第27話 行方 弐
綸が桜郷に着いた頃、太陽はすでに地平線の彼方へと姿を消していた。
道には、赤い提灯がこれでもかと並んでいる。大人に手を引かれ、仁平姿の子どもたちが飴細工やうちわを片手に歩いている姿も見て取れる。
幻想的な赤い光に導かれるように、綸は走った。
途中、ドン、という轟音が、闇夜に響き渡る。
「ほら、鎮魂祭の花火が上がったよ」
「すごい! 大きいね!」
はしゃぐ人々の声がするが、綸に花火を見る余裕はなかった。
ドン、ドドン。
音に追い立てられ、綸は全速力で走る。途中、躓きながらも細道を抜け、霊部の家へと辿り着く。
しかし、霊部の家には鍵がかかっており、中から人の気配はない。
「くそっ……! 白羽は、何処にいるんだ!」
来た道を引き返し、次は花仙楼へと向かう。
音津遊郭は、祭りで休業している妓楼もあるようだったが、近くで屋台が出ているためか、たくさんの人で賑わっていた。
裏口から花仙楼に入り、白羽の部屋を目指して階段を降りていく。
だが、そこにも白羽の姿はない。綸が破壊したままの状態で、もぬけの殻だった。
仕方なく地上へ戻ると、玄関口で、いつもの遣手と鉢合わせる。
「あら、綸さん。久しぶりですねえ。今日は、花仙楼はお休みですよ。朝菊たちも、櫻神社に行ってますよ」
いつも通りの、のんびりとした口調。今の綸には、少しだけ忌々しい。
「白羽は、白羽は何処ですか!?」
「白羽……は、ずいぶん前に、神主様が連れて行ったのでは?」
「何処に連れて行ったか、知っていますか!?」
「いいえ……私は、聞いてないよ。知っているとしたら、至さんとよく話してた、朝菊かしらねえ」
「そうか……すみません! ありがとうございます!」
花仙楼を出て、櫻神社へと向かう。
一心不乱に駆ける綸を、道行く人々は不思議そうな目で見ていた。
——白羽。俺の白羽。どうか、まだ儀式が行われていませんように。
提灯の道は、櫻神社へと続いている。その光景は、何だか死者の行列の様にも見えた。
異界の門のように佇む鳥居をくぐり、櫻神社へと足を踏み入れる。儀式は、何処で行われるのだろうか。普通に考えると、人の多い所で、残酷な儀式を行うはずがないと思うが——。
拝殿までの道は、屋台が出ていて、人でごった返していた。
飴細工、焼き鳥、射的など。こんな状況じゃなければ、心が踊ったかもしれない。
人波を掻き分け、何とか拝殿前までたどり着く。
拝殿の階段には、地元の人が土地神のために用意したのか、菓子や果物が供えられていた。
「……あら、この間の、お兄さんじゃないかい」
「え……?」
声のする方を振り返ると、前にさくらの菓子を買いに行った、松村屋の店主の姿があった。藍色の浴衣を纏ったその姿は、年を召してもなお、凛としていた。
「ああ、こんばんは。店主さん、お祭りに来ていたんですね」
正直、話している場合ではなかったが、邪険にすることはできない。
「ええ。うちの店はね、代々、鎮魂祭で、土地神様にお供えするお菓子を用意する役割があるんだよ。土地神様は、甘い物が大好きだからねえ」
そう言って、店主は三方に乗ったおはぎを指し示す。
「そう……なんですか?」
「ええ。これは、うちの菓子屋の伝承でね。私の祖母はね、子どもの頃、土地神様と遊んだことがあるそうよ。それで、土地神様は甘味を好み、中でもおはぎに目がないってね」
「その土地神様って、本物、ですか?」
「はて? 本物、とは?」
「この土地には、禍津桜神と呼ばれる、呪いを神格化したものと、桜之御中主神という、本物の神様がいるんですよね?」
「えっと……ごめんなさい。私は神様の名前までは、知らなくてねえ……ちょっと解らないわね」
店主は考えるように目線を泳がせた後、申し訳なさそうに言う。
「そうですか……すみません、変なこと言って。最後に、この鎮魂祭で、『儀式』っていったら、何のことだと思いますか?」
「儀式? ああ、お祭りの最後に、神楽が行われるんだよ。それのことかしら」
「……どうもありがとうございます。では、俺はこれで」
「ええ、またお店にきておくれよ。お兄さん」
店主と別れ、綸は辺りを見回す。神社の中央にはお立ち台が設置されており、恐らくそこで神楽が行われるのだろう。
表では神楽が行われて、その裏で白羽が殺されるのだろうか。だとしたら、白羽はもう、儀式が行われる場所にいる可能性が高い。誰が知っているというのだ。その場所を。
神社の近くで、人が足を踏み入れない場所。だとすると、寺の裏山辺りだろうか。
足を進めながら、松村屋の店主の言葉を思う。恐らく、今の桜郷の人たちは、禍津桜神と桜之御中主神のことを混同しているようだ。本当の土地神は、桜之御中主神。それは一体、何処にいるのだろうか。甘味を好み、おはぎに目がない。おはぎ、おはぎと言えば——。
思案する綸の耳に、ひときわ騒がしい声が響いてくる。
「ねえさん、わたあめを買ってよ!」
「みーちゃん、わたあめが好きなの? 自分の頭もふわふわだから?」
「……黒音、喧嘩売ってんの?」
「ほら、喧嘩するな。おれたちは遊びに来たわけじゃいんだからな!」
前を向くと、紫色の華やかな浴衣を纏った朝菊と視線がぶつかる。朝菊と一緒に、澪と黒音もいるようだ。
「あや? 綸くん? 綸くんだ!」
驚いたように目を見開き、朝菊がこちらに駆け寄ってくる。
「綸くん、どこ行ってたんだ!? ここんとこ、ずっといなかっただろ! 同じ頃に白羽も地下牢から姿を消したから……おれはてっきり、駆け落ちしたのかと思ってたんだぞ!」
朝菊は綸の肩に手を置き、がくがくと揺さぶってくる。
「え? 綸、駆け落ちしてたの? じゃあ、童貞卒業したの?」
澪が度し難いことを聞いてくるが、今は相手にしている場合ではない。
「アサちゃん、白羽が何処にいるか知らないか!? 儀式ってやつは……もう行われているのだろうか!?」
「ああ……それな。おれも気になって数日前、至くんに聞いたんだけど。お前たちは何も気にしないで、祭りを楽しんでればいい。心配するな、って……」
「その、至さんは何処へ!?」
「それが、至くんのことも昨日から見てないんだ。今もこうして、至くんがいないか探してたところなんだけど……」
「そんな……早くしないと! 白羽が、桜郷に戻ってきてるんだ! あいつは……儀式を行うつもりなんだ!」
綸は頭を抱えた。桜郷は広い。その中で動き回っている可能性のある人物を見つけ出すなんて、無茶な話である。
「とりあえず、至くんを見つけたら、櫻神社から出ないように言っておく。なあ、綸くん。本当に白羽は……その、神様の、生贄になっちゃうのか?」
朝菊が、不安げな眼差しを向けてくる。
「それは……そうならないために、俺はここに戻ってきたんだ!」
そうだ。弱気になるな。まだ、やれることはあるはずだ。
「青蓮寺に行ってみる! ありがとう、アサちゃん!」
朝菊たちに別れを告げ、綸は走り出す。人々の歓声と花火の音の中、青蓮寺のある方角へと向かっていった。
◆◇◆
「……何もできなくてごめんな、綸くん」
遠ざかり、人並みに消えていく綸の背中を、朝菊は黙って見送った。
「ねえさん、白羽は……死んじゃうの?」
黒音が、朝菊の浴衣の袖をくいくいと引っ張りながら口にする。
「どうだろうなあ……でも、綸くんがあんなに頑張ってるんだ。きっと、どうにかしてくれるよ」
「えー、綸、そんなに頼りになるようには、見えないけど?」
澪が不満げな声を出し、唇を尖らせる。
「なあ、澪、黒音。おれの子どもの頃の夢って、何だったと思う?」
「え? ねえさん、何でそれを、今?」
不思議そうにこちらをみる澪と黒音に、真剣な顔で答える。
「……お姫様になることだよ」
朝菊の言葉に、澪と黒音が固まる。
「……笑うところ?」
澪がこてん、と首を傾げる。
「こら、笑わんでいい」
澪の額を軽く小突いて、朝菊は続ける。
「おれが子どもの頃に好きだった子がな、真面目で、誠実で……いつも一生懸命な、物語の主人公みたいな子だったから。だから、俺がお姫様になれば、その子と一緒にいられるんじゃないかなって。いつか、おれを迎えに来てくれる……そんな風に、思ってたんだよ」
「ふーん? ねえさん、顔に似合わず、乙女なんだね?」
黒音が意外そうな顔をする。
「そうだなあ。あーあ……告白してないのに、フラれた気分だぜ」
朝菊は大きく伸びをして、微笑んだ。
「どうか、白羽を……お姫様をよろしくな、綸くん」




