期限まで30日:準公務員資格を懸けた背水の陣
「鳳凰院カレン、か。相変わらず、金のかかった装備してやがる」
モニターの中で白銀の甲冑に身を包んだ女騎士が輝いている。
彼女が手にする聖剣『エクス・ゼノン』は、スポンサー企業であるゼノン・ホールディングスが、数十人の解析チームを動員して「現環境の最適解」として鋳造した特注品だ。
対する俺、ツカサの装備はそこら辺の雑魚ドロップで拾った『古びた鉄の篭手』。
防御力はカレンの百分の一。かすり傷一つで、俺のHPバーは消し飛ぶだろう。
『……あら、佐藤さん? まだこんなところで、無駄な足掻きをしていたのね』
全プレイヤーに強制配信される試合前ボイスチャット。
カレンの透き通るような、しかし侮蔑の混じった声がスピーカーから流れる。
「佐藤……? 誰だよそれ。俺の名前はツカサだ。リアルとゲームを混ぜるなよ、プロ失格だぞ、お嬢様」
『フン。大学の卒業式、奨学金の返済猶予を申請して泣きついていた背中、忘れるはずないわ。準公務員資格の更新まで、残り30日じゃなかったかしら?』
図星だ。俺は奥歯を噛み締める。
こっちは明日の食費がかかってるんだ。お前みたいな、親の総資産が攻撃力に変換される特権階級とは違う。
実況チャット欄が「奨学金ニートwww」「カレン様、ゴミ掃除お願いします」という煽りで埋め尽くされる。
だが、俺の視界はそれらを透過し、画面右下の「Ping値(ms)」と「フレームレート」に固定されていた。
――カウントダウンが、ゼロになる。
「……シねッ!」
カレンが動く。反射神経MAXの高速突進スキル『ライトニング・スラスト』。
常人なら反応すらできない速度。だが、俺はキーボードの『W』と『D』を、一瞬だけ、特定の弾き方で叩く。
【スキル名:残像歩行】
効果: 発動時、0.2秒間だけ無敵判定。その後、自身の位置を3メートル後方に置換する。
取得条件: 累計1000時間の「対人戦敗北」および、回避失敗によるデッド件数5000回以上。
成長条件: ジャスト回避成功時、回避したダメージの1%を「集中力」として吸収する。
代償: 使用後、スタミナゲージがゼロになり、3秒間ダッシュ不可。
ガキィィィィン! と火花が散る。
俺の体力が「1」だけ残り、カレンの聖剣が空を切った。
『なっ……!? 避けた? 今のフレームを!?』
「避けたんじゃない。お前がそのスキルを撃つ前の『肩のポリゴンの歪み』を見て、先にマクロを組んでただけだ。……お嬢様、お前の動きは『教科書通り』すぎて、読みやすいんだよ」
俺はニヤリと笑う。
スタミナはゼロ。動けない。絶体絶命。
だが、これこそが俺の狙い。スキル『因果の逆転』の発動条件――「HP1%以下」は満たされた。
「お返しだ。食らえ、企業案件ごと叩き折ってやる!」
俺の篭手が、どす黒い赤色に発光する。
カレンの聖剣が放った「上位ランカー級の超火力」の80%が、俺の右拳に集約される。
だがその瞬間。
画面が激しくノイズに覆われた。
『警告:外部プログラムによる干渉を検知。サーバーとの同期を一時中断します』
「は……? ラグか? いや、運営の介入か!?」
俺の拳がカレンに届く直前、彼女の体が不自然にスライドし、攻撃は空振りに終わる。
そして、画面外から飛んできた一本の矢が、無防備な俺の胸を貫いた。
『――そこまでよ。佐藤さん。ルールは守らなきゃ』
カレンの声ではない。
システム音声に近い、冷徹な女の声。
俺の画面には【敗北:準公務員資格ポイント-50】の無慈悲な文字。
そして、アパートのドアが激しく叩かれた。
「佐藤司さんですね? 厚生労働省・査察部です。不正ツールの使用疑いにより、任意同行願います」
終わった。
勝負に負けて、人生にも負けるのか?
いや、あの「ラグ」は、絶対に俺のせいじゃない。




