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雪解けの空に羽ばたいた。  作者: 津森太壱。
【寂しさを忘れられない。】
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02





 そういえばアノイさま、とレムニスが言うので、アノイはお茶を飲んでいた手を止めて顔を上げた。


「ん?」

「アノイさま、弟子がおられましたよね」

「……マルのことか?」


 弟子といったら、アノイのとってはマルという小さな子ども以外にはいない。ただ、小さい、とは言っても、年々成長していった子どもは今やアノイの背を遥か遠くに追い越し、立派に魔導師として育っている。アノイが常にそばにいることはなくなった。


「話によると、女王陛下の従弟であるとか」

「先王の妹が、マルの母親だ」

「お名前を伺ってもよろしいでしょうか」

「マル・ホロクロア。水萍の魔導師だ」


 急にマルのことを訊くなんて、どうしたのだろう。

 ふんふん、と頷いたレムニスは、特になにか考えている様子はなかったが、なにかを気にしているふうではあった。


「マルが、どうかしたか?」

「いえ、まだお逢いできていないもので」

「ああ……マルは外をふらついていることが多いから」

「早くお逢いしたいものです」


 考えてみれば、レムニスに紹介していない。またその逆もしていない。魔導師と名乗れるようになってからの小さな子どもは、ふらふらとあちこちを歩き回っているので、一か所にあまり留まらないのだ。魔導師団棟の居室も、だから端に追いやられてしまうほど、滅多に帰って来なくなった。もともとそういう気質なのだろうが、そうならざるを得ない事情というものもあったので、レムニスとすれ違いになってしまったのは仕方ないだろう。

 今度、帰ってきたら、きちんとレムニスに逢わせよう。

 そう思ってお茶に再び口をつけたとき、それを考えていたからか、憶えのある感覚が近くにあるような気がした。


「アノイさま?」

「……いる」

「はい?」


 この、独特な感覚は、アノイの小さな子どもの放つ気配にほかならない。アノイの小さな子どもは、常に水の香りがするのだ。

 さっと立ち上がってお茶をレムニスの机に置き、とことこと扉に向かう。気配が近づいてくる頃合いを図り、部屋の扉を開けた。


「マル」

「! ……あのい?」


 自分が扉を開ける前に、向こうから扉が開いたから驚いたのだろう。蒼灰色の双眸を真ん丸にしたアノイの小さな子ども、いや、背ばかりはアノイの遥か上を行く子どもが、両腕に書類の束を抱えて立っていた。

 久しぶりに逢った小さな子どもは、実に三か月ぶりだろうか。また背が少しばかり伸びたようであるが、まだその幼さは残している。むしろ、アノイからしたら子どもは、いつまでも子どものままだ。ふつうに可愛い。


「マル」


 吃驚している子どもを、マル、と呼びながら、アノイは両腕を伸ばして抱きつく。抱えていた書類を落とさないよう、マルは腕を上げたので、なんの妨害もなくアノイはその細い胴に腕を回すことができた。


「なんでここにいるんだ、アノイ」

「レムがここにいるから」


 久しぶりのマルだなぁと思いながら抱きついていたアノイは、レムニスの名前に首を傾げているマルを見上げた。


「婚姻を結んだんだ」


 その報告をすると、瞬間的に目を瞠ったマルは、しかしすぐに平素と変わらぬ淡い笑みを浮かべた。


「そうか。おめでとう」


 マルはアノイの、レムニスへの想いをずっと知っていた。アノイからそれらしきことを口にしたことはないのだが、気づいたらアノイはレムニスを目で追いかけていたので、それを傍らで見ていたマルが気づかないわけがないのだ。

 だから、漸く互いに想いが通じ、婚姻に至るまでになったことに対し、マルは素直に喜んでくれた。


「もう寂しくないな」

「うん、寂しくない」

「よかった」

「うん、よかった」


 マルなら、それしか言わないだろうと思っていたが、本当にそれしか言わないから少しだけ笑えた。


「アノイさま、その方がもしや……?」


 背後からレムニスに問われ、アノイはマルから離れることなく、顔だけ振り向かせて頷く。


「わたしのマルだ」

「アノイさま、の……」

「わたしの、可愛い子どもだ」


 大きく成長したところは可愛くないが、それでもアノイのなかで、マルはどんなに大きく成長しても、小さな子どものままだ。


「言い方に語弊が……アノイのなかで、わたしはまだ随分と小さいままなのか」


 持っていた書類をレムニスに渡しながら、マルは力なく笑う。


「水萍の魔導師、マル・ホロクロアと言います。アノイから聞いていると思いますが、弟子ですよ」

「レムニスと言います。このたび、アノイさまの夫となりました。これからよろしくお願いします」

「こちらこそ」


 穏やかな自己紹介に、ほっと息をつく。こんなところでの紹介になるとは思っていなかったが、マルが王都に居つかないのだから仕方ないだろう。王都が拠点であるアノイやレムニスにとって、地方任務が主であるマルとの遭遇率は低い。アノイのほうから捕まえておかなくては、マルはどこかに行ってしまうのだ。


「アノイさまの御子であるなら、僕にとってもわが子ですね。お父さんと呼んでくれてかまいませんよ」

「それは……年齢的に、難しいものがあるかと」

「そんなの関係ありませんよ」


 にこにことしたレムニスは、どうやらレムニスのほうも、アノイと同じようにマルを想ってくれる気のようだった。







*レムニスとアノイの弟子の出逢いはどんなものかな、と思って描いてみました。

 スミマセン、それだけの物語です。


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