第25話 誓い
油灯に照らされて浮かび上がる、白い浴衣姿の白羽。白羽は何も言わず、綸の上に跨ったまま薄ら笑いを浮かべている。
髪からだろうか。甘いような、何ともよい香りが漂ってくる。身動きの取れない状況に、綸の心臓はドクドクと早鐘を打ち始める。
「あの、白羽。俺は、どうすれば……」
戸惑い、白羽に問いかける綸。
「何もしなくていいよ。ただ、僕に合わせてくれればいい」
「あ、合わせる……?」
呪いを遠ざけるために、愛の交歓をする、と白羽は言った。
本当に、白羽は今から、綸と性交をするつもりなのだろうか。突然のことに混乱する頭を、何とか落ち着けて思考する。
正直な話——一緒に暮らすようになって、考えなかったわけでは無い。
隣で眠る白羽の顔を見て、己に情欲が湧いていたことに気付いていた。深夜に一人、自身を慰めたこともあった。
ただ、綸には悲しいほどに、恋愛経験がない。自分は男色家なのか、白羽だからなのか。この気持ちがどういうものなのか、自分でも解らなかった。
抱けるか、抱けないか、と聞かれたら——抱けると思う。
すると、問題は、やはり経験がないことだ。
知識はあるにはある。身体の構造についても、常人よりは詳しいはずだが——。
「ねえ、何、難しい顔をしているの? 大丈夫。女とするとの、そう変わらないからさ」
白羽は、覗き込むように、じっとこちらを見てくる。ふと、白羽の大きく開いた胸元に、自然と目がいった。
白い胸の上に、うっすらと、桜のような紋様の痣が見える。
その視線に気付いてか、白羽が指で自身の痣に触れる。
「ああ、これ? 見せたことなかったよね。これが、『呪いの証』さ」
乾いたように笑い、白羽は続ける。
「気持ち悪い? 僕のこと嫌になった? それならやめるけど」
「そっ、そんなことはないぞ! 少々驚いたが……むしろ、綺麗だ」
本心だった。白羽に、上手く伝わったかは解らないが。
「ふふ、じゃあ、遠慮なく」
白羽の顔が近づく。目を閉じると、再び唇と唇が触れ合った。
他人の唇というのは、こんなにも柔らかいのなのだな、と。思ったよりも冷静な自分に少し驚きつつ。
「綸、上手」
「じょ、上手って……初めてだからよく解らんのだが、接吻に上手とか下手とかあるのか?」
「解らない、僕も初めてだから。でも、褒めたくなった」
「何だそれは」
「ふふ、可愛いね、綸」
そう言って白羽は、綸の胸の上にぴとりと頭を乗せた。
「ああ……綸とえっちなこと、しちゃったね」
「……うん?」
綸は固まる。白羽は満足そうな顔をしている。
「あの、白羽?」
「なあに?」
「続きは?」
「続きって、なあに?」
「その……性行為をするのでは、なかったのか?」
「えっちって……口付けして、肌を寄せ合えばいいんだよね?」
綸は思わず頭を抱えた。
——ああ! 俺の馬鹿! 白羽に一般的な常識がないのは解っていたのに!
恥ずかしい。勝手に期待して緊張して。穴があったら入りたい。
「どうかした?」
白羽が純真無垢な顔をして聞いてくる。
「大丈夫だ、問題ない」
綸は深呼吸して、己を落ち着かせた。
ほんの少し期待してしまったが、こうやって寄り添うだけでも充分幸せではないか。
白羽が己の胸に顔を擦り付ける。くすぐったいが、彼の存在を感じられて胸が一杯になる。
「白羽……」
そっと白羽の髪をすくい、顔を確認する。
すると何故か、白羽の赤い瞳からはぽろぽろと大粒の涙が流れていた。
「ど、どうして泣くんだ、白羽! どこか痛いのか!?」
焦る綸だが、白羽はううん、と首を振った。
「嬉しいんだ。とっても嬉しくて。ああ……どうせ死ぬなら、今、死にたいな。心中をする恋人たちの気持ちが、今なら解る気がするよ」
「馬鹿を言うな、白羽。嬉しいなら笑ってくれ。幸せなら生きてくれ。俺は、お前となら、どんな困難も乗り越えられる……そう、信じられる」
「うん……」
白羽の涙を拭い、笑って見せる。すると、白羽も笑顔になって言う。
「ありがとう、僕の神様」
「……神様? 俺は、そんな大層なものではないぞ。だが……何だ。その、一応、性交? をしてしまったからには……責任を取らなくてはいけないな」
綸は一呼吸置き、そして告げた。
「結婚しよう」
その声は、寝室内に妙に響いた。白羽は、ぽかんと口を開けて固まっている。
「……おい、何か言え」
一世一代の告白をしたつもりだったのだが。徐々に恥ずかしくなり、顔に熱が集まり始める。
「僕、女じゃないんだけど?」
「それは解っているが……まあ、気持ち的に、だ。お前の初めてを奪ったのは事実だ。だから、その……」
言い淀んで、もう一度、覚悟を決める。
「白羽! 俺のお嫁さんになってくれ!」
「いいよ」
「ほ、本当か!?」
「うん」
心の中で、拳を握り締める。さやかに輝く月が、己を祝福してくれているような気がした。
「そうだな。それならまず、二人で住むところを決めないとな。ここでずっと暮らしてもいいが、もっと都会の方が、いろいろ便利だろうか?」
「僕は、ここでもいいし、帝都でもいいよ」
「帝都は……そうだな。桜郷の近く以外なら、いいかな。勝手に出てきてしまったこと、至さんは怒っているだろうな。もう、陰陽師はやれないだろう。大学も……ああ、どうしようか」
「……ごめんね、僕のせいで」
「いいんだ。俺が好きでやってるんだからな」
陰陽師じゃなくてもいい。医者じゃなくてもいい。最早、何者にもなれなくても構わない。子どもの頃から描いていた夢や理想はあったはずなのに、白羽に会う前の自分のことを、忘れてしまったみたいだった。
「俺は、お前を絶対に守る。俺は……お前しかいらない」
「……嬉しい」
天使みたいに微笑んで、綸の胸に頬ずりをする白羽。
「今日はこうして、だっこされたまま寝ていたい」
「いいぞ」
「うん、ありがとう」
白羽の頭の重みが、愛おしかった。
守るものができた。信じるものができた。自分の命よりも大切な命ができるというのは、こんなにも幸せなことなんだと知った。
——俺はもう、一人じゃない。
「おやすみ、白羽」
白羽の額に口付け、綸は目を閉じた。




