食料配給停止:国家が宣告した『ゲームオーバー』
夜九時。俺は第4サーバーの『中央噴水広場』にいた。
ここは通称「成金広場」と呼ばれている。
周囲に立ち並ぶのは現実で数百万円の寄付を行った者だけが入れる高級ギルドハウス。石畳さえもが金色の光を放っている。
「……クソが。眩しすぎて目が潰れそうだぜ」
俺の装備は相変わらずの布服だ。
道ゆくプレイヤーたちが俺の頭上に浮かぶ『凍結中(FROZEN)』の赤いタグを見て、露骨に距離を置く。
この国において資格凍結中の人間とパーティーを組むことは「非国民」のレッテルを貼られるリスクを伴うからだ。
『時間通りね。評価してあげるわ、佐藤さん』
噴水の中央。月明かりを反射する白銀の鎧を脱ぎ捨て、優雅なドレスアバターに身を包んだカレンが立っていた。
彼女の背後には二人の屈強な衛兵(NPC)が控えている。月額数十万の「ボディーガード・サブスク」だ。
「佐藤って呼ぶな。……で、家賃を肩代わりするってのは本当か? 俺の部屋のドア、査察部の野郎に壊されたんだ。修理費も上乗せしてもらわないと割に合わねぇ」
『ふふ、相変わらずの守銭奴ね。いいわよ、そんなはした金。……でも、その前に見せなさい。さっきのラグの“解析ログ”を』
カレンの目が期待と殺気を含んで細められる。
彼女はプライドが高い。自分の聖剣が運営の「不自然な助け」で勝利を拾ったことが許せないのだろう。
「見せてもいいが、ただじゃねぇぞ。……これを使わせてもらう」
俺はキーボードの特定のショートカットキーを叩く。
単なるコマンド入力じゃない。俺が“規約の穴”を突いて育てた、表示系の裏スキルだ。
実ステは変わらない。変えられるのは——相手に見える“表示”だけ。
【スキル名:偽装ステータス(ダミー・パケット)】
効果: 自分の公開プロフィール表示(凍結タグ/所持アイテムの「閲覧権限表示」/取引画面のプレビュー)を、120秒間だけ偽装する。※実際の性能・所持は変化しない。
取得条件: 公開情報を利用した取引交渉を、累計30件成立させる。
成長条件: 偽装状態で「検閲付きエリア」の通行許可を1回でも通す。
代償: 使用中、PCのCPU使用率が90%を超え、物理的な排熱が上昇。発動終了後30分間、通信ログに偽装痕跡が残り、監視AIに狙われやすくなる。
「……ほらよ。これが査察部のサーバーが干渉した証拠だ」
俺は偽装した取引ウィンドウを出し、ログの一部をカレンに見せる。
——見せるのは“全部”じゃない。相手がカレンでも、俺の切り札は小出しにする。
カレンは一瞬でログを読み取り、顔を歪めた。
『……やっぱり。厚労省が、ゼノン・ホールディングスの株価を守るために、私の試合を「汚した」のね』
「株価? ただのゲーム一試合で大げさだろ」
『佐藤さん、あなたは何も分かっていないのね。来週の「特例試験」……あれは、ゼノン社が開発した次世代戦闘AIの“教育データ”を集めるための実験場よ。あなたは、その生贄に選ばれたの』
カレンがさらに距離を詰める。
彼女のドレスの裾が、俺のボロ布に触れる。
甘い花の香りが、電子の海を超えて俺の鼻腔を突いた。——高価な「嗅覚連動デバイス」を彼女が使っている証拠だ。
『特例試験であなたは「絶対に勝てない相手」と戦わされる。そして惨敗し、そのデータはAIに吸収される。……それが嫌なら私と契約しなさい』
「契約?」
『表向きは私の“専属アナリスト”。裏では……私の“影”として、ゼノンの闇を暴く手伝いをしてもらうわ』
その時、広場のスピーカーから不快なノイズと共に、ニュースが流れた。
『速報です。厚生労働省は本日、オンライン上の不適切操作に関する罰則を強化。——緊急措置条項(第12条)に基づき、対象者の佐藤司氏に対し、翌朝からの食料配給停止を決定しました』
「……ッ!? まだ七日間の猶予があるはずだろ!」
『運営と官僚を敵に回したのよ。時間は止まってくれないわ』
カレンが差し出してきたのは、一枚の電子契約書。
そこには、俺の一年分の家賃と、最高級の「ゲーミング食料」の支給が約束されていた。
喉が鳴る。いや、正確には“腹”が鳴った。
さっきからずっと、視界の端で『FROZEN』の赤がチカチカしている。あれはタグじゃない。俺の残り時間だ。
「……クソが。選択の余地なし、かよ」
俺は震える指で、承認ボタンに手を伸ばした。
——その瞬間。
遠くの空に、淡い青い光が灯った。
噴水広場の上空を旋回していた、運営の監視AI。
まるで俺の指先の動きを見ていたかのように、レンズがこちらへ向き直る。
通信ログに残る“偽装痕跡”。
代償は、もう始まっている。
不気味な青い光が、こちらをロックオンしたのが見えた。




