表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/32

第24話 蜜月 弐

 それからりん白羽しらはは、ずっと一緒だった。


 贅沢はできないが、満たされた日々。白羽が傍にいる。それだけで綸は、帝都に住むどんな富豪よりも幸せだと思った。


 月日はあっという間に経ち、霜月へ。


 綸は今日も朝から、大叔父の残した資料を読み漁っていた。


「綸、大丈夫?」


 後ろから白羽の声がして、振り返る。茶を持ってきてくれた白羽が、心配そうに綸を見つめていた。


「ああ、大丈夫だ。ありがとう、白羽」


 一度手を止め、白羽の淹れてくれた茶を飲んだ。


「……綸。とても疲れてる顔してる。休んだ方がいいよ」


「いや、もう少し頑張らせてくれ。桜郷について書かれている資料が、何処かにあるかもしれないんだ」


「でも……」


 何かを言おうとしたのを静止するように、綸は白羽の頭を撫でた。


「ありがとう、白羽。心配してくれて。でも、時間がないんだ」


「……うん」


 しょぼんと肩を落とし、白羽が部屋を後にする。


 一息ついて、綸は再び資料と睨み合う。


 鎮魂祭ちんこんさいは、もうすぐだ。


 白羽がいなくなったことは、既に神主たちにも伝わっただろう。追手が来ることを懸念していたが、現在までにそういったことはない。


 白羽は、ここにいれば安全だ。


 だが、このままでは、桜郷さくらごうに大災害が起きてしまうかもしれない。


「何かないのか……桜郷の、土地神についての記録が……!」


 祈る思いで、綸は次の紙束を手にする。


 ふと、目に飛び込んできた、表題。


 ——桜郷、土地神『桜之御中主神さくらのみなかぬしのかみ』ノ伝承。


「桜之御中主神……? 禍津桜神まがつさくらのかみじゃないのか?」


 疑問に思ったが、とりあえず資料を読み進めていく。


 そこに書かれていた内容は、綸が神主から聞いた話とは、少し異なっていた。



 ——桜郷に伝わる、土地神。その名は、桜之御中主神。


 主は人によく似ており、その性格は、純真無垢であった。


 燃えるような赤い髪をした美しい人の姿で現れ、人と関わることを好んでいた。


 主は、多くの人に愛された。その愛に応えるべく、主は、桜郷に実りをもたらした。


 桜郷には、実りの秋に咲く、特別な桜の木が存在した。


 それこそが主の力の源であり、人々から崇められるほど、その力と、美しさを増した。


 主は、人と触れ合い、結果として、一人の女と子を成した。


 御子は神と人、両方の気質を併せ持ち、優しく聡明で、その力を惜しみなく人々のために使った。


 それをよしとしなかったのが、桜郷の呪師、霊部たまべ


 御子の奇跡の力を目にした人々が、霊部の呪は『不当である』と言い始めたのだ。


 追い詰められた霊部の長は、遂には御子を殺してしまう。


 御子が殺されたことを知り、母である女は発狂した。霊部を恨み、霊部を追い詰めた人々を恨んだ。


 この世の全てを呪いながら、女は主の桜の木の前で自害した。


 女の血を吸った桜の木は、呪われた。


 地上を揺らし、川を氾濫させ、多くの人の命を奪った。


 主は、桜の木が血色に染め上げられたことで、力を失った。


 桜の木は、後に『禍津桜神』と呼ばれるようになり、人々に恐れられるようになった。


 禍津桜神は今も尚、霊部の血を求めている。


 主は、待ち続ける。


 忘れられたその名が、再び、呼ばれることを——。



「これが本当なら……禍津桜神は神様なんかじゃない。人の呪い、そのものなんだ!」


 声高に言い、思わず立ち上がる。


「……綸?」


 綸の声を聞いてか、白羽が部屋を覗きに来る。


「白羽、これだ! ここに書かれていることが本当なら……桜郷を救えるかもしれない!」


 白羽の肩を掴み、興奮したまま言葉を続ける。


「本物の、桜郷の土地神様は他にいるんだ! それを見つけることが出来れば……呪いを消すことができるかもしれない……!」


 綸は白羽の目を、じっと見つめる。白羽は目を見開いて固まった後——ぽつりと口を開く。


「それで……その、本物の神様って言うのは、どこに行ったら会えるのかな」


「それは……これから、探す!」


「……もう、お祭りは明日だよ?」


「わ、解っている! だから、祭りが終わるまでここにいよう。その後、桜郷に戻って、本物の土地神様を探しに行こう!」


「……大災害は、それを待ってくれるのかな」


 嘲笑するように、白羽が言う。


「白羽……?」


「ありがとう、綸。僕のために必死になってくれて。でも、いいんだよ」


「何がいいもんか! 俺は必ず、お前を救う! 桜郷の人も救う!」


「僕は幸せだよ、たとえこのまま、死んでもね」


「馬鹿を言うな! そんなの俺が納得できない!」


「我儘だなあ、綸は」


「……どうして!」


 半ば強引に、白羽を己の腕の中に包み込む。腕に力を込め、白羽を離さまいと、抱きしめた。


「……痛いよ?」


 白羽が、くすりと笑う。


 ——どうして。


 どうして、そんな風に笑えるんだ。


 やっと、あの部屋から出ることができて。毎日、楽しそうにしていたじゃないか。


 海を見て、瞳を輝かせて。綸のの大したことない飯で、あんなに喜んで。


 これからもっと、色んなことを知ってほしいのに。


 白羽が犠牲になって、良い訳がない。


 だから、どうか——。


「生きることを、諦めないでくれ……!」


 己の頬を、涙が静かに伝う。


 白羽はしばらく黙った後、小さく、うん、とだけ言った。


◆◇◆


 草木も眠る、丑三つ時。


 隣から小さく声がして、白羽は目を覚ました。


「東海の神、名は阿明。西海の神、名は祝良。南海の神、名は巨乗……」


 綸の、百鬼夜行を避けるという、秘咒だ。


 こうして綸は、この一か月。夜中に何度も起きては、白羽に集まる呪いを祓っていた。


 日に日に隈が深くなる、綸の顔。


 もういいよ、って、何度も言った。


 自分なんか諦めて、生贄として差し出しちゃえば楽になれるのに。桜郷の人々も、数十年は安心して暮らせるのに。


 綸は、優しすぎる。


 一人で抱え込んで、全てを救おうとしている。


 そんな、物語の主人公みないなこと、現実にはできるはずかないのに。


 輪と暮らした日々は、本当に楽しかった。


 まるで新婚さんみたいで、白羽も浮かれてしまっていた。


 この幸せが、ずっと続けばいいのに。


 でも、それじゃあ、駄目なんだ。


 このままでは、綸が壊れてしまう。


 そんなことになったら——自分自身を、一生、呪ってしまう。


「綸……まだ、起きてるの?」


 隣に敷かれた布団に顔を向けると、油灯を消そうとしていた綸と目が合った。


「白羽? すまない、起こしてしまったか?」


「ううん。たまたま起きただけ」


「そうか……まだ夜だ。ゆっくり眠っていろ」


「綸は寝ないの?」


「俺は、大丈夫だ」


 ほら、また——大丈夫、って言う。


 ここに来てから、何度、綸の『大丈夫』を聞いただろうか。


 白羽を安心させるつもりなのか。自分に言い聞かせているのか。


 そうやって、いつまでも、子どもみたいに扱うから。



 ——もう、実力行使に、出るしかないよね?



 白羽は布団から出て、綸の左手首を掴む。


「うん? 何だ? 白羽」


 油断しきっている綸を、そのまま強く押し倒した。


「うわっ!」


 驚いた声を出す綸を無視して、掛け布団をほうり出す。組み伏せてその上に跨り——ニヤリと微笑んで見せた。


「……白羽? 一体、どうしたんだ?」


 不思議そうな顔をして、綸が口にする。


「ねえ、綸。ここ一か月、僕の呪いを祓わなきゃいけないからって、まともに寝てないでしょう?」


「そ、それは……その……」


「一つだけ、方法があるんだ。秘咒以外に、僕に集まる呪いを、しばらくの間、遠ざける方法が」


「そんなものがあるのか?」


「うん」


「それは……何だ?」


 白羽はできる限り妖艶に笑い、そして告げる。


「愛の交歓こうかんをするの」


「……はい?」


 引きつった笑顔を浮かべる綸。


「あれ? 解らなかった? 性行為をするって意味なんだけど」


「いや! 解ります! 解りますけど! 白羽さん!」


 綸は何故だか敬語で答える。何処に置いたらいいのか迷っているのか、手をばたばたとする。


「聞いたことないかな? 呪いの元である、怨霊とか生霊っていうのは、『強い生命の力』を嫌がるんだ。だから、性行為や排泄など、生命の生きる『証』を見せつけると、嫌がって、しばらくは寄ってこないのさ」


「おっしゃる意味は解りますが……俺と、白羽が? するのか?」


「うん」


「…………」


 顔を覆って、黙る綸。


 未経験だろうなとは思っていたけれど、こんなに反応されると、少しからかいたくなってしまう。


「僕とするのは……嫌かい?」


 瞳を潤ませ、わざとらしく聞いてみる。


「いや! 嫌じゃないけど!」


「それなら……いいよね」


 綸に覆い被さり、そっと唇を触れ合わせる。


 綸は逃げることなく、それを受け入れてくれた。


 今、この瞬間なら——死んでも構わない。


 心からそう思えるぐらい、幸せだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ