厳密にいうとゲームの分類としては正しくないのだが、VR技術が進む前からFPSは一人称視点で銃や素手、武器を持って戦うアクションゲームとして流行しており、ジャンルを確立していた。そのためMFもミリタリーアクション系のFPSと認識されているのだ。
そしてVR技術は近年確立されたばかりのものであり、始めは軍事や医療の分野で利用されていただけだったのだが、とあるきっかけによってゲーム分野でのVR技術の利用が急速に進むのだった。
自衛隊が軍のシミュレーターで実際に使用しているVR技術を利用したVRFPSのゲームサービスを開始したのだ。自衛隊がゲームサービスを展開したことは世界を震撼させたが、実のところこれが始めてではない。VR技術を利用したものではないが過去にもアメリカ軍が兵の募集や軍の広告を目的としてゲームサービスを展開している。自衛隊も近年の周辺国との緊張からシミュレーター並の難易度を誇るこのゲームで高い成績を残せる優秀な人材や、より多くの人材の確保を目的として始めたのである。これに対し世論は税金の無駄遣いと批判したが、結果だけ見れば初めてのVRでのゲームということが功をそうしたのかそれなりに成功はしたのだった。
そしてそれを皮切りにVRを利用したゲームは急激に発達した。今ではFPSはもちろんRPGやSLGなどあらゆるジャンルに使われている。そしてMFもその一つなのだ。
「そろそろみんな基地に戻ろうや」
と、いつの間にか拠点にいた眼鏡をかけた痩せぎすの男―――シバイが催促する。
それぞれが同意し、基地転送と言うと彼等は光に包まれて消えた。
基地と呼ばれるこの場所はその名の通り何処かの軍事基地を模したような施設でありMFプレイヤーの憩いの場となっていた。ちなみにこの基地はアジア連合国(AU)軍の基地であり、他国のプレイヤーは入ることができない。MFプレイヤーは必ずこの世界のいずれかの架空の国に所属しており、彼等はアジア一帯を勢力に治めたAU軍に所属している軍人である。基地の食堂にあるテーブルをキヨト達6人が囲んでいた。
「キヨト、今回のバトルポイントは何に使う?」
サイドテールのつり目の小柄な少女、ミラが聞く。
バトルポイント(略称:BF)とは戦争の成績によって入るポイントである。自軍の勝敗、相手を倒した数、自分が倒れた回数、拠点の制圧、味方の支援などの様々な項目から算出され、戦争時に活躍すれば活躍するほどより多くのポイントを獲得することができる。そしてこのBFはお金のように使用することができるのだ。BFを消費してできることは現状2つだけである。
一つは銃火器など兵器の購入。MFはアサルトライフルやハンドガン、スナイパーライフル、ナイフを初期に支給されるが、若干使い勝手が悪く種類も一つだけしかない。しかし、BFを消費すれば1万に及ぶほどのアイテムの中から交換できるのだ。初期武器に比べれば性能が良いため、大半のユーザーが開始してすぐに交換しているはずだ。1万を越すアイテムには銃火器だけではなく戦闘機や車輌、戦艦などの兵器も交換可能である。最も戦場によっては持ち込み数に制限が施されており、必ず持ち込めるとは限らないが。
次に兵器のカスタマイズである。このMFではRPGのように自身をレベルアップし強化することはできない。キャラクター上の身体能力は全員同じだ。その代わり兵器の性能をカスタマイズすることで変更できる。このため現実で使われている兵器でも性能が異なることもしばしばだ。わってしまうしかしカスタマイズは必ずしもよいことばかりではない。例えば銃器の威力を上昇させるカスタマイズを行った場合、反動が上昇するため集弾率を低下させ命中精度が下がるなどのデメリットもある。またカスタマイズできる回数も兵器によって決まっており、精々五回程度だ。因みにキヨトはひたすら撃ち尽くしたいからという理由だけでサブマシンガンの装填数だけをカスタマイズしている。
「やっぱ新しい武器だろ。けどめぼしいものがないんだよな」
1万を超えるの兵器を一人ではコンプリートできない。だから大概は自身が得意とする兵器を重点的に集める。しかし彼が選びたくなるような兵器はおおよそ揃えてしまった。未だに増えつづける兵器の更新まで貯めようとキヨトは考えている。
「羨ましいわね。こっちなんていくらあっても足りないのに」
「そうやそうや!まじでBF分けて欲しいくらいや」
「私達は十分なんですけどねー」
金色のセミショートでプロポーションが整った女性――アビィが口を尖らせて愚痴り、シバイが同調し、アオバが苦笑した。彼女はBFを最低限の装備以外を殆ど戦闘機や車両などの兵器に割り振っているのだがそれらは総じて消費ポイントが高い。シバイの場合は一通り揃える為に足りないパターンだ。
「つってもポイント譲渡できるシステムなんて実装してないだろうが。……ったく、うん?」
「どうした?キヨト?」
今まで黙っていたタンカーがキヨトの怪訝な表情を疑問に思い問い掛ける。
「いや運営からうちのクラン宛にメールが届いてるぞ」
「……珍しいね」
MFの運営会社から個人に宛ててメールをするときは大概規約違反といった警告メールのことが多い。しかしクラン宛となると途端に思い当たる節がなくなる。因みにクランはネットゲーム用語ではゲーム仲間の集団を指す。彼等6人はキヨトをマスターとした『ハチノス』というクランを成している。
「で、結局なんな訳よ」
「えっとなになに……『クランミッション開催のお知らせ』?」