第15話 一筋の希望 壱
「式神の種類は三種類あり、思業式神、擬人式神、悪行罰士神と呼ばれる式神がある。思念によって陰陽師が作ったものが思業式神。藁人形や紙を用いた人形に霊力が込められたものが擬人式神。過去に悪行を行った霊などを打ち負かし、服属させたものを悪行罰士神……ああ、駄目だ。ここにも書いてない!」
綸は眼鏡を外し、かすむ目に手を当てる。
もう何時間、机に向かっていただろうか。
結局、夜通し秘伝書を読み漁っていた。だが、土地神の呪いを祓う方法は——残念ながら何処にも書いていない。
そもそも、神というものがよく解らない。それは、人間のように意志があるものなのだろうか。それとも、何か超人的な、『力』そのものなのだろうか。
綸は秘伝書を閉じ、立ち上がる。
障子を開けて、庭に出る。朝の冷たい空気を吸い込むと、徹夜明けの頭のもやもやが晴れていくようだった。
冷静になって、再び思案する。
敵と戦うためには、まず、敵を知らなければならない。
桜郷の『土地神』というものについて、知識を得る必要があるだろう。至に聞くのが一番いいのかもしれないが——自分で考えろ、と言われてしまった手前、頼りたくない気持ちがあった。
白羽は、櫻神社の神主の長男と言っていた。
神主というのだから、今もきっと、櫻神社に奉仕しているはずだ。神主ならば、きっと土地神にも詳しいだろう。
「櫻神社には神主が常駐するような建物が見当たらないよな。何処に行けば、神主に会えるだろうか……」
呟いて、ふと、思い出す。櫻神社で出会った、小さな男の子・さくらのことだ。
神主の子ではないというが、関係者だと言っていた。つまり、さくらに聞けば、神主について知れるはずだ。
「そうだ! さくらに……会いに行こう!」
時は、卯の刻始まり。さすがにさくらはまだ神社にはいないだろう。
正午より少し早めにここを出て——今度こそ、シケてる、と言われないように、菓子を買って神社に行こう。
綸は己の頬を叩き、前を向く。
白羽を、死なせてたまるものか。綸は陰陽師なのだ。呪いを祓い、人を助けるのが綸の仕事だ。
本来の将来設計とはだいぶ違ってしまったが、これも何かの縁なのだろう。
——待っていてくれ、白羽。必ず俺が、君を助ける。
心の中で強く念じて、綸は寺の掃除に取り掛かった。
*
正午前。綸は松村屋の前で、一人悩んでいた。
松村屋は、桜郷で一番立派な菓子屋だ。団子、餅、羊羹はもちろん、煎餅、更にはカステラまでも売っている。
さくらは、どんな菓子が好みなのろうか。
正直に言うと、綸は甘いものが得意ではない。どれが美味しそうかと言われても、あまりピンと来ない。唯一、美味いと思う甘いものは、こしあんのおはぎだけだ。
「お兄さん、誰にお菓子を買っていくんだい。恋人かな?」
あまりにも綸が悩んでいるものだから、店主の老婆が話しかけてくる。
「いや、小さい男の子なんですけど。どんな菓子が好きなのかなって……」
「それなら、ビスケットはどうだい。素材の味そのままだから、赤ちゃんも食べられるよ」
「そうなんですか、じゃあ、それにしようかな」
綸は可愛らしい箱に入ったビスケットを手に取り、店主に二銭を手渡す。
「ありがとう、お兄さん。また来ておくれ」
老婆はそう言って、綸を見送ってくれた。
菓子を手に入れ、颯爽と櫻神社へと向かう。道なりに暫く歩くと、真っ赤な鳥居と、木々が見えてくる。礼をすることなく鳥居をくぐり、境内へと足を踏み入れる。辺りはしんと静まり返っていて、風で揺れる葉の音だけが耳を刺激する。
「さくら……さくらはいるか?」
拝殿の前で、辺りを見回しながら声を掛ける。
いつも、急に現れ、急に消える、さくら。
木の陰や、賽銭箱の裏も探してみるが——さくらの姿は見当たらない。
「さくら~? ほら、今日はお菓子を持ってきたぞ~? ビスケットだ。さくら~?」
だが、いつまで経っても、さくらは出てこない。
今日は、いないのだろうか。
たしかに、待ち合わせをしたわけではないし、常にここで遊んでいるとは限らない。何故だか会えると思ってきてしまったが、時間を改めた方がいいだろうか。
この間、さくらに会ったのは、申の刻ぐらいだった。そのくらいになったら、また、ここに来てみよう。
拝殿に背を向け、来た道を引き返していく。
至は、櫻神社に祭られている神様が、白羽を呪っていると言っていた。そう思うと、お参りをする気が全く起きない。以前、一度お参りをしようとした時、結果的に、賽銭を持っていなくてよかった。
綸は敵意を込めて、もう一度拝殿に振り返る。拝殿は荘厳と、その場に佇んでいる。
「覚悟しておけ、土地神とやら。俺は必ず、お前から白羽を救うからな」
聞いているのか聞いていないのか、そこにいるのかいないのか。
何も解らない、『神』に向かってそう言い放ち——綸は櫻神社を後にした。




