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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

いつも貴方がそばにいた

ボーイズラブです。異世界=作者の妄想の世界。よろしくお願いします。ハッピーエンドです。

 僕には婚約者がいた。でも、先日婚約を白紙にして欲しいと言われてしまった。彼は、別の令嬢と婚約をするらしい。彼が令嬢に怪我を負わせてしまったんだ。幸い、服で隠れる位置だと言う。手違いとは言え、令嬢の今後の事を考えると責任を取らなければならない。僕達の婚約は、まだ正式なものでは無かった為、心苦しいが白紙にしたいと言われた。

「君の事を愛している。俺も辛いんだ、、、」

と言いながら彼、カーティスは涙を溢した。僕も一緒に涙を流した。小さい頃から仲が良かった。カーティスから結婚したいと言われた時は嬉しかった。彼と彼の両親が来て、僕の両親に婚約の話しをしに来た時、父は反対しなかったけれど、正式に婚約するのは、二人がもう少し大人になってからにして欲しいと言った。



 僕は何も出来なくなった。部屋から出る事も、食事を取る事も出来ない。僕の世界は布団の上になった。

「フランシス、、、入っても良いかい?」

ドアをノックして、兄様が聞いてくれる。僕はベッドから降りてドアまで歩く。カチャリと音がして、ドアをそっと押す。

「兄様、、、」

ジョージ兄様がスープとパンをトレーに乗せて立っていた。後ろにはヴィクターがいた。

「少しで良いから食べなさい」

「ありがとう、、、」

兄様とヴィクターは静かに部屋に入り、テーブルの上にトレーを置く。スープとパンを僕の前に置くと二人掛けの椅子に座る。

「少しは元気になったかい?」

兄様に聞かれて、首を横に振る。兄様は、仕方ないなと言う様に小さく笑う。

「今日は少し、庭に出ないか?」

と誘われて、窓から外を見る。もう、3日も部屋から出ていない、このままではいけないと思いながら、ずっと部屋に篭っていた。

「ヴィクターも心配しているよ」

ヴィクターは兄の友人だ。兄と同じ騎士見習いで、いつも一緒に行動している。

「心配掛けてごめんなさい、、、。そうだね、いつまでも部屋の中ばかりじゃいけないね、、、。今日は外に出てみようかな?」

そう言うと二人はホッとした顔をした。

僕はゆっくりスープを飲んで、パンを食べた。兄様は侍女を呼び、庭に昼食を準備する様に指示を出す。

「フランシス、ヴィクターもいるからちょっとお洒落をしておいで」

兄様は僕の頬を撫でると、ヴィクターと二人で部屋を出て行った。僕は侍女にお風呂の準備をしてもらう。日が登って、明るい時間にお風呂に入ると少し元気が出て来た。侍女が気を利かせて、優しい香りの花びらを湯船に浮かべてくれていた。湯船に浸かりながら、洗髪をしてもらい、泡を流してもらうと鬱々とした気持ちが少し晴れた気がする。オイルマッサージをして貰い、髪も香油で整えるとさっきまでのボロボロの自分とは全く違う、辺境伯家の次男が出来上がった。

 兄様は辺境伯家の長男として、午前中は毎日騎士団で剣術や体術を習っていて、午後は父の仕事を手伝っている。僕は朝から勉強ばかりしていた。小さい頃は剣術や体術を習っていたけど、センスの無さに家族みんなが諦めた。その代わりに兄を補佐出来る様に、色々な勉強をして来た。ヴィクターは兄の友人で、騎士団で兄と同じ騎士見習いとして、午前中は訓練をして、午後は騎士団の仕事をしている。今日は2人共休みを取ってくれたのかも知れない。

 準備をして、侍女の後について庭に出ていくと、ピクニック風にしてあった。大きな敷物が敷いてあり、バスケットの中に沢山の食べ物と飲み物が入っていた。兄様とヴィクターは先に来ていて、寛いでいる。

「フランシス、上がって」

兄様の声は優しい。

「何が食べたい?」

バスケットの中には、色彩豊かに盛り付けられたサンドイッチが沢山入っていた。

「ワインを頂こうかな、、、」

そう言うと、ヴィクターがワインを取り出し、グラスに注いでくれる。固形物は、さっき食べたからまだ身体が受け付けない。ヴィクターがグラスを僕に差し出して

「どうぞ」

と言う。

「ありがとうございます」

にこりと笑う。ワインを飲みながら、小さい頃、婚約者だったカーティスと一緒にピクニックをした事を思い出す。何をしてもカーティスに結び付けて考えてしまう自分が嫌になる。

 何故、相手の令嬢に怪我なんて負わせてしまったのか、、、。後半年程で正式に婚約出来たのに、、、。カーティスに会いたくて堪らなかった。涙が溢れて来る。ワインを飲んで誤魔化すけれど、誤魔化しきれない。カーティスはいつも優しかった。幼い頃はよく、領地を行き来をして一緒に遊んだ。お互いの勉強が始まると回数は減ったものの、手紙のやり取りや、プレゼントを送り合っていた。こんなに、カーティスが好きなのに、結婚出来ないなんて辛い。涙が溢れてくると、もう止まらなかった。3日間、あんなに泣いたのに、まだ涙が溢れてくるなんて、、、。ヴィクターが僕の手からグラスを受け取る。そっと背中を摩ってくれた。涙は止まるどころか、更に溢れてくる。どうにもならないとわかっている。涙を止めなければとも思う。でも、僕の感情は壊れてしまった様に自制が効かなくなっていた。

 カーティスに会いたい、カーティスに会いたくて堪らない。カーティスもきっと僕に会いたいと思っている筈だ。僕はいつもそんな事ばかり考えていた。気持ちが浮かないまま、3ヶ月も経っていた。たまに父上から釣書を見せられるけど、どうしてもお見合いをする気にならなかった。

「フランシス、街に買い物に行かないかい?」

兄様に誘われた。街?街に行ったら、もしかしたらカーティスに会えるかも知れない。偶然会うなら、、、。

「行きたいです」

「母上の誕生日も近いし、何か素敵な物を探そうよ」

「良いですね」

僕達は昼食を取ってから、ヴィクターと3人で街へと向かった。

 いくつかのお店を見て回り、母上の贈り物を探す。母上はどんな物を受け取っても喜んでくれる。物よりも、母上の為にプレゼントを選んでくれた行為が嬉しいと言っていた。優しい母だ。でも、今日はなかなか良い物が見つからない。それもその筈だ、僕は母上のプレゼントを探しながら、カーティスを探していたから、、、。

 休憩をしようと、3人で入ったカフェにカーティスがいた。新しい婚約者と一緒だった。

「カーティス、、、」

兄様とヴィクターはギョッとした顔をした。婚約者のお腹が大きく膨らんでいたからだ。

「フランシス、此処はやめよう」

兄様が言うと、ヴィクターが僕を隠す様にカーティスと僕の間に立った。でも、僕にはたった一瞬だったのに、全て見えてしまった。カーティスの幸せそうな笑顔、婚約者の大きなお腹と穏やかな笑顔。僕は捨てられたんだとわかった。 膝がガクガクと震え、立っていられない。ヴィクターの腕を握りしめ、身体を支える。涙が溢れて来た。ヴィクターが僕を抱き上げ、早足に店を出る。そのまま馬車まで戻り扉を閉める。僕はヴィクターの腕の中で泣いた。ヴィクターにしがみついて、力の限りヴィクターの上着を握りしめた。馬車の扉が開いて、兄様が入って来た。すぐに馬車が走り出し、僕達は街を出た。街を抜けて、馬車の走る音が響く、僕はやっと声を出して泣く事が出来た。今まで我慢して来た分、大きな声で長く長く泣いた。ヴィクターが僕を膝に乗せたまま、抱きしめていてくれたので、僕は疲れて寝てしまった。

 カーティスとの事は何も変わらなかった。婚約がまだだったし、こちらもカーティスの裏切りに気付かず了承して、サインもしてあったからだ。僕は益々城から出る事が出来なくなった。

 僕は夜になると毎日、城の最上階、屋上に行く。階段を一段一段、ゆっくり上がり木の扉を押し開けて外に出る。街とは反対側の、城の裏手には山並と深い森が見える。全てが真っ暗だ、空には星と月明かりがあるけれど、月明かりの当たらない森の中は不気味だ。

「フランシス、危ないから下がりなさい」

僕はゆっくり振り返る。

「兄様」

兄様とヴィクターが静かに近づいて来る。

「毎晩、部屋からいなくなるから、どこにいるかと思ったら、、、夜は危ないからね」

兄様がにっこり笑う。僕は大人しく兄様に近付いた。


 昼間は勉強があるから、大分良くなって来たけど、夜になるとどうしてもダメだった。眠る事も出来ないし、思考が悪い方へ向かう。大きな窓から、月明かりが入り始めると外へ出たくなる。ベッドから起き出して、上着を一枚羽織るとそっとドアを開ける。ドアの外にヴィクターが立っていた。

「夜の散歩ですか?」

昨日、城の最上階にいるのを見つかってしまったから、見張られているのかな?考えていると、ヴィクターがそっと手を出した。

「どうぞ」

僕が右手を乗せるとエスコートする様に歩き出す。

「どこに行きたいですか?」

聞かれて、僕は

「庭に、、、」

と答えた。上には行けない。高い所に昇ると心配されてしまう。

 夜の庭は、昼間と違った。虫の鳴き声や、動物の遠吠えが遠くに聞こえる。月明かりが庭を照らしていて、明るい。ゆっくり、ゆっくり庭を歩く。ヴィクターから、手を離そうとすると、キュッと指先を握られた。

「?」

顔を見上げると、にっこり笑っている。このまま、手を繋いでいてもいいかな?と思いながら、庭の1番短いコースを一周する。

 空を見上げると、月明かりの逆光を受けて、黒くなった雲が月を隠そうとしている。流れる雲はいつまでも見ていられる。僕がそろそろ部屋に戻ろうとすると、ヴィクターも向きを変える。今日はゆっくり眠れるかも知れない、、、。



 朝、目が覚めると少しスッキリしていた。朝食を取りに食堂へ向かう。途中で、騎士団が鍛錬しているのを見に行こうと練習場へ寄ってみる。兄様とヴィクターがいた。僕も同じ男なのに、身体付きが全然違う。2人の動きは機敏でカッコいい。ついつい見惚れて、長居をしていると兄様が

「フランシス!」

と僕を呼んだ。その瞬間、練習中だったヴィクターの剣が弾かれ、飛んで行った。誰もいない場所に落ちたから、怪我人は出なかったけど、僕はヴィクターに怪我が無いか心配になった。ヴィクターは何事も無かった様に剣を拾う。兄様が、ヴィクターの肩を叩き、声を掛けてからこちらに来る。

「今から朝食かい?」

「はい。兄様は?」

「僕達もこれからだよ。フランシスも騎士団のみんなと一緒に食べない?」

「え?良いんですか?」

「たまには良いじゃないか」

騎士団はいつも、別の食堂でみんなで食事を取っていた。僕はまだ、1度も騎士団の方達と一緒に食事を取った事が無かった。

「ご一緒したいです」

「わかった。僕達は汗を流してから行くから、母上達にこちらで食事をする事を伝えておいで」

「はい。ありがとうございます」

僕は、少し早足でいつもの食堂に向かい、母上に声を掛けてから騎士団の食堂に向かう。

 騎士団の食堂は広くて、賑やかだった。マナーなんて無くて、お腹を空かせた身体の大きい人達が、ガツガツと食事を摂る姿は、初めて見る光景だったけど、食べ物がどれも美味しそうに見えて、急に僕のお腹まで空いて来たみたいだった。

 僕は兄様とヴィクター、他に数人座っている席に呼ばれた。ヴィクターが席を立ち、一緒に食事を取りに行ってくれる。トレーを取り、大皿とスプーンとフォークを並べる。何種類かのメニューが、大皿に盛ってある。それを、自分の食べられる分だけ装る。僕は、数種類の野菜と、少しのお肉、パンを一つとスープをもらった。

「それだけでいいの?」

一緒に取りに行ったヴィクターのお皿を見て、びっくりした。大皿に山盛りのおかずとパンが3つも乗っていた。それにスープをもらい、にっこり笑っている。僕が返事も出来ない位驚いていると

「みんな待っるから行こう」

と言ってくれた。

「フランシス様はそれだけですか?」

席に着くと一言目に言われた。みんなのお皿を見ると、ヴィクターのお皿みたいに山盛りになっていて、すごいと思った。

「みんなの身体のどこに、そんなにたくさん入るんですか?」

ポカンとして聞くと、一斉に笑われた。

騎士団の方々はみんな優しかった。僕が水を忘れたら、何も言わずに持って来てくれるし、たまに話しを振ってくれる。僕はこの騎士団に守られているんだと思うと、なんだか嬉しかった。

 午後は兄様と一緒に領地の勉強をした。兄様は仕事をしていたけど、わからない事があるとすぐに教えてくれた。


 夜になると、僕はまた外に出たくなる。昨日、ヴィクターがいたから、今日は少し早い時間に外に出ようとした。そっとドアを開けるとヴィクターが立っていた。

「今日は、どちらへ行きますか?」

左手を差し出して言う。

「今日も庭へ」

と答えると、ヴィクターはにっこり笑う。

「あの、、、毎晩立っているんですか?」

「今日で2日目です」

「昼間の仕事に支障は無いのですか?」

「大丈夫ですよ、訓練していますから」

「でも、、、」

「貴方の身に何かあると心配ですから」 

「すみません、、、。いけない事だとわかっているんですが、どうしても眠れなくて、、、」

「私の事は気にしないで下さい」

「本当にありがとうございます」

僕達は今日も庭を散歩する。今日は昨日よりも少し長いコースを歩く、林の脇を通る時、ヴィクターが僕の指先をキュッと握って、人差し指を口に当て

「しー、、、」

と小さく言う。その指で、目の前の木を指さす。何かがいる。小さな動物で、目が真っ黒だった。まだ、僕達に気付いていないみたいで、大人しくしている。可愛い。木に小さな穴が開いていて、その動物はしばらくすると穴の中に隠れてしまった。またその穴から出て来ないかと、しばらく見ていたけど、その動物は2度と出て来なかった。

「可愛かった、、、」

僕は何だか、ホワホワしてウキウキしていた。

「ヴィクター、ありがとう」

2人でゆっくり散歩をして、部屋へ戻った。

 次の朝も、騎士団の鍛錬を見に行く。僕はヴィクターを見つけるのが得意になっていた。兄様とヴィクターは見習い騎士の中でも年長者だからか、やっぱり強いと思う。朝食はいつもの食堂に行った、本当は兄様やヴィクターと一緒に取りたかったけれど、いつも押し掛けては邪魔になるような気がしたからだ。でも、週末にはもう一度一緒に食事を取りたいと思った。

 

「フランシスは、ヴィクターの事どう思う?」

「兄様?」

「相変わらず、釣書に興味を示さないと父上が言っていたから、、、」

「いずれ結婚しなければいけないと、わかっているんですが、、、。カーティスがどうして彼女を選んだのか考えると、やっぱり僕が男だったのが原因だと思います。自分の血筋を残したいのは、当然の欲求ですから、、、」

「ヴィクターと婚約するのはどうかな?」

「彼もきっと、ご自分の子供が欲しいと思いますよ、、、。僕も女性と結婚すれば良いのかな、、、」

ジョージの指先がピクリと動いた。



「ヴィクター、、、のんびりしていたら、フランシスは女性と結婚すると言い出すかも知れない、、、」

ヴィクターはポカンとした。

「え?」

「今日、フランシスが「僕も女性と結婚すれば良いのかな」って言い出した、、、。今まで、カーティスがいたから気付いて居なかったけど、フランシスは自分が女性と結婚しても良い事に気がついた、、、」

「、、、」

「ヴィクター、、、まだ告白していないのか?」

「フランシスの傷の深さを考えると、なかなか言い出せなくて、、、」

「お前、、、」



 夜、フランシスはそっとドアを開けた。今日は、別の騎士が立っているかと思っていたのに、ヴィクターがドアの前に立っていた。

「あの、ヴィクター、、、。今日は出掛けないから、ちゃんと休んで下さい、、、。今日で3日目ですよ、、、流石に」

「フランシス、本当に大丈夫ですか?」

「、、、はい」

「本当に?」

フランシスは自分がヴィクターと、夜の散歩に行きたいのがわかっていた。ヴィクターの目を見ながら

(今日で最後にしよう、、、。毎晩、付き合わせてはいけない)

と思っていた。 

「今日で最後にします。だから、明日からちゃんと身体を休めて下さい」

「わかりました」

そう言って、左手を差し出す。

「約束ですよ」

フランシスが上目遣いで言う。

 フランシスは昨日の小さな動物が見たくて、林の方へ行きたかった。ヴィクターが付いているし、そんなに奥まで行く気も無かった。城の裏手にある、小さい林だ。いつもの庭よりも歩きにくかったけど、何だかワクワクした。フクロウの鳴き声や、

虫の鳴き声がする。今日は昨日よりも雲が多くて、少し暗い。林の入り口まで来るとフクロウの鳴き声が止んだ。虫の鳴き声もしなかった。いきなり近くからバサバサと鳥の羽の音が近付いて来て、ヴィクターがフランシスを庇う。頭上ギリギリを狙って飛び去って行った鳥は、さっきまで鳴いていたフクロウだった。2人は無言のまま、飛び去って行ったフクロウを見る。

「、、、怖かった、、、」

「フクロウの爪は鋭いですから、気が付いて良かったです」

ヴィクターは、フランシスの襟が捲れているのに気付いて、そっと直した。告白するなら今だろう、、、。そう思いながら、なかなか最初の一言が出ない。フランシスが歩き出す。木の表面を探しながら

「さっき、フクロウがいたから怖がって隠れちゃったかな、、、」

と淋しそうに言う。しばやくすると鳴き止んでいた虫の声が聞こえて来た。フランシスは今日で最後だと思うとなかなか帰りたくなかった。

 ゆっくり庭を回り、最後の散歩を楽しむ。部屋の前に着くとヴィクターに

「3日間ありがとう。明日から僕もちゃんと寝るから、ヴィクターも夜はちゃんと休んで下さい。おやすみなさい」

と言って、静かに部屋に入った。ヴィクターは結局思いを伝える事が出来なかった。



 夕方、フランシスが勉強を終えて部屋で休んでいると城の中が騒がしい。どうしたのかと部屋から出ると、侍女達がパタパタと走り回っている。

「何かあったのですか?」

「それが、騎士団の方が数名怪我をされたようで!」

フランシスは急に不安になって、侍女の後を追う。

「兄様!」

「フランシス!」

「何があったんですか?」

「近隣の森林を警備していた騎士団が盗賊に襲われた。盗賊は捕縛したが、数名怪我をしている。ヴィクターも、、、その、、」

フランシスは息を飲んだ。ヴィクターも怪我をした!急いで救護しなければ、、、。玄関を入ってすぐの部屋に救護室が出来ていた。フランシスは中の様子を見る。怪我をした人が3人いた。命に別状は無さそうだった。しかし、ヴィクターはいない。玄関の外にも何人かいた。怪我人はいない様だった。もう一度城内に入る、捕縛した盗賊の警備か聴取をしているのか、、、。

「兄様!」

ジョージと話しをしていたのは、ヴィクターだった。フランシスはヴィクターの姿を確認するとヘナヘナと腰が抜けた様に床に座り込んだ。

「フランシス!」

ヴィクターはびっくりしてフランシスに駆け寄る。ヴィクターがフランシスに手を掛けると、フランシスはポロポロと涙を溢した。

「大丈夫ですか?」

ヴィクターはフランシスを抱き抱えると、フランシスの部屋へと向かった。

「ヴィクターも怪我をしているクセに、、、」 ジョージは侍女を呼び止め、ヴィクターの怪我の手当てをさせる為に、フランシスの部屋へ向かわせた。


 ヴィクターはフランシスをベッドの淵に座らせた。

「気分はどうですか?」

フランシスはヴィクターの怪我に気が付いた。

「ヴィクター、血が、、、」

「止血はしてありますが、フランシスの服に付いてしまいましたね、、、すみません」

「そんな事はいいんです、、、傷は、、、」

「フランシス様、失礼します」

入り口で侍女が2人、ヴィクターの傷の手当ての為に来ていた。

「お願いします」

侍女は止血していた布を取り除き、ヴィクターの洋服を脱がそうとする。傷は左肘から手首まで広範囲に切られた傷だった。時間が経った血液が、衣服と傷口をくっつけてしまい、洋服を切らないと手当てが出来なかった。フランシスはポロポロと涙を流す、傷の長さに驚いて涙が止まらない。

「フランシス、大丈夫です。深い傷ではありません。表面だけの浅い傷ですから、ただ範囲が広いから酷い傷に見えるだけです、、、」

「僕にも、何かお手伝い出来ますか?」

フランシスは侍女に聞く。侍女はにっこり笑い

「フランシス様、それではヴィクター様の右手をギュッと繋いで差し上げて下さい」

「わ、わかりました」

フランシスは素直に両手で、ヴィクターの右手を握った。侍女は丁寧に服を切り裂き、傷口から剥がしていった。たまにヴィクターの右手に力がはいる。その度にフランシスはハラハラする。傷口から布を剥がすと消毒液を何度も付けた。固く乾いてこびりついた血液も時間を掛けて拭っていく。たまに、傷口から新しい血が滲み始める。確かに傷口は浅かった。しかし、包帯を巻くと大怪我をしている様で、ヴィクターは少し困った顔をした。

 フランシスはヴィクターの右手を握ったままだった。

「あの、フランシス?」  

「?」

「手を、、、」 

フランシスは真っ赤になりながら、手を離した。

「ご、ごめんなさい!」


 侍女達が、切り裂いた服を片付け、汚れた床を綺麗にする間、フランシスとヴィクターは騎士団の食堂に場所を移した。先に食事を取った者から席を外し、食堂には数人いるだけだった。救護室で手当てを受けていた者も酷い怪我では無かった様で、食事を取り自室へ帰って行った。

「お腹、空きましたね」

フランシスがトレーに大皿とスプーン、フォークを乗せる。

「ヴィクターはどれが食べたいですか?僕が装りますよ」

「ありがとうございます」

「、、、熱、、、」

フランシスはヴィクターの頬を触る。ヴィクターの瞳が潤い、熱っぽい顔をしていた。

「食欲はありますか?これから発熱しそうですが、今の内に食べておきますか?」

「食べます。食べないと、、、」

フランシスは先に水をコップ一杯注ぎ、ヴィクターの前に置く。大皿に、全種類装りヴィクターの食べられるものを食べてもらう。食欲はある様だった。最後にもう一杯水を飲んで自室に戻る。フランシスは、ヴィクターの部屋まで付き添う。発熱が始まっているとはいえ、ヴィクターは1人で歩いていた。

「もう大丈夫ですよ。フランシスはまだ食べていないでしょう?ジョージも心配してると思いますから、どうぞ、お戻り下さい」

「でも、、、。そうですね、、、部屋に戻ります。、、、おやすみなさい」

本当は熱が引くまで、ヴィクターと一緒にいたかった。でも、ヴィクターに婚約者がいたら?恋人がいたら?僕は一緒にいるべきではないと考えた。

「夜中に一度、侍女に様子を見てもらう様にするので、何かあったら侍女に言って下さい」

そう言ってから、静かにドアを閉めた。


 もし、ヴィクターに婚約者か恋人がいたら、、、。一度考えてしまってから、フランシスは罪悪感で一杯になってしまった。自分はカーティスの時、あんなに苦しんだのに、誰かを傷付けてしまう所だった。そんな事を考える内に、ヴィクターに会ってはいけないと思う様になった。いつまでも1人でいるからいけないんだ、釣書はたくさん来ていたから、早くお見合いをしなくては、、、。

 

「お見合いをする?」

「はい。今のままでは、いけないと思うのです」

昨日はヴィクターと良い感じだったのに、何があったんだろう、、、。

「ヴィクターは?」

「昨晩、発熱が始まりました」

(違う、、、その返事じゃない、、、)

「傷による発熱かな?」

「おそらく、、、」

「父上の所にある釣書を持って来ようか?」

「お願いします」

ジョージは席を外し、ヴィクターの私室に向かう。ヴィクターの熱は大分下がっている様だった。

「ヴィクター?」 

ノックとほぼ同時にドアを開ける。

「ジョージ」

「お前、何やってるの?フランシスがお見合いしたいって言ってるけど?」

「え?どうして?」

「それはこっちが聞きたいね。昨日は良い雰囲気だっじゃないか。何があったんだよ」

「何も、、、何も無いよ?」

「、、、それが原因なんじゃないか?」

「?」 

「お前が何もしないから、フランシスはお見合いしようとしてるんじゃないのか?」

「え〜、、、」

(ホント、フランシスの事になると弱気だな、、、)

「お前の釣書、無いのかよ」

「そんなの、無いよ」

「じゃあ、今書け」

「そんな、無茶苦茶だよ」

「良いから書けよ。フランシスと結婚したいんだろ?」

「したい、、、」

「じゃあ、書け」

ヴィクターの文字は流れる様に美しかった。ジョージが一通りチェックする。

「良し、最後に、、、」


 ジョージはその足で父上の部屋に行き、釣書を全部預かった。そして、1番上の釣書の中身をヴィクターの物と差し替えると、ヴィクターを連れて、フランシスの元へと戻った。

「お前は此処で、フランシスの事を見とけよ。合図をしたら入って来い」

ジョージはドアを少しだけ開けたままにして、フランシスの部屋に入る。

「フランシス、父上の所から全部持って来たよ。僕のお勧めは1番上だ」

「ありがとう、兄様」

「今、見てくれる?」

フランシスは1番上の釣書を開く。

「え、、、っと」

「僕のお勧め」

フランシスがポロポロ涙を溢す。

「兄様、、、」

ジョージがパチンッと指を鳴らすと、ヴィクターがそっとドアを開けて入って来る。

「フランシス、、、その、、、」

フランシスはヴィクターの顔を見て、ジョージの顔を見る。

「ヴィクター、ちゃんと自分の口で伝えて」

「あの、、、。フランシス、私と結婚して欲しい」

「ヴィクター様、僕でよろしいんですか?」

「フランシスが良いんだ」

「、、、よろしくお願い致します」



 父である、バーリントン辺境伯は、ジョージに再度確認した。

「フランシスが、ヴィクター第三王子と結婚したいと言っているんだな?」

「はい、そうです。父上」

バーリントン辺境伯は深い溜息をいた。

「ヴィクター第三王子も、同意していると、、、」

第三王子を騎士団で預かる事になった時、イヤな予感はしていた。ただ、その頃はフランシスとカーティスが思い合っていたから、第三王子との婚約は断っていた。今、本人達が結婚したいと言うのなら、認めるしか無いだろう、、、クソっ。

 王とバーリントン辺境伯は、学友だった。所謂悪友で王の方からヴィクター第三王子をジョージかフランシスと結婚させたいと言って来た。フランシスにはすでにカーティスがいたし、ジョージは長男だった。バーリントン辺境伯も悩んではいたが、こうなっては認めるしか無かった。

「あいつの思い通りになったかと思うと、負けた気がして悔しいが、、、」

「父上?」

ジョージが首を傾げる。

「貴方、、、」

母上がにっこり笑う。

「フランシスが幸せになるなら、良いじゃありませんか」

バーリントン辺境伯はもう一度溜息をいて

「、、、そうだな」

と笑う。



 ヴィクターは子供の頃から、バーリントン辺境伯の元でジョージと一緒に、騎士団の鍛錬を積んでいた。ヴィクターはその頃からフランシスが好きだった。ジョージの元に来るフランシスは可愛くて、すぐに好きになった。父や母にも相談したが、もう少し待ちなさいと言われていた。その内フランシスに、カーティスが現れてヴィクターはフランシスと婚約を結べなかった。父とバーリントン辺境伯が仲が良い事は知っていた。バーリントン辺境伯は、例え父が王であっても、フランシスの意思を尊重したのだ。父がフランシスとカーティスとの正式な婚約に横槍を入れていたのも知っていた。正式な婚約に待ったを掛けたのだ。小さい子供の気持ちなら、いつかは変わるかも知れない。正式な婚約は大人になってからにしろと言った。、、、らしい。

 そのお陰で、ヴィクターはフランシスと結婚出来る事になったのだが、、、。



 フランシスはヴィクターと正式に婚約をした。しかし、心配事があった。ヴィクターがカーティスの様に他に好きな女性を作るのでは無いか、やはり自分の子供が欲しいと言い出すのでは無いか、、、。いつも心の隅にあった。

「フランシス、悩み事?」

「兄様、、、」

「ヴィクターの事?」

フランシスの瞳が揺れた。

「カーティスとの事が忘れられなくて、、、」

ドアが思い切り開いた。

「フランシス?まだアイツの事、、、?」

「ヴィクター」

ジョージは溜息をいた。

「本当にお前はフランシスの事になると、ヘタレだな」

フランシスはキョトンとする。

「フランシス続けて」

「カーティスとの事が忘れられなくて、いつかヴィクター様に捨てられるんじゃ、、、無いかと、、、不安で、、、」

フランシスは話しを続ける内に、直接ヴィクターに聞かれている事に気が付いて、顔が赤くなっていく。ヴィクターは、フランシスにそっと近づいた。

「フランシス、私は、貴方がカーティスを好きだった頃からずっと貴方が好きだったんだ」

ジョージはやれやれと思った。

「私の初恋は君で、もう何年も君だけを求めていたよ」

(なんだよ。ヴィクターもやれば出来るじゃないか)

ジョージはそっと部屋を出た。

(出来れば、俺の部屋以外でやって欲しいけど、、、)



「ごめんなさい。ヴィクター様とカーティスを比べている訳では無いんです。ただ、もしヴィクター様がご自分のお子様をお望みなら、僕には叶えられないから、、、その、、、」

「フランシス、君は?君も、自分の赤ちゃんが欲しくなるかも知れないよ?君だって、女性と結婚して、自分と血が繋がった子供を持つ事が出来るだろう?。私で良いのかい?」

「ヴィクター様は、いつも僕の側にいらっしゃいました。何も言わずに、そっと寄り添って下さいました。僕には、ヴィクター様が必要です。貴方は優しいし、貴方の隣は安心出来ます、、、」

「フランシス、、、」 

「それに、釣書に、「愛してます、結婚して下さい」って書いてプロポーズされたのは初めてです」

フランシスは真っ赤になった。釣書にメッセージを書けと言ったのはジョージだった。でも、アレが無ければヴィクターは思いを告げられなかったかも知れない。ジョージには感謝しか無かった。


「フランシス、ずっと貴方が好きでした。いつまでもそばにいて欲しいのは、貴方だけです」

「ありがとう、ヴィクター、、、僕も、貴方のそばにずっといます」



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