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第13話 反骨 壱

 りん 様


 いつもお手紙をくれて、ありがとうございます。綸のお手紙のお陰で、最近はとても楽しい気分で過ごせているんだ。


 陰陽師のお仕事、お疲れ様です。


 大きな民家で、依頼主と奥方と愛人の修羅場に遭遇したというお話、とても興味深かったな。


 いや、綸は困ったのだろうけど。僕は思わず笑ってしまったよ。


 呪いはよくないものだけど、そんなにも誰かのことを好きになれるって、少し羨ましく思うんだ。


 この間、綸が持ってきてくれた、『竹林の精と黄金の魚』を読み終えたよ。


 黄金の魚が漁師に教えてくれた、何でも願いをひとつ叶えてくれる竹林の精が、本当にいたらいいのにな。


 綸だったら、何を願いますか?


 僕だったら、海が見てみたい、とお願いするんだ。海って、青くて、とても広いのでしょう? どんなに凄いのか、自分の目で見てみたいんだ。


 最後に、青蓮寺せいれんじによく来るという三毛猫ちゃん。僕も会ってみたいな。


 いつか会えたらいいのにな。まあ、そんな日は来ないと思うけどね。


 白羽しらは



 白羽と手紙のやりとりをするようになって、あっという間に一か月が経った。その間、綸と白羽の手紙は、毎日途切れることはなかった。


 内容は主に、綸の陰陽師の仕事のことや、綸が持っていった本の感想。


 白羽について、解ったことが増えた。


 物語が好きだということ、猫が好きだということ、暗記が得意だということ、餅が好物だということ——。


 だが、白羽の『呪い』については、聞けないまま。


 今日も綸は手紙を持って、こっそりと白羽のいる地下室への階段を降りていった。


「あ。こんにちは、綸」


 部屋の前に行くと、いつもの調子で白羽が声を掛けてくる。


「こんにちは、白羽。今日も、手紙を持ってきたぞ」


「わあい」


 白羽は格子の隙間から手を伸ばし、綸の手から手紙を受け取る。


「ふふ、はやく読みたいなあ。今日はどんなことが書いてあるんだい?」


「教えたら、手紙にした意味がないだろう」


「それもそうか。うーん……」


 白羽は複雑な顔をしたまま手紙を机の上に置き、丁寧に綸に向き直る。


「あのさ、綸。解らないことがあるんだ」


「ん? 何だ」


「この間の手紙。聞いてないのに、どうして君は、僕が猫が好きだって解ったんだい?」


「ああ、それか。だって、白羽、『犬と猫ちゃん、どっちが好きか』と聞いてきただろう。猫だけ『ちゃん』が付いていた。だから、猫が好きなのだろうな、と」


「そうか! すごいね、綸、探偵さんみたいだ!」


 白羽の表情が、ぱっと明るくなる。その顔が見たくて、足繁く通っていると言っても過言ではない。


「本当のことを言うと、犬は実際に見たことがないんだ。猫ちゃんなら、朝菊がここに連れてきてくれたことがあってね」


「そうだったのか。じゃあ、犬も見たら好きになるかもな」


「綸、今日は少しだけ、疲れてる?」


「そう見えるか? 昨日は、夜遅くまでいたるさんに式神しきがみの使い方を教わっていたんだ。あの人は本当に横暴だ。少しでも集中が途切れると張り手を食らう……」


 首をこきこきと鳴らし、格子を挟んで白羽の前に座る。こうやって、白羽の前で仕事の愚痴を言うのも、綸の心安らぐ瞬間になっていた。


「そうなの? それで、成果は?」


「……全然、ダメだ」


「まあ、仕方ないよね。一人前の陰陽師になるのは、大変だから。至さんみたいになるには、まだまだ時間がかかるよ」


「至さん……自分のこと、あまり話さないから知らないのだが、もしかして、結構すごい陰陽師なのか?」


「そうだね。帝都で、五本の指に入るぐらいだと思う」


「へえ……やはり、そうなのか……」


 ここ一か月、綸は至の仕事についていって、その凄さを思い知った。


 至は依頼主に触れるだけで、どういった種類の呪いがかかっているのかを即座に当ててしまう。呪いの種類、というのは、動物の呪いだったり、生きている人間の呪いだったりと——そういったものだ。


 そして式神で呪いの『元』を特定すると、さっさとそれを祓ってしまう。


 綸は馬場の時、じっくり話し合い、相手の心を浄化させるという手段で呪いを祓ったが、至はそんな面倒なことはしない。何やら呪言を唱え、呪いそのものを無かったことにしてしまうのだ。


 至にかかれば、どんな呪いも、ものの数分で消えてしまう。


 そんな凄い至でも祓えない呪いが、白羽にかかっているというのだろうか。


「なあ、白羽……」


「ん? 何だい?」


 ことん、と首を傾げる白羽。


 真っ直ぐな瞳を前に少し躊躇ったが、意を決して告げる。


「白羽の呪いって……何なんだ?」


 薄暗い地下に、綸の言葉が妙に響く。


 それを聞いた白羽はほんの少しだけ驚いた表情をした後、静かに微笑んだ。


「僕の呪いについて、知りたいの?」


「ああ……前に、言っていただろう。ここから出れない理由は、神様の呪いがかかっているからだって。その、嫌だったら答えなくてもいいんだが……」


 綸は白羽から目線を逸らし、そして続ける。


「神様の呪いって……どういうことなんだ?」


 ほんの少し、場が凍った感じがした。白羽は薄く笑い、口を開く。


「そのままの意味さ。僕を呪っている相手は……神様なんだ」


 まるで、呪われていることが自然だというように——白羽は平然としていた。


「神様って……本当に、そんなものがいるのか?」


「いるよ。神様は、いつも僕たちの傍にいる」


「じゃあ、何でだ? その神様は、何故、白羽を呪うようなことをするんだ。白羽は、何か悪いことをしたのか? 神様に、怒られるようなことを?」


「うーん……僕、というか、僕の先祖、かな」


「先祖? 先祖は白羽とは別人だろう?」


「神様は、そうは思ってくれないみたいだよ」


「何なんだそれは……そんな、白羽は何もしていないのに、呪われるだなんて……」


 正直、意味が解らなかった。神様とか、先祖とか。御伽噺おとぎばなしでもあるまいし。


 ふつふつと、己の中に怒りが湧いてくる。


 だが、この怒りは何だというのだ?


 綸は、神などという——よく解らないものに対して、怒っているということになるのだろうか?


「優しいね、綸。僕のために、怒ってくれるのかい?」


 白羽はにこりと笑い、そして、綸に向かって手招きする。


「おいで、綸」


「……? これでいいか?」


 感情を飲み込めないまま、俺は白羽に近づく。

 すると、白羽の白い手が伸びてきて、綸の頭を、よしよし、と撫でる。その行為に、綸の中にあった怒りは、どんどん小さくなっていってしまう。


 ——駄目だ。深刻な話をしていたのだから、もっと真剣にならなければ。

 

 そう思うのに、白羽に触れられるだけで、脳がとろとろと溶けていく感じがしてくるのだから困ったものだ。


「ありがとう、綸。でもね、大丈夫なんだ。僕の呪いは、生まれてから死ぬまで、このままって決まっているんだ。この呪いはね、僕が生きている証だから。だからね、怒らなくていいんだ。綸がこうして会いに来てくれる……それだけで、僕はどの『子』たちよりも、幸せだと思うから」


 そう言って笑う白羽は、それこそ、『神様』みたいに、美しくて。


 だから、それ以上は何も言えずに——綸は白羽の部屋を、後にしたのだった。 

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