男装令嬢は今日も眠れない
「クリス・エドワルドよ、其方の騎士の称号を剥奪する」
そう高らかに国王ゴルディアス13世に言い渡された。
なぜ僕が……国のために一生懸命頑張ったのに……。
──2年前。
クリス・エドワルド……1か月前に国内で最強でもっとも格式高い白梟騎士団に入団し、エドワルド家の再興のために今日も模擬戦闘のために野営地へ向かっている。
剣の型は、俊敏さを活かした速攻、連撃型でほぼ数撃で相手を制圧するのが得意である。
剣の型を決めたのは己の非力さを補うため、どうしても他の騎士と比べると腕力で見劣りをするそのために幼少の頃から磨き上げてようやくこの騎士団へと入団することができた。
僕は性別的には女だ。だが、男子に恵まれなかったエドワルド家では、跡取りが生まれない場合、父の代で貴族階級が剝奪されるため、僕を息子として小さい頃から厳しく教育された。
「た、大変だ! メタルヒュージボアだ!」
幌馬車の中にいたが慌てて外へ飛び出すと鋼鉄の猪の魔獣が野営地を縦横無尽に駆け回り、負傷者も出始めていた。
「はぁッッ!」
剣身を少し細くして非力な僕でも素早く振るえるよう加工してある剣が閃くとメタルヒュージボアの頭部に当たるが「ギンッ」と弾かれてしまった。
「クリス逃げろ!?」
所属している小隊の隊長が叫ぶ。猪の魔獣は完全に自分を狙いに定め、方向を変え突進してくる。
「くッ」
魔獣の突進を先ほどかろうじてかわせたが、足を挫いてしまった。避けきれない……。
だが、鋼鉄と比喩される硬い外皮で覆われたメタルヒュージボアの巨体は絹を裂くようにあっさりと分断された。
「ロイド殿下!」
「団長と呼べ」
「しっ失礼しましたロイド団長」
騎士のひとりが呼び間違えて叱られた。
黒髪、黒眼、黒い鎧。手に持っている黒い剣は魔法を纏った剣として知られている。
「名前は?」
「クリスと申します」
「そうか、ペイバル」
「はッ」
「彼を俺の直属に加えたい」
「わかりました。手配します」
え……白梟騎士団の中でも団長直属の騎士は精鋭中の精鋭。そこに入れる?
「うっ」
急に先ほど捻った足が痛み、よろめいたところで抱き留められた。ロイド皇子の胸の中で……。
「ももも申し訳ありません団長」
「……いや、かまわない」
あわてて離れて謝罪する。ロイド皇子と目を合わせることさえ恥ずかしくてできない。
「治療隊のところで治してから俺のテントへ来い」
「はッ」
あせった。よりにもよって皇子の胸に飛び込むとは……。思いだすだけで身体じゅうが熱くなる。
今日から1週間、この野営地で朝から晩まで訓練が待っている。
最初の3日間は対戦形式での訓練や戦場を見立て鎧、剣、盾を持った状態で障害物を乗り越える戦場移動などが主体で4日目以降は、陣形の可変速度や正確性、伝達力向上を目的とした集団での訓練となっている。
ロイド皇子の天幕で、午後からの訓練は皇子が直々に教練をすると伝達を受けた。
午後になり、皇子の指導を受けたが、苛烈を極めた。どんなに速く動いて、自分の持てるすべての技倆をぶつけても小動もしないまるで地中に深く根を生やした大木のように一歩も皇子を動かすことができずにコテンパンにされた。
地面にうずくまり、必死に立とうと頑張るがカラダに力が入らない。そんなクリスの耳元へロイド皇子が近づき耳元で囁いた。
「いいな、おまえ」
その日の夜、その言葉がずっと頭に残り、ほとんど眠れなかった。
「団長、それは?」
「見てのとおりダガーだ」
木でできた短剣を1本前に差し出しロイド皇子が答えた。
意図はわからない。でも団長はふざけた真似はしない。なにか意味があるはず。剣は大きすぎても振り回されるが、小さすぎてもリーチがない分、扱いは難しい。
そのはずなのに……。
どう打ち込んでもあっさりと捌かれる。でも、ロイド皇子は高身長なため、ダガーだと足元が留守になる。常に上半身へ剣を叩きつけ意識が上に行っている間に低く、鋭く滑り込みながら水平に木剣を走らせる。
するとあっさりと捻りながら飛んだ。直後、短剣が自分の右目のそばで停止した。
そもそもこちらが踏み込んでくるようにあえて隙を作って誘い込んだんだと思う。
「いいか」
ロイド皇子はそう言い、少し離れた人型をした的の頭部にダガーを投げて突き立てた。
「短剣術を実戦で使えるよう磨くんだ」
「はッ!」
武器の扱いは一通り習ってはいたが、奥が深い。大きな武器が使えない状態。例えば狭い場所やメインの武器が壊れた場合や水中でもその効果を発揮すると教えられた。
短剣の場合は質量で負けるため受けようと考えてはいけない。軌道を逸らしたり、短い分、取り回しが利くので、相手の腕や手を狙うのも効果的。投擲用のナイフも何本か準備しておけば、牽制や手の届かない相手へ致命傷を与えることもできる。
3日目は、3対3での模擬戦闘を時間が許す限り、延々と繰り返す。
そのなかで2日間も皇子を独り占めしたクリスをよく思っていないものが多く、味方でさえ、露骨にクリスが不利になるよう足を引っ張ってきた。
皇子は3対3の模擬戦闘には加わらず、数人の指導官と手分けしてあちこちのグループを見て回っていた。
「今日はどうだった?」
「得るものが多かったです」
これは事実。3対3くらいで味方に足を引っ張られたからと言って負けていたら世話もない。本当の戦争なら数人に囲まれただけで、簡単に命を落としてしまう。
皇子は天幕のなかで、事務処理を続けていたが、筆の動きを止めてこちらを見た。
「おまえはどうして騎士になった?」
「自分は……この国に忠誠を尽くしているエドワルド家の者ですから」
「つまらない答えだ」
本当のことは言えないので、そう答えるしかない。ましてや相手は王位継承権第3位とはいえ皇子だ。
「本当のことを申し上げてもよろしいですか?」
「ほう……言ってみろ」
「騎士を目指したのはただの親の強い希望です」
嘘はついていない。女性である部分を隠しているだけ。
ロイド皇子の目が妖しく輝いた気がする。
「いいな。おまえ……命令だ。俺とふたりきりの時は友人として接しよ」
「しかし、団長、風紀は……」
「かまわん、命令だ」
「わかりまし……わかった、ロイド」
机から立ち上がったロイド皇子は不意に近づいて、至近距離でジロジロと顔を眺める。
「それにしても華奢で肌が白いな、まるで……」
「じゃじゃあ、僕は失礼するよ」
あまり観察されたら、バレてしまいそうだ。
それにしても、顔が熱い。なんなのだろうこれは?
その日の夜もなぜかロイド皇子の言葉と顔が何度も何度も浮かび上がってきて、寝つけなかった。ようやく眠れたかと思えば、皇子に抱きしめられる夢を見てすぐに目を覚ましてしまう。僕はいったいどうしたというのだ?
集団演習も終わって、王都へと帰還した白梟騎士団は、その年に起きた隣国との戦争で、大きな戦果を次々とあげ、1年も経たないうちに王国を戦勝国へと導いた。
その後も疲弊しきった王国を建て直した政治的手腕も大きく評価され、第3皇子でありながら、兄たちの推挙もあって父王が存命のまま退位し、国王へ任命された。
ゴルディアス13世となったロイド元皇子は、戦時中、彼の右腕として活躍した僕を王宮へ呼びだし、そして騎士の称号を剥奪した。
「クリス……本当はクリスティーナと言うのだな」
バレてしまった。もしかしたら騎士の称号剥奪だけではなく、国へ偽った罪を問われ、父ともども処刑もあり得る。
国王は王座から立ち上がる音がした。頭を下げたまま顔が蒼ざめているだろう僕の元へとやってきた。
「顔を上げろ」
恐るおそる顔を上げた。
国王の顔に険しいところか、初めて見る笑顔を浮かべていた。
「クリスティーナ・エドワルド、おまえを俺の妻にする」
不思議と周囲から反対の声は上がらなかった。僕……いや、私はロイド様のそばでその勇名を馳せたお陰のようだ。戦中、戦後こう呼ばれるようになった。
──戦場を駆ける黒い騎士と白い戦乙女と。
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