表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/32

第20話 土地神 弐

霊部たまべの家は……ここで、あっているだろうか」


 さくらに言われた通りに細道を抜けると、そこにはぽつんと一軒、長屋が建っていた。


 言われなければ、大きな家の裏に道があることなんて解らなかった。まるで隠れ家のように建てられたその家は、どこか懐かしく、神聖な雰囲気があった。


 意を決し、玄関の扉を叩く。暫くすると、中から人の足音が聞こえてくる。


「……はい。えっと、どちら様でしょうか……?」


 姿を現したのは、身なりのきちんとした、四十代ぐらいの男だ。


 少しやつれて見えるが、目鼻立ちは整っており、どことなく、白羽しらはに似ていると思った。


「突然来てしまって、すみません。俺は陰陽師……をやっている、赤銅綸しゃくどうりんと申します」


「陰陽師……? 至さんの、知り合いですかね?」


「ああ、至さんをご存じですか。俺は、至さんの弟子、みたいなものです。櫻神社の神主さんを探して、ここに来たんですけど」


「ああ、それなら。私が神主です。ほら、立ち話もなんですし。どうぞ」


 神主は綸を中へと案内する。広い和室はがらんとしていて、貴重品の類は置いていない。普段の、神主の質素な暮らしぶりが見て取れるようだった。


 中央に置かれた長机の前に座ると、神主が梅昆布茶を出してくれる。


「こちら、よかったらどうぞ。で、赤銅さん……でしたよね。今日は、至さんの使いで来たのでしょうか?」


「いえ。今日は、俺の個人的な用事で来ました」


「そうですか。何か私に、答えられることはありますでしょうか」


 おっとりとした声で、優しい笑顔を向けられる。綸は一呼吸おいて、単刀直入に言う。


禍津桜神まがつさくらのかみの……呪いを解く方法を、探しています」


「……それは、一体……」


 神主の表情が、みるみるうちに凍り付く。


「白羽って……貴方の息子ですよね? 俺、親しくさせてもらっています」


「……白羽が、ですか」


「もうすぐ、桜郷さくらごうでは鎮魂祭ちんこんさいがあって、白羽が……生贄として差し出される、儀式が行われると聞いています。貴方たちは、本当にそんなことをやるつもりなんですか?」


 しばらくの間、沈黙が流れる。


 神主は茶を一口飲んだ後、静かに口を開く。


「……禍津桜神の呪いは、本物です」


「本物……とは?」


「二十年に一度。禍津桜神の力が強まる周期で生贄を捧げないと、桜郷は大災害に見舞われるのです。江戸時代中期。一度だけ、鎮魂祭を行わなかった年がありました。その年は大地震が起き、洪水により飢饉が起き……たくさんの人が、亡くなりました」


「だから……この土地を守るために、白羽に全ての責任を押し付けると?」


「仕方ないんです!」


 神主は叫ぶように言った。真っ青な顔をしていて、手は小刻みに震えている。


「白羽は、生まれた時からそういう運命だったのです! 私は、儀式を行わなければいけないのです!」


「白羽の呪いを、解く方法を探したりはしなかったんですか?」


「探しました! 私の父も、そのまた父も……でも、そんなものは見つかりませんでした。霊部の人間を差し出し続けない限り……禍津桜神は許してくれません」


「貴方は、本当にそれでいいんですか!? 白羽を……殺せるんですか!?」


「それが私の、使命です……」


 再び、沈黙が訪れる。


 やがて神主は諦めたように、話し始める。


「今からもう、千年以上も前の話です。桜郷に人が住むようになるよりずっと前から、禍津桜神はそこにいたと聞きます。禍津桜神は、最初は悪神ではなかった。赤い髪をした美しい男性の姿で現れ、人と同じように豊かな心を持ち、人と触れ合ったといいます」


「そんな神様が……何故、人を恨むようになったんです?」


「人と触れあい、暮らしていた禍津桜神は、やがて一人の少女と恋に落ちたといいます。そして少女と禍津桜神の間には、子どもが生まれたのです」


 神主は苦しそうに溜息を吐き、続ける。


「その子どもは人ならざる力を持っていて、その性格は、悪辣だったといいます。きっと、その子が大きくなったら、我々を恐怖で支配するだろうと、人々は怯えました。ですから、その土地で一番権力を持っていた人物……私の、子孫にあたる人です。その者は、取り返しのつかないことが起きる前に、神と少女の子どもを殺してしまったのです」


「そんなことが……本当に?」


「はい。子どもが殺されたことにより、禍津桜神はひどく怒りました。次々と大災害が起こり、人々は絶滅寸前まで追い込まれます。そこで人々は、禍津桜神の怒りを鎮めるために、私の子孫にあたる人物を殺し、血を捧げました。それにより、災害は収まり、人々は平和を取り戻したかのように思えました。ですが、呪いは続いていたのです。二十年に一度ぐらいの周期で、思い出したかのように禍津桜神は災害を起こしました。そして、丁度それと同じぐらいの時期に、私の子孫の家系には、左胸に桜紋様の痣のある子どもが生まれたのです。その子どもは、不幸を引き寄せました。禍津桜神の呪いを受けているとされ、周りから疎まれ、ついには生きたまま地下に埋められてしまったのです。すると、どうでしょう。それまで続いていた災害が止んだのです。だから、二十年に一度、人々は鎮魂祭で、桜紋様の痣を持つ者を差し出すようになりました。それが土地神である、禍津桜神の怒りを鎮める、唯一の方法なんです」


 あまりに現実味のない話に、目眩を覚えた。


 だが、神主は、嘘を言っているわけではないだろう。つまり、このままだと白羽はあと一か月で——生き埋めにされるということだ。


「私は、もう、何年も白羽に会っていません。情が移らないようにと、会うことを禁止されているのです。なので、私は、儀式を行います。理解してください、赤銅さん。我々が生きるためには、必要なことなんです……」


 神主は立ち上がると、障子戸に手をかける。


「そろそろ、お帰り下さい。至さんか花仙楼の楼主に聞いたのでしょうけど、この場所を教えるとは意外でした。私が櫻神社の神主だということは、公には隠されていますから」


「え? ああ……ここのことは、さくらから聞きました」


「さくら……とは?」


「知っているでしょう? 赤い髪をした、小さな男の子です。神主さんと、関係者って言ってましたけど……」


「赤い……髪!」


 そう言うと、神主は頭を抱えて蹲る。


「ちょ、ど、どうしたんですか!?」


 傍に寄って顔を覗き込むと、神主はひどく怯えたような顔をしており、ぶつぶつと独り言を言っている。


「ああ、恐ろしい……恐ろしい……禍津桜神はお怒りだ……恐ろしい!」


 異様な姿に、それ以上は何も言うことが出来ず——。


 綸は、神主の家を後にしたのだった。



 すっかり日が落ちた頃。綸は一つの決意を胸に秘め、花仙楼かせんろうに向かっていた。


 足取りは、いつもより鈍い。その理由は、右手に担いだ大きな荷物のせいだ。


 遊郭は、普段通り賑わっている。綸はこっそりと裏口から、花仙楼に入り込んだ。三味線の音や、人の笑い声。目に映る人々は、皆はしゃいでいる。


これならば、誰も、綸のことは見ていないだろう。速足で庭へと移動して、茶室裏の階段を降りていく。


 トントン、と、自分の足音が響いていく。それを一音一音聞きながら、覚悟を決めていく。


「綸かな? 今日は遅かったね」


 投げかけられる、愛しい声。


「ああ、白羽しらは。昼間に来れなくて、悪かったな」


 綸は平然を装い、口にする。


「今日は来ないのかと思ったから、嬉しいよ。またお手紙を書いたんだ。受け取ってくれるかい?」


 白羽は嬉しそうに綸を見る。潤んだ紅玉の瞳は、いつ見ても綺麗だ。


「ああ……その、白羽。少し、格子こうしから離れてくれるか?」


「え? 何でだい? まあ、いいけど」


 不思議そうな顔をしていたが、白羽は素直に格子から離れ、背後の壁にもたれかかる。


「こうかい?」


「ああ……それでいい」


 綸は右手に担いでいた、風呂敷で包んでいた荷物をほどく。姿を現したのは——薪割りに使うような、三十寸ほどの斧だ。


「白羽、どいてろよ!」


 綸は斧を構える。一呼吸おいて、そして叫ぶ。


「はああああああっ!」


 木でできた格子に向かって、ズドン、と、斧を振り下ろす。音を立てて砕ける格子に構わず、綸は何度も何度も、斧を振り下ろす。


 白羽はその一部始終を、ぽかんと口を開け、見守っていた。


「……はあっ、はあっ!」


 格子には、人一人が通れるほどの、大きな穴が空いていた。手にした斧を投げ捨て、綸はその穴から、白羽に向かって手を伸ばした。


「白羽……ここから出るんだ!」


 状況が理解できていないのか、白羽はしばらく、固まっていた。迷うように左右を見回し、おずおずと右手を出そうとしてくる。


「一緒に、逃げよう!」


 綸は半ば強引に、白羽の手を取った。


 白羽はひどく困った顔をしていたが、その手が振りほどかれることはなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ