表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
57/65

57


◆ ◆ ◆



 最終面接前の待ち合い室、あるいは葬儀終わりの精進落としの席の方がまだ和やかではないかというほど、場は冷え切っていた。

 窓を叩く激しい雨音がいっそ心地いい程には。  


 動きやすい服装に着替え、エリマスの部屋に招かれてみればすでに夕食は用意されていて、最初こそ事務的な会話が成立していたものの、デザートに手を付ける頃にはいかに息を殺すかのゲームが始まっていた。


(てっきりこの勢いで今日中に加護の力の移行をするのかと思ったけど、今日じゃない……?)


 もう少し状況整理をして詰めるのか、はたまた他の案を考え直すのか、動きが読めない。


 使用人が食器を下げる間もエリマスは冷めた表情で持ち帰った仕事の書類に目を通していて、私は最早何のために呼ばれたのか分からなくなっていた。


「……あの」

「なんだ」


(……あっぶな、てっきり本当に私のことが好きすぎて狂ったのかと勘違いするとこだった)


 この感情のなさこそ彼の通常運転だ。


「いえ、ご用件を伺っていなかったので」


 ちら、と視線が上がる。


「ああ」


 差し出されたのは、一枚の紙。

 反省文か、と覗き込むと、何やら見慣れない言葉が並んでいる。


「? これは何の契約で?」

「君の署名は右下。空いているだろう」


 王城で働く上で必要な法の知識は最低限詰め込んだはずだけれど、意味が読めない専門用語が目につく。


「あ、また陛下のご署名と……印璽(いんじ)?」


 見慣れた大臣数名の署名、そして何故かアルカヌム伯爵家当主たる養父の署名、印まである。


「え?」


 思わず二度見する。


「…………あの、これ、何の契約書ですか?」

「婚姻誓約書だ」

「は?」


 慌てて読み取れる文字を拾う。

 本来王族の婚姻までの間に必要な婚約という段取りはすでに城内の内示で実績があるので、今回は特別に全て省略してよし、あとは本人たちの同意があれば認める──


「……待ってください。確かに私は昼間『承知しました』とは申し上げましたが、さすがに今日というのは想定外で」


 ちらりと見えた顔が怖すぎて、上げかけた顔を伏せる。

 取引先の社長に謝罪訪問に来たのかと錯覚した。


(よく分からないけど、これが責任の取り方……?)


 何の、どの責任だ。もう分からない。


「め、メレアグロス公爵家の方々にも何もご挨拶をしていないですし、その、確認というか」

「当主の私以外の誰に何を確認する必要がある」


 それはそう。


「だってエリマス様も私の加護の力を殿下に移したら、みたいな、そっちが先だとおっしゃられていましたよね?」

「どっちが先かは問題じゃない」


 押されている。 

 幸運にも借金の取り立てにあったことはないけれど、今、それに近い何かを体験している。


(私にデメリットはないけど、明らかにエリマスはおかしいし、もしかしてあの石碑を斬った時に思考支配の化け物に取りつかれたとか、いやむしろあの時の運命の女神がいらないお節介を……? それこそ何か記憶操作でもされてる?)


 第三者視点で考えろ。

 ここで私たちを急いで結婚させて得をする人間がいるとしたら。


(確かに、ここでエリマスが有力貴族の令嬢や他国の王女と結婚すればメレアグロス公爵家が力を持ちすぎてそれこそオルフェンの立場が危ぶまれる……)


 いや、逆だ。

 聖冠の神子という多少の箔はあっても政治的な力を持たない私と結婚することで、エリマスは自らが王位継承を全く狙っていないことを、できるだけ早く王城内に表明したいのだとすれば。


 私がエリマスを狂信していることは彼も承知している。そうそう裏切ることはないと信用してくれているのだろう。

 あとは、私がオルフェンから不治の毒を取り除けば。


「理解しました」


 頭の中は整った。 

 迷わず筆を()り、一文字目が形になったところで、何故か続きを阻止したのはエリマスだった。


「え、書く場所間違えました?」

「……本当に理解して書いているんだな?」

「婚姻誓約書だとさっきおっしゃられたので」

「書き終わった時点で夫婦になるのも理解していると?」

「書面上ですよね? いえ、もちろん明日から突然公爵夫人の仕事をやれと言われたらどうしようかくらいの懸念はありますが」


 筆は(さら)われ、紙は奪われ、そしてエリマスは言葉通り両手で頭を抱えた。

 数秒黙り込むと、低い声が落ちてくる。


「……もう一度聞く」

「……はい」

「何故私に加護の力を授けた」


 この投げかけは何度目だろう。

 そして何故また今の流れで。

 

「これだけは頑なに誤魔化してきたな」

「ですからそれは、」

「君は肩書や伝聞だけでは他人を簡単には信用しない」


 誉め言葉だろうに、嬉しくない。


「今覚えば他の護衛に比べてレミジオや殿下に対しても心を開くのが異様に早かった」

「……お二方の人となりはすぐ分かるので……」

「ステュクスは同じ神ですら声が聞けないほど弱っていたのに、君はラミアが現れることをステュクスから聞いたと言った」

「……」


 嘘は一つでは済まないとは、まさにこのことだ。


「……得体の知れない女と契約するのが怖くなりましたか」


 ずっと誤魔化されてくれていたのだろう。

 怪しいと思いながら、それでも信頼してくれていたことは身を以て理解している。 


「別に、私は君が何者かはどうでもいい」

「えぇ……?」

「ただ君のその異様な思考回路の根幹に関わりそうだと思って聞いている」


 もう逃げようがない。

 少なくとも、この期に及んでは。


「……私は、──」





 かいつまんで説明すること、約十分。

 合わせた両手に額を預け、ずっと下を向いてひたすら聞くに徹していたエリマスは、まるで息絶えたかのように動かなかった。


「──君はこの世界を一度見たことがあり、私のことも知っていて、かつ私がいずれ戦いの中で命を落とすと思っていたと」

「……そうですね」


 今夜、ここが私の処刑場になるかもしれない。


 元の世界や漫画の話をすればややこしくなることは理解していた。

 だからあくまで、いわゆる平行世界で一度()()世界だと説明した。


 つまり私は破滅の未来を懸念していながら語らず、黙って傍観していたことになる。


 処理が追い付いていないらしいエリマスは、下を向いたままま動かない。


「……申し上げたところで信じて頂けないと……フラウス村でラミア様が亡くなっていたことを知った時点で、どうやら世界が変わってきていると思い、それで、余計に言えなくなり」

「……」

「そちらの世界ではエリマス様はずっと一途にラミア様を想っていらしたので……」


 息をしていないのではないかと不安になるけれど、腕がぴくりと動いた。


「要するに」

「はい」

「君はそのもう一つの世界に存在した私を気に入っていて、今回この世界では私を救済するために力を与えたと」

「……、大筋は、おっしゃる通りです」

「……なるほど」


 本日何度目かの、大きな溜息が出る。


「信じられないが、受け入れてしまえば恐ろしく全てが腑に落ちるな」


 そしてエリマスは顔を上げると、小さく鼻で笑った。


「確かに他の人間には言わない方が良い。色々問題になりそうだ」


 先ほど私から取り上げた誓約書を卓上から拾い上げると、しげしげと眺めて、伏せるように裏返す。


「で? その流れだとケイロン・テルクシノエもそっちで顔を知っていたのか」

「……ですが、本人に会うまでは全く記憶になく」

「顔を見て思い出したと」


 頬杖をついているエリマスは妙に自棄(やけ)になっている。

 聞いているようで半分聞いていない。


「そっちの世界の君の恋人か何かか?」


 最悪の問答だ。


「……恋人ではなかったかと思いますが。それに、私の"役回り"であって、私自身ではないです」

「尚更客観的に答えられるだろ」

「それこそ聞いてどうするんですか」


 伏せられたその目を隠すように覆う長い睫毛が、頬に淡い影を落としている。


「別に」


 なら何故聞いたんだ、と喉まで出かかった言葉を、ぐっと押し込んだ。


「……聞かれた質問には必要最低限お答えしました。この事実を知ったことでお考えが変られたようなら何なりと。今ならまだ、エリマス様は私を()()できると思いますが」


 感情を抑えて口にしたつもりなのに、無意識だろうか、頬が引きつる。

 

「始末?」

「いずれこの話をすれば、そうなると思っていたので」

「君を?」

「……そうですが。ある種、危機を予見しながら秘匿していたわけですから、国家転覆相当の罪でしょう」


 ちらりと覗いた青い瞳に、息を呑む。

 何か言いかけたエリマスは私から目を逸らすと、ぱき、と指の関節を綺麗に鳴らした。


「……そっちの世界で君を始末したのがケイロンか?」

「え」


 一体エリマスが何を見抜いて、どんな推理をしたのかは分からなかった。

 ただワンテンポ遅れた私の反応を見て、納得したように浅く頷く。


「…………なるほど」


 妙な空白があった。

 怒りでも呆れでもない。ひたすらに冷ややかな沈黙。


 何を考えているのか分かるはずもなく、ただ、私は息をすることすら忘れていた。


「あの、」

「まず今更君をどうこうするつもりは一切ない。他の人間に説明のしようもなければ、君の言う通り、想定していた世界とここまで異なっている時点でその話は予言ですらない」 


 流れるように、静かな声色だった。


「それに今まで話さなかったことについても不誠実だとは思わない。むしろ正しいと言っていい。下手に聞き入れていれば、私も間違った方向に進んでいた可能性がある」

「……、ありがとうございます」


 落ち着いているのに、しかしどこか居心地が悪い。

 まるで私たちの間にある卓を隔てて、透明な壁が作られたような感覚だった。


(……いや、文句は言えないか)


 むしろ、罪に問われないだけありがたいと思わなければ。


 沈黙。

 音の間を埋めるように雨が降っていることに、これほど感謝したことはないかもしれない。


「君は、」

「はい」

「……いや、……例の赤い実はまだここに保管してある。君の言う通り、最初にオフィオタウルスの檻の話を持ち出したケイロン・テルクシノエに確認するというのは真っ当な案だ」


 そう言って立ち上がったエリマスは部屋の端の金庫のような戸棚に向かうと、硝子の器に入った赤い実を取り出した。

 形を変えていないことに安堵しながら、しかし急な話の変わりように思わず身構える。


「……いいんですか?」

「ただし先方の問答内容によっては私がその場で処刑する」


 無関心ともいえるほど、殺気もなければ、感情も籠っていない。


「身の危険がある中で、素直に出てきてくれるとは思いませんが」

「私の方を隠れ兜で見えないようにすればいい」

 

 辻斬りの百倍怖い。問答以前に現れた時点で斬りかかる可能性すらある。


 赤い実を目の前の卓に置くと、エリマスは一人分の間隔をあけて私の左隣に座った。

 少し固めのクッションが歪む。

 隣にいるのに、対面に座っているよりも遠い。


 しかし思ってもみなかった話の急展開に、私は置き去りになっていた。


 このままエリマスの言葉を鵜呑みにしていいのか。

 伏せられた婚姻誓約書のことは忘れたふりをしていいのか。

 頭を切り換えて『では続きまして、加護の力の件についてですが』と切り出していいのか。


 もし私がここで手を伸ばす札を間違えれば、死人が出るような気さえしていた。

 おそらくお互い、次の言葉をどう続けるか伺いあっていた。


「……あの、確かに、面識がないはずの私がエリマス様に加護の力をかけた理由は、先ほど申し上げた通りなのですが」


 一言一句、間違えてはならない。


「最初の一か月くらいで、何というか、別人だという認識はしていましたし」


 作中ではラミアを含め、女性を詰めているシーンなんか見たことなかった。

 私は今しがた真顔で詰められたばかりだけれど。


「むしろ貴方が右目に矢傷を受けるよりもっと前に、加護を成立させるべきだったと後悔するほどで」


 視線は上げられず、ただひたすらに、自分の膝を見下ろしている。

 言葉を選びながら、足元の床に縫い付けられたように動けなかった。


「想像もできないほどの痛みを経験しても、なお脅威に立ち向かうエリマス様を前にして、これ以上己のエゴばかり優先させてはならないというのを、私は、最近やっと理解できるようになりました。貴方には貴方の守るべきものがある。そのために私がお力になれるのであればと思ってご提案したのが、加護の力の移行です」

「……」

「いえ、もちろん、絶対に成功するとは限らないんですが」


 行き場なく膝の上で組んだ指が、わずかに震える。


「正直、未だに国の行く末よりもエリマス様の幸せを優先しようという思考回路は抜け切れていなくて、でも、その幸せの中には当然この国の安寧があるわけで……私がそのための切り札の一つになれれば、これ以上のことはないと思っていますし、私が、逆に行く手を阻む存在だと思われるなら……切り捨てて頂くべきだと」


 喉奥はひりついて、語尾はほとんど消え入りそうだった。

 隣のエリマスが何も言わないことをいいことに、言葉は止まらなかった。

 

「あと、この際はっきり申し上げますが、私はオルフェン殿下もレミジオさんも好みではないですし、一度たりとも異性として認識したことはありませんし、大切な存在ではありますが正直それはエリマス様がお二人を大切にされていることを知っているからで、裸を見ようが見られようが最早ランパス相手と変わらないというか、それについてどうこうご指摘を受けても何も私には響かないというか」


 私は今、熱心に墓穴を掘っている。


「ええ、そうです私はエリマス様の存在全てを愛していますし歪んだ感情を抱いているのもおっしゃる通り、だからまさか貴方から本当に好意を抱かれているかもしれないなんて恐ろしい妄想をこれ以上しないように必死に目を背けているわけで、なので冷たくされる方がよっぽど安心できるんですよ優しくされたら後の反動が怖いから。私はこの世界に生まれた瞬間から貴方が好きだったけどエリマス様は物珍しいおかしな女に執着されてちょっと絆されただけかもしれないじゃないですか、世界に平和が訪れた日には、私なんてただの狂人でしょう」


 息継ぎも、顔も見ることもできなかった。


 力を入れすぎた指先は白く、氷のようで感覚はない。

 ドン引き確定、鮮やかなまでのヒステリー。


「……もしかして(たお)やかで冷静で理性的で献身的な私がお好きでしたか? エリマス様はそういう女性が好みだろうと思って、向こうの世界のラミア様をできるだけ真似ていましたから。あの方なら、きっとステントール侯爵のことも殴らずむしろ手を握ったでしょうが」


 ここで飛び出していく元気があれば救いがあるのに、力が抜けて立ち上がることもできない。


 エリマスは、何も言わない。

 それが答えだ。

 しかしこのまま留まると吐くかもしれない。私が。


 雨は、窓を叩き続けている。


 何も言わないでほしいと願いながら、人間やはり怖くなるもので、顔を動かさずにちらりと左に視線を向ける。

 エリマスは組んだ両手に頭を乗せて、何やら考え込んでいるようで動かない。


(……いや、まさか寝てる?)


 聞いていない?


「あの」

「君に(たお)やかな要素なんて一切ない」


 じり、と逃げるように右側に体重をかけると、左手首を取られて姿勢を崩しかける。が、慌ててその場に踏ん張れば、今度は腕ごと引かれて、エリマスの方へと倒れ込む。

 そのまま狩りで仕留められた獲物のように羽交い絞めにされ、身動きが取れなくなる。

 客観的に見れば甘い状況なのに、急所を狙われたような心地だった。


 そのままエリマスは何も言わず、聞こえるのは雷鳴だけで、私の視界はエリマスの肩で塞がれている。


「…………、」

「? なんですか」

「…………君は言葉が足りなさすぎるというか、もう少し小出しにしてもらえると……」

「私は最初からずっと同じことを申し上げていますよ」

「好きだとか愛しているだとか、今日まで君の口から具体的に聞いた覚えがない」


 少し前に、貴方のためなら世界をも滅ぼすとまで言ったのに、何故。


「……いつも私の顔を見る度に表情も声も温度がないのは」

「いい大人がルンルンしていたら気色悪いでしょう」

「君から触れられたこともない」

「一級品の宝石に素手で触らないのと同じです」

「……意味が分からない」


 上質な衣擦れの音が、耳に障る。


「私はずっと君に好意を示しているのに、どうして受け入れられない」

「いえ、受け入れた上で、ある種の怪奇現象だと思っているだけです」

「ならどうすれば理解できる」

「今まで通りだと何がまずいんですか」


 どうしたいのかがわからない。

 身体の間を手で突っぱねようとすると、無様に顎を掴まれる。


「っエリマス様だって今日、あれが最後だと言っておられたでしょう!」

「それは君の気持ちが見えないからで!」

「なら分からず屋なのは貴方の方では?」

「どの口が……よく言えたなその態度で……?」

「だから難がないご令嬢とどうぞお幸せにと以前から申し上げていますよね?」


 ぐるりと視界が反転する。床には爪先しかついていなかったせいか、何の抵抗もできなかった。

 押し倒されているというのに、こうも喧嘩腰なことがあるだろうか。


「あのまま君に署名させればよかった」


 視界の端、卓の上には誓約書が裏返しのままになっている。


「そうすれば今ここで君を抱いても抵抗できなかっただろ」

「は……」

「君には睦言よりも大義の方が肌馴染みがいいようだから」


 人工呼吸のように唇を塞がれて、今度は私が引き剥がすようにエリマスの顎を掴む番だった。


「大義って、」

「公爵家当主に嫁ぐ以上、特にうちのように格の高い家門の場合は直系の後継が必要になる。ご存じないか?」

「い、今そんなことがあったら、城内が混乱すると言ったのはエリマス様で!」

「殿下がエイレネ王女と婚約すればそんな懸念もない」


 逃げなければ。

 どこに?


「むしろ義務だと思った方が折り合いがつくならそれでいい」

「だとして、公爵位なら愛妾(あいしょう)くらい持──」


 す、と私を見下ろす目が鋭く細められ、息を呑んだ。

 まずい。殺される。


「じゃあ何か、私が生涯誰とも連れ添うことがなければ、それが君を愛している証明になるのか」


 息ができない。


「そ、……そういうわけでは」

「年数がどうだの気の迷いだの、つまり君はこの世の一目惚れの夫婦の愛情は全て偽りだと?」


 討論で、勝てるはずなどないと分かっていたのに。


「……ッ今は、こんな話よりも差し迫って議論すべきことがあると思うのですが!」

「今この件より優先度の高い事案はない」

「いや、ありますよね、そこの、赤い実とか、加護の力の件とか、」

「むしろ本来すぐに解決する話をぐだぐだ引き伸ばしているのは君の方だろ」

「私が悪いんですか!?」

「君が悪い。いい加減にしろ」


 する、と温かい手の平が服の裾から侵入してきて、肌が一気に粟立った。

 こんな身軽な格好に着替えなければよかったと、後悔しても遅い。


「ちょっ、だ、未婚の……!」

「よく考えてもみろ。夜に互いの部屋を行き来していて、誰にも咎められないのはおかしいとは思わなかったか?」


 背中の素肌を這うその指先にいやらしさはないのに、息が切れる。


「暗黙の了解の中で君だけ一人で抵抗して、こっちはそれに付き合ってやっているだけなのに」

「だからといって同意もない相手に……っ」


 唇が首筋に、耳元に、擽るように触れる。


 死ぬ。


 不死でどうこうなる問題ではない。

 別の、何かが死んでしまう。


「……ッ分かりました、エリマス様のお気持ちを疑うようなことは今後一切いたしません、誓います、なのですみませんこれ以上は、」

「そうか、なら良かった」

「じゃなくて、」


 頭の中の、大事なねじが緩みかけている。

 だからやっぱり私も鍛錬を積むべきだった、そんな考えが過りながら、かといって何年修行したところで敵うはずもないことは分かっていた。


 その手が緩やかに内腿に触れた瞬間、ほぼ反射的に叫んでいた。



「は、……初めては、結婚初夜にもうちょっと雰囲気がある感じで、いえ、そもそも、ちゃんとプロポーズしてからにして下さい!!」






▼の【☆☆☆☆☆】にてご評価&応援していただけると更新の励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ