忍び寄る悪意 3
その時だった。
「あら、こんなに早朝から訓練なんて。流石は殿下、勤勉でいらっしゃる」
場にそぐわぬ、のんきな声が朝靄を割って響いた。
見れば、石畳の縁に立っていたのは、シルクのローブを羽織った長身の女――レオノールその人だった。
会話に気を取られていたとはいえ、3人共に、レオノールの接近に気付かなかった。
足音さえ悟らせない、意外な人物の登場に、皆一様に呆気に取られた。
だが、すぐにその要因に気づき、驚愕する。
「何だ、お前。その格好は……!?」
ローブを纏っているのは一見して分かったが、それが昨夜見た姿だと理解するまでに僅かながら時を要した。
レオノールは確かに昨夜の姿そのままだった。
編み込みを、右肩へ流した赤い髪。
純白のローブはしっかり腰紐で留められていて乱れたところはないが、クラウディオが纏っていたものと同一だと思われた。
全身を目で足元まで追うと、赤い爪紅まで露になっている。
つまり、靴を履いておらず、裸足のままだ。
「だって、待てど暮らせど、誰も迎えに来てくれないんですもん。暇だし、せっかく殿下を見つけたから誰かに服を持って来てもらおうとも思ったんですけどね」
誰もいない? そんなはずはない。
警備の者と侍女が控えていたはずだ。
「いいえ? 殿下がお帰りになった時には警備の方がいましたけど、今朝は人っこ一人いませんでしたよ。酷いですよね、寝巻きしかない女を塔に一人、置き去りなんて」
狼狽が完全に面に出ていたらしい。
レオノールは対話するように応答する。
レオノールの言葉は完全なる当て擦りで、通常ならばムッとして然るべきだが、この時はそんな余裕はなかった。
「愚かにもほどがある。来い!」
言うや否や、クラウディオはレオノールの腕を掴んでずかずかと訓練場を出る。
「すぐに戻る。稽古をつけてやれ」
「えっ、ちょっと……あー、セレスまたね。ガライ卿も」
名残惜しそうな声を出すレオノールを、半ば引き摺るようにして退場した。
円形の囲みを抜け、そのまま脇目を振らずに東の塔を目指す。
まだ朝靄が残っていてくれて本当に良かった。
それにしても、なんたる振る舞いだ。
レオノールは途中から反論を止めて大人しく付き従っていた。
少しは反省しているのだろうか。
「何をしたか、分かっているのか!? それとも分かった上で、俺に恥をかかせようとしているのか」
塔の最上階まで逆戻りして寝室に押し込むと、ようやくクラウディオはレオノールを解放した。
「そんなつもりはありません。殿下の腹心であるガライ卿とセレスなら、まぁギリ許容範囲かと思って。現に、他は誰とも会わなかったでしょう?」
反省して従っているなら、まだ可愛気がある。
そう思っていたのに、再び目を戻したレオノールは、どうしてかまた薄ら笑いを浮かべていた。
「何がおかしい」
「いや、そんなに怒られると思ってなくて……嬉しいものですね、男性に心配してもらえるのって」
「………………!!」
怒髪天を突く。とは良く言ったものだ。
セレスたちとのやり取りで、せっかく鎮まりかけていた怒りが一気にぶり返す。




