忍び寄る悪意 1
まだ、朝の冷気が垂れ込める時分、クラウディオは城の南東に位置する練兵場にいた。
白く磨かれた石畳と、端に設けられた赤土が半面ずつある訓練地で、一心に木刀を振るっている。
それは酷く苛立つ気持ちを治めるための行為だったが、全くと言って良いくらいに効果がない。
それどころか忘れようと念じるほど鮮明に、思い出されるようだった。
(くそッ、あの女……どこまでも忌々しい……!)
"しかしもう、婚姻は成立してしまったのだし、前向きに努力をするほうが建設的なのでは"
クラウディオは今までこの国で唯一、王位を受け継ぐ者として、その身分に恥じぬよう懸命に努力をした。
氷のように研ぎ澄まされたこの表情筋も、その賜物だ。
だが、昨夜ばかりは歪んだ自覚がある。
すっとぼけたような薄笑いが癇に障る。
だが、最も腹立たしい点は、レオノールの意見が正論だったことだ。
不毛な抵抗であることは、他の誰でもないクラウディオが一番良くわかっている。
「私はこの度の褒賞に、クラウディオ殿下を所望します」
レオノールが堂々と宣ったあの日は忘れもしない。
クラウディオは王宮騎士団の精鋭を率いて、西の地エルスタより帰還した。
遠征は魔王討伐の真偽を確認するためのものだった。
レオノールを含む勇者パーティの申告通り、魔王の亡骸が確認され、地中深くに葬った。
たったの六名で偉業を成し遂げたパーティには脱帽した、としか表現のしようがない。
メンバーを統率している人物の性別が、女性であると知って驚いた。
騎士団ですら御せなかった怨敵だ。
気まぐれに姿を見せては、街を焼き、人を喰らい、国民を恐怖に陥れていた。
それを退治してくれたのだと、国を代表して謝辞を述べた記憶もある。
だが、その感謝の気持ちも、たった一言で木っ端微塵に砕け去った。
(浅はかな。この俺を褒美に望むなど。恥知らずも甚だしい)
エルグラン王国には確たる身分制度がある。
平民と貴族の間ですら、まず婚姻は成立しない。
出自を検めるまでもなく、レオノールは平民だった。
国内に領地は数多あるが、デラクルス姓を持つ爵位の記録はない。
当然、却下されると予想していたのに、あろうことか父王は許諾した。
家臣らの反発は多く、その場での決定は見送られたが、会議の席が設けられた。
度重なる議論を経て、クラウディオは結果的に自らこの結婚を受け入れた。
王はこの結婚による利点を隅々まで説いた。
魔王と呼ばれる怪物を退治したとはいえ、この世から完全に魔物が消えたわけではない。
脅威に備えるために、勇者の協力は必須だ。
また、勇者を婚姻関係により王家に囲い込めば、近隣諸国への牽制にもなる。
エルグランはこのアルトゥーラ大陸の中央部に位置し、周囲を6カ国に囲まれている。
もしも望んだ褒賞を与えずに、勇者が他国に渡れば不利益を被る可能性は高い。
許容もやむなし、と皆の意見が傾けば頷かざるを得なかった。
まさか。断じて、あり得ないと信じているが、レオノールがそこまで見越していたかもと思うだけで余計に腹が立つ。




