第44話:[GRAY] IDの刻印:背景(ノイズ)からの昇格
爆発音が遠くで聞こえる。
目も見えず、音も聞こえない。
だが、背中に感じるカレンの温もりと、彼女の激しい鼓動だけが、俺をこの世界に繋ぎ止めていた。
「……終わったわよ、ツカサ。……全部、……鉄屑になったわ」
数分後、視界がゆっくりと戻る。
そこには、床に散らばったドローンの残骸と、それを見て楽しげに手を叩く老婆――マザーの姿があった。
「……いい見世物だったよ、お若いの。……絶望を武器にするバグ。……ゼノン社の連中、……今頃、……自分たちが捨てた『ゴミ』に怯えてるだろうさ」
マザーがカサついた手で、鈍く銀色に光るチップを二枚、放り投げてきた。
「……約束だ。……地下ID [GRAY] 。……これがあれば、……地下の『王』として振る舞える。……ゼノン社の社内サーバーにも、……裏口から挨拶に行けるだろうさ」
カレンが震える手でチップを受け取り、自身のウェアラブルに叩き込む。
【地下ID:[GRAY] —— 認証成功】
【ステータス:地下の有力者】
【特権:地下限定APIのフルアクセス/優先回線/公共端末の強制徴用】
「……やった。……ツカサ、……これでようやく、……まともな部屋で寝られるわ。……自動販売機も、……私を無視しなくなる!」
カレンが歓喜の声を上げ、一番近くの自販機に駆け寄り、[GRAY] IDをかざした。
すると、自販機のモニターに「……ようこそ、閣下」と表示され、最高級の(といっても地下の)エナジードリンクが三本、景気良く吐き出された。
「……閣下? ……フフッ、……悪くない響きね。……ツカサ、……飲みなさい。……勝利の美酒よ」
彼女が差し出したエナジードリンクは、強烈な化学薬品の味がした。
でも、喉を焼くその熱さが、俺たちが「生きている」ことを証明していた。
『……司。……[GRAY] 権限により、……僕の演算領域を拡張。……MASTIFF侵食率、……一時的に低下。……僕、……君を、……忘れないで済んだ』
九条のアイコンに、一瞬だけかつての温かな青色が戻る。
だが、俺は知っている。
[GRAY] IDを得たということは、もう「隠れるだけのバグ」ではいられないことを。
「……マザー。……あんたの裏切りも含めて、……いい経験になったぜ」
「……裏切り? ……心外だねぇ。……アタシは、……あんたたちが『投資に値するか』を試しただけさ。……次は、……ゼノン社の中にいる『反逆派』……カレンお嬢ちゃんを慕う連中との接触だ。……楽しみにしてるよ」
地下のネオンが、[GRAY] IDの銀色の光を反射して、俺たちの影を長く伸ばす。
第2シーズン、中盤。
バグたちは、ついに自分たちを捨てた「国家の心臓」へと牙を剥き始める。




