1 博美のホイッスル
本当は本隆退助の二周忌は、彼の忌日が十一月四日だからその日なのだけれど、家族の予定がまちまちで、結局正式な会がとりおこなわれたのは十一月七日だった。
「犯人は、きっとあらわれる」
香名子は信じていた。香名子は、きのうの夜、寝台特急に乗って、大阪から、京都mのはじのほうにやってきた。二十二時四十三分に出発し、電車は午前六時十七分に着いた。
新藤卓也——香名子の異母兄弟だったが、彼は8年前に亡くなった。売れない舞台俳優で、演劇中のところを、卓也にとっては珍しかったお客さんに突然銃殺されたのだ。
犯人は名前を中沢幸弘といって、中年どまんなかのサラリーマンで課長であった。春に昇進が決まっていて、酔っぱらっていたそうだ。
指名手配されていることがわかると、中沢は逃亡を始めた。当然昇進はなくなった。
退助を殺したのも、中沢だ……警察の調べで、それはわかっていた。
いっぽうの中沢は、退助と新藤に関係があったとは全く知らず、「すみませんでした」と汚い字で書いた手紙を、香名子のところによこした。
会の一日目の夜に、歯車は動き出した。香名子は博美に、突然誘われた。それが、巨大な陰謀の発端に、はからずしもなったのである。
博美は中肉中背で、香名子は博美を遠縁の、世話ずきな女程度にしか思っていなかった。親戚の集合写真を見せられて、これが博美――と指さすことすらできなかった。
――だから、夜、こうして二人きりになるとは、思いもしなかったのだ。
博美は、みんなベッドに入って、寝静まった実家で、抜き足差し足、テーブルにやってきた。時を同じくして香名子もやってきた。
「ねーえ? あんたちょっとおかしくない?」
不意を衝かれた、と香名子は思った。面倒なことになりそうだった。気のせいですよと言い逃れることもできたが、香名子を夜中まで起こしておいて、まったく自分の予想が外れただけだとわかったとき、博美はどんな顔をするだろう。
「そうかもしれませんね」
程度で、適当に流しておくことにした。
「あたし思うんだけどさー、2人も殺されたのよ。犯人はきょうか、あした、絶対に顔を出すと思うの」
同感だった。香名子はうなずいた。
「だからー、」その後、一気に小声になった。しかし、香名子は聞こえた。
(今夜、一緒に見張らない?)
香名子の体が固まった。「だってー、二分の一よ?」
正確には二分の一というより、夜、朝、昼、夜でやく四分の一というのが正しかったが、博美についていっても案外楽しいかもしれない、などと妙な気がわいてきて、香名子はついにうなずいた。