表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/6

監視を欺く1Hz:紙芝居の逃走劇と「ステーキ」の代償

『……捕捉したわ。逃さない』


 上空。監視AIパトロール・アイのレンズが、冷酷なスキャニング・レーザーを広場に走らせる。

 先ほど使った『偽装ステータス』の代償――通信ログに残った「不整合の痕跡フラグ」を、運営の番犬が嗅ぎつけたのだ。


 見つかれば最後、資格凍結どころか「アカウント抹消=社会的死」が確定する。

 この国じゃ、アカウントが消えた瞬間に、現実の給付も信用も一緒に消える。まるで存在ごと削除だ。


「お嬢様、契約成立だ! そのボディーガードに指示して、俺の前に“盾”を作れ!」


『……命令する気? いいわ。私の投資おもちゃが壊れるのは癪だしね』


 カレンが指を鳴らす。

 二人のNPC衛兵が巨大な紋章盾を掲げて俺を包囲した。


 だが、ただ隠れるだけじゃダメだ。

 パトロール・アイは“見えている”ものじゃなく“通信ログ上の位置情報”で追ってくる。盾は視線を遮っても、ログは遮れない。


 俺はキーボードを叩いた。

 『Ctrl+Shift+F12』——運営が公式に用意している「低帯域モード(通信節約)」の切替ショートカット。


 普通は設定画面を開いてポチポチやる機能だ。

 でも俺はその切替を“入力の癖”で最速化してある。規約上はただのショートカット操作。規約の外には一歩も出ない。


 そして、その切替と同時に、もう一枚——俺の切り札を被せる。


【スキル名:静止したスタティック・シャドウ

効果: 自身の「アバター情報(座標・ID)」の更新頻度を、強制的に毎秒1回(1Hz)まで低下させ、AIの自動追尾を攪乱する。

取得条件: サーバー混雑時間帯に、低帯域(節約)設定のまま対人戦を累計24時間以上完走する。

成長条件: 本スキル発動中に、監視ユニットの視界からロストさせる。

代償: 発動中、自身の画面も1コマ送りの「紙芝居状態」になり、精密な操作が不可能になる。また、使用後1時間はMPが自然回復しない。


「ぐっ……カクカクして、吐きそうだぜ……!」


 画面はガクガク。マウスカーソルすら遅れて追いついてくる。

 視界は紙芝居で、音はワンテンポずれる。酔う。いや、正確には脳が怒る。


 だが——監視AIのレーザーは、俺が「さっきまでいた場所」を空しくなぞっている。


 更新頻度を落とした俺のアバターは、パトロール・アイの演算上では「追尾対象」から「背景のノイズ」へ格下げされる。

 追えるほど情報が来ない相手は、追う価値がない。——機械は合理的すぎる。


『……ふーん。泥臭いけれど、合理的ね。運営のアルゴリズムを知り尽くしていないとできない芸当だわ』


 数秒後。ターゲットを見失ったパトロール・アイは青い光を収めて別の区画へと去っていった。

 ようやく、肺の奥に溜めていた息が出る。


 俺は即座にスキルを解除し、モニターの前で激しく咳き込んだ。


「はぁ、はぁ……死ぬかと思った。……で、契約メシは? 翌朝停止ってことは、俺の胃袋にはもう6時間しか余裕がないんだよ」


『安心しなさい。契約書にサインした瞬間、あなたの端末の「厚生労働省・給付金ポータル」に、私名義のプライベート・ポイントを振り込んでおいたわ』


 カレンが平然と言う。

 “プライベート・ポイント”——寄付や企業ポイント経由で流通する、半分現金みたいなやつだ。


『公的な食料配給は止められても、民間ルートの購入まで止められない。……明日からは、見切り品のうどんじゃなくて、最高級の「エナジー・ステーキ」が玄関に届くわよ』


「最高級……。聞いただけで、今のひもじさが加速したわ。脳が勝手に咀嚼そしゃくを始めるんだが」


 俺の腹が情けない音を鳴らした。

 カレンは笑っているのか呆れているのか分からない目をした。


「……で、その代償は何だ。俺に何をさせる」


 カレンは噴水の縁に腰掛け、冷ややかな微笑を浮かべた。

 なのに、その視線だけは妙に熱を持っている。エリートの興味。観察。標本を見る目。


『来週の特例試験。あなたはそこで、私の“影”として参戦してもらうわ。……でも、その前に一つ』


 彼女は指を一本立てた。


『ゼノン社が開発した「次世代戦闘AI・プロトタイプ」と、練習試合スパーリングをしてもらうわよ』


「……AIと? 俺が教育データになるって話じゃなかったのか」


『逆よ』


 カレンの口元が、わずかに上がる。


『あなたはAIに“勝つ”のではなく、AIの“穴”を見つけ出しなさい。……あなたの「規約スレスレの汚い戦い方」を、あの優等生な機械に覚えさせたくないの』


 そこで一拍。


『……むしろ、AIをバグらせてほしいのよ』


 企業の特待生が、自社の製品をバグらせろ、と言っている。

 この女、ゼノン社の回し者というより——社内に敵がいる。いや、もっと厄介なものがいる。


「……了解だ、雇用主ボス。とりあえず今夜は、そのステーキとやらを夢に見ながら寝ることにする。……あ、あとドアの修理代、忘れるなよ」


『交渉が雑で助かるわ。……泥臭い生存本能、嫌いじゃない』


 褒めてるのか、それ。

 いや、褒め言葉として受け取ったら負けだ。たぶん俺は「道具」として見られてる。だが、道具にもメシは必要だ。


 俺はログアウトボタンを押した。


 真っ暗になった部屋。

 現実の空気はゲームより重い。部屋の湿気も、家賃も、胃袋も。


 冷蔵庫を開けると、中には半分に切られた萎びたネギが一本、寂しそうに転がっていた。


「……ステーキ。もし嘘だったら、ゼノンのビルに火をつけに行ってやる」


 腹の虫が、空腹という名の「アラート」を最大音量で鳴らしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ