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 翌日、私は聖殿から上辺だけの詫び状と品を受け取りながら、肺の奥底から溜息を吐いた。



──あれから。

 私が考えた計画を懇々(こんこん)と語ったのだけれど、エリマスは理解したような返事をしながら非常に不服そうだった。

 無理もない。散々自分が気に食わないと言っている相手に色目を使えと言われているようなものなのだから。



 ラミアが怪しいことは事実だ。私ももうそれは否定しない。

 ただ何がどう怪しいか、敵か味方か、偽物か本物かについてはまだ説明がつかない。


 彼女は私に対して表向き敵意は見せないけれど、しかし決して懐には入れようとしていないことは明らかだった。


 かといって、権力者たるオルフェンやエリマスを懐柔しようとしている様子も見受けられない。

 本当にレミジオが好みだから、という理由であれば申し訳ないけれど──エリマスが理性的に判断できるのであれば、彼女の傍に入り込んだ方がいい。


(エリマスもラミアへの不信感を態度に出してきただろうし、)


 そんな相手にラミアも尻尾を出さないだろう。

 あとは、急に自分に擦り寄ってきたエリマスにラミアがどこまでボロを出してくれるかだ。






「ノーナ」


 こちらもこちらで、動かなければ。


「……オルフェン殿下。職務でご多忙のところ、お時間を頂き誠にありがとうございます」


 待ち合わせに指定した聖苑の庭には風ひとつなく、緑の匂いだけが静かに満ちていた。

 先日贈られたドレスをわざわざ着てきたのだ。忘れていないだろうな、と危惧したけれど、どうやら自分が何を贈ったかは覚えていたようだ。

 オルフェンはふっと笑みを浮かべ──けれどそれもほんの一瞬だった。


(さすがに疲れが見える……)

 前回ここで会話してからしばらくはちょっかいを出してきていたけれど、ラミアが聖冠の神子となってからはすれ違うこともなかった。

 ラミアと仲良くしているのだろうかと思っていたらそうでもないようで、二人が揃っているところを見たこともなければ、噂にも聞いたことはない。


 オルフェンは私が挨拶をし終えるなり、腰を折った。


「先日は聖殿が調査不十分な中で貴女に不当な扱いを働いたと聞きました。衛兵の対応含め、お詫びが遅くなり大変申し訳ありません」

「えっ、と、とんでもございません。どうか頭を上げてください」


 上げた顔はいつものように殊勝な表情ではなく、真摯なものだった。


「殿下に何の責もないことは私も承知しております」

「貴女は私の護衛です。どれほど背景に混乱があったとしても、私への確認もなく貴女を連れ出すことを許した時点で、こちらの落ち度に他なりません」

 

 その声の硬さに、私も思わず気を引き締める。


「私の方も、殿下を不躾に呼び出すようなことをして申し訳ございません」

「いいえ。……貴女とは早く話をしたかったので助かりました」


 青磁の瞳と、視線が絡んだ。穏やかな色をしているけれど、しかし僅かに緊張が滲む。

 お互いに出方を探りながら、先日と同じように東屋の長椅子に腰を下ろした。

(ラミアがすでに囲っていたら現れないだろうと思っていたくらいだし)

 王城内で滞りなく伝達されることも期待していなかったのだ。しかし指定した時間より少し前にオルフェンは現れた。


「あの、」

「聖冠の神子のことですね」


 言いかけた言葉が、遮られる。

 刹那、間合いを読んだように、生暖かい風が東屋を吹き抜けた。枝葉が擦れ、木々がざわめく。


「貴女の意見を聞きたかったんです」


 落ち着いた声。


「彼女は、──何ですか?」


 表情は柔和なままなのに、どこか怯えている。

 目の前にもっと得体の知れない化け物がいるというのに。


「……聖冠の神子とのことで聖殿も王城もお認めになられたかと」

「そうですね」

「殿下のご質問の意図が分かりかねます」


 ここで油断するわけにはいかない。


「私にはやはり、彼女が何かの傀儡(かいらい)にしか見えません」


 探るような、視線。


「無機質、いえ、温度がない……あれは何ですか? 貴女と同じ聖冠の神子だと?」

「……」

「元々妙な雰囲気を纏っているなとは思っていたんです。しかし聖冠の神子の力に目覚めたという頃から、いえこれは私が疲れているのか……彼女がまるで、動く死体に見える」


 俯き、手の甲を額に当てる。見えてはいけないものを見てしまった、そんな表情で。


「貴女が彼女と同類だとおっしゃるなら、私がおかしいのでしょう」

「……」

「私にすら分かるのに聖殿は……アドラストス猊下が気づかないはずがない。なのに周りの者はどんどん彼女に傾倒していく」


 この世界のオルフェンは『ペルセポネの冥戦』で描かれるように勇ましい人ではなく、そして冥王の打倒を叫ばない。

 どこか臆病で、思慮深く、人間らしい。

 どちらが本当の姿なのか、私には分からないけれど。


(いずれにせよ、本来王太子殿下が私のような得体の知れない者に吐露すべき悩みではないだろうけど)


 エリマス然りだ。それを(いさ)めるのは私の仕事ではない。

 彼の見解は私にとっては好都合だけれど。

 

「……殿下はここで、私がラミア・ヴェスペルは偽物ですと囁いたらどうされるおつもりなんですか」

「どう、というつもりは」

「彼女が本物で、私が偽物かもしれませんよ」


 実際には両方とも偽物である線が濃厚なのだけれど。


「不気味、気に食わない、というのは何の証拠にもなりません。怪しさだけで言えば私も怪しいでしょう」

「貴女は少々おかしなところがありますが、エリマスに歪んだ愛情を抱いている点以外はごく人間的でしょう」

「歪んだ愛情……」


 咳ばらいをし、気を取り直す。


「例えば多少倫理観が欠如していたり、多少受け答えが変わっているというだけでは怪しむべきではありません。聖冠の神子は聖人ではありません。私利私欲のために力を使った私が言うのですから」


 偽物が偉そうに言うものだ。背筋を冷や汗が一筋伝う。


「国を、人を救おうと手を挙げた方を簡単に(いと)うべきではありません。彼女が何か罪を犯したというのならまだしも」


 エリマスとオルフェン、それぞれに都合よく語る自分の口車には我ながらうんざりしてしまう。

 しかし私が誘導しては意味がない。

 オルフェン自身の口から、形にしてもらわなければ。


「事実、彼女は私の手に負えなかった騎士を救ったではありませんか」


 少しずつ、引き出していく。

 尊きこの王太子殿下の、胸の奥に沈む疑念を。


「……グレアム……そうですね、それは、そうなのですが」

「あれこそが聖冠の神子の真の力だと」

「……」


 オルフェンは口を噤む。何か言おうとして、躊躇ったように。


「しかしその後婚約者の方が倒れたとか……、やはり心労が祟ったのでしょうか」

「……」


 私はオルフェンを利用しようとしている。

 そして彼は、恐る恐る口を開いた。


「……実は……彼女が聖冠の神子になってから癒術を使う時、()()()()が見えるようになったんです」


──来た。


「妙なもの、とおっしゃられますと」

「彼女の手の周りを羽虫の群れのような、黒くもやもやとした何かが浮遊するんです。それに、貴女はご存じないかもしれませんが……グレアムの蘇生以降、ラミアはそれらしい成果を上げていません」


 手を伸ばしたくなるのを、ぐっと堪える。


「羽虫の群れ……それは殿下だけに見えているのでしょうか」

「おそらく。同席した他の者は気にするそぶりがありませんでしたから」


(どうして急にオルフェンにだけ見えるようになったかはさておき、)

 グレアムの身体から現れたものと、類似したものだろうか。


「それらしい成果を上げていないというのも、蘇生で大きな力を使ってしまったからでしょうか? 確かに婚約者や、騎士グレアムと共に倒れた使用人の方は目を覚ましていないようですが」

「むしろ理由をつけて癒術の機会を避けているように見えます。なのに聖殿も……途端に貴女の力は借りようとしなくなった」


 聖冠の神子という称号が服を着て歩いているような──


「……いいえ、一番は……そうですね。あのグレアムの件は、それこそ聖なる加護の力でもなければ救えぬ事例だったはずです」


 欠けたピースが、音を立てて埋まっていく。


「命をかけて貴女が治したエリマスの目、そして彼にかけた加護の力……今回のラミアの力はそれを上回る結果でした」

「喜ばしいことではないですか」 

「いいえ、誰もが気づいているはずです。アドラストス猊下だって、司祭たちだって理解していて、なのに目を背けている」


『あの右目の失明はこの世界のどんな癒術を以てしても治らないと言われた。それこそ聖なる加護の力でなければ』


 この世界の癒術は万能ではない。

 だからこそ聖冠の神子だけが一生に一度、その命を代償として使用できる聖なる加護の力は冥王という強大な悪の予兆に対抗する唯一の希望として崇められてきた。

 『ペルセポネの冥戦』では冥王を倒すための最後の一押しとしてラミアがオルフェンにかける、そのクライマックスの演出のために設けられた特異な力。


 身体に穴が開くような傷を瞬く間に塞ぐような成果は、聖なる加護の力でなければ成立しない。

 しかしラミアは生きている。

 私のように一度命が消えたようなそぶりもなく、ただ本来の力に目覚めたのだと。


「冥王の脅威が迫る中、いずれは本格的に彼女の力を頼らなくてはならないのに、私は恐ろしくて……」

「殿下」


 頼りない王子が、むしろ今は輝いて見えた。


「私にひとつ、妙案がございます」



◆ ◆ ◆



 怒涛の四月が終わろうとしている、ある穏やかな昼下がり。

 壇上には聖冠の神子ラミアと王太子オルフェン。そして彼の護衛筆頭エリマス──彼は私が見たこともないような穏やかな笑みをラミアに向けていた。

 私を含むオルフェンの護衛は、彼らの足元で警備に当たっている。


 ラミアが聖冠の神子と認められて以降、そして聖殿での冤罪事件が重なってからは、護衛の面々は私をまるで腫れもののように扱っていた。

 そこへ追い打ちのように「エリマスがラミアと仲睦まじいらしい」という噂が流れ始め、今では憐れまれる始末。

 さすがはエリマス。早々に成果を出してくれてありがたい。



 私がオルフェンと立てた計画はこうだ。

 迫り来る危機に備え、王城の騎士団の士気を上げるため、団員による模擬戦を開催する。

 これは『ペルセポネの冥戦』にも登場するエピソードで、作中では国王陛下の命によるものだった。

 怪我をされては元も子もないので、武器は当然模造刀。

 ルールは"相手が地面に両手をついたら負け"と至ってシンプルだ。

 とはいえ模擬戦でも怪我は避けられないため、会場の脇には癒術師たちが控えている。


 計画の大筋は──ラミアが公衆の面前で癒術を使わなければならない場面を作り上げる。


 しかし私もまさか騎士団に怪我を負わせてやろうとは思っていない。

 それに、模擬戦の軽傷程度で聖冠の神子が対応する必要などあり得ない。


 そこで私の出番というわけだ。


『そんなやり方、さすがに認めるわけには』

『しかし一番合理的だと思いませんか』

 オルフェンは最後まで躊躇っていたけれど。

 

 模擬戦の最中、私は“偶然”体調を崩す。

 癒術師たちがすぐに対応してくれるだろうが、例のごとく私には癒術が効かない。

 そうなれば、壇上の誉れ高き聖冠の神子へと自然と視線が集まるはずだ。

 台本では、オルフェンがラミアを促すことになっている。


 ラミアに劣る憐れな紛い物──ノーナ・アルカヌムを、聖冠の神子が救ってみせる。

 これほどお膳立てされたステージは他にない。


(……ここまでラミアは私の怪我を治そうとしたことはなかった)


 私が馬から落ちた時も、対応したのはヘメラをはじめとする癒術師たちだった。

 当時は彼女の力不足を周囲も理解していたから不思議には思わなかったが──あの性格なら、本来なら私の看病についていてもおかしくはなかったはず。

 この違和感は、エリマスとオルフェンに指摘されて初めて自覚したものだ。


 もしオルフェンが見た通り、何らかの理由でラミアとあの黒い異形が同化、あるいは協力しているのだとしたら、私が糸績みの魔女であることも、当然知っているはず。

 なら、何をしたところで私に癒術が効かないことも理解しているだろう。


(まあ、だとして、私を偽物だと糾弾しないのは妙だけど……)


 ラミアは私に癒術を使うことを拒否するか、あるいは表面上受けるものの、効かないことを明らかにするほかない。

 『聖冠の神子同士だから治せない』などという、後で破綻する嘘は吐かないはずだ。事実、私は以前ラミアの回復に成功している。

 では、私を呪われた化け物だとそしるだろうか。


──どう出るか。


 ふと顔を上げると、参加者の列の中に灰色の髪が見えた。

 今は臨時で護衛に就いているレミジオだが、今日に限っては騎士団側に混ざっている。

(……元気そうで何より)

 グレアムの一件以来、まともに会話をした記憶がない。それも、私の方が避けるようになっていたからなのだけれど。



 

 順調に模擬戦が始まり、程よい緊張感の中で私はじっとその時を待っていた。


 一回戦、二回戦とトーナメントは進み、試合は白熱していく。すでに負けた騎士たちも、仲間や上官の名を呼び合い、声を張って鼓舞していた。

 槍の使い手であるレミジオも剣は不得手かと思いきや、やはり指折りの実力者ということもあり余裕を残して勝ち上がっていく。

 件のグレアムはすでに二回戦で負けたようだった。遠目には、その動きに違和感はない。


 最終決戦に勝ち上がったのはシード権でここまで不戦勝だった団長ダリオ・ケブレンと、副団長たるレミジオだ。

 こうなるともはや模擬戦というより、観客へのパフォーマンスだ。

 盛り上がりは最高潮。壇上のエリマスとラミアが談笑しているのが見える。


 ここで私を含めた護衛たち、そして最終決戦を見守る騎士たちに果実水が振舞われる。


 毒なんて入れれば事件になる。

 そこまでの騒ぎは求めていない。


 グラスを手に取り、そして周囲の視線が向かない場所までそっと離れると、用意していた小瓶と摺りかえ、一気に(あお)った。当然誰も私の動きになんて目もくれていない。


 焼けるように喉が熱い。ぐっと口元を拭い、涼しい顔で群衆の中に戻る。


 なるべく人々の真ん中へ。

 舞台に二人が上がり、宣誓が行われていた。歓声が上がり、空気が震えた。


 首、頬、頭──痛いほどの熱が駆け上がる。

 さすがはこの国で存在する中で最も酒精(アルコール)度数の高い一品だ。もはや劇薬に近い。

 まさか不死の化け物のくせに、強い酒には勝てないなんて。


(さあ、あとは)


 派手に倒れるだけだ。


 わざとらしく隣の護衛に肩をぶつけ、膝から崩れ落ちる。演技のつもりだったのに、熱のせいで自然と姿勢が崩れた。


「え?」


 誰かの戸惑う声がする。ざわめき、注目、動揺。

 私が地面に倒れ込むと、ほんの一瞬、周囲が静寂に包まれた。



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