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第14話 反骨 弐

 辺りは、すっかり暗くなっていた。


 りん青蓮寺せいれんじに戻り、自室の真ん中で転がり天井を見つめていた。


「神様の……呪い、か……」


 ぽつりと呟き、頭を掻きながら上体を起こす。


 白羽は、諦めている。


 己の呪いを受け入れ、あの場所で永遠に暮らすつもりなのだ。


 だが、綸は、受け入れられない。


 神様なんて、そんな不確かなものに縛られ、あんな非人間的な扱いを受けるだなんて。


 何とかして、白羽をあそこから出すことはできないのだろうか。綸は必死で考える。考えるが、何も浮かんではこない。


 すると、部屋の外。廊下から、足音が近づいてくる。


 ぱん、と、勢いよく襖が開けられる。姿を現したのは、いつも通り、紺色の着流し姿のいたるだ。


「何か用ですか? 至さん」


 綸は姿勢を正し、至を見上げる。


 至は綸を冷たい目で見た後——静かに、口を開く。


「お前、白羽と会ってるだろ」


 びくん、と身体が跳ねる。


「どうして……ですか」


「楼主から聞いたんだよ。ここ一か月、毎日のようにお前が妓楼の開店前に来るから不思議に思っていたら、白羽の部屋に行っているようだ、ってな。あそこは、関係者以外は立ち入れないようにしてあったんだが……まあ、お前じゃ、しょうがねえか」


 まさか——白羽と会っていることが、至にバレていたなんて。


 いや、何となく隠していたが、別に白羽と会うだけなら、何の問題もないのではないか。朝菊と白羽も面識があるようだったし、存在そのものを隠されている訳ではないはずだ。


「会っていたら……何か、問題でもあるんですか」


「問題って訳じゃねえ。だが——」


 至は一呼吸置き、そして続ける。


「白羽に深入りするな。これはお前のために言っている」


「……何で、至さんにそんなこと言われなきゃいけないんですか?」


 僅かに沸いた怒りを込めて、至のことを睨み付ける。綸は至の弟子ではあるが、至に交友関係にまで口出しされる覚えはない。


「白羽に呪いがかかっていることは、本人から聞きました。でも、会うだけなら何も問題ないですよね?」


「問題はない。だが、白羽と仲良くなりすぎるな」


「どうしてですか? 理由を教えてください」


 至はやれやれ、と首を振り、綸の横に腰を下ろす。懐から煙草とマッチを取り出し、火を付けてゆっくりと吸った。


「……白羽の呪いは、神の呪いなんだ」


 小さな声で、至がぽつりと言う。


「それ、聞きました。その……神様って、俺、信じられないんですけど……」


「お前が信じなくても、神はいるもんだ。白羽に呪いをかけているのはな、この桜郷の……いわゆる、『土地神様とちがみさま』ってやつだ」


「土地神様……」


「お前、櫻神社さくらじんじゃは知ってるか。あそこは、ここら一帯の土地を守護する、神が祀ってある神社だ。白羽は、そこの神主の長男なんだ」


「神職の家に生まれた、ってのは知ってました。そんな子がどうして、花仙楼かせんろうの地下で暮らしているのかなって」


「……櫻神社の社家にはな、代々、生まれた時から、左胸に桜紋様の痣がある、土地神の呪いを受けた子どもができるんだ」


 ふう、と煙を吐き出し、至が続ける。


「神の呪いを受けた子どもは、この世のありとあらゆる呪いを引き寄せる。本人が望まなくても、そこにいるだけで、その子どもの周りには不幸が集まるんだ。桜郷にある寺を線で結ぶとな、六芒星の形になる。その中心に位置するのが、花仙楼だ。花仙楼の地下は、自然の結界になっている。そこで暮らすことによって、白羽の周りに呪いが集まらないようにしているんだ」


「だから……白羽はあんなところに……」


「寺の坊主や楼主、地主たち。古くからここに住んでる奴らは、皆知っていることだ。皆が協力して、土地神の呪いをどうにかしようとしてるんだ」


「白羽があそこにいる理由は解りました。でも、何だって、白羽と仲良くしてはいけないんですか」


「白羽な、白羽はな……」


 至は少しだけ言い淀み、覚悟を決めたように告げる。


「白羽は、あと少ししか生きられないんだ」


 その瞬間——頭が真っ白になった。


「は……? え……? 生きられないって?」


 何故? あんなに元気そうに見える白羽が。


 あと少し、というのは、数年なのか。それとも数カ月なのか。


「何故です!? 白羽は、病気なんですか!?」


「病気じゃねえ。そういう『呪い』なんだ」


「そんなの……そんなの、おかしいです! 呪いのせいで、白羽が死ぬなんて! 至さんや皆は……それを知っているのに、何もしないんですか!?」


「神の呪いは解けるもんじゃねえんだ。たとえ、俺でも、だ」


「嫌です、白羽が死ぬなんて。しかも、そんなわけの解らない、土地神の……呪いでなんて!」


 気が付くと、綸は立ち上がっていた。そんな綸を静かな目で見つめながら、至が口を開く。


「だから、関わるなって言ったんだ。どうにかできるなら、俺だってやってるさ」


 自分の呪いは、生まれてから死ぬまで、このままだと決まっている。そう語った白羽と同じく、全てを諦めたような、そんな言い方だ。


 だが、綸は、納得できなかった。納得して——たまるものか。


「まあ、そういうことだ。だから、白羽に、これ以上、深入りするなって言った。俺は忠告したからな。これを聞いてどうするかは……自分で考えろ」


 至はそう言って、綸の部屋を出ていった。


 静かになった部屋の中に、虫の音だけが響いている。


「……くそっ!」


 拳を握り、思い切り床に叩きつける。


 何が、土地神だ。


 土地神というのなら、その地に住まう住民を守ってくれるものだろう。


 それなのに何故、白羽だけが、呪いのせいで死ぬ、なんて。


 そんなものは認めない。だって、あんまりじゃないか。


 生まれたときから自由はなく、その上、十八歳までしか生きられないなんて。


 そんなの、何のために生まれてきたのか解らないじゃないか。


 もっと、白羽に笑っていて欲しい。三毛猫にだって会ってほしいし、海だって見て欲しい。


 何より——綸は白羽と、もっと一緒にいたかった。


「……駄目だ。こうしちゃ、いられない!」


 綸は机に向かい、至から貰った陰陽道の秘伝書をめくる。


 何か、何かあるはずだ。白羽の呪いを祓う方法が。


 ——俺は運には頼らない。神仏にも祈らない。信じられるのは、己の知識と体力だけだ。


 待っていろ、土地神とやら。


 実在するというのなら、お前の好きにはさせない。


 そして必ず——。


 この手で、白羽を救ってみせる。

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