可愛い悪戯 1
その日のうちに、レオノールの身体は西の棟に移された。
西の棟は東の塔と違い、完全に主塔から独立している。
王太子に与えられた居住空間で、レオノールはクラウディオと生活を共にする。
この、静かな二階建ての館には、生活に必要な物はなんでも揃っていた。
新婚夫婦に与えられた離れのようなものだろうか。
ただ、王城の中心は主塔であるため、常駐しているのは必要最低限の使用人だけだった。
衛兵も控えてはいるものの、主塔に比べて人の気配は薄い。
クラウディオの意向か、華美な雰囲気は何処にもない。どちらかと言えば簡素で落ち着いた趣だ。
王族としての格式を保ちながらも、どこか隔離された空気が漂っていた。
夜――レオノールは、隣室である王太子の居室に耳を澄ませた。
聞こえるのは、ひとり分の足音だけ。
夜具が軋む音、ページをめくる気配、時折カーテンが揺れる音もある。
誰かを招いた様子はまるでないし、他所へ向かう気配も感じられなかった。
それでも、二人の部屋を繋ぐはずの部屋の内扉には、きっちりと鍵が掛けられている。
翌朝は、大人しく言いつけを守って、侍女が来るまで部屋で待った。
「レオノール様のお世話を申しつかりました、シャヘルと申します。お召替え後に朝食のご案内を致します」
シャヘルと名乗った侍女は若年に見えた。
明らかにレオノールより若い。
「まあ、なんて硬いお髪でしょう。今まで手入れはなさらなかったのですか」
ツンと澄ました表情と、顎を突き出し、こちらをどうにか見下そうとする願望が透けている。
こ憎らしい、から一周回って可愛らしい。
小柄な身体に黒髪をきちっと纏めているから余計に小さく見える。
どこぞの高位貴族の子女だろう。
得体の知れない元平民に仕えるなんて屈辱だとでも言いたげだ。
「したこと、ないね。結婚が決まってから髪伸ばし始めたくらいで。そんなに硬いかな?」
髪の毛の手入れなど、結婚が決まるまで、したことがない。
旅の途中は近所の水場で洗ったら、洗いっぱなし。
洗わない日が続くこともザラだった。
「用意されているドレスのサイズが合いませんので、別の服でもよろしいですか」
身長もさることながら、骨格にも恵まれたレオノールの体型は一般女性と比較にならない。
シャヘルの言は一理あるものの、しかし結婚式に用意されたドレスはピッタリだった。
嫁入りにかかる支度の一切は、王家の側で整えてくれた。
レオノールの出自は庶民中の庶民で、養父母は穀物や薬草やらを育てる傍らで飲食店を営んでいた。
“家業”と呼べるような職はなく、できる事は何でもして日々の糧を得ていた。
家格が釣り合わないどころの問題でなく、輿入れのためのまともな知識すら持ち合わせない家庭だ。
だから、普通なら「王子と結婚したい」なんて願望は抱きもしないはずなのだ。




