第13話 反骨 壱
綸 様
いつもお手紙をくれて、ありがとうございます。綸のお手紙のお陰で、最近はとても楽しい気分で過ごせているんだ。
陰陽師のお仕事、お疲れ様です。
大きな民家で、依頼主と奥方と愛人の修羅場に遭遇したというお話、とても興味深かったな。
いや、綸は困ったのだろうけど。僕は思わず笑ってしまったよ。
呪いはよくないものだけど、そんなにも誰かのことを好きになれるって、少し羨ましく思うんだ。
この間、綸が持ってきてくれた、『竹林の精と黄金の魚』を読み終えたよ。
黄金の魚が漁師に教えてくれた、何でも願いをひとつ叶えてくれる竹林の精が、本当にいたらいいのにな。
綸だったら、何を願いますか?
僕だったら、海が見てみたい、とお願いするんだ。海って、青くて、とても広いのでしょう? どんなに凄いのか、自分の目で見てみたいんだ。
最後に、青蓮寺によく来るという三毛猫ちゃん。僕も会ってみたいな。
いつか会えたらいいのにな。まあ、そんな日は来ないと思うけどね。
白羽
*
白羽と手紙のやりとりをするようになって、あっという間に一か月が経った。その間、綸と白羽の手紙は、毎日途切れることはなかった。
内容は主に、綸の陰陽師の仕事のことや、綸が持っていった本の感想。
白羽について、解ったことが増えた。
物語が好きだということ、猫が好きだということ、暗記が得意だということ、餅が好物だということ——。
だが、白羽の『呪い』については、聞けないまま。
今日も綸は手紙を持って、こっそりと白羽のいる地下室への階段を降りていった。
「あ。こんにちは、綸」
部屋の前に行くと、いつもの調子で白羽が声を掛けてくる。
「こんにちは、白羽。今日も、手紙を持ってきたぞ」
「わあい」
白羽は格子の隙間から手を伸ばし、綸の手から手紙を受け取る。
「ふふ、はやく読みたいなあ。今日はどんなことが書いてあるんだい?」
「教えたら、手紙にした意味がないだろう」
「それもそうか。うーん……」
白羽は複雑な顔をしたまま手紙を机の上に置き、丁寧に綸に向き直る。
「あのさ、綸。解らないことがあるんだ」
「ん? 何だ」
「この間の手紙。聞いてないのに、どうして君は、僕が猫が好きだって解ったんだい?」
「ああ、それか。だって、白羽、『犬と猫ちゃん、どっちが好きか』と聞いてきただろう。猫だけ『ちゃん』が付いていた。だから、猫が好きなのだろうな、と」
「そうか! すごいね、綸、探偵さんみたいだ!」
白羽の表情が、ぱっと明るくなる。その顔が見たくて、足繁く通っていると言っても過言ではない。
「本当のことを言うと、犬は実際に見たことがないんだ。猫ちゃんなら、朝菊がここに連れてきてくれたことがあってね」
「そうだったのか。じゃあ、犬も見たら好きになるかもな」
「綸、今日は少しだけ、疲れてる?」
「そう見えるか? 昨日は、夜遅くまで至さんに式神の使い方を教わっていたんだ。あの人は本当に横暴だ。少しでも集中が途切れると張り手を食らう……」
首をこきこきと鳴らし、格子を挟んで白羽の前に座る。こうやって、白羽の前で仕事の愚痴を言うのも、綸の心安らぐ瞬間になっていた。
「そうなの? それで、成果は?」
「……全然、ダメだ」
「まあ、仕方ないよね。一人前の陰陽師になるのは、大変だから。至さんみたいになるには、まだまだ時間がかかるよ」
「至さん……自分のこと、あまり話さないから知らないのだが、もしかして、結構すごい陰陽師なのか?」
「そうだね。帝都で、五本の指に入るぐらいだと思う」
「へえ……やはり、そうなのか……」
ここ一か月、綸は至の仕事についていって、その凄さを思い知った。
至は依頼主に触れるだけで、どういった種類の呪いがかかっているのかを即座に当ててしまう。呪いの種類、というのは、動物の呪いだったり、生きている人間の呪いだったりと——そういったものだ。
そして式神で呪いの『元』を特定すると、さっさとそれを祓ってしまう。
綸は馬場の時、じっくり話し合い、相手の心を浄化させるという手段で呪いを祓ったが、至はそんな面倒なことはしない。何やら呪言を唱え、呪いそのものを無かったことにしてしまうのだ。
至にかかれば、どんな呪いも、ものの数分で消えてしまう。
そんな凄い至でも祓えない呪いが、白羽にかかっているというのだろうか。
「なあ、白羽……」
「ん? 何だい?」
ことん、と首を傾げる白羽。
真っ直ぐな瞳を前に少し躊躇ったが、意を決して告げる。
「白羽の呪いって……何なんだ?」
薄暗い地下に、綸の言葉が妙に響く。
それを聞いた白羽はほんの少しだけ驚いた表情をした後、静かに微笑んだ。
「僕の呪いについて、知りたいの?」
「ああ……前に、言っていただろう。ここから出れない理由は、神様の呪いがかかっているからだって。その、嫌だったら答えなくてもいいんだが……」
綸は白羽から目線を逸らし、そして続ける。
「神様の呪いって……どういうことなんだ?」
ほんの少し、場が凍った感じがした。白羽は薄く笑い、口を開く。
「そのままの意味さ。僕を呪っている相手は……神様なんだ」
まるで、呪われていることが自然だというように——白羽は平然としていた。
「神様って……本当に、そんなものがいるのか?」
「いるよ。神様は、いつも僕たちの傍にいる」
「じゃあ、何でだ? その神様は、何故、白羽を呪うようなことをするんだ。白羽は、何か悪いことをしたのか? 神様に、怒られるようなことを?」
「うーん……僕、というか、僕の先祖、かな」
「先祖? 先祖は白羽とは別人だろう?」
「神様は、そうは思ってくれないみたいだよ」
「何なんだそれは……そんな、白羽は何もしていないのに、呪われるだなんて……」
正直、意味が解らなかった。神様とか、先祖とか。御伽噺でもあるまいし。
ふつふつと、己の中に怒りが湧いてくる。
だが、この怒りは何だというのだ?
綸は、神などという——よく解らないものに対して、怒っているということになるのだろうか?
「優しいね、綸。僕のために、怒ってくれるのかい?」
白羽はにこりと笑い、そして、綸に向かって手招きする。
「おいで、綸」
「……? これでいいか?」
感情を飲み込めないまま、俺は白羽に近づく。
すると、白羽の白い手が伸びてきて、綸の頭を、よしよし、と撫でる。その行為に、綸の中にあった怒りは、どんどん小さくなっていってしまう。
——駄目だ。深刻な話をしていたのだから、もっと真剣にならなければ。
そう思うのに、白羽に触れられるだけで、脳がとろとろと溶けていく感じがしてくるのだから困ったものだ。
「ありがとう、綸。でもね、大丈夫なんだ。僕の呪いは、生まれてから死ぬまで、このままって決まっているんだ。この呪いはね、僕が生きている証だから。だからね、怒らなくていいんだ。綸がこうして会いに来てくれる……それだけで、僕はどの『子』たちよりも、幸せだと思うから」
そう言って笑う白羽は、それこそ、『神様』みたいに、美しくて。
だから、それ以上は何も言えずに——綸は白羽の部屋を、後にしたのだった。




