忍び寄る悪意 4
「誰がお前の心配などするものか! お前の郷里ではどうか知らんが、女が寝巻き姿で他人前に出るなど狂気の沙汰だ。狂人として幽閉されたくなければ二度とするな」
王太子たる者、いつでも泰然自若として、冷静でいなければならない。
クラウディオはそう教えられ、いつでも実践してきた。
だが、このレオノールの前だけは別だ。どうにも怒りを堪えられない。
「ならまずは誰かに服を持ってきてもらわないと。それくらいは、探しに行っても?」
「く……! 俺が呼んでくる! 部屋から一歩も出るなよ」
何故この俺が従僕のような雑用を。
更なる不満が噴出しかかったが、すんでのところで飲み込んだ。
口惜しいがレオノールの主張は正しい。
納得はしていなくとも、レオノールはクラウディオの正妃だ。
クラディオが避けるのは自由だが、妃としての扱いが必要だ。
「ありがとうございます。クラウディオ様」
満足そうな謝辞を背中に受けながら、クラウディオは塔を降りた。
不可思議ながら、今現在この塔にはクラウディオたちしかいなかった。
階下は主塔と回廊で繋がっているとはいえ、警備兵が一人もいないのは考えられない。
(俺が塔を降りたせいか……? しかし勝手に持ち場を離れるなど、あり得ない)
塔を降り、主塔へ続く回廊へ足を踏み入れた瞬間、クラウディオはさらに眉根を寄せた。
気配が薄い。守備の気配りがまるでない。人気のない倉庫のようだ。
(静かすぎる。あり得んな)
普段は使用されずとも、昨晩は特別な日だ。
二人以上の警備兵が常駐し、侍女も控えるよう定められていたはずだった。
「おい、誰かいないか」
声を張ったが応じる者はいない。
回廊の先の扉を開くと、ようやく囁く程度の人の声が耳に入った。
階段を足早に駆け上がり、2階の廊下でようやく給仕用の扉の前で侍女の一人を見つけた。
こちらに気づいた侍女が慌てて膝を折る。
「東の塔の担当は何処へ行った。もぬけの殻だぞ」
「申し訳ありません、殿下……恐らく、別の階の点検に――」
「余計な言い訳は要らん。今すぐ、妃の衣を持って塔へ上がれ」
凍てつくような声に、侍女は青ざめて立ち去った。
レオノールにやり込められた分が重なり、過分な怒気を孕んでいる。
クラウディオは額に手を当てる。
(警備が空になるなど前代未聞だ。誰かが指示を誤ったか、それとも……)
内側の誰かが、意図して動いたのでは。
そんな考えが脳裏を掠める。
クラウディオがレオノールを疎んじれば、多かれ少なかれ影響があるだろうと予想はついた。
だが、家人が、王太子妃を疎かに扱うなど論外だ。
(近衛の指揮は……ベラスコ公の管轄だったか。場内の警備体制は今後、俺が直に掌握する。二度と、こんな失態は許さん)
冷たい怒りを胸に、クラウディオは静かに踵を返した。




