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◆ ◆ ◆




「──い゛ッ」



 精霊とやらは、仲良くなるまでは扱いが雑なんだろうか。


 あの後ケイロンとの会話が一区切りついたかと思えば、突然、風に掴まれたように足元を払われた。

 次に目を醒ました時には、葉が茂る木の上に落とされて──抗う間もなく、あちこちをぶつけながら、まるで仕掛けられたように枝の間へ落ちていく。


『あとは火の玉に迎えに来てもらうと良い』


 言われなくてもそうせざるを得ない。

 

「ランパス……助けて……」


 葉の間から見える夜空に向かってそう呟くと、ポンと音を立てて火の玉が浮かんだ。


【あわわわわ、ノーナ様、お可哀そうに……!】

「ごめん、……ここどこ?」

【王城からそう遠くありませんのでご安心を!】


 ぐったりと身を預けると、ランパスは何も聞かずに動き出す。

 傷の痛みと吐き気、それから止まりそうにない思考の渦の中、うまく言葉が出てこなかった。


(……今まで失敗してきたことを考えたら、ケイロンの言葉を全部鵜呑みにして良いとは思えないけど)


 言っていたことは全て、悔しいほどに辻褄が合う。

 何度考えても論理に破綻はない。


【ノーナ様、もうすぐ夜明けです。お部屋までお送りしましたら、皆様にご無事を伝えて参りますので】

「もうそんな時間……、あ、エレニ……誘拐された、使節の女性は無事?」

【ええ、すでに皆様城内でお休みになられております。ご安心ください】


 この丁寧な火の玉も、結局のところはドライな冥界の住人なのだ。



──あれから、ケイロンは私が取るべき手段について懇切丁寧に説明してくれた。



『アーテはよほどのことがない限り、当面王太子を手放さないものと俺は見ている』


 ケイロンが考える、討伐の方策は三つ。


 一つ目、エリマスがオルフェンごと討った場合。

 二つ目、オルフェンの肉体を限界まで無力化させて、アーテを離脱させる。ただこれはケイロンが失敗したやり方で、不確定要素が強い。


 そして三つ目。

 それが例のオフィオタウルスの檻を使うやり方だと言う。


『……でも、場所と使用条件は私とステュクスしか知らないと』

『そうだ。だから君のよく分からない記憶の底から引っ張り出す。……初対面のはずの君は何故か俺の顔を知っていただろう。今は深くは聞かないが』


 あの黒い瞳は、何もかも見透かしていた。

 

『そんな君には、まだ引っかかることがあって、海の精霊を尋ねた。違うか?』

『どうして知っ……もしかして、私の部屋が海水が妙な葉っぱに変わってたのは』


 まるで証明するかのように目の前にぱっと現れたのは、あの葉と同じ色形のものだった。


『君という()()を隠しておくのに不足なく、かつ人間がそうそう足を踏み入れない闇の森、となればおそらく"ゴルゴンの森"の可能性が高い』

『……ゴルゴンの森……?』

『フレゲトン王国とグラナトゥム王国の境界にある険しい山々の中にある。場所は王族に聞くといい』

『ですが、私がそこで仮にオフィオタウルスの檻の手がかりを見つけたとして……』


 目の前のランパスの火をゆらゆらと眺めながら、ケイロンの言葉を思い出す。



『それで駄目なら君がエリマス・メレアグロスを説得して王太子ごと仕留めればいいだけの話だ。人間は好きじゃないか、責任を取るとか、そういうの』



(……無茶苦茶だ……)



【──ノーナ様、着きました】

「えっ」


 そこは私の部屋ではなく、エリマスの部屋だった。

 心の準備などできているはずもない。

 胸の奥がひゅっと縮んだけれど、気配のなさに我に返った。


「……あれ、いない?」

【多分まだお仕事中なので……】

「こんな時間まで……? いや、うん、そうかありがとう」


 無理もない。

 他国の使節が王城内で誘拐され、挙げ句の果てに私まで巻き込まれ、戻ってきたのは私だけなのだから。

 現実に引き戻され、肩から力が抜けるように身体が重くなった。


 寝台に下ろされかけて、慌てて「ごめん、待って、汚れるから!」と制し、床に下ろしてもらうと、思わず溜息が漏れた。


(まあ、でも、タイミングがどうとか言ってる場合じゃないことはよくわかった……)


「私が今までどこにいてどうなってたか、貴方は知ってるの?」

【え、ええ、森の精霊に攫われておられたことは……もちろんエリマス様にもお伝えしております】

「……ありがとう。説明が省けて助かる」


 自分の部屋に戻る気力もない。

 床に座り込んだまま、しばらく呼吸だけを繰り返す。


(戻ってきたこと、言いに行かないと……)


 腰を上げようとしたところで、意識がぶつりと途切れた。







「──ノーナ……!」


 うっすらと瞼を上げると、眩しい光に視界が白む。

 目が慣れると、すぐ目の前で私の顔を覗き込んでいるエリマスがいた。


「……え、もしかしてまた寝過ごし、」


 自分でも驚くほど声が掠れていた。


「今はまだ休め。……どこか身体に痛みは?」


 思わず頭に触れたが、痛みはどこにもなかった。ケイロンに巻かれたはずの包帯も消えている。精霊に落とされた時の傷まで、跡形もない。


「……ありません。ありがとうございます」


(……そうか、寝ている間に)


 理解してエリマスに感謝しながら、改めて自分の能力の恐ろしさに小さく震えた。

 支えられて身体を起こし、水差しを受け取る。冷たい水が喉を滑り落ちるたび、意識が少しずつ戻っていく。


「ここ、エリマス様の寝台ですよね、すみません、使ってしまって」

「問題ない」


 よく見ればエリマスは制服のままだった。


「……あの、今何時でしょうか」

「七時前だ」

「…………もしかして一睡もされていないのでは?」

「君が戻ってきてから三時間程度しか経ってない」


 答えになってない。つまり一睡もしていないということだ。

 慌ててエリマスに手を差し伸べると、押し返された。


「いや、何の遠慮ですか?」

「私の心配をしている場合か?」

「エリマス様のおかげで私はもうこの通り元気ですし、ご存じの通り私の癒術は──」


 無尽蔵なのに──そう言いかけたところで、押し返されたはずの手を掴まれた。

 姿勢を崩すと、そのまま強く抱き寄せられる。


「君への追尾が出来なくなったと聞いて、心臓が止まるかと思った」

「……すみません、不可抗力で」

「何か恐ろしい目には?」

「遭ってないです」

「……本当に?」


 すぐ目の前にセレストブルーが迫る。

 その青の強さに、思わず視線を逸らしたくなる。


「……本当ですよ」


 彼はきっとこの先、私が不死であることも、何度傷を負っても治ることも分かっていながら、ずっとこうして心配してくれるのだろう。

 このまま身を預けたくなるのを堪えて、冷静に身体を離す。 


「使節団の方々は今どちらに? 書記官のエレニ様のご様子は」

「城内で待機頂いている。書記官殿もお怪我もなく落ち着いておられるから安心していい。君たちを攫った連中は全員捕縛して地下牢で尋問中だ」

「あちらの国との関係にはどう影響が出るでしょうか」

「……この王城内に奴らを手引きした人間がいる。フレゲトン王国の人間だったとはいえ、その点の過失はこちらにある。二国間で協議が整うまでは、使節団には滞在を延長していただく」


 同盟国間の外交を考えれば、滞在延長は当然の流れだ。ここで使節団が予定通り帰れば、むしろ不自然に映る。

 被害者である書記官エレニは証人として必要で、公平な判断には欠かせない。


「首謀者は分かったんですか?」

「……あの様子だと知らされていなかった可能性が高い。所詮ただの捨て駒だ」


 私もおそらく証人として喚問されるだろう。

(まずは片付けられるところから片付けないと……)


 今はぐにゃぐにゃと、弱っている場合ではない。


「……ところで、あの、書記官のエレニ様って……」


 何か知っているのだろうかと視線を向けると、エリマスは一瞬だけ視線を逸らした。


「……なんだ?」

「え?」

「いや、エレニ様がどうした?」

「あ、いえ、その、あのような場でも随分落ち着いておられたというか……洞察力が素晴らしくて……」


 護身術どころではない強さだった。

 言いかけて、もし彼女があれを隠しているなら迂闊に触れるべきではないと思い、口を噤む。


「……」

「え、なんですか?」

「……あの方は、」

「あの方は?」


 エリマスは眉間に手を当て、短く息を吐いた。



「……フレゲトン王国の第二王女。本当の御名は、エイレネ様だ」



「え?」



 漫画か?




◆ ◆ ◆



 前回、国王の即位式に出席するため訪れたフレゲトン王国の晩餐会。 あそこで私たち一行は、ティシポネの襲撃に遭遇した。

 つまり──互いの国を行き来するたび、どちらでもトラブルに巻き込まれているということだ。

 安全保障の観点から言えば、今回のグラナトゥム王国の非は大きいけれど。


「──王女殿下が身分を隠して使節団に紛れているなんて、それこそ大問題では……」


「ちなみにオルフェン殿下はエイレネ様とお会いしたことがないから気づいておられない」

「何がどうなってるんですか? 同盟国なんですよね?」


 身支度を整え、呼吸を落ち着けてから、エリマスに癒術を施す。

 状況が状況だ。ゆっくり話す時間はない。


 結論として、フレゲトン王国側には、少なくとも私がアルカヌム伯爵家の令嬢であり、王太子の護衛であることを明かさなければならないらしい。

 書記官なら再会の機会も少ないだろうと身分を伏せたのに、意味はなさなかったということだ。


「あちらに伺った際には確かに王女殿下にご挨拶差し上げた記憶があるんですが……」

「だとしたら第一王女殿下と第三王女殿下だろう。エイレネ様は病弱で、十歳以降ほとんど表に顔を出していらっしゃらない」

「病弱……?」


 病弱とされながら、実は武術派で天真爛漫なんて、そんな設定欲張りセットな姫君がそうそういるはずがない。

 混乱して目を剥くと、エリマスが胡乱な表情で頭を抱えた。


「そんなことより、私は君の身に何が起きたのかを説明してほしい」

「もちろん順を追ってお話したいんですが、今はまず目の前の事案を解決すべきかと」


 時間はない。

 だからこそ、今この状況で適当に説明するわけにはいかない。

 普通の精神状態で、ケイロンのように矢継ぎ早に説明されて受け入れられるはずがない。


「まずは、私の無事を使節団の方々にお伝えしなければ。エリマス様もお仕事の途中でしょう、この状況で長く席を外されるのは、不審に思われます」


 見上げると、エリマスの唇が固く結ばれていた。

 その不器用な表情に、思わず緊張が緩む。


「なんですかその顔」

「……いや、君が正しい」


 扉を開く。

 私は、足を止めるわけにはいかない。


「あの……ひとつだけ、確認したいことがあるんですが」

「? なんだ」

「エイレネ様って、殿下の……」

「……、察しがいいな。胸にしまっておいてくれ」


 顔を見合わせ、目を逸らし、思わずもう一度見返す。


「情報量が多い……」


 未来の国母の鮮やかな飛び蹴りを思い出し、私は廊下の天井の装飾に視線を逃がした。




 エリマスに指定された場所でテューロ外務卿と合流すると、彼は歩きながら淡々と確認事項を並べた。

 書記官も私も怪我はなく、犯人は騎士団が即座に追いついて捕縛したこと。

 そして、私だけ戻りが遅れたのは途中ではぐれたため──これで話を統一してほしい、と。


(事件を極力単純化したいのは分かる。余計な真実は火種にしかならない)


 書記官の正体だの、撃退したのが誰だの、私が精霊に攫われただの、そんな話を持ち込めば、外交どころではなくなる。


 案内された応接室には、すでに使節団が整然と席に着いていた。書記官であるエレニ、もといエイレネは末席で静かに俯いている。

 場の緊張はまだ残っていたものの、主要なやり取りはすでに済んでいるらしい。

 ここでの私の役目は、形式的な挨拶と"無事の確認"だけだ。


 テューロが簡潔に謝意と経過を述べ、私も頭を下げる。

 使節団側からも儀礼的な謝辞が返され、淡々とした事務処理のような会話が続いた。

 必要な確認がすべて終わると、応接室の空気が静かに閉じた。


 あとは重鎮たちの仕事だ。おそらく誘拐の首謀者不明のまま、二国間の過失を相殺するのだろう。

 遅めの朝食でも採ろうかと足を向けた、その時。


「──アルカヌム伯爵令嬢様」


 凛とした声に呼び止められ、振り返る。


「え」


 そこに立っていたのは、エイレネだった。

 明るい場所で見ると、まだあどけなさの残る顔立ちがよく分かる。

 オルフェンより四歳年下ということは、十八になる年だ。

 

「あの……本当に、お怪我はありませんでしたか?」


 国同士のやり取りを終えたばかりのはずだ。

 それでも使節団は、彼女の意図を汲んで止めなかったのだろう。

 不安を隠しきれない、年相応の声音でそう言われ、胸の奥がじんわりと温かくなる。


「ええ、全く。この通りです」


 エイレネの視線は、荷台の中で怪我をしたはずの私の頭に向けられていた。

 わざと髪を持ち上げて見せると、彼女はほっと息をついた。


「それに、あの時は咄嗟に身分を隠してしまい……申し訳ございませんでした」

「いえ、ご令嬢の機転には感服しました。オルフェン殿下の護衛をなさっているとお聞きして、むしろ納得したほどで」


(……確かに、)


 フレゲトン王国の他の王女たちの印象や、国全体の雰囲気を思い返すと、エイレネの存在はどこか浮いている。

 本当に病弱だったのか、それとも──隠されていたのか。


「滞在が数日延長されたとお聞きしました。城内の警備は強化されておりますので、どうか安心してお過ごしください」

「ありがとうございます」


 正しいやり取りを交わしながらも、どこか後ろ髪を引かれる思いでその場を離れる。



 脳裏に蘇るのは、ケイロンとのやり取りだった。



『──ああ、だから、私が牢で言ったのは嘘じゃない。王太子は現王の実子じゃない』



『それはまあどうでもいい。人間の王族の血統なんて──』

『ま、待っ、えっ、え?』

『? 普通気づくだろう。あの橙の髪が何よりの証拠だ』

『でも、髪は、王妃殿下の……』

『王族の血はどんなものにも混ざらない。母親が違う現王とエリマス・メレアグロスの髪と瞳の色が同じなのはおかしな話じゃないか』


 差し込む陽光は眩しいほど明るいのに、柱の影だけがやけに濃く伸びていた。


『俺はこれでも、あの王太子には同情しているんだ。まあ、あの反応を見る限り、自覚はしているんだろう』



(……もしこれが本当に()()の中の世界なのだとしたら、)


 作者は相当、性格が悪い。





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