上書きをしてくれないか 2
カナリー嬢の姿が見えなくなると、それまでの喧騒が嘘のように静寂が戻った。
これだけ騒いでいたのに、他の人間が集まって来ないのは異常だ。
何かしらの意図がありそうだ。
だが、今はそんな瑣末な異変に構っている場合ではない。
「クラウディオ様、他に異変はありませんか!?」
レオノールは噛み付くように、クラウディオの全身を眺め回す。
前後左右に回り込んで、頭のてっぺんからつま先まで確認した。
「ああ、少し怠いがたいしたことない。レオノールが窓を開けてくれたおかげで症状が緩和されたようだ」
シャツのボタンは第二ボタンまで留めてあり、スラックスも異常なし。
着衣に乱れはない。
だからと言ってまだ安心できない。
「良かった。でも取り急ぎ身を清めましょう!」
レオノールはクラウディオの返事を受けるや否や、クラウディオを横抱きにした。
「うわッ、何をする!?」
ズシッと重い男の身体が腕に乗る。
流石はクラウディオだ。
スリムに見えるのに、今までに抱き上げた歴代の人間の中で一番、重量がある。
「寝室にお連れします。あそこが一番安全です」
「はあ? やめろ、行くなら自分で……」
「暴れないでください。怪我をさせちゃいます」
長い手足が抵抗すると、バランスが崩れる。
レオノールは取り落とさないように、よりギュッと、抱える腕に力を込めた。
クラウディオは顔を赤くして抵抗する。
だが、抗議など受け付けない。声を無視して、ズンズン進む。
「だいたい、何故お前がここにいる!?」
「説明は後でします。静かにしないと、使用人たちが起きます」
しっ、と叱咤してそのまま西の棟へ直進する。
すると、塔をつなぐ廊下の入り口で夜警をしていた衛兵が、不審人物の姿を認め、槍を構えた。
「私です。レオノールよ。クラウディオ様の体調が心配だから寝室へお連れするの」
不審人物の正体は、棟の中で休んでいるはずの妃殿下だった。
妃殿下が夫を抱えている。
大の大人、それに体躯に恵まれた長身のクラウディオをお姫様抱っこしている。
多分、どこから突っ込んだらいいか分からず、頭の中は疑問で真っ白なのだろう。
衛兵は構えを解かないままで棒立ちになった。
驚き唖然とする気持ちは理解できるが、これも構っていられない。
衛兵をすり抜け、一直線に寝室へ駆け込んだ。
「さあ、クラウディオ様。早く湯浴みを」
「わかった! 湯は浴びる。自分でできるから下ろしてくれ」
レオノールの剣幕に、流石のクラウディオも抵抗を諦めた。
「湯殿も真っ暗ですから、灯りを」
「それも自分でできる。心配しないでくれ、子供じゃないんだ」
追ってくるなと念を押して、さっさと湯殿に向かう。
これ以上押し切っても、無用な時間を浪費するだけだ。
レオノールは諦めて、扉に背を預けた。
ずるずると座り込んで、天井を仰ぐ。
シャーっと勢いよく飛び出すシャワーが床を叩く音を聞いて、ようやく、ホッと息をついた。




