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公開処刑のカウントダウン:視聴率と「友人」の値段

 アパートの窓から差し込む朝日は、昨日までの絶望とは違う色をしていた。


 机の上には、空になった最高級ステーキの容器。

 そして、PC画面には——真っ赤に燃え上がるSNSのタイムライン。


『【悲報】特例試験の対戦カード、不正疑惑の佐藤司 vs 九条レンに決定』

『九条さん、再教育施設から戻ってきて即これかよ……可哀想すぎる』

『ゼノン社GJ! チーターは国民の目の前で、本物の天才にボコられるべき』


「……ハッ。昨日までは見向きもしなかった連中が、よくもまぁ一晩でこれだけ熱狂できるな」


 胃は満たされた。たぶん人生で一番上等な肉で。

 でも、現実は優しくない。最高級の幸福は、最高級の速度で消える。


 ——ステーキは昨夜で消えた。

 そして俺は今、いつもの「18円うどん」を啜っている。豪華な余韻を吸い込むみたいにズズッと。


「濡れた紐、再び……」


 泣き言を言いながら、俺はカレンから送られてきた試験要項ルールブックに目を走らせる。

 第7条。今回の目玉。


【ルール:オーディエンス・ブースト】

内容: 生配信中、視聴者の「いいね(エール)」が一定数を超えると、システム側からランダムな『公式支援物資ドロップアイテム』が供給される。

注記: 支持率が低いプレイヤーには、逆に『デバフ(重力付加/視界妨害)』が発生する場合がある。


「民主主義の皮を被ったリンチかよ。……人気のない俺には、石が飛んでくるってわけだ」


 いや、石どころじゃない。

 視界妨害——つまり配信上の“見栄え”すら奪う。負けるだけじゃない。笑い者にされて終わる。


 その時、PCのスピーカーから、昨日より少しだけ「解像度の高い」通知音がした。

 カレンだ。


『おはよう、佐藤さん。……死刑宣告の味はどうかしら?』


「最高だな。うどんが喉を通らねぇよ。……おい、九条の件。あいつ、本当にAIとリンクしてるのか?」


『ええ。脳波と、彼の“かつてのプレイスタイル”を同期させているわ。今の彼は、感情を抑制された「最強の処理機」よ』


 淡々と、残酷な情報が出てくる。

 俺はカップの底を見つめた。うどんの汁が、やけに薄い。


『あなたが勝つには、彼の反応速度を上回る“異常”を、さらに重ねるしかない』


「……異常って言うな。努力って言え。努力」


 画面越しに、カレンが新しいデータファイルを送ってくる。

 九条が施設で受けていた「再教育ログ」だ。


 ——開いた瞬間、胃の奥がせり上がった。

 文字が整いすぎている。苦痛の記録が、事務書類みたいに整っているのが一番怖い。


「……あいつ、こんな目に遭ってまで、まだゲームさせられてんのかよ」


『助けたいなら、特例試験で「最高視聴率」を叩き出しなさい』


 カレンの声が、ほんのわずかに尖った。

 いつもの侮蔑じゃない。焦りに近い。


『ルールを読みなさい。視聴率が高ければ、敗者の負債は“全額免除”される可能性がある。あなたが勝って、かつ、九条を「見せ場」として演出できれば——彼を施設から引き出せるかもしれないわ』


「……演出、か。泥仕合は得意だが、人助けの芝居は不慣れなんだ」


『不慣れでもやるの。あなたの生活も、彼の人生も、数字で吊られている』


 その言い方が嫌だった。

 でも——否定できない。俺の家賃も、九条の命も、同じ天秤の上に置かれている。


「……勝つだけじゃダメ。視聴率を取って、“救済の条件”を満たす。そういうゲームか」


 俺はルールブックの余白に、メモを殴り書きした。

 勝ち筋じゃない。救い筋を作る。


『そのために、これを渡すわ』


 カレンの送信が、もう一つ落ちてくる。

 小さなパッケージ。名前が露骨だ。


【ZENON TEST UI:GHOST RECOGNITION】


「……これ、何だ。まさか」


『社内で封印されている検証用の“公式補助機能”よ。一般公開されていないだけで、テスト環境の権限があれば規約内で使える』


 “盗んだ”じゃない。

 “権限で引っ張り出した”。言葉の違いが、致命的に大きい。


『使う相手は限定される。九条くん——正確には、AI制御の予測モジュールを使う相手にだけ』


【スキル名:亡霊の認識ゴースト・リコグニション

効果: ターゲットが「予測演算(AI制御)」を使用している場合、その“次の候補軌跡”を、自身の視界に半透明のラインとして最大0.2秒先まで表示する。※候補は複数表示され、精度は状況(ノイズ量)で揺らぐ。

取得条件: ターゲットに自身の思考を「模倣コピー」された状態で、1回以上勝利する。

成長条件: 表示候補のうち“正解軌跡”を100回連続で選び取る。

代償: 使用中、脳への負荷で現実の心拍数が急上昇。解除後、2時間『デバフ:集中力欠如(頭痛・眩暈)』が付与される。


「……九条(AI)が何を考えるか、視えるってわけか」


『“視える”けれど、当たるとは限らないわ。あなたみたいなノイズには、候補が増えて見づらくなる。だから——あなた自身が、見せ場を作って誘導しなさい』


 カレンの言葉が、やけに的確だった。

 俺の心臓が、少しだけ早くなる。スキルのせいじゃない。たぶん。


『今夜、最終調整を行うわ。……私のプライベート・ルーム(非公開サーバー)へ来なさい』


「プライベートルーム……? そんなところ、俺みたいなニートが入ったら、即・通報案件だろ」


契約者パートナーの権限を与えたわ。公開ログには残らない。外から追跡されない、二人用の調整室よ』


 ——二人用。


 その言葉が、耳の奥で熱を持つ。

 嗅覚デバイスなんて設定してないのに、微かに花の香りを感じた気がした。脳の錯覚だ。……たぶん。


「……了解だ。ステーキの礼は、仕事で返す」


『礼はいらない。結果を出しなさい。……それと、佐藤さん』


 呼び止められて、俺は一瞬黙った。


『あなたが九条くんを“救う条件”を探しているの、嫌いじゃないわ』


 ……1mmだけ。

 ビジネスの線が、私情側に寄った気がした。

 気のせいかもしれない。でも、気のせいにするには声が柔らかかった。


 俺は通信を切った。


 マウスを握る右手が、少しだけ汗ばんでいた。


 かつての友。今の主。

 そして、俺の首を狙う一億人の視聴者。


 盤面は整った。


 俺は、キーボードのショートカットを一つ、九条が教えてくれた「絶対に負けないための運指」に変更した。

 ——昔の癖は、今夜の武器になる。


「……待ってろ、九条。勝って、救って、ついでに炎上も奪ってやる」


 画面の向こうで、タイムラインはまだ燃えている。

 まるで、処刑台の篝火みたいに。


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