4 予期せぬ再会
駅での思わぬトラブルのおかげで、予定していた電車に乗れず、久しぶり(いや初めて?)の学校へは少々遅れ気味での到着となってしまった。
生徒玄関前の掲示板には、新しいクラスの名簿が貼り出されていた。少し遅くなったせいか、それを見ている生徒の数は疎らだった。
(私、二年C組か…)
仲の良かった友達は、今日、突然現れた私を見てどんな顔をするだろうか。外見は同じでも、中身は全くの別人に入れ替わってしまった私。しかも仲が良かったとは言っても、それは以前の愛奈とであって、今の私ではない。
何らかの違和感を覚えて、離れていってしまうことだって考えられる。果たして彼女らは受け入れてくれるだろうか。この私という、新しい永戸愛奈を。
そう思うと、かつての愛奈の記憶に、楽しかった彼女たちとの思い出はあるものの、なんとなく気後れして、今日まで退院や復学の連絡をすることができなかった。
新しく割り当てられた下駄箱の前で、ローファーから上履きに履き替え、階段へと向かう廊下へ出ると、何だか急にクラクラと眩暈がした。
(なんだろう? 気分が悪い。ちょっと、嫌な感じだ・・・)
この時代に転生して今日まで、短い間とは言え、こんな風に明らかな体の不調はなかった。やはり新たに別の身体に転生し、生まれ変わったことによる何かしら副作用的なものがあるのだろうか。
病院でのリハビリの時は、二ヶ月以上寝たきりだったのに、すんなりと階段も上れて皆に驚かれた。それが今日はどうしたことだろう。
少々ふらつきながら、手摺に掴まって三階にある二年の教室へと階段を上り始めた。
しばらくそのままノロノロと階段を上っていると、背後から不意に声を掛けられた。
「もしかして、アイナ?」
呼ばれて振り向くと、見覚えのある二人の女子生徒が、驚いた顔でこちらを見ていた。
「やっぱ愛奈だ‼︎」
「やだ、なんで居るの?」
「加奈、麻友‼」
二人ともかつての永戸愛奈と仲の良かった友人だった。
「目が醒めたんなら、どうして連絡してくれなかったの⁉︎」
階段を駆け上がって来た加奈が、興奮気味に顔を寄せて来た。
「そうだよ、ずっと心配してたんだから!」
少々怒り気味に麻友も声を上げる。
「ほんと、それ!」
その後もこちらが口を挟めないほど、一方的に二人とも矢継ぎ早に不実な私への不満を捲し立てた。
「ごめん、なんか、その・・・」
俯きながらそこまで言って、突然のことにどうやって誤魔化そうかと口ごもった。まさか二人とこんなふうに再会するなんて想定外だった。
「その・・・、サプライズ、的な?」
そう言って顔を上げると、間抜けな私の答えに、やや呆れたような二人の顔があった。
「もう、サプライズって、なにそれ? こういう時にやることじゃないでしょ!」
「そうだよ、あたしらがどんだけ心配したか…」
こんなにもこの二人に心配を掛けてしまった、という想いもあるのだが、やはりどこか人ごとのような気もして、中途半端な反応しかできずに狼狽えてしまう。
「ありがとう…」
そう言うと、二人とも薄っすらと涙ぐんでいる。
「でも…、よかった」
「ほんと、ごめん」
まだ気分が優れず、足元の覚束ない私は、左右から二人に支えられ、ようやく三階まで上り終えた。
「愛奈、何組?」
「C組…」
「そうか、あたしらB組だけど、一緒にC組まで行くね」
「ううん、もう大丈夫だよ、ありがとう」
「ほんとに?」
「無理しちゃダメだよ」
「うん。でもすぐそこだし。ありがとう、もう大丈夫だから」
まだ心配そうな二人に笑顔で答え、ぎこちなく歩き出したその時。
「海斗、おいコラ、待てって‼」
背後から大きな声が聞こえたかと思うと、いきなり背中に衝撃を感じ、軽く前へ突き飛ばされた。
(痛いっ!)
後ろからふざけて笑いながら、走って来た人は、それとは気付かずに駆け抜けて行ったようだ。さっきから足元の怪しかった私は、思わずそのままフラフラと突っ伏すように前へと倒れ込んだ。
「愛奈!」
少し離れた所から、それを見ていた加奈と麻友が同時に叫ぶ声が聞こえた。
けれど、出し抜けに倒れたせいか、目が回って益々気分が悪くなり、意識も朦朧としかけ、二人の声もなんだか遠くに聞こえたような気がする。
「ごめん、大丈夫?」
すぐに耳元で声がして、誰かが私を仰向けに抱き起した。薄っすらと目を開けると、どこかで見覚えのある男の人の顔が眼に映った。
「あれ? 君、さっき駅で会った・・・」
「えっ?」
(ああ…。あの時、駅の階段で助けてくれた人。やっぱり同じ学校だったんだ)
「愛奈、大丈夫?」
慌てて二人が駆け寄って来た。私にぶつかって来た男子も、気が付いて戻って来たようだ。
「てめえ、海斗、何やってんだ、謝れよ‼」
私を抱き起してくれた男子が叫んだ。
「ああん? なんだよ、ちょっとぶつかっただけじゃん」
悪びれた様子もなく、ボソッと言った。
「なんですって!」
「ふざけんじゃないよ!」
それを聞いた加奈と麻友が色めきだった。
「海斗! 早く謝れ!」
「わかったよ、ゴメン、ゴメン。大丈夫、彼女⁉︎」
しかし、この海斗という男子、周囲の雰囲気に臆する様子は全くないようだ。
「おまえなぁ」
今日、二度までも私を助けてくれた人が、一瞬彼を見上げて憤慨したように睨んだ。が、すぐに視線を私に戻して訊いた。
「あの、本当にごめん。平気? 立てる? 保健室行く?」
「いえ、平気です。元々ちょっと気分が悪かったんで…、ふらついちゃって」
(この人、すごくやさしくていい人だ。ちょっといいかも)
思わず顔が赤くなった気がした。
「具合悪いの?」
それを聞いて、彼はかえって心配そうにジッと私の顔を覗き込んできた。
(ヤダ、そんなに見ないで)
「熱、あるんじゃない? 顔が紅いみたいけど」
(いえいえ、違うから。これは熱じゃなくて。その、恥かしくて・・・)
などと思っていると、いきなり彼がスッと掌を私の額にあてた。
(えっ? なに⁉)
驚いて目を見開き、彼の眼を見た。
「ううん…、よくわかんないなぁ」
そう言うと、不意に整った彼の顔がすぐ目の前に迫って来た。
(えっ!)
彼はそのまま自分の額を私の額に軽く押しあてた。
(やだぁ、ちょっと、なにするの?)
何事かといつの間にか周囲には人が集まって来ていた。私たちを取り巻いて、その様子を見ていた生徒達から、どよめきと、悲鳴のような女子の声がいくつも漏れてきた。
慌てて彼から身を離そうとしたけれど、思っていたより強く抱きかかえられていて、逃げられない…。
「うん、よかった。熱はないみたいだ。念のためやっぱり保健室、行く?」
「いえ、大丈夫、デス…」
恥ずかしさと、さっきからの体調の悪さが混ざり合い、消え入るような声で答えた。
「君達、さっきから廊下で何を騒いでいるのですか?」
人垣を抜けて、皆の背後から現れた男が言った。
「もうすぐチャイムが鳴りますよ、早く教室にお入りなさい」
鼻の高い日本人離れした顔立ちに、いかにも紳士といった出で立ち、グレーの三つ揃えのスーツ。黒色のシャツに背広と同じグレーのネクタイを合わせている。
「目方先生…」
振り返ってその人を見た麻友が呟いた。




