再会:かつての友はAIの苗床と化した
「……マジかよ。俺の『一瞬だけマウスを浮かせて入力を切る』癖まで真似しやがった」
画面の中、ワイヤーフレームの人型【S-GHOST】が、俺と全く同じ不自然なステップを踏んでいる。
機械がやる「泥臭い回避」は、人間がやるよりも数倍不気味だ。美しくない。だが、恐ろしく合理的だ。
こいつ、俺の“技”だけじゃない。
俺の“みっともなさ”まで、丸ごと飲み込んでる。
『佐藤さん、不快かしら? 鏡を見ているようで』
白いテスト・アリーナの端で、カレンが腕を組んで立っている。
ドレスアバターなのに、視線だけはスーツの査察官みたいに冷たい。
「最高に最悪な気分だ。……だが、俺の技術を食うってんなら、毒ごと飲み込んでもらうぜ」
俺は深呼吸し、左手をキーボードの端に滑らせた。
『Alt+F4』——じゃない。隣に割り当てた、運営公式の「戦闘解析HUD(簡易診断)」の起動ショートカットだ。
画面右下に、通信同期と入力の揺らぎを示す「脈波みたいなグラフ」が浮かぶ。
一般プレイヤーは見向きもしない。だが、予測AI相手には“刺さる”情報だ。
「狙うのは、学習じゃない。……学習の“破綻点”だ」
俺は、指先のリズムをわざと崩した。
機械は確率で読む。なら、確率が崩れる形を“規約内”で作ればいい。
【スキル名:矛盾の提示】
効果: 自身の移動入力を「停止」と「移動」に見える形で分割し、予測AIの演算に“両立しない候補”を同時提示する。対象が予測モジュールを持つ場合、短時間の例外処理を誘発する。
取得条件: 通信同期が不安定な状態で、ボスモンスターの攻撃を10回連続で空振りさせる。
成長条件: 本スキルにより、ターゲットの予測行動を3秒以上停止させる。
代償: 発動中、自身のPCが激しい熱を持ち、冷却ファンが最大回転する。使用後、3分間すべての移動系スキルが封印される。
「食らえ、例外処理の沼だ……!」
俺のアバターが、その場で高速で“震えた”。
止まっているようで、動いている。動いているようで、止まっている。
もちろん、実際に二つの状態になっているわけじゃない。
見せ方だ。入力の“見せ方”を割って、相手の予測に「あり得ない候補」を同時に投げる。
そして、機械は——真面目すぎる。
あり得ない候補を「あり得ない」と捨てられない。
【S-GHOST】のワイヤーフレームが、わずかに揺れた。
次の瞬間、体表が警告みたいに真っ赤に発光する。
『警告:予測演算で例外処理が発生。演算リソースが枯渇——』
「今だッ!」
俺は『古びた鉄の篭手』を握りしめ、無防備になったコアへ飛び込む。
——現実のPCが悲鳴を上げた。ファンがジェット機みたいな音を立て、部屋に電子機器が焼けるような臭いが漂う。
「くっ、焦げる焦げる……! 俺の貧乏PCが黒焦げステーキになる!」
叫びながらも、拳は止めない。
殴る。殴る。殴る。
パリン、とガラスが割れるような音。
アリーナが暗転し、【S-GHOST】のワイヤーフレームが崩れ落ちた。
……勝った。
機械相手に、反射神経じゃなく“ハメ”で勝った。
画面に、淡々と結果が表示される。
【SPARRING RESULT:TSUKASA WIN】
【学習ログ:LOSS DATA / EXCEPTION TRACE / INPUT NOISE…保存】
「……負けデータまで保存とか、性格悪すぎだろ運営」
『お見事。……AIの学習能力を逆手に取って、脳を焼き切ったわけね』
カレンが拍手する。音が乾いている。
褒めているのに、喜んでない。観察者の拍手だ。
『佐藤さん、あなたは本当に「性格が悪い」わ』
「最高のご褒美だ。……で、仕事は終わりか? さっきからPCが火を噴きそうなんだが」
照明が戻る。
カレンがゆっくり歩み寄ってきた。彼女の視線は倒れたAIじゃない。俺の“手元”と“癖”を見ている。
その距離、わずか数センチ。
嗅覚連動デバイスが、再び甘い花の香りを運んでくる。
そして、彼女は——俺の頬に指を当てた。
冷たい。
だけど、その瞬間、画面左上に小さな表示が出る。
【契約認証:共同作業者(GHOST)/センサー同期 完了】
「……触ったの、認証かよ」
『当然でしょう。共犯にするなら、ログに残さないと』
さらりと言う。
恐ろしい言葉を、香水みたいに軽く。
『仕事は始まったばかりよ。……今の試合、ゼノン社の開発局もモニターしていたわ。彼らは「欠陥だ」と騒いでいるけれど』
カレンが少しだけ、楽しそうに笑う。
『経営陣は、あなたの戦い方に興味を持った。——“誰にも真似できないノイズ”としてね』
「……嫌な予感しかしないな」
『来週の「特例試験」。対戦相手が決定したわよ』
カレンの声が、ほんの少しだけ低くなる。
『あなたの大学時代の、唯一のライバルだった男——「九条レン」よ』
その名を聞いた瞬間、俺の指先がわずかに震えた。
九条。
俺と一緒に「準公務員資格」を目指して、途中まで並んで走っていた男。
そしてある日突然、資格を剥奪されて社会から消えた。
「九条が……生きてたのか? あいつ、あのあと『再教育施設』に送られたって……」
『ええ。彼は今、ゼノン社の「有人実験体」として、この【S-GHOST】と意識をリンクさせているわ』
俺の喉が鳴る。さっきの勝利の余韻が、気持ち悪く変質していく。
『あなたが戦うのは、半分がAI、半分が——かつての友よ』
「……友?」
口に出した瞬間、胸の奥が痛んだ。
友と呼べるほど綺麗な関係じゃなかった。俺はいつも、置いていかれそうで焦ってた。
カレンの指が、頬から離れる。
代わりに、視線が刺さる。
『彼を救いたい? それとも、自分の資格を守るために壊す?』
言い方が、ひどく上品だ。
“殺す”じゃなく、“壊す”。
『どちらを選んでも、私はその「汚れたデータ」を美味しくいただくわ』
「……お前、ほんと性格悪いな」
『褒め言葉として受け取っておくわ』
アリーナ外周のニュースパネルが、無機質に切り替わる。
世界観説明は、いつだってこういう形で牙をむく。
【ニュース見出し:ゼノン社、特例試験の「生配信」を決定】
【新ルール:視聴率とスポンサー評価に連動し、敗者の『負債免除額』が変動】
【注記:視聴率1%ごとに免除上限が上下/“社会復帰ポイント”算定に反映】
「……どこまでも、人の人生をコンテンツにしやがって」
俺は力なく笑った。
目の前のカレンも、画面の向こうの官僚も、きっと同じ顔をしている。
俺の“絶望”を、数字にして見たい顔だ。
なら——見せてやる。
最高に汚くて、最高に生き汚い、クソゲーの結末ってやつを。
俺はキーボードの上で、指を鳴らした。
焼けたファンの匂いが、まだ鼻に残っている。
「……九条。お前が生きてるなら、今度は俺が——お前ごと、ルールをぶっ壊す」




