表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/32

第26話 行方 壱

 海鳥の鳴く声がして、重たい瞼を開ける。


 目に映るのは、雨漏りの跡のある、古びた天井。


 ——ここは、何処だろう。俺の家じゃない。寄宿舎でもない。青蓮寺せいれんじでもない。


 瞬きを繰り返す度に、はっきりしてくる意識。


 ——そうだ、俺は、白羽と一緒に大叔父の家に来たんだった。


 毎日、白羽と一緒に暮らして。掃除をしたり、買い物に行ったり、食事をしたり。


 そして昨日の夜——りん白羽しらはに求婚したのだ。


 思い出すと、急に恥ずかしくなってきた。この後、白羽にどんな顔をして、おはよう、と言えばいいのだろうか。


 だが、考えていても仕方ない。


 綸は上体を起こす。久々に身体が軽い。頭もすっきりしている。壁掛け時計に目をやると、時計の針は正午を指していた。


「いけない! 俺は、こんな時間まで寝ていたのか!」


 隣の、白羽の布団は既に畳まれている。綸に気を遣って起こさないでいてくれたのだろう。


「白羽、すまない。今すぐ、昼飯を作ってやるから……!」


 声を掛け、居間へと移動する。


 だが、白羽の姿は——そこになかった。


「白羽? 何処だ? 白羽?」


 台所にも、縁側にも、白羽はいない。


 一人で、外に出掛けているのだろうか。この一か月。白羽が一人で外に出掛けたことはなかったのだが。


 とりあえず、近くを探してみようか。綸は家を出て、市場の方へと歩いてみる。


 昼の市場はそれなりに賑わっていたが、やはり白羽の姿はどこにもない。


「あら、駆け落ちのお兄さん、こんにちは」


 いつもオマケをくれる、魚屋の女将が声を掛けてくる。


 ここの市場の人たちは、急に帝都からやってきた綸と白羽のことを、『駆け落ち夫婦』だと認識しているのだ。


「ああ、こんにちは。あの、白羽を見ませんでしたか?」


「金髪の子かい? それなら朝はやくに、駅の方へ歩いていったのを見たよ」


「駅……ですか?」


 瞬間——背筋が寒くなる。


 もしかして白羽は、一人で桜郷さくらごうに戻ったのだろうか?


「あ、ありがとうございます!」


 綸は駆け出し、家へと戻った。


「白羽! どこだ、白羽!」


 叫びながら、白羽を探す。


 辺りをくまなく見て、部屋中の扉を開けて、何か手掛かりになるものはないかと探す。


 すると、玄関近くの棚の上。


 いつもの、手紙のやりとりで使っていた、白い封筒が置かれているのが目に入った。


「白羽の……手紙?」


 綸は震える手で、封筒の中身を取り出した。


 そこに書かれていたのは、白羽から綸への——。


 愛の告白、だった。


 

 綸 様


 久しぶりのお手紙です。


 これを君が読んでいるってことは、僕はもう、君の前から姿を消しているんだろうね。


 まずは、お礼を言わせてください。


 君に連れられて、ここで過ごした一カ月間。


 それは僕にとって、かけがえのない、宝物みたいな時間だった。


 僕の人生はね、何もなかったんだ。


 僕には、役割があった。でも、その役割も、僕にとってはどうでもよかった。


 ただ時間が過ぎていくのを、毎日、無感情で見送っていた。


 辛いなんて、感じなかった。


 いや、嘘はやめようか。


 本当は、すごく、すごく辛かった。


 毎日、夜になると、涙が止まらなかった。


 どうして、僕だけが、こんな風に生まれたんだろう。


 僕も、他の皆みたいに、外に出て、美味しいものを食べたりしたかった。


 綺麗なものを見て、好きな人と笑い合って、幸せだねって、言いたかった。


 それは、僕には、叶わないことだと思っていたんだ。


 けれど、綸が叶えてくれた。


 海の水が冷たいことを教えてくれた。お味噌汁の作り方を教えてくれた。人の体温がこんなにも心地いいものなんだって教えてくれた。


 絶対に守るって言ってくれて、ありがとう。


 結婚しよう、って言ってくれて、ありがとう。


 何もない僕に、君が好き、という気持ちを与えてくれた。


 綸は、僕を苦しみから救ってくれた、神様でした。


 本当は、ずっとこのまま、君と一緒に暮らしていたい。


 でも、僕は、皆を死なせたくない。


 何より、綸。君のことを、守りたい。


 だから、僕は、然るべき務めを果たしに行きます。


 こんな我儘な僕を、どうか許してください。


 最後に——。


 大好きです。


 白羽


 

「……許さない」


 ぽつりと、声に出す。


「許すわけないじゃないか! こんな、勝手に!」


 手紙を握り締め、大声で叫んだ。


 鞄に貴重品と手紙を乱暴に詰め、家から飛び出す。今から列車に乗って、桜郷に着くのは何時だろうか。


 祭りは、もう始まっている。


 儀式は、いつ、行われるのだろうか。


「白羽! 白羽……!」


 なりふり構わず、駅まで駆ける。


 大急ぎで切符を買って、車両に飛び乗った。


 周りの乗客が、不審な目でこちらを見ている気がしたが、そんなことはどうでもよい。


 動き出すまでの時間が、永遠に感じられた。


 動き出してからも、あまりの速度の遅さに絶望した。


 ——手紙を読んで、確信した。


 白羽は、本当は、生きたいんだ。


 けれど、白羽は、俺のことが好きだから。


 俺の命と、自分の命を天秤にかけ、自分を捨てることを決めたんだ。


 白羽は、俺のことを、優しい、と言っていた。


 だけど、それは間違っている。


 俺は、君を奪われたら、きっと世界を呪ってしまう。


 そんな、弱いやつなんだ。


 それでも、俺のことが好きだというのなら。


 一緒に生きて、笑ってくれよ——。


 どうか、どうか、間に合いますように。


 神には祈らないはずの綸が、この時ばかりは、神に祈るしかなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ