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規約の穴:査察官を黙らせる0.01秒の策略

「……開けろ! 厚生労働省・電子犯罪査察部だ! 佐藤司、抵抗は無意味だぞ!」


 安アパートの薄い木製ドアが、物理的な暴力によって悲鳴を上げる。

 ——電子証拠は数秒で消える。だから奴らは、呼び鈴より先に足を出す。


 俺は反射的に机の上に散乱した「一食18円(見切り品)」のうどんの袋を足でベッドの下に蹴り込んだ。貧乏を見られるのは死ぬより屈辱だ。


「おいおい、国家公務員様がニートの城に土足かよ。……何の用だ? 俺は今、さっきの敗北による精神的ダメージで全治三週間の自宅療養中なんだが」


 返事の代わりにドアの蝶番が逝った。

 蹴破って入ってきたのは仕立ての良いスーツを着た二人組の男だった。先頭の男——遠藤と名乗った中年男が、電子警察のバッジとホログラムの「家宅捜索令状」を突きつけてくる。


「佐藤司。先ほど行われた『公式レーティング戦:対鳳凰院カレン戦』において、非認可のマクロおよび外部干渉プログラムを使用した疑いがある。……お前の『準公務員資格』は、たった今、暫定凍結された」


「……は?」


 凍結。その二文字が脳内で爆発する。

 この国において、資格の凍結は「死」と同義だ。


 光熱費の自動減免は解除され家賃の8割補助が消える——いや、正確には“猶予”がある。

 凍結は即時、支援停止は行政処理の都合で最大七日。七日後、俺は本当に終わる。


「証拠はあるのかよ。俺が使ったのは、全部『アルケディア』の規約内にあるスキルシナジーとキーボードの同時押しだ。マクロじゃねぇ」


「往生際が悪いな。お前が放とうとした最後の一撃、あり得ない速度でサーバーとの同期を狂わせていた。運営の監視AIが『異常』と判定したんだ。同行しろ。取り調べの結果次第では、懲役刑もあり得るぞ」


 遠藤の目が一瞬だけ鋭く光った。

 こいつ……ただの事務手続きじゃない。俺を「犯罪者」として固定したがっている。


 ふと、モニターに目をやる。試合の「リプレイ掲示板」が勝手に更新されていた。


『【悲報】準公務員ニート、カレン様に勝てなくてチートに手を染めるw』

『運営の強制介入キター! こいつ、過去の試合も全部黒じゃね?』

『ゼノン社が抗議声明出したぞ。被害者カレン様、可哀想すぎる……』


 世論トレンドは一瞬で作り上げられていた。

 運営、スポンサー、そして政府。

 この世界の「三位一体」が、俺という一個人を潰しにかかっている。


 だが俺は知っている。あの瞬間、ラグを起こしたのは俺の攻撃じゃない。カレンの背後にいた「何か」だ。


「……なぁ、遠藤さん。あんた、さっき『非認可マクロ』って言ったな?」


 俺はゆっくりとキーボードに手を置いた。

 遠藤が警戒して腰の電磁警棒に手をかける。だが俺が動かしたのは指先だけだ。


「『アルケディア・オンライン』運用規約、第402条第8項。——『PCの標準入力デバイスによる、同時押し間隔が0.01秒以上の操作は、人間による操作と見なし、マクロ判定から除外する』。知ってるか?」


「……何の話だ」


 遠藤の相棒が小さく舌打ちした。

 “その条文”がある理由を現場の人間は知っている。——入力補助デバイス問題で一度、社会が燃えたのだ。だから数字で線を引いた。雑で、でも強い線を。


「俺のキーボード、特注なんだよ。特定のキーを叩く時、物理的なバネの反発を利用して『必ず0.011秒』の間隔が開くように改造してある。つまり、規約上、俺の操作はチートにはなり得ない」


 俺は画面にあるスキルの詳細を表示させた。


【スキル名:解析の残滓トレース・ログ

効果: 直近5秒間に自身および周囲で発生した「パケット通信の不整合」を可視化する。

取得条件: サーバー遅延ラグによる死亡を、累計100回以上経験する。

成長条件: 本スキルで特定した不整合を、運営へ通報し受理される。

代償: 使用後、MPを50%消費し、現実の視界が10秒間激しくぼやける。


 ショートカットを叩く。画面の隅に、針金みたいな線が走った。

 ——データの綻び。人間の目には見えないはずの「ズレ」を、ゲームが無理やり可視化する。


「今、この部屋のログを解析した。……驚いたぜ」


 俺は表示された行を、遠藤の目の前に突き出した。


ROUTE: MHLW-ECID-INSPECT-RELAY-04

SIGN: MHLW_INSPECT_v3

SYNC DROP: 12.4% / 0.19s


「……あのラグ、俺のPCからじゃなく、外部——“査察部の中継リレー”経由で撃ち込まれてるじゃないか」


 遠藤の顔から血の気が引く。

 俺の指摘はこの世界の「絶対の禁忌」——政府による試合介入の証拠に触れたのだ。


「お前……何を……!」


「このログ、今この瞬間に『匿名掲示板』と『海外の第三者検証機関』へ、マルチポストされるように予約投稿タイマーセットした」


 俺はスマホを掲げ送信待機の画面を見せた。

 “検証機関に届く”という事実だけで現場の人間は青ざめる。バズるかどうかは二の次だ。届いた瞬間、後戻りができなくなる。


「俺を強引に連行してみろ。1分後には、厚労省の中継サーバーが“競技回線に触れた”って話が、ミラーされて検証が走る。……上が一番嫌がるやつだろ?」


 これがニートの戦い方だ。

 反射神経フィジカルで勝てないなら、ルール(条文)と情報ログで殴る。


 沈黙が流れる。

 遠藤のスマホが震えた。上層部からの連絡だろう。彼は一度だけ、俺の画面とスマホを見比べ——忌々しげに俺を睨みつけた。


「……今日はここまでだ」


 吐き捨てるように言い、踵を返す。


「だが佐藤司。お前の資格凍結は解除されない。……ポイントが欲しければ、来週の『特例・資格復帰試験』を受けろ」


「特例試験……? そんなの、合格率0.1%以下の死にゲーじゃねぇか」


「ゼノン・ホールディングスが主催する『実戦テスト』だ。お前がチーターでないなら、そこで証明してみせろ」


 ——ゼノン主催。

 答え合わせみたいに単語が腹の底に落ちた。得する主体の匂いが、露骨すぎる。


 遠藤たちは嵐のように去っていった。

 静まり返った部屋。俺は崩れ落ちるように椅子に座る。


「……視界、ガビガビだわ。クソ、あのスキル、代償がキツすぎる」


 ぼやける視界の中、スマホが鳴った。

 DMの通知。送り主は——鳳凰院カレン。


『さっきのラグ、あんたの仕業じゃないわね。……今夜、九時に第4サーバーの噴水広場に来なさい。拒否権はないわ。あんたの「家賃」を肩代わりしてあげてもいいけれど?』


「……お嬢様からの、脅し混じりのデート誘いか。それとも、新しい陰謀の招待状か」


 俺は、賞味期限切れの水を一気に飲み干した。

 この国は、ゲームよりよっぽどクソゲーだ。

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