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第16話 一筋の希望 弐

 時間が空いてしまったので、りん花仙楼かせんろうへと向かった。


「あら、綸さん。こんにちは」


 玄関口を掃除する遣手が、綸に挨拶をしてくれる。


 すっかり顔なじみになってしまったことに少しだけ気まずさを感じつつ、軽く会釈をして建物の中に入る。


 綸は庭を目指して歩いていく。いつも通り、白羽に会いに行くつもりだったのだが——。


「だ~れだ!」


「うわっ!」


 急に後ろから目隠しされ、思わず声を上げる。綸にこんなことをするのは、ここの妓楼で一人しかいないではないか。


「……何だ、アサちゃん」


「正解~! よく解ったな! 愛の力かな?」


 けらけらと笑いながら、漆黒の髪をかき上げる朝菊あさひ。色っぽい仕草に、馬場ではないがほんの少しだけドキドキしてしまう。


「綸くん、最近よく見るな? 今日は何の用だ? 俺に会いに来たの?」


「……アサちゃんに、会いに来たわけじゃない」


「じゃあ、誰に会いに来たんだ?」


「…………」


 白羽に会いに来た、と答えようと思ったが——ふと、考える。


 そう言えば、朝菊と、白羽の話をしたことがなかった。


 朝菊は、白羽のことを何処まで知っているのだろうか。彼が、このままでは長く生きられないことを、朝菊も知っているのだろうか。


「綸くんが言わないのなら、俺が言っちゃうぞ?」


 悪戯そうにニヤリと笑って、朝菊が続ける。


「白羽と……会ってるんだな、綸くん」


 綸は、ああ、と小さく答えた。


「……アサちゃんは、白羽とは、どの程度の付き合いなんだ?」


 問うと、朝菊は、そうだなあ、と腕を組む。


「俺がここに来る前から、白羽はあそこにいたんだと思う。妓楼に来て、一週間が経ったぐらいかな。楼主から紹介があった。白羽はワケがあって地下牢から出ることが出来ないから、たまに会って、色々教えてやってくれってさ」


「じゃあ、この妓楼の男娼たちは、大体、白羽と面識があるんだな?」


「ああ。一度ぐらいは会ったことがあると思うぞ。でもな、白羽はおれらにあまり心を開かないから。特別、仲のいい奴はいないと思う。食事とかの用意は、禿が交代でやっている」


「そうなのか?」


 少し、意外だった。


 白羽は、綸に対しては人懐っこすぎるぐらいだと思っていたから。


「おれたちに食わせてもらってるって、引け目があるのかな。そんなこと気にしなくていいのにな。白羽は、この地で暮らすもの、全てのためにいるのに」


「この地で暮らすものの……ため?」


「ああ……綸くんは、至くんや本人から、どの程度聞いてるのかな。白羽が……あそこから出られない理由とか、あまり生きられないこととか、知ってるのかな」


「なんとなくは、聞いている。何か、神……とやらの呪いがあって、あと少ししか生きられないとか」


「そっか。そこまで聞いてるなら、話してもいいかな」


 朝菊は一呼吸おいて、口を開く。


「白羽はな、もうすぐ、神様に差し出されるんだ」


「差し出される……?」


 白羽が呪いのせいで長く生きられないとは聞いていたが、どうなってしまうのかは誰からも聞いていなかった。


 神様に差し出される、とは、どういう意味なのだろうか?


「綸くんは、一か月後の……霜月の十七日。ここら一帯の神社で、お祭りがあるのは知っている?」


「いいや、俺は桜郷に来て間もないから……」


「そっか。そのお祭りはな、二十年に一度開催されるんだ。『鎮魂祭ちんこんさい』っていってな、桜郷さくらごうの土地神様の怒りを、鎮めるためのものらしい。表では、屋台も出るし、歌ったり踊ったり、華やかな楽しい祭りなんだけどな。裏では……神職の家に生まれた、呪いを受けて生まれた子どもを、生贄として神様に捧げる儀式が行われるらしい」


「生贄……」


 あまりにも非現実的な話だ。因習村でもあるまいし。


 だが、背筋が凍った。


 つまり、白羽は病気でも寿命でもなく——殺されるということだ。


「おれも二十年前は赤ちゃんだし、これは聞いた話だ。でも、現に白羽は、閉じ込められて育てられている。土地神様の生贄になる、そのためだけに生かされてるんだ」


「土地神に、生贄として、白羽を捧げなかったら……どうなるんだ?」


「解らない。でも、大災害が起きるって噂だ」


「何なんだ……それは!」


 思わず、声を荒げてしまう。


「そんな……そんな迷信みたいなもので、白羽が殺されるだなんて! 納得できるか!」


「おれもそう思うよ。思うけど……桜郷で権力を持った、地主や神職の人たちは、迷信だとは思ってないみたいだ」


「何か方法があるはずだ! 白羽が犠牲にならなくて済むような方法が……」


「至くんも、ずっとそれを探していた。だけど、もうあと一か月しかないんだ。このままだと、白羽は神主……親御さんによって、殺される。だから綸くん、お願いだ」


 一度目を伏せ、朝菊は続ける。


「白羽を、どうか諦めないで。綸くんだけは、最後まで白羽の味方でいてやってくれないか」


 漆黒の瞳が、真っすぐに綸を見る。


「……当然だ。そんな、合理的根拠のないもの、俺は信じないからな」


 強い気持ちを込めて、口にした。


「……よかった」


 真剣な表情から一転、朝菊はにこりと笑う。


「あーあ! いいなあ、白羽は。綸くんにそんなに必死になってもらえて!」


 綸の背を、朝菊がぽんぽんと叩く。


「よ、よく解らないことを言うな。誰だって必死になるだろ。人ひとりの命がかかってるんだ」


「そう? ついこの間あったばかりの、よく解らない人間の命なんて、どうでもいいっていう奴の方が多いんじゃない? それよりも、自分と社会全体の安全が大事。だから、鎮魂祭は今に受け継がれてるんだろうよ」


「そういう……ものか」


 白羽一人が犠牲になれば、皆が救われる。大災害が起きないで、皆が安心して暮らせる。


 本当に、皆がそう思っているのなら——綸はこの土地が、大嫌いになりそうだ。


「……ありがとう、アサちゃん、話してくれて」


 深呼吸をして、そして顔を上げる。


 何としてでも、白羽が殺されるのを阻止しなければと、綸は改めて決意する。そのためにはまず、櫻神社の神主に接触しなければ。


「アサちゃん、その……アサちゃんは、櫻神社の神主が、どこに住んでいるかを知っているか?」


「うん? いや、ごめん。神主の情報を知ってる奴は、そうそういないんだ。あそこの家系はこの地では神聖なものとされていて、おれたちみたいなのが接触することは禁止されているんだ」


「そうなのか……やはり、さくらに会うしかないかな」


「さくら、って?」


「アサちゃんは知らないか。櫻神社によくいる男の子だ。神主家の関係者らしい」


「へえ……そうなんだ……?」


 朝菊は、不思議そうに首を傾げる。

 綸は壁掛け時計に目をやる。もうすぐ申の刻だ。さくらが遊びに来ているかもしれない。


「じゃあ、俺はこれで。アサちゃん。また来る!」


「うん、綸くん。頑張ってな」


 朝菊に手を振り、綸は玄関口へと向かっていった。


「……ねえ、あいつ、使えるんじゃない?」


「えー、本当にい?」


 背後から、そんな声が聞こえた気がした。


 だが、特に気にすることなく、綸は妓楼を後にしたのだった。



 櫻神社の鳥居をくぐると、目に飛び込んでくる美しい紅葉。風は冷たく、空気は澄んでいる。


「さくら~、いないか? さくら~?」


 手にビスケットの箱を持ち、辺りを見回してみる。だが、辺りに生き物の気配はない。猫や鳥の姿すら、見つけることができなかった。


「今日は……遊びにこないのかな」


 さくらは、毎日ここにいるわけではないのだろうか。とりあえず、日が暮れるまで、待ってみようか。


 拝殿横の階段に腰かけ、一息つく。


 すると——石畳が、こつこつ、と鳴る音が聞こえてくる。足音は、二人分。誰かが、こちらに近付いてくるようだ。


「あ、いた~。りんりん、やっほ~」


 声を掛けてきたのは、肩ぐらいの黒髪に赤い着物を着た、十五歳前後の美少年。その隣には、結った灰色の髪に、浅黄色の着物を着た、同じ年頃の美少年。


 揃いの人形のような愛らしい二人は、花仙楼の新造しんぞうの子たちである。


 りんりん、というのは、綸の事なのだろうか。あまり話したことはないのに、随分とくだけた呼び方をするものだ。


「ああ、えっと……黒音くおんみおだったよな。こんにちは」


 綸が挨拶をすると、二人は何やらこそこそと話をし出す。


「ねえ、こいつ、本当に使えるの? まだ、陰陽師として『へっぽこ』なんじゃないの?」


 自らの灰色の髪を指でくるくると弄びながら、澪が口にする。


「でも、いたるんじゃあ、協力してくれないでしょ、仕方ないよ」


 黒音は綸に向き直ると、邪悪な微笑みを浮かべて続ける。


「ねえ、りんりん。誰か探してるんでしょ?」


「え? ああ……ここの神社によくいる、さくらっていう男の子を探してるんだ」


「みーちゃんがね、さくらと、仲良しなんだ」


 みーちゃん、というのは、澪のことだろう。澪と黒音は、さくらのことを知っているようだ。


「そうなのか? 澪、さくらに会いたいんだが、どうすれば会える?」


 優しく聞いたつもりだったのだが——澪は不機嫌な顔をして、口を開く。


「馬鹿じゃないの?」


「え……? す、すまん……」


 理由も解らず『馬鹿』と言われたが、威圧感に負けて謝ってしまった。


「人にものを聞くときは、それなりの代価を支払うべきでしょ? タダで教えて貰おうと思ってるの?」


「え……? じゃ、じゃあ、どうしたら教えてくれますか……?」


 年下相手に、敬語になってしまった。だが、澪は気を良くしたのか、ふふん、と得意げに笑う。


「さくらに会いたいならさ、おれたちに付き合ってよ」


「付き合う……?」


 聞き返すと、二人は顔を見合わせ、くすりと微笑んだ。


「明日一日、あんたは、おれたちの下僕ね」


 その言葉が、何を意味するのか。その時の綸には、よく解らなかった。


 ただ、他に、方法はないだろう。綸は諦めて、二人の言いなりになることを承諾した。


 だが、その後——後悔する。


 二人の奔放さと、その願いに。


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