準公務員資格を懸けたニートの戦い
「……クソが。また光熱費の減免通知かと思ったら、ただの『ランク更新勧告』かよ」
六畳一間の安アパート。湿気た布団の上で、俺、佐藤司はスマホの画面を睨みつけた。
通知の送り主は【厚生労働省・eスポーツ振興局】。この国で最も権力を持つ官庁の一つだ。
国民の最低生活保障が“競技資格”に紐付いた結果、厚労省が実質の人事と福祉を握っている。
『警告:あなたの【準公務員C級(一般生活支援枠)】は残り30日で失効します。維持条件:公式レーティング戦にて上位15%以内をキープすること。未達成の場合、翌月より家賃補助(80%)および食費給付が停止されます』
「上位15%? 正気かよ。今のメタ(流行)で、俺みたいな『無課金・スキル構築勢』が、反射神経の塊みたいな十代のガキどもに勝てると思ってんのか」
大学を卒業して半年。就職活動という名の「効率の悪い対人戦」からドロップアウトした俺に残された唯一のライフラインは、この国技級オンラインゲーム『アルケディア・オンライン』の国家資格だった。
この世界では、ゲームの腕前がそのまま「生存権」に直結する。
上手い奴は一等地に住み、税を免除され、モデルのような女を侍らせる。下手な奴は、奨学金という名の借金に押し潰され、時給数百円の「NPC(雑用)バイト」で一生を終える。
俺はPCの電源を入れた。
ログイン画面。暗転したモニターに映る俺の顔は、ひどく青白い。
「やるしかないんだよ。……じゃないと、来月には公園でバッタでも食う羽目になる」
画面が切り替わる。
俺のキャラクター、名無しの『ツカサ』。
装備は初期に毛が生えた程度の布服。だが、ショートカットキーにはこの半年間、寝る間を惜しんで検証し続けた「特定の条件下でしか機能しない」狂ったスキルたちが並んでいる。
『アルケディア』はレベル制を廃止した「完全スキル制」だ。
例えば、今俺がセットしているこれ。
【スキル名:因果の逆転】
効果: 直近3秒間に受けたダメージの80%を、次の通常攻撃に上乗せする。
取得条件: HP1%以下の状態で、格上の攻撃を30回連続でジャスト回避する。
成長条件: 本スキルによる反射ダメージで、累計1万ダメージを与える。
代償: 発動後、全スキルが15秒間使用不可(沈黙状態)。さらに、移動速度が50%低下する。
「リスクがデカすぎて誰も使わねぇ死にスキル。だが……」
俺はマウスのサイドボタンを親規設定したマクロで叩く。
視界移動速度を極限まで上げ、敵の攻撃モーションの「1フレームの隙」を読み取る。
今日の対戦相手は、企業スポンサー付きの育成枠ライバル――『鳳凰院カレン』
現実でも俺の大学の同期であり、学生時代に俺を「効率の悪いゴミ」と吐き捨てた、現在は大手『ゼノン・ホールディングス』の特待生だ。
実況チャット欄が加速する。
『うわ、カレン様だ! 対戦相手……誰これ? ツカサ?』
『あー、例の「無資格寸前ニート」か。またカレン様のポイント稼ぎの餌食だなw』
『準公務員資格の剥奪シーン、切り抜いて配信してやろうぜ』
画面の向こうで、カレンのキャラクター――白銀の鎧に身を包んだ女騎士が、黄金の剣を突きつけてくる。
彼女の背後には、スポンサー企業のロゴがいくつも浮かんでいた。
「……笑ってろよ、寄生虫ども。お前らが信じてるその『綺麗な世界』が、どれだけドロドロの癒着でできてるか、少しだけ見せてやる」
俺の手元で、キーボードが激しく、かつ正確なリズムを刻み始めた。
この戦いは、ただのゲームじゃない。
俺の、明日のメシと、この腐った制度への「ささやかな復讐」だ。
その時、画面の端に一通のダイレクトメッセージが届いた。
送り主は『運営・監視局(非公開)』。
『佐藤司様。あなたの現在のビルドは、当局の定める「健全な競技性」に抵触する恐れがあります。試合終了後、任意同行を求めます』
試合開始のカウントダウンがゼロになった。
俺の口角が、無意識に吊り上がる。
「……ハッ。もう嗅ぎつけてきたかよ、犬どもめ。なら、派手に暴れてやるよ」
一歩、俺は前へ踏み出した。
背後のベッドに転がっている、期限切れ間近のカップ麺の空き容器が、虚しく揺れた。




