表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
43/65

43



◆ ◆ ◆




(……なるほど、メガイラとランパスが怯えるのもちょっと分かるな……)


  現在私は自分の部屋の暖炉のそばで、数名の侍女に見張られながら動けずにいる。


 どうやってか隠し部屋の場所を突き止めたらしいエリマスは単身で乗り込み、とんでもない剣幕でオルフェンに詰め寄り──

 次に私が何も身につけていないことに気付くと言葉通り気を失いかけ、あり得ない勢いでオルフェンの腹部に拳を叩き込み、そのまま気絶した王太子を床に放り出し、圧死させんばかりの力で私を抱きすくめた。


『あの、私は何も手出しされていないので……』


 説明しろと言っておきながら、その相手のオルフェンは動かなくなっていて。

 もはや私はその場の誰よりもエリマスが怖かった。


 ほとんど無言で私に服を着せると荷物のようにオルフェンを担ぎ、長く入り組んだ廊下と階段をぐるぐると歩き、使用人の一人ともすれ違わずに私はエリマスの部屋に辿り着き──


『……諸々()()したら戻る』


 始末という言葉の重みが、あれほど恐ろしいとは。


『エリマス様』


 出て行こうとするエリマスを思わず呼び止めた。

 それはきっと、彼の口から告げるだろうけれど。


『殿下は、ご自身の中に──』







「長いな……」


 どうやら私がオルフェンに連れ出されたのは食事会の後、この王城に戻ってきてからのことらしい。

 らしいと言うのは全く記憶にないからだけれど。

 うっかり酩酊していた私を一旦自室に送り届け、ケイロンの件で仕事を残していたエリマスが侍女に世話を任せて離れた隙に、オルフェンが忍び込んだようで。


 窓がなく時間の感覚がなかったけれど、あの隠し部屋で私が目を醒ました時にはもう朝だったのだろう。

 なんと間抜けなことか。

 今も部屋から差し込む光は眩く、まだ昼にもなっていない。


 ここに戻ってきてしばらくして、私は侍女たちによって湯浴みに連行された。

 油汚れでもこすり落とすように徹底的に洗われ、高級そうな香油を塗りたくられ、肌触りの良いドレスに着替えさせられ──まるで料理される前の食材のような心地でうとうととしている。


(身内だろうと王太子をあんなに容赦なく殴って、変な処罰でも受けてなかったらいいけど……)


 いや、あれでもきっと容赦した上なんだろう。

 獅子ですら一撃で(ほふ)る人間だ。


「ノーナ様、何も召し上がられなくて大丈夫ですか?」

「ええ、十分です。冷たい飲み物だけ頂いても?」


 それにしてもこの侍女の数。さながら姫にでもなった気分だ。

 瞬く間に周りには果実水が並び、思わず苦笑いをする。


 至れり尽くせりの状況に呆けていると、扉が叩かれた。

 返事をする前に開かれ、顔を出したのはエリマスだった。

 彼の一言、二言で侍女たちは一斉に捌けていく。


「あの、エリマス様」


 私が声をかけるより早く、ずかずかと無言で入ってきたかと思えば──高級ドレスの襟元を乱暴に引き寄せ、私の首元の“何か”を睨みつけ、盛大に舌打ちをした。

 ああ、そういえばオルフェンに噛まれたな、なんて思い出す暇もない。

 次の瞬間、(かぶ)りつくように息を奪われ、魂ごと引っこ抜かれそうな勢いに慌てて身を離した。


「っ今回ばかりは私も油断してしまい……ですがお伝えした通り何もされていないので」

「……」


 縋るように掻き抱かれて、言葉に詰まった。


「は、はじめから殿下にもそんな気なかったと思いますよ」

「……」

「……聞かれたかもしれませんが私の正体に気付かれていたようで、そこは私の詰めの甘さというか……やはりもう少し早く殿下と対話しておくべきだったというか」


 私がオルフェンに一発くらいお見舞いしておいた方がよかったのかもしれない。

 エリマスの背中におずおずと腕を回し、しばらく身体を伝う心臓の音に耳を澄ませていた。






「──癒着、ですか」



 オルフェンの中に“何か”がいる。それがアーテかもしれない──そんな話をランパスに伝えたのが一時間ほど前。


 至急召喚された大司祭と共に人払いをした聖殿に集まったのは、顔をしかめる冥界の王、目を醒ましたばかりのオルフェン、まだオルフェンと目を合わせようとしないエリマス、そして私だった。


「やっぱり僕にも全く見えない。となるとステュクスと同じく……いやそれ以上に弱体化して、今はオルフェン殿の魂に癒着しているのかもしれないね」


 宙に浮きながら胡坐をかく冥王は眉を顰め、オルフェンの目の奥を覗き込む。

 重鎮がこうもすぐに顔を出してくれるとは思っていなかった。相変わらずフットワークの軽い王だ。


「確かに最近アーテの配下が増えていないなとは思ってたけど」

「しかし弱体化というのは……?」

「貴女の霊液を奪ってなんとか保っていたものが崩れてきたんだろう。力をばらまきすぎたか、いや、だとして……」


 顎に手を当てた冥王の背後に黒い煤が降りてきたかと思うと、久しぶりに見る顔がそこにあった。


「……先日、そちらのステュクス神の依り代の方がネメアの獅子を始末しました」

「えっ」


 淡々としたメガイラの言葉に、子供のように目を丸くした冥王はエリマスを見る。


「ネメアの獅子を始末!? どうやって!?」

「槍で一撃、頭をぶち抜き」

「頭をぶち抜き!? あの皮を貫いて!?」


 当のエリマスはどこ吹く風だ。

 冥王は頭を抱えると「おそろしい依り代だ……」とぼやいた。

 

「ネメアの獅子はアーテ一派が人間界に連れてきた中でかなりの古株で……獅子の皮は貴女も知る通り不死の象徴だから、狙う者は多かった。より手出しされづらいように力を付与していた神々もいくらかいたはずなんだが」


 そろりと視線が再びエリマスに向けられる。


「これまで奴に手を貸していた愚か者たちが、彼の存在に日和って撤退したのかもしれないな。しかも裏には貴女……糸績みがついているとなったら嫌にもなる」 

「えええ……」

「いやしかし聞いたことがない。ステュクスの力を借りたとして、並みの人間なら立ち向かうことすらしない」


 一方、そんな人間から一撃を食らったばかりのオルフェンはどこか顔色が悪い。


「では、アーテがこのままオルフェン殿下から動けないうちになんとかする方法は……」


 縋るように冥王を見上げる。

 けれどその表情は険しい。


「オルフェン殿だけは無事に、と言われればやはり引き剥がすしかない。ただその方法は我々にも知り得ぬところでね」

「そんな、」

「まあ正直、そちらのステュクスの依り代の御仁がその魂ごと貫けばそれで仕舞いなんだがね。造作もないことだろう?」


 静かな冥王の言葉に、場に沈黙が満ちる。

 私たちの顔色を見渡した冥王は困ったように、見事な銀髪をぐしゃぐしゃとかき乱した。


「大体神々の中でもステュクスと、貴女に力を与えた運命の女神はとりわけ特別なんだ。二人しか知らないことも多いし……」

「……では私の記憶がなくても、その運命の女神の本体に話を聞けばなんとかなるのでは?」


 メガイラが冥王を見やり、そして冥王は逃げるように明後日の方向を見た。

 ふよふよと浮いているランパスも困ったように炎を小さくする。


【……そうそうお近づきになれる方ではありませんので……】


 本人がいないのに、ランパスの声は畏れるように小さい。

 

「冥王様でもですか」

「下手に関わって怒らせたくないというか、運命の女神を敵に回して消えた神々が、一体何人いるか……」


 そんな神が力を与えたなんて、なるほど糸績みという存在が一目置かれている理由が伺える。


「現実的にはステュクスが口をきけるようになるのが一番良いんだが」

「! そういえばアーテは何らかの方法で私の霊液を奪い取れたんですよね。それを応用して、ステュクスに私の霊液を分ける方法はないんでしょうか」


 霊液だなんだという会話に、明らかにオルフェンが困惑しているけれど仕方がない。


「あれは人喰いの能力にアーテが力を貸して成立していたものです」


 大司祭の声に振り返る。


「人喰い……」

「あの化け物は人間の精力を吸って力を(ふと)らせる悪鬼です。事実、あの骸の騎士は貴女の微量の霊液を元にして動いていましたから」


 微量で、死体をひとつ動かせるほどの力があるということか。


「……私の霊液が狙われたのは、例えばここにいるメガイラや、他の方々とは何か違うと?」

【普通、霊液を奪ったところでそれこそ弱体化させる以外のメリットがないのです。しかしノーナ様の、ひいては運命の女神の霊液は普通の神々であれば少量でも大いに駆動源となるので……】


 よく分からないけれど、つまりはO型の輸血のようなものか。


「となるともしやここまでアーテが弱っているということは、すでに奪い取った貴女の霊液をもう持っていないんじゃないか?」


 ぽん、と手を叩いた冥王に勢いよく顔を向けたのは険しい表情のエリマスだった。


「もう持っていないとは? 使いきったと?」

「あ、ああ、いやいや。糸績みの霊液を半分持って使い切るなんて僕でも無理だ。そうではなく、例えば別の神に奪われたか、あるいは端から渡す契約でもしていたか」


 以前のメガイラの言によれば、私の霊液が残り半分であることの弊害はさしてないようだった。

 僅かな霊液で他の神々や人間の動力になりうるのに、私にとってはそこまで大事ではない。


(本来ステュクス神を癒すはずだった聖冠の神子はもう今いないし、次の出現を悠長に待つわけにはいかない……)


「しかし何がどうしてこんなにアーテが弱体化したんだ? 僕はそっちの方が気になるけど」

「この調子で弱らせれば、殿下の中で消滅するとか」

「うーん、まあ、オルフェン殿の寿命まで大人しくしてくれるなら僕たちも様子見するんだが」


 いちいち言葉選びにデリカシーがないけれど、冥王にそれを求めるのは無茶な話だろう。


「しかしステュクスは加護の身代の中にいて、その彼は糸績みと恋仲なんだろう? 神的な発想だと、そうだな、三日三晩交わればステュクスが復ッ」


 冥界の王がメガイラに肘打ちされているところは見たくなかった。


「……冥王陛下がそうおっしゃられるなら私は鋭意努力しますが」

「しなくていいです」


 真顔で乗るエリマスの脇を、今度は私が肘で打った。

 

「冥王陛下。お言葉ですが、いくら弱体化しているとはいえ罪神をこの身に宿したまま王国の長になるなど……私は……」


 今までほとんど口を閉ざしていたオルフェンの言葉に、冥王は黄金色の瞳を向ける。


「ご自身がアーテに乗っ取られるのではないかと?」

「……そうです」

「アーテはあくまでその人間の奥底にある欲を増幅させ、狂わせる神。貴殿の魂が清廉なら、何も恐れることなどないかと」


 息を呑んだのは、私か──それとも。


 重い沈黙を破るように、冥王は打って変わって明るい表情で、今度は私を見下ろした。


「ああ、とはいえアーテの手足になるような化け物退治はぜひ続けて頂いて。以前お貸しした隠れ兜はそのまま使ってもらって構わない」

「あ、ありがとうございます」


 やはりただの気の良い王ではない。

 怯みながら、私はただ頷くしかできなかった。


「しかしオルフェン殿の心労は推して知るべしといったところ。しばらくこの子を貸し出しましょう」


 冥王が引っ掴んだのは、ふよふよと浮いているランパスだった。


【えっ】

「王城にはランパスくらいしか出入りができないし、万一オルフェン殿に異変があれば今回のように呼んでもらえれば──」

「あの、」


 思わず遮った私に、全員の視線が飛んでくる。


「そ、素朴な疑問なのですが、ティシポネもメガイラも、何故王城の中に入れないのでしょうか」


 入れないのか、入ろうとしないだけなのか。

 彼女たちの能力を考えればもちろん喜んで招きたくはない。

 けれど、どうにも引っかかっていた。

 ラミアやアーテは容易く侵入している一方で、何故か彼女たちは王城の中までやってこない。情報こそまめに収集しているけれど、それは全て伝聞ばかりだ。 

 

「? ああ。だってほら、ここの王城、僕たち冥界の住人は出禁だから」

「え?」

「あれ、オルフェン殿、国王陛下からまだ引き継いでおられない?」


 急に話を振られたオルフェンは慌てて首を縦に、横に振る。


「ランパス、教えて差し上げて」

 

 びくりと震えたランパスがゆらゆらと私たちの視界まで降りてくる。とんだとばっちりだろう。


【ここ、グラナトゥム王国が興るより前……この一帯は、冥王様の愛するペルセポネ様の……お、お気に入りの人間がお生まれになった土地でして】

「え?」


 え?


【その人間は、まあ、当時の王族だったもので】

「簡単に言うとまだ若かった僕とこちらの王族との間でちょっとした争いが起きちゃって」

【冥王陛下のご友人が、その方のお命を奪ってしまい……】

「怒り狂った我が妻が、この王城への冥界関係者を立ち入り禁止にしてしまったんだよね。ランパスくらいの精霊クラスか、今のステュクスのように力がなければ入れるんだけど」

 

 まさか、元々流布されていたあの冥王の伝説の全てが嘘ではなかったとは。人類を滅ぼそうとはしていなかったにしろ、ほとんど同じじゃないか。

 それをさも宴の場でのちょっとした酒の失敗程度のノリで語られるなど。 


「ちなみにこの国の名前はペルセポネがつけたんだけど、僕が彼女を騙して食べさせた冥界の食べ物の名前だし、完全に当てつけ」


 あは、と冥王は笑う。


「…………まさか、じゃあ、アーテのような神がこの国に目をつけて災厄をもたらすのも」

「この王城の中に入ってしまえば僕たちの手が及ばないことを知っているからかな?」

「…………」

「もちろんペルセポネには禁を解いてほしいと頼んだけれど、何せ僕にも色々前科が──」


 堪ったもんじゃない。


「……冥王陛下」

「うん?」

「誠心誠意、何がなんでも罪神アーテの捕縛にご協力をお願いします」


 言葉と同時に、無意識に私の身体から白い糸が立ちのぼった。

 エリマスの額には青筋が浮かび、オルフェンは頭を抱えてよろめいて、近くの卓に手をついて座り込む。


 ランパスだけが困ったように、床の近くでふよふよと小さくなっていた。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ