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もしもアラカン警備員が美少女になったら

TSしてしまった警備員の、ほんのり楽しい日常をお楽しみください。

◇警備員・八神晶の日常


 八神晶、五十五歳。職業・警備員。市内のS&G警備保障株式会社に所属する。社歴はまだ五年目だが、警備員としての経験は今年で三十年になる大ベテランだ。座右の銘は「上善如水」

 経験年数だけではない。施設警備業務検定一級、交通誘導警備業務検定一級、警備員指導教育責任者一号、二号、四号の資格を持つ(指導教旧資格からの切り替え講習の時、三号を選択しなかったことを未だに後悔している)。二号業務の管制や営業、更には営業所長も経験した。ほかにももうひとつ珍しい資格を持っているのだが、特定防止のためそれは伏せる。

 同社警備部長のヘッドハンティングを受けて四年前に移籍、県立総合病院の防災センターに派遣隊長(責任者)として着任。今や部下・上司・契約先から絶大な信頼を受ける有能な指揮官だ。十二歳下の妻と二十年前にデキ婚、大学生の娘、高校生の息子あり。夫婦仲、極めて良し。先月ついにアラカンの領域に足を踏み入れた。

 県立総合病院防災センター派遣隊は八神以下十五名で構成される。うち女性隊員が二名いる。

 仕様書により、派遣隊長と女性二名は平日の日勤(08:30~17:00)のみ。17:00~08:30までは男性夜勤要員と交代する。これに男性当務(二十四時間)要員二名を加え、二十四時間勤務が五ポストとなる。

 八神も前職では百貨店の防災センターで長年当務に従事していた。不規則な生活と月百時間に及ぶ超過勤務で体力の限界を感じていたところへ降って湧いたような転職話に乗っかり、今は公務員並みの規則正しい生活だ。(警備部長との関係やヘッドハンティングに至る物語がまた面白いのだが、本筋から離れるのでいずれまたどこかで)

 06:30、起床。起き抜けは食欲がないのでマルチビタミンのゼリーと牛乳で簡単な朝食を済ませる。

 07:20、愛妻弁当を持って家を出る。交通手段は地下鉄。

 07:55、夜間救急玄関横にある防災センターに到着。三分で着替える。

 07:58、自分の席で前日の副隊長から報告を受ける。警備報告書をチェック、完成させる。

 08:20、朝礼。前日の勤務者五名、当日の勤務者五名。うち前日の一名は外来ホールに立哨し、もう一名は受付窓口に就いているので参加者は八名。七名が八神と対面して整列する。最右翼員が号令をかける。

「気を付けーっ。敬礼! ……直れ、休め」

 朝礼は意思疎通と統率、士気高揚のための大切な儀式だが、当日の予定、業務上の注意事項等を簡潔に伝え、時折小粋な(←八神主観)ジョークで皆を笑わせ、一分以内で終わらせる。時間を掛ければいいというものではない。最後は八神が号令をかける。

「では本日もご安全に。気を付けーっ。別れ!」

「「「「「「「別れます!」」」」」」」

 相互に敬礼をして解散する。勤務終了した者は帰り支度にかかる。巡回の準備をする者がいる。立哨の交代に向かう者がいる。受付で交代の引継ぎをしている。八神は本部管制に上番報告の電話を入れる。提出書類を完成させる。

 08:32、外来で立哨していた前日の勤務員が交代して戻って来る。軽くあいさつを交わす。

「お疲れ様です」

「乙カレー」

 08:35、書類を抱えて管理課に向かう。管理課は防災センターとは別棟、管理棟の二階にある。長い長い渡り廊下を歩く。外来棟や入院病棟に向かうナースたちとすれ違う。皆さん自分たちのことに精一杯でこちらには目もくれないが、さすがに看護師長は会釈をくれる。

 管理課事務所に入る。三十名ほどいる職員は誰もこちらを見ない。

 直接の担当部署である管理係の島へ行く。武藤主任の席の三歩前で立ち止まり、明るくハイトーンな声を意識しておはようございますという。八神の声は良く通るので大声を出す必要はない。報告書のファイルを手渡し、鍵貸出簿と出入管理簿を各百部ずつコピーさせてもらう。コピー機が動いている間に他の各係の島へ向かい、書類を提出する。下田係長から押印が終わった報告書ファイルを受け取る。コピーが終了し、計二百枚の紙束と原稿をクリアファイルに入れ、失礼しますと言って回れ右をし、部屋を出る。

 階段を下りて1階の総務課へ向かう。ここにはメールボックスがあり、各部署への連絡や、時には郵便物が棚に仕分けされている。本日は防災センターの棚は空だった。また階段を昇り、渡り廊下を通って防災センターに戻る。

 仕様書上、隊長の業務に巡回は含まれていない。しかし八神は管理課から防災センターへの帰路を利用して施設内を見回る。現場の状況を少しでも自分の目で把握しておきたい。特に現場経験なしでいきなり隊長になった身としては4年経ってもまだまだ知らないことだらけだ。巡回ルートはその日の気分で決める。全館を回る余裕はないからワンフロアだけに留める。

 センターに着くとだいたい定時館内放送の時間だ。放送室もないのに、何故か館内放送も防災センター業務になっている。放送用マイクのボタンを押し、チャイムを流す。来館者にマスク着用と手指の消毒を促す定時放送の原稿を読み上げる。

 08:56、女性隊員のうちのベテランの方、佐伯香織(八神と同学年)が外来棟の巡回から帰ってくる。入れ替わりに副隊長の桃井寿郎(七十二歳・警察官OB)が入院病棟の巡回に出る。

 四年前の、着任から一カ月ほど経ったころ、佐伯から報告を受けた。入院病棟の看護師の間では、最近よく聞くようになったすごくいい声の持ち主の話題で持ちきりだと。

「結構ファンが居るっぽいよ」

 佐伯は悪戯っ子のような笑顔で言った。以来、八神は進んで放送を受け持つようになった。

 09:00、ここからの三時間は八神のタイムシートは空白になっている。何もしなくていいわけではない。受付も防犯カメラ監視もしなくてよいが、代わりに膨大な事務処理が控えている。契約先や本部に提出する書類、提出はしないが保管すべき書類、更には自分の業務を管理するための書類やデータの整理。今は来月のシフト表の作成に忙しい。

 ノートパソコンに向かいながらも意識の一部は常に机の向こう側の受付に向けている。今窓口にいるのはもう一人の女性隊員・中澤早希二十四歳。採用三カ月目の新人だ。急速に成長しつつあるとはいえ、不慣れで経験値が低めな分は八神がカバーしてやらねばならない。

 窓口にスーツ姿の男二人連れが現れた。拾得物を届けに来たらしい。……が、何かトラブっているようだ。八神は立ち上がり、後ろから声を掛ける。

「どうかなさいましたか」

 こういう時、八神は意図的にやや低い声を出す。

 中澤が困り顔で振り向く。スーツの男性の手には古びた携帯電話がある。それを差し出し、拾ったので預かってほしいという。

「ははあ……」

 八神は拾得物には手を触れず質問を始める。

「これはどちらで拾得なさいましたか」

 病院の正門向かいのバス停のベンチにあった、と男が言う。持ち主とは連絡がついている、こちらに預けておくことで話がついている、とも。

 申し訳ないがそれは出来ませんと八神は応じる。我々の責任と権限は警備業務を請け負う施設の敷地内に限られている。遺失物法の定めにより、一般の場所で拾得した場合は拾得者自身が警察に届け出るか、直接本人に手渡す必要がある。

 預かってくれたっていいじゃないですか、と男は食い下がる。もうそういう話になっているのだから。

 八神は答える。それも出来ません。人様の財産を預かることは警備契約上禁止されている。破損などさせた場合に責任を負い切れない。落とし主の方と直接交渉してください。

 男たちはぶつぶつ言いながら立ち去った。中澤は尊敬の念がこもった眼差しで八神を見上げる。

「助かりました。なんと言えばいいか分からなくて」

「勉強になったかい?」

 八神は笑顔で応じ、席に戻る。休み希望や隊員各員の能力差や様々な行事の予定を反映させながらシフトを組み立てるのは大変だが、パズルのようで面白いとも思う。何とかして今日中に完成させたい。

 なんだかんだで引っ切り無しに内線電話がかかってくる。患者の呼び出し放送の依頼と遺失物の問い合わせが大半だ。これは受付の中澤に任せておけばよい。放送はカメラ監視の佐伯がやってくれる。

 09:30、八神は休憩室に引っ込む。休憩時間ではないがお腹が減ったので間食する。愛妻弁当のうち、おにぎりをこの時間に食べてしまう。ミルクコーヒーを一杯飲んでから席に戻る。

 09:54、桃井副隊長が巡回から戻る。七階西病棟のナースステーション近くで防火扉前にストレッチャーの放置があったと報告してくる。指摘してその場で撤去させた、とも。八神は所定のチェックシートにその旨を記載する。これは毎月提出するものだ。また違法状態を改善させたことは派遣隊の実績になるので、警備報告書の特記事項の欄にも記載しておく。アピールは大切なのだ。

 12:00、八神は佐伯と交代して受付に入る。受付をはじめ全てのポストは概ね一時間で交代を回しているが、ここから二時間半は八神が受付を担当する。隊員の昼休憩を回すためだ。

 平日の日中は特に出入管理(入館の手続き)はしていない。出入り自由なのである。ただし入院患者が勝手に出て行かないように注意する。

 鍵の貸し出しは受付の重要な業務だ。数えたことがないので正確なところは不明(台帳はある)だが、キーボックスの数から推定して三千本はあるはずだ。紛失事故を起こしてはならない。

 14:30、休憩を終えた中澤が交代に来てようやく八神の昼休憩となる。拾得物の引き取り予定が入ったと申し送りをしてトイレへ直行。四十を過ぎてからやたら近くなってしまった。二十代の頃なんて朝済ませておけば夕方まで平気だったものだが。

「食事入りまーす」

 この時間、巡回がないので防災センターは三名体制になっている。隊長が休憩に入る分を副隊長が補う仕組みだ。休憩室に入る。おにぎりは先に食べてしまったので残りのおかずを食べる。ランチジャーの小さな密封容器の使い回しだが、これで満腹になる。年を取って食が細くなったと思う。寂しい限りだが、食費が掛からない分良いのかも知れないと我が身を慰める。

 食事が終わったら休憩室の奥の仮眠室で昼寝をする。

 15:15、昼休みが終わり、受付で佐伯と交代する。例の拾得物は無事引き取られたと申し送りを受ける。

 16:00、この時間を過ぎると夜勤者がぼちぼちと出勤してくる。本日の配置は九鬼豊雄七十四歳、白木正義七十一歳、草鹿秀樹六十二歳。高齢者が主体だがどうにもならない。特に一号業務(施設警備)は定年退職者の第二の人生として選択されることが多い。全ては給料が安いこと、その前に警備料金が安いことが原因である。警備員の平均年収はほかの職種に比べて百万円以上も低いとの統計もある。こんな状況で若者が希望を持って飛び込んでくるはずがない。(中澤には感謝している)

 16:45、本日当直の尾藤雄介四十一歳が受付を交代する。尾藤も肩書は副隊長だが、今日は一般隊員として勤務している。この派遣隊では一番の古株で、初落札の時からのメンバーだ。八神も結構遠慮している部分がある。

 残りの十五分で最後の事務処理を済ませ、桃井副隊長に業務を引き継ぐ。二人の女性隊員は早々と退勤している。

 17:00、本日の業務、(日勤部分に関しては)異常なく終了。五分で着替え、お先に失礼しますと言って帰途に就く。

 17:45、帰宅。古い借家ではあるが平屋の一軒家、3LDKである。ちょうど息子の睦月(十六歳)もアルバイトから帰ってきたところだった。

 居間に入ると娘の葉月(二十歳)が食事の支度をしていた。

「おや? ママは?」

「母さんなら修羅場ってるわ(笑)」

 そう言えば同人イベントに当選したのだったなと八神は思い出す。妻の由加利(永遠の十七歳)は界隈ではかなり有名な同人作家だ。ジャンルはBL、オリジナルが主力で二次創作も少し。彼女の稼ぎなくして今の生活は成り立たないし、子らを進学させることも、この家も借りることも出来なかった。(ゆかりんとの馴れ初めもまた面白いエピソード満載なのだがここでは省略する)

 晶は(帰宅後は八神ではなく晶と呼ぶことにする)静かに部屋の襖を開け、中に入った。声は掛けない。調子が乗っている時に作業を中断させられるのは嫌なものだ。一心不乱に原稿に取り組む背中を見つめる。

 由加利がため息を吐いて立ち上がった。行き詰っているのだろうか。振り返って……。

「うわあああああああびっくりしたああああああああああ!」

 跳び上がって驚愕する。晶が失笑する。

「アキちゃん! もー! 忍び寄るのやめてって言ってるじゃん!」

「ごめんごめん(笑)」

 一切の気配を消して背後からの接近は、警備員生活三十年で身に着けた晶の得意技だ。今は相手が手元に集中しているというアドバンテージはあったが。

「原稿どお? 順調?」

「全っ然。あとで何かネタちょうだい」

「おk。そろそろご飯だよ」

「道理でお腹減ってるわけだ」

 一家揃っての夕食。四年前まではほぼ無かった光景だ。晶は今の幸せをつくづくと噛み締める。

 食事を終える。洗い物は俺に任せてお前たちは明日の準備でもしなさいと子らに命じる。

 シャワーを浴びたら2時間ほど自分の机に向かう。液晶タブレットの電源を入れて絵を描き始める。由加利はセミプロの作家だが、晶も実は美術学校を卒業していて今でも趣味でイラストを描く。原稿の手伝いをしてやりたいが、技術レベルと絵柄が違い過ぎるのでそれは出来ない。

 22:30、就寝。明日も早いのだ。夜中、時間は判らないがゆかりんがベッドに潜り込んで抱き着いてくる。ベッドを二つ置くだけの広さがないというのもあるが、この夫婦はいまだに新婚気分が抜けていないので同衾を続けている。

 こうして一日が終わる。明日も良い日でありますように。



◆セイテンの霹靂


 とある金曜日の朝。晶は二日酔いの頭痛で目を覚ました。昨日の午後に本社会議室で行われた隊長会議に出席し、その後歓楽街に繰り出しての酒宴になったのだが、さすがに飲み過ぎたようだ。今日を有給にしておいてよかった。

 左にいるはずのゆかりんがいない。目蓋が眼球に粘りついて目を開けられない。枕元に常備した目薬を点眼し、目を開ける。喉がひりつく。全身が水分不足を訴えている。冷蔵庫にスポーツドリンクがあったはずだと満足に働かない頭で考える。

 体感で九時過ぎくらいか。子らは学校だろうし、ゆかりんは既に活動を始めているのだろう。あるいは買い物にでも行ったのかも知れない。

 ベッドから降りようとして、晶は転んでしまった。いつもより床が遠かった気がした。

「アキちゃん大丈夫? すごい音がしたk……」

 由加利が襖を開けたところでフリーズした。

「あー、ゆかりん居たんだ。水ちょうだい。アタマ痛くて」

「アキちゃん? アキちゃんなの!?」

「お前は何を言っているんだ。オレがオレでなかったら誰なんだよ」

 由加利は黙って晶の手を引っ張り、洗面所に向かった。

「ゆかりん、ずいぶん背が伸びたねえ」

 俺より二十㌢は高いのではないかと晶は思った。自分が百七十二㌢、由加利は百六十五㌢程度だったはずだが。

「アキちゃんが縮んだの! ほら!」

 鏡の前に立つ。しばらく沈黙の時間が続いた。


 鏡の中に、由加利と並んで見知らぬ美少女がいる。中学生くらいか? いや小学生かも知れない。身長は百五十もないだろう。髪は長く、腰の辺りまである。

 晶は由加利を見上げ、鏡を指差した。

「誰?」

 この時に至って、晶は自分の声の違和感に気づいた。酒による声枯れではなさそうだ。声が高くなっているのだ。そう、まるで女の子のように……。

 晶の顔が引きつり、全身がガタガタと振動を始めた。ゆかりんは……床を叩いて大笑いを始めた。

「なに笑ってんだお前ええええええええ!」

「アキちゃんwww平常心よwww平常心wwwいつも言ってるじゃないwww」

「だって、おま、これ、そんnえ? なんで?」

 由加利が笑ってくれたことは僥倖だった。深刻にならずに済む。

「とりあえず部長に連絡するわ。たぶん会社に行くことになるけど車出してもらえる?」

「おk」

 一時間後。本社役員室は重苦しい空気に包まれて……は、いなかった。社長以下十二名の幹部全員が肩を震わせ笑いを堪えている。ブカブカのスーツを着た小さな女の子なんて、確かにジョークでしかない。

「なるほど、八神くんで間違いはないようだ」

 様々な会話の末、社長はこの少女が八神晶と言うことで納得したようだ。

「八神隊長、これからどうします?」

 清川警備部長(八神をヘッドハントした人)が聞いた。

「それなんですが」

 八神はここに来るまでに出しておいた結論を口にする。

「退職……させて頂きたいと思います」

 この時初めて役員の間に動揺が走った。

「それは困る! それは困るよ八神くん」

「そうですよ。隊長が辞めたらマジで総合病院は契約切られますよ!」

「しかしこの体で警備は無理です。どう見たって十八歳未満じゃないですか」

 警備業法では、十八歳未満の者を警備員とすることが禁止されているのだ。

「辞めたって生活に困るでしょ? お子さんだってまだ学生さんなんだし」

 専務が搦め手から攻めてきた。

「そうは言っても契約先だって納得しませんよ、こんなのが責任者なんて」

 八神の言葉に清川は床に座り込んだ。

「隊長、契約先は俺がなんとしても説得します。お願いします、この通り!」

 土下座まで始める始末だ。正直言って、自分をここまで評価してもらえることは嬉しかった。これまで務めた警備会社ではTDN一度もなかったことだ。これ以上、情に逆らうことは八神にはできなかった。

「お任せします」

 そう言うのが精一杯だった。

 嵯峨野常務の提案で、警察で指紋を鑑定してもらうことになった。常務も警察OBで、一昨年まで県警の幹部だった人だ。鑑識課の後輩に一言頼んだだけで話が通ってしまった。(余談だが警備会社は警察OBを幹部待遇で迎え入れることが珍しくない)

 鑑定の結果は「同一人物と見て差し支え無し」だった。

「いやー、今日が平日でよかったっすわー」

 署に同行した清川が言う。

「これから管理課に行って説明しときます。月曜は朝イチから俺も同行しますから」

「助かります。一人じゃ流石に不安で」

 これは八神の本音だった。

 とりあえず、一つの問題は片付いた。


◇見たか、これが俺たちの隊長だ!


 月曜の朝。

 清川部長が社用車で迎えに来た。

「いやー隊長済んません。新しい制服なんですが、ウチには在庫がなくて取り寄せるしかないんですよ。今週中にはなんとかなるという話なんで」

「はあ。それはまあ。はい」

 八神は虚ろな目をしている。自分の服はサイズが合わないので睦月の子供の頃の服を引っ張り出して(よくぞ保管しておいたものですね由加利さん)着ている。葉月は自分の服を着せたがったがそれは全力で拒否した。出勤したくないと感じたのはこの四年で初のことだった。

 07:30、清川が先頭に立って防災センターのドアを開ける。おはようございますと言いかけた隊員たちの動きが停止する。

「あー皆聞いて。こちら、八神隊長です」

 みなあんぐりと口を開けている。まあ無理は無かろうと八神自身が思う。

「変わったのは見た目だけで、中身は変わってません。今まで通りの八神隊長です。それは会社が保証します。ですから皆さんも今まで通り、八神隊長の元で団結して業務に励んでください!」

 誰も何も反応しなかった。ここは自分の言葉で語るべきだと八神は判断した。

「みな驚いていると思う。でも部長が言ったようにオレはオレだ。何ひとつ変わっていない。それは今日これからの仕事の中で証明してみせる。だから、よろしく頼む!」

 みながようやく動き始めた。この話し方、(声は違うが)いつも聞いている八神隊長そのものだ。この女の子は本当に隊長なのかも知れない。

 08:45、週明けは書類が溜まっているのでどうしてもセンターを出るのが遅くなる。管理課の入り口に立つ。

「俺が先に行きましょうか?」

 清川が言ったが、八神は大丈夫と笑顔を見せた。ダブダブとは言え制服を着た八神は完全に派遣隊長としての矜持を取り戻し、歩く姿にも自信が満ち溢れていた。

 管理課のドアを開けると今日は視線が集中する。美少女隊長の登場を皆が待ち兼ねていたようだった。

「やあ、おはようございます」

 下田係長が出迎える。

「お話には聞いていましたが、本当に可愛らしくなられて」

 その声をきっかけに管理課職員が我も我もと集まってきた。

「これが先日お話しした鑑定書です」

 野次馬を無視するように清川が鞄からファイルを取り出す。例の指紋鑑定書だ。

「なるほど、間違いないですね」

 下田が書類を確認する。

「八神隊長は、私が知る限り最優秀の警備員さんです。当病院には欠かせない人材なんですから、辞めるなんて言わないでくださいよ」


 清川は管理課からそのまま帰社することとなった。

 八神は本当は今日は真っ直ぐ防災センターに戻るつもりでいた。この姿を衆目に晒すのは時期尚早だと思ったからだ。しかしなんということ、習慣とは恐ろしいもので、無意識のうちに外来棟の二階を巡回してしまっていた。

 09:03、センターに戻ると佐伯に中澤、本来ならこの時間は巡回に出ているはずの草鹿までもが電話対応に追われていた。あれはウチの隊長ですというワードで全てを察したが、時すでにお寿司であった。

 09:37、八神は今月末実施予定の総合防災訓練の資料を眺めている。電話が鳴り、受付の佐伯が応対する。その声が何となく耳に入ってくる。隊長に代わります、という声に意識が移る。この感じ、良くないことに違いない。

「はい八神です。何かありましたか?」

 電話の相手は看護部の某女性職員だった。管理棟に不審者がいる、と泣きそうな声で言う。

『四十歳くらいの大男で。目の焦点が合っていなくて、何かぶつぶつ言いながら揺れながら歩いているんです』

「わかりました。すぐそちらに行きますので、あなたはその人物に近づかないようにしてください」

 受話器を置き、ふむ、と頷き瞬時に思考を巡らせる。今不審者対応に動かせるのは白木と草鹿だけだ。

白木は外来で立哨中。草鹿は病棟を巡回中。経験なら白木だが体力は草鹿だ。さて……。

 八神は草鹿のPHSをコールした。

『ハイ草鹿です』

「不審者対応願います。場所は……」「イヤホン持ってるよね。まずは現場急行、現着したら三番のPHSに連絡ください」

 一分。二分。じりじりしながら電話を待つ。その間にも放送依頼やら何やらの内線が入る。

 三分。四分。八神の顔にも焦りの色が浮かぶ。PHSを握りしめる左手に力が入る。

 五分。やっとPHSが鳴った。

「ハイ八神」

『到着しました』

「現在位置は……。そのまま奥に進んで。イヤホンは使ってるね? 通話は切らずに。このまま指示を出すから」

「発見した? こっちに向かってくる? 一旦やり過ごして、背後から声掛けして。三歩の距離を忘れずに。あくまでも丁重にね」

「入館目的を確認して。心臓外科のY先生に面会? その場で本人に連絡してもらって」

「管理棟別館の三階だね。現地まで案内して差し上げて。絶対相手に背中を見せないように。後ろから付いて行きなさい」

「先生が迎えに出て来た? じゃあ本当にお客さんだね。ご苦労さん、対応終了でいいよ」

 通話を切り、八神は大きく息を吐いて背もたれに体を預けた。固唾を飲んで見守っていた佐伯と中澤も安堵の表情を浮かべている。

「やっぱり隊長です!」

 中澤が瞳をキラキラさせながらガッツポーズをとった。

 10:12、巡回を終えた草鹿が防災センターに戻って来る。途中で余計な業務を背負いこんだので通常より遅いご帰還だ。

「いやー、ご指示助かりました。一人だったら何をどうしてよいやら。やっぱり隊長です」

 11:27、受付窓口に五十歳くらいの女性がやって来た。病院から連絡があったので忘れ物のスマホを受け取りに来たという。

「隊長、拾得物引き取りの予定なんてありましたっけ?」

 佐伯が戸惑っている。

「ええっと。アレのことかな」

 先週の水曜日に眼科外来から黒いスマホを拾得物として預かっている。保管棚からそれを取り出し、相手に見せるが違うという。

 うむ……これはちと厄介な案件かも知れん。八神はさらに聞き取りを続けた。

 スマホを忘れたのは昨日。歯科を受診した。帰宅後、家電に病院から連絡があって「なんとか事務所」に預けたと言われた。総合案内で聞いたら防災センターにあると言われた。

 総合案内に内線を掛ける。木島職員が応対に出る。聞けば「ここにはないから防災センターだと思った」という。

 OMG……。八神は天を仰いだ。せめて確認してから案内しろよ。スマホはおそらく歯科にあるのだろう。問題は歯科が五つ以上の部門に分かれているということだ。片っ端から電話するしかあるまい。

 ということで覚悟を決め、内線番号一覧表を参照すると歯科の欄の一番下に「歯科事務所」があるではないか。なんとか事務所とはこれのことに違いない。

 問い合わせると、確かに連絡をした、今は歯科受付に預けてあるとの返答だった。その旨を女性に伝え、対応終了とした。

「別にさ、ここにはありませんで終わらせても良かったとは思うんだよね」

 八神は問わず語りに佐伯に話しかける。

「受診科にお問い合わせくださいでいいと思うよ」

 佐伯が答える。

「でもそれってあまりにも不親切じゃん?」

「たらい回しにされたって苦情来るかもね」

「でしょ? だからちょっとだけサービス精神発揮してみました」

「やっぱ隊長だわ(笑)」

 16:24、今日は夜勤者の出勤が何故か早い。もう三名とも揃ってしまった。TS後に会うのは初めてなので全員驚愕するが、佐伯らが説明して強引に納得させる。

 16:37、窓口に鍵を借りに来た配管業者の職長が言う。

「聞いた? 十三条通りで刃物持ったやつがうろついてるってよ」

「なにそれ初耳なんだけど。どこ情報?」

「さあ。通行人が言ってたんだわ」

 なるほど、噂話か。鵜呑みにはできないなと八神は思う。受付業務を白木に任せ、防犯カメラのコンソールの前に立ち、マウスを握る。管理棟屋上のカメラは通常は屋外駐車場を映しているが、画角を自由に操作できる。十三条通り方向へカメラを向ける。

「うわマジだ。パトカーいっぱい」

 赤いパトライトがあちこちで明滅している。

「うーん。まずは管理課に報告するか」

「隊長、その管理課からお電話です」

 受話器を取ると係長が出た。

『もしもし下田です。先ほど警察から連絡がありまして、この付近を刃物を持った男がうろついているそうです』

「あ、こちらでも先ほど情報入りました」

『さすが早いですね。それで、警察からは十分に警戒をとのことなんですが』

「了解しました。全隊に警戒を指示します」

『私もそちらに伺います』

 受話器を置いた八神は受付の白木に言う。挙動が怪しい入館者には入館目的と面会相手を訪ねること。少しでも不審な点があれば身分証の確認を行うこと、身分証の提示を得られない場合は、入館制限がかかる十九時以降は入館をお断りすること。

 外来立哨の草鹿にも連絡を入れる。怪しい人物がいたら即防災センターに連絡。決して近づかないこと。また職員らと噂話をしないこと。何か質問されても「防災センターにお問い合わせください」とだけ言うこと。

 これから巡回に出る二名にも同様の注意を与える。

 センターのドアを開けて下田係長が入ってきた。八神は隊員に与えた指示をざっと説明する。

「隊長、外来師長からです」

 白木が受話器を押さえて言う。自分の席で内線を受ける。

「え? 犯人の捜索をしないのかって? 病院内に入り込んだ訳じゃないので現時点では警戒以上の対応は出来ませんよ」

「隊長、病棟師長からです」

「館内放送で警戒を呼び掛けろって? そんなことしたらパニックが起きますよ。皆さんも噂話とか大げさな反応は慎んでください。患者を不安にさせないようにお願いしますよ」

 通話の内容を逐一復唱するのは係長に聞かせるためだ。ほかにもナースステーションや外来の各受診科や会計窓口から同様の問い合わせが来たが、隊員たちが同様の対応をした。

 17:22、下田のPHSが鳴った。

 通話を終え、下田が言う。

「刃物男が身柄を確保されたそうです」

 防災センター内に安堵の空気が広がった。

「それにしても、完璧な対応でしたね。やはり八神隊長です」

 下田が目を細めた。



◆見てください、これがうちのお父さんです!


 少し時間を巻き戻して先週金曜日の午後。会社での事情説明諸々を終え、家に帰ったものの、まだ問題は残っている。

「子供らにはなんて説明しようか」

 晶の悩みに由加利はあっけらかんと答える。

「そのまんま言えばいいじゃない。あたしが説明するよ」

「それでいいのか?」

「いいのよ、家族だもん」

 信じなさい、ホリャ信じなさい。あんたの家族を信じなさい。由加利は奇妙な節を付けて歌い踊った。毒気を抜かれた晶は納得するしかなかった。

 夕方、由加利はコンビニに行くと言い出した。醤油を切らしているのを忘れていたそうだ。

 一人でいるとなんだか落ち着かない。こんな感覚は今まで無かったことだ。体の変化の影響を受けているのだろうか? 不安で不安で致し方ない。

「ゆかりん、早く帰って来て(´;ω;`)ウゥゥ」

 表のドアが開く音がした。晶の表情が明るく輝き、弾むような足取りで玄関に向かう。

「おかえりー♬」

 だがそこにいたのは由加利ではなく睦月だった。空気が凍り付いた。

「え? だ、だれ?」

「あわわわ……」

 二人とも狼狽して言葉が出てこない。ここでタイミング良くゆかりんが帰って来なかったらいったいどうなったことやら。

 リビングにて。

「これが父さん?」

「うむ。信じ難いがこれが現実だ」

 父と息子が正座で向かい合う。

「信じられない」

「信じろ。現実を嘆く暇があったら現実に対処する。いつも言ってることだ」

「対処できてるかどうかはともかく、父さんが女の子を誘拐したんじゃなくてホッとしたよ」

「ちょ、おまっ、父親をどういう目で見とるんだー!」

 このあと葉月が帰宅して同様のドタバタ天丼ギャグを繰り広げたがそっちは省略する。

「父さん、原因に心当たりはないの?」

「ないなあ。あ、そういえば飲み会の帰りに小さな神社にお参りしたような記憶があるような無いような」

「神社? なぁにそれぇ」

「そこで何かに遭ったような遭ってないような」

「余計わかんないよ」

 睦月がスマホをポチポチやり始めた。

「父さんが通ったであろうルート上に神社は二か所。頓宮と住吉さんだけだね。どっちも小さくはないよ」

「だよなあ。鳥居くぐるのに匍匐前進したからなあ」

「スーツ泥だらけにしおって」

「ところで母さんは何故すぐに父さんだって判ったの?」

「ふっふっふっ。それは『これ』よ!」

 葉月の質問に、由加利は一枚の写真を取り出した。それは晶が小学生の頃の、何かの記念写真だった。

「お前いつの間にそれを……」

「むかしお義母さまからせしめました(笑)」

「うおっ、美味しそうなショタが居る!」

「え? これ父さんなの? 今と同じ顔してるんだけど!」


 翌土曜日。

 由加利は原稿そっちのけで晶を愛玩していた。

「アキちゃん可愛い! 小さい! 軽い! いい匂い!」

「あー、母さんばっかりずるーい! あたしも父さんで遊ぶー!」

 葉月が割り込みを図る。

「ダメダメ、アキちゃんはママ専用ですう!」

「あたしのお父さんよ!」

「アキちゃーん。あとで一緒にお風呂入ろうねー♡」

「うわ、えっちだえっちだ!」

「ふふーん。夫婦が一緒にお風呂入って何の問題が?」

「ぐぬぬ……」

 晶はおもちゃにされている時の猫さんのような虚無顔で、睦月は一人蚊帳の外だった。

 そして翌週の土曜日。

「アキちゃんの服なんだけどさ。いつまでも睦月のお下がり、いやお上がり? を着せておくわけにはいかないわよねえ」

「そーよ。お父さん素材が良いんだから、これを活かさない手はないわ」

「パンツも百均の縞パンだけじゃ不十分だし」

「というわけで、本日はお父さんの服を買いに行きます!」

「CまむらでいいぞCまむらで」

「オレは行かなくていいよね?」

「なに言ってんの。みんなで楽しくショッピング&お食事よ」

 こうして八神家はモリヤ百貨店へと繰り出したのである。何故モリヤ百貨店かと言うと、実はアキちゃんが四年前まで(つまりS&Gに移る前の会社で)ここの防災センターに勤務していたからである。

 まず五階に行く。ここは婦人服売り場の中でも若年層向けのフロアである。葉月がお父さんに似合いそうとフリルの付いたブラウスやミニスカートを手に取る。アキちゃんはスカートはお断りと拒否するが、ゆかりんから試着だけでもと勧められる。

「ほう。結構似合ってるな」

 自分で言うアキちゃん。

「ポーズ決めて!」

 葉月がスマホを構える。

「こうか?」

 アキちゃんはノリが良かった。

 八階へ行く。カジュアルと肌着のフロアである。

 大人っぽい下着を選ぼうとするゆかりんに拒絶反応を示すアキちゃん。やむを得ずジュニア肌着のコーナーに回る。ブラは要らないというアキちゃんに、乳首が擦れて痛いのを我慢してるでしょと図星を突くゆかりん。結局スポブラで妥協した。

 カジュアルコーナーではキュロットが動きやすいと言って大いに気に入った。ジーンズやらパーカーやら、部屋着なんかも選んだ。靴も複数選んだ。

「帰ったらお父さんの撮影会する!」

 ゆかりんと葉月が盛り上がっている。睦月は大量の荷物を持たされている。

 昼にはまだ早いが、カフェテラスで食事をしようとゆかりんが言った。モリヤ百貨店名物・二階のテラス席のことだ。

 満席には程遠く、六割程度の入りだろうか。晶は無意識のうちに一番奥側のテーブルの、壁を背にする席を選んだ。

 ケーキ類で腹を満たそうとする母娘、肉中心の父(美少女)と息子。

 待っている間、巡回の警備員が通り過ぎた。元後輩の鷲羽君だった。今年で確か三十六歳か。目が合ったので笑顔で手を振ってみたが、さすがに俺が誰かは分かるまい。案の定、鷲羽君はキョドって逃げるように立ち去ってしまった。何これ、めっちゃ楽しいんですけどwww

「私たち買い物続けるけど、父さんたちはどうする?」

 コーヒーを飲み終えた由加利と葉月が立ち上がる。

「オレは結構。それよりパフェ喰いたい」

「俺ももう少し休ませて」

 男二人(うち一人は美少女)は女の買い物には付き合い切れない。

 母娘を見送り、晶はチョコレートパフェを追加注文した。以前から気になっていながら手を出せなかった一品だが、今や堂々とこれを食えるのだ。TSして良かった!

「父さん、オレちょっと腹痛いんだけど……」

「なにい? 早よトイレ行ってこい」

「ごめん、すぐ戻る」

 独りになった晶は来たばかりのパフェに手を付けようとした。その時である。男子高校生らしき二人組がテラスに入ってきた。一人は背が高く、派手な赤いスニーカーとラッパーのようなキャップを被っている。おそらくはこちらがリーダー格であろう。もう一人は少し小柄で、ストリート系のTシャツを着た童顔の少年。二人とも鎖のようなアクセサリーをじゃらつかせ、言っては何だが高級店にはひどく場違いな二人組だ。

 二人はテラス席を見渡している。待ち合わせの相手を探しているのだろうか。と思ったら、その二人はまっすぐに晶の所へ来た。

 背の高い方(便宜上カイトと仮称する)は自信満々に髪をかき上げながら「ねえ、ちょっといい? いま一人? 俺たち一緒におしゃべりしてくれる子探してるんだけどさ。時間ある? キミめっちゃ可愛いね! 俺らとちょっと話さない?」と軽いノリで絡んで来た。

 小柄な方(こちらはリュウノスケと仮称する)も横でニヤニヤしながら「うわ、マジタイプ! 絶対モテるでしょ!」と調子に乗って相槌を打つ。

 カイトの目には「これはイケる!」という確信が、リュウノスケは「相方にくっついていい思いをしよう」と期待の表情が浮かぶ。二人は晶を「ただの女の子」だと決めつけている。図々しくも両隣に着席した。

「荷物たくさんだね。帰り大変でしょ? 持ってあげようか?」

「ついでにカラオケとかどお?」

 晶が無反応なのに調子に乗ってか、しゃべり続ける二人。

 パフェの最初の一口を口に運び、2人を観察する晶。何かと思ったらナンパかよ。全くやれやれだぜ。

 晶はクリームがたっぷり乗ったスプーンを持ったまま、にっこり微笑んだ。

「相席を許可した覚えはないんだがなあ。まずは自己紹介してもらおうかな。君たち、名前は? 学校はどこ?」

 その可愛らしい声と真逆の落ち着き振りに、カイトは「めっちゃ可愛いのに強気!」とテンションが上がる。ナンパはこういう子を堕としてこそだ。リュウノスケも「うわ、なんかカッコいいじゃん!」と目を輝かせるが、アキちゃんの続く言葉で状況が一変した。

「その手慣れた態度、常習犯だね? ここの防犯体制を知らないようだから教えてあげよう。

 この店舗は全館で二百台以上、このテラスだけでも六台、うち二台は音声も撮れる防犯カメラが常時撮影をしている。ほら、あそこにあるの、見えるだろう? 君たちが何時何分にどの玄関から店内に入り、どこをどう移動していつどこから退店したかほぼ完全に追跡できる。

 しかもすべてデジタルで解像度が高いから、君たちの顔は言うまでもなく、Tシャツや帽子のロゴや、ホクロまではっきり映っているよ。防災センターのサーバーには過去八週間分のデータが残っていてね。遡って常習性が認められれば県迷惑行為防止条例違反で刑事事件化も可能だろう」

 刑事事件と言うワードに二人が反応した。肩がびくりと震え、顔が青ざめ冷や汗が流れる。

 アキちゃんは大声を出すでもなく、怖い顔をするでもなく、ピンと背筋を伸ばし、終始三分の微笑みを保ったまま淡々と淀みなく事実を説明するだけだ。それなのに、威厳と威圧感が半端でない。

「わたしが合図すれば店のスタッフが防災センターに連絡して、すぐに警備員が駆け付ける。出禁は間違いないし、先ほども言った通り刑事告訴もあり得る。さあ、どうする?」

 美少女の顔に、悪魔の微笑みが浮かんだ。ここに至り、ようやく二人は理解した。いま自分たちが相対しているのは、女子中学生の皮を被ったとんでもないモンスターなのだ。

「あの……俺たち、訴えられますか?」

「わたしの気分次第だね」

「「す、すんませんっしたーッ!!」」

 二人は椅子を蹴倒す勢いで立ち上がり、九十度の最敬礼をした。アキちゃんはチョコパフェの続きに取り掛かる。

「次からはちゃんと礼儀正しくな。女の人に声かけるときは、まず敬意を忘れるなよ」

 カイトは「ホントすんませんでした! 俺ら、ただ話したかっただけで」と頭を下げ、リュウノスケも「マジで悪気なかったっす! 許してください、なんでもしますから!」と土下座寸前である。

 カイトのキャップは床に落ち、リュウノスケのTシャツは汗でビショビショ。二人は恥もプライドもかなぐり捨てて、完全にアキちゃんの前に屈服した。

「今日のところは許してやるよ。次は無いからな。ほら、行った行った!」

 アキちゃんが追い払うように手を振ると、二人は這う這うの体で逃げ出した。「あの子めっちゃ可愛いのに、マジで怖かったな」「でも、なんかカッコよかった。また会いたいな」「お前正気かよ、俺は二度とゴメンだわ」などとささやきを交わしながら。

 二人が雑踏の中に姿を消した時、テラスの中に期せずして拍手喝采が起きた。一部始終を見ていたほかの客と店員たちだった。これには晶もさすがに驚いた。

「あなた、若いのに肝が据わってるわね。感心したわ!」

 隣のテーブルの老婦人が感嘆の眼差しを送り、連れ合いらしき老紳士が感服しましたと握手を求める。店の女性従業員は涙ぐみながら席まで来た。

「ごめんなさい。私スタッフなのになんにも出来なくて……」

 勿論アキちゃんは笑顔で答える。

「いえいえお気になさらず。わたくしプロですので」

「はあ……(プロ? なんのプロ?)」

 睦月がトイレから戻った時にも晶の周りには人だかりがまだ残っており、父さんが何かやらかしたのかと不安になった。

「なあに、ナンパ高校生と少し遊んでやっただけだよ」

「わけ分かんないんですけど。ドユコトー?」

「あら、アナタこちらのお兄様かしら? 妹さん凄かったのよ~。ガラの悪いの二人をあっという間に追い払って!」

「見ていて痛快でした。何もできなかった己を恥じるばかりです」

 ますます訳が分からない睦月くんだった。

「お、母さんたち買い物済んだってよ」

 晶がメールの着信を確認して言う。

「それでは皆さん、お先に失礼します」

 晶の会釈に、テラスは再び拍手で満たされた。



◇これが俺の職場なの?


・八神、生命の危機に瀕するのこと


 八神のTSの件が病院長の耳に入ったそうだ。管理課に公式の報告書を提出しているからそれは不思議でも何でもない。問題は病院長の対応だ。

 病院長と八神は(八神はと言うより八神を含めた防災センターの古株は)みな病院長とは顔見知りである。現病院長の梅原はいち外科医から始まって病院管理職を歴任し、昨年までは手術部の部長であり、緊急の呼び出しに応じて来院した際は駐車券の無料処理を受けるために必ず防災センターに顔を出していたし、時にはプライベートで有料駐車場を利用していても自分たちが便宜を図ってやっていた。また防犯カメラ映像の閲覧に来たことも一再ならずある。その対応はほぼ必ず八神だった。

 その梅原が、八神の体に興味を示したのだ。(あくまでも医学的見地からですよ! 誤解してはいけません!)

 病院長が今更防災センターに来る用事はないはずなのだが頻繁に顔を出す。精密検査をさせろと言ってきかないのだ。

「検査費用は全部病院もちにするからさー。ちょっとだけ解剖させてよー」

「ご遠慮申し上げますーwww」

 今日は院内を歩いているときに病院長の回診に遭遇した。

「やあ隊長。まずウチさあ、剖検室あんだけど。切ってかない?」

 さすがにこの時は看護師長が後ろ頭にツッコミを入れた。

 けれども八神とて新しい身体の状況に無関心ではいられない。結局 ① 解剖はしない(当たり前だ!) ② 費用はすべて病院側が負担する——を条件に検査を受けることになった。

 わざわざ有給まで取って一泊入院し、CTやらMRIやら内視鏡やら、更には細胞を採取してDNA鑑定やら、なんやかんやと全身を調べられたのであるが、本物のTS美少女を一目見ようと無関係なドクターまでもが病室に押しかけてくる。これには八神も呆れるほかなかった。

 そして検査結果が出た。

「面白いよ隊長。実に面白い」

 梅原がマッドサイエンティストみたいな笑顔を浮かべる。

「自宅の枕に付着していた髪の毛をサンプルにDNA鑑定を行ったが、完全に一致。つまり指紋どころか遺伝子レベルで貴方は八神隊長本人に間違いはない。これがどういうことか分かるかね?」「隊長は体が変化してもDNAは変わっていない。性染色体もXYのまま、つまり男性だ。それなのに子宮もあれば卵巣もあって、しかも正常に機能している」「内臓も見た目にふさわしい若さだ。十年前に罹患したと言う大腸憩室炎も痕跡すら見られない」

「なるほど。関節も痛まないし、体も軽いし、納得です」

「不思議なこともあるものだ。やはりここはひとつ、解剖するしか……」

 八神は病衣のまま逃げ出した。


・八神、新しい制服を着るのこと


 やっと八神に女子用制服と制帽が支給された。女子用と言っても襟の合わせが違う訳でもなく、単にサイズが小さいだけなのだが。

 それでもブカブカの制服では格好がつかない。階級章やウイングマーク(隊長・副隊長の指揮官章)を移し、悦に入る。しかし、若干小さ過ぎる気がしないでもない。特に腰回りがパンパンでちょっと身動きし難い。ウエストは余り気味なのに。

「おはよーっす」

 着替え終わって防災センターに入る。いつもと空気……と言うか、皆の緊張感が違う気がする。こうでなければいかん。やはり端正な服装は規律の基本だ。

 九時台、センターには八神の他は女性隊員が二人。今日は佐伯が受付、中澤がカメラ監視の日だ。

「隊長~」

 来月のシフト表と睨めっこする八神に、その中澤が話しかけて来た。

「新しい制服、めちゃくちゃ似合いますね」

「そうか? サイズ以外変わってないぞ?」

「いや~変わりましたよ。ちょっと立ってみてくださいよ」

「なんなんだよ」

「この辺が実に()しからんです」

 訝しがりながらも立ち上がる八神。その八神のお尻を中澤が撫で回した。

「ぎゃ~!!」

 八神が悲鳴を上げる。それを見た佐伯が笑いだした。

「何をするか!」

 八神は本気で怒ったが、中澤は悪びれる様子もない。

「隊長、気づいていませんね? お尻、下着の線がはっきり出てますよ」

「マジか! それは恥ずかしいな!」

「みんな目のやり場に困ってましたよ。奥さんか誰か、指摘する人いなかったんですか?」

「家族には制服姿は見せとらんからな」

「しょーがないですねえ。分かりました、私がコーディネートしてあげます!」

「いや要らんて」

「隊長は女性歴短いんですから、私の方が先輩ですよ? 素直に言うこと聞いてください。あ、私のことは『お姉ちゃん』て呼んでいいですから」

「呼んでいいですじゃねーよ、呼ばねえよ」

「じゃあ私はママって呼んでもらおうかな(^^♪」

 佐伯が悪ノリする。

「呼ばねーから!」


・八神、夜勤に入るのこと


 施設警備業務とは、日々定型業務の繰り返しである。しかし同じ日はひとつとして無い。今日も今日とてトラブルが発生する。

「隊長、及川さんから。風邪ひいたって」

「ナヌ?」

 及川は今日の夜勤組の一人だ。シフト表を手に電話を替わる。コロナやインフルではないとのことだが何日くらいで復帰できるのだろうか。

「明日は明け番でその後希望休が二日間か。その間に治してよ~」

『へい、すんません』

 これで及川隊員は四連休か。ひょっとして仮病では?という邪推が一瞬だけ思考をかすめる。

 まあそれはどうでもよい。そんな事より今夜の穴をどう埋めるかだ。

 本当のことを言うと、五人現場で一人欠けた程度では業務に支障は出ない。特に夜勤は、巡回業務さえ皆で分担すれば難なく回せるのだ。しかし警備業務は配置人数に応じて警備料金が支払われる契約になっている。欠員とは債務不履行であり契約違反であり、有ってはならぬことなのだ。

 それでも何事もなく終わればよいが、万が一の事態——火災でも発生したら、全てが露見しかねない。そうやって契約を失った警備業者の話は時おり耳にする。

 誰かを引っ張り出さねばならないが、夜勤当務のシフトを調整するのは容易ではない。今日非番の人間を出勤させれば翌日は休ませなければならない。当然その代わりに別の誰かを引っ張り出し……と連鎖反応が起きる。

 はてさて、どうしたものか。八神はシフト表を睨みつける。……駄目だ。希望休の絡みもあるから動員可能なものがいない。それならば……。八神の決断は早かった。

「俺がやるわ」

 明日は祝日、八神は元々休みである。これならシフトをいじらずに済む。由加利に今夜は帰れないとメールを入れた。返信は「(´・ω・`)」だった。

「隊長、夜勤大丈夫ですか?」

「あ? 馬鹿にすんなよ、昔からやってるぞ?」

 そういう意味じゃないんですがねえ……。堤の呟きは、八神の耳には届かなかった。

 本日の及川のポストには打刻巡回があった。打刻キーの設置場所を八神は把握していないのでポストごと堤に変わってもらった。

 十七時半からの病棟巡回(所要時間約一時間)と、十九時からの管理棟巡回(所要時間約三十分)を済ませるとあとは受付とカメラ監視と仮眠のみだ。巡回は楽だが単独勤務になる時間帯があることと、仮眠時間が遅いこととで隊員たちには実はあまり人気がないポストでもある。仮眠が終わったらすぐ上がりなので楽だと八神は思っているのだが。

 17:30、八神は病棟巡回に出発した。途中清掃責任者の大久保氏とすれ違った。

「あれっ? 隊長、なんでいるの?」

「今日は泊り。一人ずっこけちゃってさー」

「あらら。お疲れさん。みんなも喜んでるでしょ」

「どういう意味さ」

 廊下の窓の施錠状況は入念に点検する。入院患者の転落事故など起こされてはかなわぬ。何カ所か未施錠があったので、施錠すると同時に場所と時刻をメモしておく。しかし、今まで隊員たちから未施錠の報告を受けたことがない。今日偶然未施錠があっただけなのだろうか。いや、皆がそこまで見ていないだけのような気がする。次の朝礼で注意喚起しなければ。

 病棟を歩くと入院患者から声を掛けられる。特に高齢の患者からはお茶を飲んで行け、お菓子を食べて行けと誘われる。もちろん丁重にお断りする。

 この姿に変わってから初めて病棟を歩いた時は結構な騒ぎになった。看護師たちからは「可愛い新入社員!?」とキャーキャー言われ、患者のおばあさんからは「孫みたいで癒される」と言われ頭を撫でられた。整形外科810号室の入院患者・Y君(十四歳)からはラブレターをもらった。翌日には退院してしまったが、応えてあげられなくてごめんな……。

 十九時からの巡回では一階霊安室横玄関の施錠がある。これを済ませた後、管理棟へ向かう。この時間この建物は基本的に無人のはずだ。かすかな物音や気配を見逃さないよう、足音を立てずに歩く。各室内の点検は仕様書に記載がないのでドアの施錠点検のみに留める。給湯室の火気点検、トイレ内の点検は入念に行う。

 三階奥の女子トイレで窓の未施錠を発見した。侵入の形跡は認められない。これも施錠と同時に記録。報告書に記載せねばならぬ。アピールは大事なのだ。

 この巡回が終わったら休憩時間である。病棟一階にあるコンビニエンスストアで夕食を調達する。コンビニ飯なんて久しぶりだ。なんだか意味もなく気分が浮き立つ。

 ナポリタン・スパゲティーと唐揚げとコールスローサラダ、カフェオレとデザートにティラミス。体は小さくなったのに食べる量が増えた。困ったもんだと言いつつも嬉しそうな八神であった。

 食べ終わった後は仮眠時間まで一時間おきに受付窓口とカメラ監視を繰り返すだけだ。平日の夜は入館者もほぼ関係者に限られるので出入管理も暇そのものだ。

 〇三時、内田副隊長に後を任せて仮眠室へ。ここの仮眠室では最大三名が同時に仮眠できる。二段ベッドに二人と、床の布団に一人だ。八神は空いている布団に潜り込む。七時に起きて、仮眠室を掃除したら後は上がるだけ。無事に終わりそうだとちょっと油断する。

 夢うつつの中で、自火報のアラームを聞いた。これは煙感知器の音だ。内田がいるし、任せておけばいい。直ぐに止むだろう。

 しかし、アラームはいつまでも鳴り続いている。どういうことだ。俺は夢を見ているのだろうか。スマホを見ると三時四十五分。夢ではない。耳をそばだてると、休憩室の向こうから人の声が低く聞こえて来る。防災センターが無人という訳でもないようだった。いったい何をやっているんだ、あいつら。

 八神は起き出し、休憩室とセンターを隔てるカーテンの影から向こうを覗いてみた。防災盤の前に棒立ちでキョドる内田の背中と、それを非難しているらしい他の三人の姿が見えた。だいたいの事情は分かった。

「おーい、主音響くらい止めろよ」

 そのまま防災センターに突入、内田を押し退けるようにして音響停止ボタンを押す。発報場所は病棟六階西側の給湯室。警報の蓄積は終わっているが、既に最初の発報から五分が過ぎている。恐らくは誤報だろうが真報だったら手遅れかも知れない。

「堤さん、現場急行頼む」

 八神が指示を出すと、内田が動いた。

「あ。ハイ、自分が行きますハイ」

「待て待て待て! 君は指揮官なんだからここに残るんだよ!」

「あ。ハイ。いや。しかしハイ」

「堤さん行ってくれ」

「はい了解」

 PHSを引っ掴み、堤が防災センターを出て行った。

「自火報が発報したら主音響停止、相勤者に現場急行の指示を出す。施設二級でやったよね?」

「あ。ハイ。いや。でもハイ」

「主音響も止めない、指示も出さないで、いったい何をしていたんだ」

「あ。ハイ。隊長の指示無しにハイ勝手なことは出来ないと思いましてハイ」

「君は副隊長だろう。俺が不在の時は君が判断して指示を出す立場じゃないか。一級持っていて出来ない訳はないだろう」

「あ。ハイ。しかし隊長がいらっしゃるのでハイ」

「……俺の指示が欲しいなら起こせよ」

「あ。ハイ。しかし隊長が仮眠中でしたのでハイ」

 うーん……と頭を抱える八神。これだ。これが内田の限界なのだ。内田は真面目でいい奴だ。病院の仕様書や規則に精通しており、八神にとっても生き字引のような、貴重な存在だ。だが決まりに従った行動は得意でも、イレギュラー対応がまるで苦手なのだ。不測の事態に直面するとこのようにフリーズするかパニックを起こしてしまう。

 悲しいかな、これがこの派遣隊のナンバーツーなのだった。今後どう指導したものか、八神にも良い知恵が浮かばずにいる。

 念のため付け加えるが、八神は内田に対して悪感情は一切持っていない。むしろ自分の若い頃にそっくりな内田の不器用さ、要領の悪さには深い同情と憐れみを持っている。

 今オレは派遣隊長として高い評価を得ているが、なぜそうなれたのだろう。特別な指導や訓練を受けた記憶はない。幾多の失敗と挫折を繰り返し、心にトラウマを刻み、何度も何度も絶望し、気が付いたら今ここにいる。ただただ幸運だったとしか思えない。

 オレの人生の流れが変わったのは結婚した時からだったな。それまでの俺は常に嫌われ者で、いくら他人に親切に振舞っても何故か嫌われ、孤立していたが、結婚を機に人が寄って来るようになった。

 内田もいつかはそうなれるのだろうか。結婚すれば何とかなるのだろうか。だが警備員と結婚してやろうなんて酔狂な女がいるとは思えない。

 八神の瞑想を破るように内線電話が鳴る。田上が受話器を取った。

「はーい、防災センt……はいはい、はい、了解しました。隊長、堤さんから。看護師さんがお湯を捨てて湯気が大量に上がったそうです」

「あいよ、誤報で何よりだよ」

 八神は手近の椅子にどさりと座り込み、右脚を膝に乗せた。

「あー、すっかり眠気が跳んじまったわ。このまま起きてっかなー(笑)」

「それはいいんすけどー」

 田上も笑う。

「隊長……出来ればその……」

「?」

「出来れば制服を着て頂けませんか? 目のやり場に困るんですが」

 言われて八神は自分の身体を見下ろす。Tシャツにパンイチ(勿論女の子パンツ)だった。

「見んなやコラー!」

 八神は仮眠室に逃げ込んだ。眠れなくても7時迄は寝かせてもらうぜ。

「隊長の寝顔、可愛かったなー」

「俺なんか写メ撮っちゃったもんねー」

「あ、こっちにも寄越せよ」

「だが断るwww」

 こんな会話があったことを、八神は知らない。



◆これが俺の家族です


・アキちゃん、休日を堪能するのこと


 休日の晶は、実は結構だらしない。今はソファーで寝落ちしている。テーブルの上にはビールの空き缶とスルメの食べ残し、胸の上には読みかけの漫画。

 服装はと言えば部屋着兼用のパジャマ(Tシャツとドルフィンパンツ。当然ノーブラ)で、大股を広げている。裾の隙間からは縞パンが覗いていた。見た目女子中学生がこれでは……。

「うわ、お父さんだらしな!」

 通りかかった葉月がほくそ笑む。以前なら叩き起こして非難していたかもしれないが、今はそうではない。早速スマホを取り出し父親(美少女)のパンチラを撮影し、自室に入ってアルバムの作成に取り掛かった。

 彼女のフォルダには既に千枚に及ぶ晶の極秘ファイルが保存されている。

「ああ……SNSにアップしたい……絶対にバズるはず……」「でも……でも……それをやっちゃあおしまいなのよ……」

 必死に己が欲望と戦う葉月だった。

 睦月が部屋から出てきた。

「うわっ……」

 父親(美少女)に気付き、顔を真っ赤にしてそそくさと部屋に戻った。本当はおしっこをしたかったのだが、諸般の事情で出来なくなってしまったのだった。(女性読者のために蛇足を承知で解説すると、男はTNTNが固くなると排尿が極めて困難になるのである!)

「落ち着け……あれはおっさん……中身はおっさんだ……」

 必死に自分に言い聞かせる思春期の少年だった。

 襖を開け、由加利が出てくる。冷蔵庫からエナジードリンクを取り、部屋へ戻ろうとしてアキちゃんに気付く。奥の部屋の様子をうかがう。娘も息子も出てくる気配はない。ヨシ!

 じっくりと寝顔を鑑賞し、ほっぺにチューをする。ついでに鼻の頭にもチューしてみる。

「うにゅ……」

 アキちゃんが顔をしかめて身動きした。しかし目を覚ましそうにないので唇にもチューしてみる。

 まだまだ行けそうなので胸に触れてみる。最初は軽く形状を確認。続いて弾力を確認する。先端を刺激してみる。アキちゃんの体がビクンと反応する。

 よし、行ける。一番敏感な部分に触れてみる。……触れただけでは反応なし。もう少し強く押してみる。

「んっ、んふっ……」

 アキちゃんの口からえっちな声が漏れた。ゆかりんが舌なめずりして指を動かす。

「んっ、んあっ。んふぅ……」

 アキちゃんの身体が大きく痙攣した。ゆかりんはよっしゃ!と心の中で叫びガッツポーズ。

「ほらアキちゃん、起きて。だらしないよ」

「んあ~」

「はいお水」

「さんきゅ~。なんかエロい夢見てた気がする~」

「うふふふふふふ。今夜は一緒にお風呂入ろうねえ( ≖͈́ ·̫̮ ≖͈̀ )ニチャア」

「目が怖いよゆかりん」


・アキちゃん、ナプキンを使うのこと


「ゆかりん、お腹痛いんだけど……多分アレ……」

「あ、とうとう来たか。用意してあるよ。使い方わかる?」

「わかる……と思うけど自信ない。教えてくれる?」

「いいよー」

 仲良くトイレに向かう二人。葉月が不思議そうに見送る。

「お父さん整理は初めてでしょ? よくわかったねー。こういう時ってさ、大量出血に驚いて大騒ぎするのがTSものの定番じゃん」(メタ発言)

「おいおい、こう見えても中身アラカンのおっさんやぞ? ママと連れ添って二十年やぞ? お前の時も見てるし、だいたい見当つくわいwww痛てて(>_<)」

 トイレから出てきて、なんかゴワゴワすると渋い顔のアキちゃんであった。


・アキちゃん、コスプレするのこと


「お父さんお父さん、次の日曜空けといて~」

「なんで?」

「(同人)イベントあるからさ。一緒に行こうよ。○方オンリーだよ~」

「ほお。久々だなあ。ママも行くのかな?」

「行くよ~」

「睦月は……行かんかぁ」

「う~ん。こういうの興味ないみたいだからね~」

「残念。しかしフォロワーさんたち元気かなー。まだコスプレ続けてるのかなー」

「あ、お父さんにもコスしてもらうからねー」

「あんだって!?」

「おとうさんに」「コスして」「もらう」

「いや、聞き取れなかったわけじゃないからね?」

「いやあ、相互のレイヤーさんにお父さんの写真見せたらさー」

「見せたんかい(汗)」

「一緒にコスしたいって言うからさ。いいよね?」

「よくあるか。オレは見る専だよ」

「もったいないって。お父さん素材最高にいいんだからさー」

「衣装もないし、メイクもしたことないぞ」

「衣装はもう買ってあるし、メイクはわたしと母さんでやるから問題ないよ~」

「う~。お前らもやるよね? まさかオレ一人とか言わないよね?」

「言うわけないじゃんwww三人でやろ」

「キャラは?」

「うん、○雲一家。お母さんがパープル、わたしがシアン、お父さんはオレンジね」

「うむ……それならまあ……」

「やったー! 決まり!」

「あ、ちょっと待て。更衣室はどうすりゃいいんだ? まさか女子更衣室は使えまいし」

「大丈夫。男性レイヤーさんに付き添いお願いするから」

「なるほど、それなら安心だな。安心……なのかな?」

 当日、晶は初めてコスプレ用の更衣室に入った。更衣室と言っても普段は備品を収納する倉庫として使われている部屋らしい。埃臭く、黴臭く、しかも狭い。

「女子更衣室は会議室使ってたよね?」

「なんだろうね、この待遇の差は」

「まあこんなもんスよwww」

 ワイワイガヤガヤ、男性レイヤーさんたちが着替えをしているところへ晶が入って来たので、様式美とも言うべき騒動が起きる。付き添いの葉月の相互フォロー・もっくす氏が「この人は男性ですからー!」と声を張り上げた。

「ああ、男の娘か。びっくりしたー」

「それにしてもレベル高いっすねー(笑)」

 各人着替えを再開したが、晶が服を脱いだところでまた大騒ぎになった。(様式美②)

「やっぱり女の子じゃないですかー、やだー!」

「男です! 男ですから!」

 みな紳士なので、事情は分からないながらも晶に背を向けて着替えを続けた。晶は皆さんの厚意に感謝しつつ可能な限り素早く自分の衣装に着替えた。白のブラウスに赤いスカートとベスト。ワンピース型だという解釈もあるようだが、晶はセパレート派だったのでヨシ!

 首元に大きな白のリボンを付ける。

 腰には二股の尻尾。キャラのイラストを見るとほぼ百パーセント尻尾がスカートの上にあるが、晶は独自解釈でスカートの中に装着した。

 パニエの着用を忘れていることをもっくす氏に指摘された。知識としては知っていても、実践するとなると難しいものだ。

 ウイッグの前にウイッグネットというものを使うのだと初めて知った。みな初心者には(沼に引きずり込むために)大変親切だ。

 ウイッグを被ったら猫耳を装着。更に袋状の帽子を被るのだが、構造上普通に被ることができないのでピン止めにする。

 足元はレースの三つ折りソックスに革の赤い靴。

 部屋の片隅に一面のみ置かれた姿見。それを借りて全身をチェック。もっくす氏も問題なしとお墨付きをくれた。

 ゆかりんと葉月はもう少し時間が掛かるようだ。タイミングを合わせ、もっくす氏とともに更衣室を出て会場に向かった。メイクを施して貰わねばならない。

 このイベント会場では更衣室でのメイクは禁止だった。広大なホール会場の一角にブルーシートを敷いたパウダーコーナーが設けられており、男女問わずメイクはそこで行うことになっている。以前更衣室代わりの会議室を粉だらけにされて管理会社から苦情が来た結果だと言う。

 椅子に座り、ゆかりんと葉月に黙って顔を差し出すアキちゃんであった。

「お父さん可愛い♡」

「アキちゃん最高♡」

 化粧された自分の顔をまじまじと眺める晶。人生初体験である。コスプレ用のメイクは通常はかなり濃いめなのだが、晶の希望で普段の外出に使えるレベルに留めてもらっている。

「なかなか良いな、これ」

 気に入ったようだ。

「やっぱこの体になった以上は化粧も覚えた方が良いのかな」

新しい扉が開いたのかも知れなかった。

 十一時半を過ぎ、装備が完了した三人は会場を漫ろ歩く。次から次へと声を掛けられる。

 アキちゃんも男なので彼らが何を望んでいるかはよくわかる。ので、ポージングでは色々とサービスしてやった。

「面白いなー(笑)たまにならこういうのもいいかもなー(笑)」

「でもお父さん、あんまり挑発しちゃダメよ。勘違いされるよ」

「判ってる判ってる。気を付ける。独りにはならないようにするよ」

「うん。スタジオ撮影はわたしとだけね」

「あれ? まさかもう予定立ててる?」

「あったり前じゃん(笑)銃剣群舞併せやるから!」

「なんだよ、男装すんのかよwww」


・アキちゃん、コンビニに行くのこと


 某月某日、二十一時過ぎの話。アキちゃんはゆかりんからお使いを頼まれた。正確にはゆかりんがアキちゃんのお弁当用に揚げ物をしようと思ったら片栗粉を切らしていたことに気付き、買いに行くと言い出したのでお使いを買って出たのだ。

「おーい睦月ィ、コンビニ行くから付いて来いや」

「えー? なんだよめんどくさい、一人で行けばいいじゃん」

「こんな時間に美少女一人で外歩かす気かよ。護衛だよ文句言うな。アイスぐらいは奢ってやるぞwww」

 ぶつぶつ言いながらも靴を履く睦月。

「ついでに身辺警備のOJTもしてやろう。ありがたく思えwww」

「思わないよ」

「まずは位置取りだが、警備対象の三歩先を歩く」

「後ろから襲われたらどうすんのさ」

「簡単なことだ。後頭部にも目を付けておけばいい」

「無茶言うなよお」

「無茶なもんか。ホラ、江戸時代の話でさ、妻は夫から三歩下がって歩けって言うだろ? あれは身辺警備の警備員と警備対象の位置関係なんだわ」

「へえ……」

 住宅街を抜け、表通りに出ると人も多くなる。睦月は気が気ではない。こんなところをクラスの誰かに見られたらどうしたら良いのだ。

 コンビニが見えてきた。入り口前には誰もいないようだ。店内にも知った顔はない。良かった、さっさと買い物済ませて帰ろう……と思ったら! 店を出た途端に声を掛けて来る者がいた。

「八神じゃーん!」

「お前もこんな時間に出歩くんだなー」

 OMG、出会ってしまった。遊び仲間の佐藤と鈴木だった。田中もいた。

「あれっ? その子誰? 妹さん?」

「え……あ……そ、その……」

「お前お姉さんしかいないって言ってなかった?」

「まさか、カノジョとか言わねえよな?」

「お、おう」

「かわいい!」

 三人は早速晶に興味を示す。これだから父さんと歩くのは嫌だったのだ。

「初めましてー。アキって言います! お兄ちゃんのお友達ですか?」

 晶が睦月に腕を絡めてきた。ついでにピースサインなどして見せる始末だ。

「ハイッ! あっ、あのっ、オレ佐藤って言います///」

「鈴木です/// 自撮りお願いしていいですか?」

「ええー? 恥ずかしいなあ~(笑)」

「田中です! 良かったらRINE交換お願いします!」

「あー、わたしケータイとか持ってないんで。お兄ちゃん経由でお願いできますか?」

「八神ィ! 頼む! 頼むう!」

「やだよ。遠回しに断られてるんだよ、察しろよ!」

「そんな~。お義兄さまあ~(´;ω;`)ブワッ」

「ええい、泣くな見苦しい!」

「あまり遅くなると叱られるんで! わたしらはこれで!」

「ああ~、妹さまあ~! 待って、待ってえ~!」

 家へ帰る間中、晶は上機嫌だった。自分の演技力にすっかり満足しているのだ。どうもコスプレイベントで「演じる」面白さに目覚めてしまったようだ。

「親父い! お前いい加減にしろよ!」

 家に帰った途端、睦月が晶に掴みかかった。と思ったら大腰で投げ飛ばされ、そのまま十字固めで制圧された。葉月が割って入らなかったら睦月の関節が可哀そうなことになっていたかもしれない。(睦月が父親の胸の弾力やら太股の弾力やらを感じて興奮してしまったことは内緒だぞ!)

「おお痛え……父さん、あれどういうつもりだよ」

「何が?」

「なんで妹なんて言ったんだよ」

「あの場面で父親と名乗ったとして治まると思うか?」

「思わない」

「だからあの場はあれでいいと思うぞ。あっ、もしかしてカノジョの方が良かったか?」

 睦月がため息を吐き出す。

「父さんはこのままでいいと思ってるのかよ」

「戻れるものなら戻りたいさ。だが、水は方円の器に従うと言うだろ。いま現に俺の魂はこの美少女の器に収まっている。ならば美少女としてそれに相応しい行動をとるのが正解だろう」

「自分で美少女って言った……」

「でもまあ、思春期の少年には申し訳ないことをしたかな。田中くんには一度お茶するだけで良ければOKと伝えておいてくれ」

「そういうこと言ってんじゃねーよ!」

 切れ散らかして自室に閉じこもる睦月を黙って見送る晶であった。


・アキちゃん、家族の絆を再確認するのこと


「お父さんってさー、最近女子力の上がり方半端ないよねー」

 某日夕方、晶の帰宅予定時間の一時間ほど前。リビングでのティータイム。葉月が誰にともなく話している。

「いつの間にか服もコスメも増えてるし、メイクめちゃくちゃ上手になってるし」

「昔から手先も器用だし、凝り性だからねえ。興味を持ったらとことんやる人だから」

「わたしもう負けてるわ~(笑)」

「わたしも~(笑)」

「もううんざりだよ!」

 睦月が叫んだ。

「だらしねぇ格好してパンツ見せびらかして寝てるし、いい歳こいたおっさんのくせして女みたいな真似するし、女もの着て喜んでるし、自分で美少女って言うし、意味もなくべたべたくっついて来るし、あったかいし柔らかいしいい匂いするし、挙句の果てに俺の妹の振りするってどういうことだよ。いまだに誤解解けてないんだぞ!」

(うち)でだらしないのは前からでしょー。何を今更」

 葉月があまりフォローになっていないフォローを入れ、由加利は目を閉じたまま難しい顔で息子の訴えを聞いている。睦月が一息ついたところで真っ直ぐに目を見た。

「で、睦月はパパにどうしろと言いたいの?」

「あんなの父親じゃないよ。もう一緒に居たくない。顔も見たくない!」

「ふ~ん。じゃあ出て行けば? 止めないわよ?」

「なっ!……なんで俺が出て行かなきゃならないんだよ!?」

「一緒に居たくないんでしょ? パパを追い出すわけには行かないし、アンタが出て行く以外にないじゃない」

「だからってなんで俺が出て行く話になるんだよ。親父をなんとかすりゃいいじゃないか!」

「なんとかって?」

「……だから、なんとかだよ!」

「具体性に欠けるわね。そんなの意見とは言わない。只の我が儘。聞く価値無いわ」

「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッ!!」

「具体的に、パパをどうしたいのか言ってごらん。そんな度胸があるんならね」

 由加利は睦月をナチュラルに挑発している。睦月もその先を言ってはならないことをさすがに弁えている。だから論を横に曲げた。

「母さんたちはあれでいいのかよ」

「えー? なんか問題あるー?」

 葉月はキョトンとしている。

「お父さんはお父さんよ。見た目が変わったくらいで騒ぎなさんな」

「俺は嫌だ!」

「じゃあ出て行け! 今すぐ! パパかあんたかなら、母さんは迷わずパパを選ぶから!」

 売り言葉に買い言葉。感情がぶつかり合い、暴走している。葉月がいなければどうなっていたか分からない。

「まあまあお母さん落ち着いて。睦月の心情も酌んであげてよ。あんなに可愛い女の子と一つ屋根の下で暮らすことになったら、男子高校生は平常心じゃいられないって」

「え? そうなの? ごめん睦月、お母さん短慮だったわ」

「そ、そんなわけないだろ!」

「えー? この前関節技喰らったときにTNTN大っきくしてたじゃんwww」(←ああっ、葉月さんそれ内緒のやつ……)

「違うもん! みんなの莫迦ー!(泣)」

 睦月は泣きながら家を飛び出した。

「どこへ行く気かしら」

「さあ~。財布もスマホもそこにあるし、遠くには行けないでしょ。お腹が空いたら帰って来るんじゃない?」

「一応パパに連絡しとくか」


「お父さんはさ、女の子になっちゃったこと、どう思ってるのかな」

 静かになったリビングで、葉月がポツリと言葉を漏らす。

「なんだか全然気にしてないと言うか、むしろ楽しんでるよね、どう見ても」

「そだねー。まあ本心は解らないけどね」

 由加利が次のコーヒーを二人のカップに注ぐ。

「お父さんてさー、なんであんなにお気楽なのかなー?」

「気楽じゃないと思うよー(笑)一時は退職考えるほど思い詰めてたもん」

「そっかー。お父さん、ずっとあのままなのかな……」

「どうかなあ。だとしても、それなりにやっていくんじゃない? パパは昔から順応性は高い人だったし、現に今も普通に働いてるしね。羨ましいわ(笑)」

「お母さんは真逆だよねー(笑)」

「そうそう(笑)何処へ行っても馴染めないの(笑)学校じゃずっとボッチだったしアルバイトはひと月続かないし。そりゃ碌に仕事も出来ない新人が偉そうに自己主張してりゃそうなるわな。あの時パパと出会ってなければ、今頃行き詰まって首括ってたわ。パパのお陰で今まで生きて来られたし、同人も続けられたし、感謝しかない。パパがどんな姿になっても関係ない。ただ一緒に生きるだけだから」

「愛し合ってるよねー。わたしも結婚するならお父さんみたいな人がいいなー」

「つまり、可愛い女の子がいいと?」

「ちゃうわ(笑)」


 十八時三十分。いつもよりかなり遅めに晶が帰宅した。

「ただいま~」

「お父さんお帰りなsあら睦月、あんたもお帰り~」

「おう。駅前でばったり出会ってな。ちょっとアクドでコーヒー飲んで来た(笑)」

 気まずそうな睦月に比べ、晶は喜色満面、気持ち悪いくらいだ。

「お帰りアキちゃん、何か良いことあったの?」

「ん~?」

 晶は答えず、代わりに小首を傾げて見せた。

「あっ、お父さんヘアピンしてる!」

「ホントだ。いつ買ったの?」

 晶が好きなゲームキャラをイメージしたとはっきり判る、紫色の傘をモチーフにしたクリアレジン製のヘアピン。恐らくハンドメイドだろう。

「こいつがくれたんだよ。ちょっと遅れたけど、誕生日プレゼントだってさ」

「「ええ~?」」

 母と娘がユニゾンで応える。

「どうしちゃったの、睦月……」

 あれほど晶の女の子姿を嫌がっていたのに。

「いや……自作したんだけど……渡す機会がなくて……」

「という訳だ。どうだ、似合うか?」

「うん、すっごい似合ってる! 女子力カンストしてるよ~(笑)」

「わっはっはっ。そうだろう、そうだろう(笑)」

「アキちゃん、彼氏からプレゼント貰って喜んでる女の子みたい(笑)」

「そうかそうか。実はな、今度の休みに二人で出かけることにしたぞ」

「なんだよそれ(笑)デートかよ(笑)」

「それより早く晩ご飯食べようよ。お腹ペコペコ」

 こうして八神家の夜は過ぎて行く。明日も良い日でありますように。


隊長、取材協力ありがとうございました。

特定されたらごめんなさい。

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― 新着の感想 ―
読んでいてずっとニヤニヤが止まりませんでした! お仕事描写がリアルで、警備員という職業の誇りがしっかり伝わってきます。それでいて、美少女化というトンデモ展開をこんなに真面目に面白く描けるなんて…最高で…
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