第10話 告白 弐
「綸、お前、馬鹿だろ……」
「なっ!? 何故だ!?」
ずらりと本の並ぶ店内で本を物色する綸の隣で、馬場が大きく溜息を吐く。
「だって、これから告白するぞ! ってなって、真っ先に行くのが本屋って……」
「何故だ? 知らないことは本から学ぶしかないだろう?」
「そんな、本の通りに告白したら恋が成就するなら、この世に結ばれない恋人なんて存在しないだろ……」
「そんなことはない! 絶対によい方法があるはずだ! ほら! これだ!」
綸は一冊の本を手に取り、馬場に見せる。
「『恋愛必勝法』って……綸、お前、マジで言ってるのか……」
「お前こそ本気になれ! アサちゃんをモノにするんだろう? 頑張れ!」
「うう……解ったよ……」
馬場は綸の勢いに圧されたのか、渋々と本を手に、店員の元へと向かっていった。
*
「さて、と。まずは自己分析をするぞ。何故、相手のことが好きなのかを、明確にしろと」
櫻神社の階段に座り、綸と馬場は本を読み進める。
「何故って言われてもなあ……一目惚れってやつだからなあ。道中の朝菊さんを見て、『こんなに綺麗な人が存在するんだな』って思って……」
「一目惚れ? もっとちゃんとした理由はないのか?」
「何言ってんだよ、綸。恋ってのは大体、一目惚れだろう?」
「そういうものか?」
「綸……あのさ、もしかしなくても、お前、恋したことないのか……?」
馬場に憐れむような目を向けられ、綸は言葉に詰まる。
「い、いや。一度ぐらいはあるはずだ……多分」
「多分って何だよ。お前には無いんだろ? 恋する相手が頭から離れなくて、何も手に付かなくなったりさ。寝る前に、その人のことをずっと考えたり、今何してるのかな、とか、どんなことをしてきた人なのかな、とか知りたくなることが!」
「それは……」
確かに、無い、と言おうとして、はっとする。
近頃、寝る前になると必ず浮かぶ顔があった。格子の中、布団の上に上品に座って、瞳を輝かせて綸を見る——白羽のこと。
柔らかな金髪に、長い睫毛。雪のように白い肌に、ふわりとした笑顔。天使のように愛らしく、それでいて蠱惑的な瞳。
綸は、彼のことを何も知らない。どうしてあんなところで生活しているのかも知らない。
純粋に、知りたかった。彼のことが、もっと。
白羽のことを考えると、否が応でも思い出してしまう。昨日、己の頬に触れた、白羽の唇のやわらかさを。
彼の白い肌が、細い髪が、次々と思い浮かんできて——頭が沸騰しそうになってくる。
「いやいや、違うぞ。恋なんかじゃない」
ぽつりと、口から出た言葉。
「え、何。俺、何も言ってないけど? もしかしているのか? 綸! いつの間に?」
馬場がにやついた顔で、綸のことを見てくる。
「ええい、煩い! 今は俺のことはいいんだ! お前、これから告白するんだぞ。真面目にやれ!」
綸は熱くなっている頬に、ぱたぱたと手で風を送る。
気を取り直し、恋愛必勝法の頁をめくる。
「えっと……告白する場所は落ち着いた環境で。公共の場や急いでいる時は避けること。告白の言葉は、自分の気持ちを正直に、相手の何処が好きなのか、具体的に伝えるとよい……清潔で整った服装と髪型で、自分に自信を持ち、堂々とした態度で挑むこと。以上だ!」
「以上って言われても……で? 俺は何時、朝菊さんに会いに行けばいいんだ? 金を貯めないと妓楼には行けないし……一か月後、とか?」
「馬鹿を言うな。今からここにアサちゃんを呼ぶ」
嘘だろ、と声を荒げる馬場を無視して、綸は高らかに告げる。
「さあ、馬場。一発で決めろよ……覚悟しろ!」
*
櫻神社の拝殿の賽銭箱の前。馬場が落ち着かない様子で、ぐるぐると歩き回っている。綸は木の陰に隠れながら、朝菊がやって来るのを今かと待っていた。
恋愛必勝法の通り、馬場にはいつものくたびれた着物じゃなく、洋装に着替えてもらった。
大丈夫だ、必ず上手くいく。なんたって、『必勝法』だ。何より、こんなにも協力してやっているのだ。上手くいってもらわねば困る。
上手くいかないと——朝菊の呪いが、祓えないのだから。
しばらくすると、境内に、シャリシャリと、草履の音が響く。音のする方を見ると、まだ髪を結っていない、普段着姿の朝菊が現れる。
「あ、あああああ! 朝菊さん!」
馬場がものすごく言葉に詰まりながら、朝菊に向き直る。
「ああ、えっと。馬場さま……だっけ? 以前は店に来てくださって、有難うございます。正直に言うと、あまり覚えてないんだけどな。あはははは!」
朝菊がけらけらと笑う。馬場は真っ赤になって、何やら手をもぞもぞと動かしている。
「で? 話って、何?」
朝菊の黒い瞳に、馬場が映る。
さあ、今だ——馬場。練習の成果を発揮する時だ。
「と、突然こんな話をして、驚かせてしまったら申し訳ない。あの、俺は……俺は、俺は俺は」
こら。何回、『俺は』というつもりだ。
はやく、『朝菊さんの笑顔や優しさにいつも心が温かくなるんだ。ずっと一緒にいたいと思うようになって、これからも一緒に過ごせたら嬉しいです。僕の気持ちを受け入れてもらえたら幸せです』と言え。
「……好きだす! 朝菊さん!」
馬場から出た言葉は、それだけだった。
綸はがくり、と体勢を崩す。あれだけ練習したのに、何てザマだ。しかも、『だす』とは何だ。肝心な部分で噛むな。
一世一代の馬場の告白に、朝菊は少しだけ驚いたような顔をして、そして告げる。
「あー、ごめん。おれ、本気の関係っていうの? そういうのやってないから。客としてなら、いつでも相手するから。じゃ!」
見惚れるほどに爽やかな笑顔を浮かべ、朝菊はさっさと去っていった。
馬場と綸の間に、冷たい風が吹きすさぶ。
「えっと……何だ、そう、落ち込むな、馬場。まだ、機会はあるさ。今度はもう少し仲良くなってから……」
綸は言葉を選びながら、馬場に近寄る。馬場は下を向いていて、表情は解らない。そんな気まずい空気を打ち壊したのは、思いもよらない声だった。
「あーあ、フラれちゃいましたねえ。さくら、縁結びは得意じゃないのです。縁結びなら、大国主神とかに頼むとよいですよ」
急に、愛らしい声が後方下方から聞こえてきた。
驚いて振り向くと、そこには赤い着物を着た小さな少年——以前、綸に『呪い返しの秘言』を教えてくれた、さくらの姿があった。
「さくら!」
「こんにちは、お兄さん。今日はお菓子を持ってきてくれましたか?」
「あ、えっと、すまん。持ってきてないんだ」
「……貴方、本当にシケてますねえ」
さくらは不満そうな顔をして、馬場をちょんちょんと指でつく。
「フラれたお兄さん、お兄さんはお菓子を持ってますか?」
「え? ああ。飴玉でよければ……」
馬場は懐から飴玉を取り出し、さくらの手に握らせる。さくらは満足そうに微笑むと、飴玉の袋を開け、己の口に放り込んだ。
「綸。俺、朝菊さんにはフラれたけどさ……なんていうか、すごく、清々しい気分なんだ」
ゆっくりと馬場が口を開き、綸の方に身体を向ける。
「やっぱりさ、男娼との恋なんて、上手くいかないに決まってるよな。うん、俺、決めた。朝菊さんのことは諦めるよ。付き合ってくれて、ありがとな、綸」
「馬場……」
「じゃ、また学校で……って言おうと思ったけど、お前、休学してるんだった。まあ、たまには寄宿舎に、顔を見せに来てくれよな、綸」
馬場は綸の肩をぽん、と叩き、最後に耳打ちする。
「お前の恋は、叶うといいな」
そう言って、馬場は手を振り、櫻神社を出ていった。
「……これで、呪いは祓えましたね」
さくらがぽつりと口にする。
「えっ? こんなのでいいのか? 馬場の恋は叶わなかったんだぞ?」
「別に恋が叶う必要はありません。気持ちに整理がつけば、呪いは消えるのです」
「そ、そうなのか……」
さくらの言っていることが本当か嘘かは解らないが、たしかに馬場はすっきりとした顔をしていた。
とりあえず、夜は朝菊の所に行ってみよう。そして、体調に変化があったか聞いてみよう。
「……というか、さくら。君は、何でこんなにも呪いに詳しいんだ? ここの神社の、神主の子とかなのか? さくらは」
「ちょっと違いますね。まあ、関係者であることは確かですね」
さくらが、鳥居の方を見つめる。さくらの目線を追って、綸も鳥居の方を向いた——その瞬間。
前に会った時と同じように、さくらの姿はこつぜんと消えていた。
「さくら? えっ? 何処にいったんだ? さくら?」
まさか、人間が突然消えるわけがない。どこか近くに隠れて、こっそり綸を見て楽しんでいるのだろうか。そう思って辺りを見回してみるが、さくらは何処にもいない。
——何というか、不思議な子どもだ。
姿形が変わっているのもそうだが、まるで人間じゃないみたいな、そんな雰囲気がある。
綸は結局さくらを見つけることができず、諦めてその場を後にしたのだった。




