第19話 土地神 壱
「さくらはね、お菓子が大好きなの。でも、どんなお菓子でもいいわけじゃない。口の中がもそもそするのは駄目。餡子が特に好き。おはぎとか、どら焼きとか、羊羹とか、そういうものを用意する。それを持って拝殿に行けば、必ず会えるから」
澪が教えてくれたさくらに会う方法は——それだけだった。
もっと、日にちとか、時間とか、何処に住んでいるとか、そういうことが聞けると思っていたのだが。
だが、澪は自信満々で、それ以上は何も言わなかった。
二人と別れた後、綸は松村屋へ行き、おはぎを三つほど購入した。
前回買ったビスケットは、もそもそするから駄目だったのだろうか。本当に、おはぎならば会えるのだろうか。
半信半疑のまま、神社へと戻って来た。
午後のやわらかな光の差し込む拝殿前。人の気配はなく、風が木々を揺らす音だけが聞こえてくる。
今日も、さくらには会えないのだろうか、と、不安が頭をよぎる。
逆に、今までは、運よく会えていただけだったのかもしれない。よくよく考えれば、綸がお気に入りのお菓子を持っているか持っていないかなんて、さくらが知る由もない。
半分諦め、近くの階段に腰を下ろす。包み紙からおはぎを一つ取り出し、口に入れようとした瞬間——。
「おはぎですね。さくらにもください」
急に聞こえてきた、愛らしい子どもの声。
びくりとして顔を上げると、階段の下。こちらを上目遣いに見る、さくらがいるではないか。
「さくら! 探してたんだ! 俺、さくらに聞きたいことがあって……!」
「その前に。さくらにおはぎをください」
「え? ああ、はい。どうぞ」
綸は手にしていたおはぎをさくらに差し出す。さくらはキラキラと瞳を輝かせ、受け取ったおはぎにかぶりついた。
あっという間に一つ平らげた後、綸の膝元を見て、ぽつりと口を開く。
「あと二つありますけど、これは全部さくらが食べていいんですかね?」
「え? そんなにお腹が空いてるのか? なら、全部食べていいぞ」
「そうですか、では、遠慮なく」
さくらは隣に寄ってきて、綸の膝の上にあるおはぎを両手に掴んだ。ぱくぱくと食べ進め、おはぎはさくらの胃の中へと消えていく。
一つぐらい、自分で食べればよかったかな、と、今更になって思いつつ。
ふう、と満足そうに息を吐いた後、さくらは上品に手巾で口元を拭った。
「で? 何ですか? 聞きたいことって」
何処かふてぶてしい面構えで、さくらが口にする。
「ああ……さくら、お前は、ここの神社の、神主と関わりがあるって言ってたよな? 俺、神主に会いたいんだ。どうすれば会えるだろうか?」
「まあ、関わりがあるといえば、ありますけど」
そう言うと、さくらはとてとてと階段を降りる。木の枝を持ち、地面に何やら地図を描き始めた。
「鳥居を出て、坂を下ります。やがて交差点があるので、そこを右に曲がります。そうすると、しめ縄が飾られた大きな家があります。その裏に回って、細道を抜けます。そこに一軒だけある家が、霊部の住んでいるところです」
子どもとは思えないほどにしっかりとしたさくらの説明に少し驚きつつ、綸はその地図を頭の中に刻み込む。
霊部、というのが、神主の姓らしい。つまり、白羽の本名は、霊部白羽ということか。
「ありがとう、さくら。助かった」
「お兄さんは、霊部に何を聞きたいんですか?」
「え? そうだな。櫻神社の土地神の呪い……について、聞きたくて」
さくらに言っても仕方がないのだが、誤魔化すのもよくないと思い、素直に答えた。すると、綸の言葉を聞き、さくらが一瞬、動きを止める。
「それなら、さくらの方が詳しいと思いますけど?」
あまりにも静かなさくらの声に、何故だか背筋がぞわりとした。恐る恐るさくらの方を向くと、金色にも見える薄い瞳が光っているように見えた。
それが何だか妙に恐ろしくて——綸の心臓は早鐘を打つ。
「さくらは……知っているのか? 土地神のこと」
慎重に問うと、さくらは、はい、と返事をする。
「知ってますよ。ここの神社に祀られている土地神ですよね。名を、禍津桜神といいます」
「禍津桜神……」
土地神の名前は、その時、初めて聞いた。
それが、綸がこれから戦うべき、相手の名前——らしい。
「社家……霊部の家に、その、禍津桜神とやらに呪われた子が生まれるっていうのは、本当なのか?」
「本当ですよ。左胸に桜紋様の痣があるので、見れば解りますよ」
「二十年に一度、その、痣のある子が、生贄になるってのは?」
「それも本当ですよ。ああ、そう言えば、そろそろそんな時期でしたね。今度の生贄は、どんな子なのでしょうか。楽しみですね」
くすくすと笑うさくらに、肌が粟立つのを感じる。
自分は、何をそんなに恐れているのだろうか。目の前にいるのは、ただの——子どものはずなのに。
「何故? 神は、人を呪っている?」
「人に、裏切られたからですかね」
「具体的には、どう、裏切られたんだ?」
「さあ……昔のことなので、忘れました」
子どもなのに、どこか老人めいた言い方をするさくら。
「その、神を裏切った、というのは、過去の人々なんだろう? 今、生きている人たち——特に、生贄になる子には、何の関係もないじゃないか。それなのに、呪い続けるのか?」
白羽のことを思い、言葉に熱がこもる。
「はい。だって、呪いがないと、人は何度でも同じ過ちを繰り返すでしょう?」
今度は、自分が、人じゃないみたいな言い方だ。
「つまり……土地神は、まだ、怒っているんだな」
少しの間、沈黙が訪れた後。
「そうですね。怒っています」
と、さくらは答えた。
「生贄を捧げること以外で、神の怒りを鎮める方法はないのか?」
「ありませんね。今年も鎮魂祭で、霊部の人間を頂きます」
そう告げると、さくらはその場でくるりと回り、両手を天に広げる。
「今時、そんな裏事情を知っている人なんて、ごく僅かですよ。そんなことよりもお兄さん、鎮魂祭は、お祭りなんですよ。楽しまないと損です。櫻神社でも屋台が出ます。さくらは、飴細工が欲しいですね」
「そんな……! 犠牲になる人がいるっていうのに、楽しめるわけないだろう! さくら、俺は本気で——」
瞬間——ざわり、と、風が強く吹く。落ち葉が舞い、思わず目を閉じる。
「だって、最初に奪ったのは、そっちですよね」
綸の耳に響いたのは、冷え切った、さくらの声。
はっとして声の方角を振り返った。が、さくらの姿はこつぜんと消えていた。
「……さくら? さくら!」
慌てて名前を呼ぶが、返事は返ってこない。
項垂れる綸の足元には、一枚の、季節外れの桜の花びらが、ふわりと舞い落ちた。




